いい餌
バウワー近衛総司令は軍の先頭を悠然と進んでいた。手には愛用の棍棒を持ち、自分が近衛総司令だと示すために、馬上で精一杯の威厳を証明しようと、胸を張っていた。後ろにはゲルパとマルカネンが続く。虚飾に彩られたバウワーと違い、この二人は実力で今の地位に就いたのだ。静かに、しかし来るべき時に備えて力を溜めているように見えた。
最初に気付いたのは背の高いマルカネンだった。ヘグネの谷の入り口に軍勢---といっても100人程度の集団が見えた。
「お? バウワー殿。何やら奇妙な集団がいますぜ?」
バウワー近衛総司令は大きくうなずいた。
「うむ。なんだあれは? 武器も装備もバラバラじゃないか? 山賊か?」
「いや~たかだか山賊風情が一万五千の軍と対峙しようとは思わんでしょう? もしかしてあれが『雷迅衆』というやつらじゃないですか?」
「何? 『雷迅衆』と言えばカイエン公爵の最強の私兵であろう? あんな統率もとれていなさそうな連中ではあるまい」
「いや、それが『雷迅衆』は普段は町民で、戦争の時だけ兵士になるって噂ですぜ? そんな軍隊ならあんだけ装備がバラバラなのも納得ですぜ」
「なんと......やはり伝説はしょせん伝説ということか。そんな軍隊が強いわけがない」
「さてさて? それはやってみないと何とも」
「まあよい。しかし、きゃつらが『雷迅衆』というのであればもしや先頭にいるあの老人が?」
そう言うとバウワー近衛総司令は一歩進み出た。そして、大声で
「もし! そこおわすはカイエン公爵であられるか?」
と叫んだ。先頭にいる老人---カイエン公爵もそれに応えて一歩進み出た。
「おう! 儂こそカイエン・バーハルト! この辺一帯の領主だ。儂の土地に土足で入り込む貴様こそ何者だ!」
「お初にお目にかかります。私は近衛軍団総司令のバウワーです。過日の折、陛下の名のもとに内戦への参戦をお伝えしたところ、貴殿は愚劣極まる言葉でその要請を退けた。その真意を確認しにまいりました」
腹立たしい相手とは言え、一応は国の公爵である。バウワーは最低限の礼儀をもって答えた。しかし、バウワーの言葉を聞くと、カイエン公爵は耳の穴をほじりながら興味なさそうにし始めた。
「はて? そう言えば豚語で書かれた手紙が来ていたような気がするが......何を言っているのか分からなかったのでミメットにあげてしもうたわい」
「な!? 陛下の書状を他人に!? そのミメットというのは何者ですか! まさか他国の間者では?」
「阿呆。ミメットは庭で飼っとるヤギじゃわい。豚語を解するものなぞ、この国ではペルセウスと貴様ら以外におらんのにどうして、人間にやらなければいかんのじゃ」
「ぐ......ぐ、言わせておけば」
「まあどうやら来た軍隊も豚の群れのようだしの。囲って小屋に入れようと思ったのじゃが、あまり質がよさそうではないの。この人数ではちょっと多かったか?」
「おのれ! じじい......」
「なんじゃこないのか? ならこっちから攻めてやろう」
カイエン公爵は独りで剣を抜いてこちらに突っ込んできた。後ろにいた100人の軍勢も心得ているのか文句も言わずカイエン公爵に追随した。
「馬鹿め! そんな人数で何ができる! おい! 迎え撃て!」
言うやいなや、バウワーは後ろに下がった。代わりに兵士たちが進み出て『雷迅衆』を迎え撃とうとする。マルカネンもゲルパもここは一般兵に任せて待機した。マルカネンはゲルパの馬に自分の馬を寄せた。
「ここは様子見ってとこですかい?」
マルカネンがにやつきながら話かけると、ゲルパは目線だけをマルカネンに向けた。
「当然だ。『雷迅衆』がどれだけ強くても、あの人数ではバウワーの首は獲れん。恐らく少し当たって引いて、向こうに見える谷に伏兵でも仕掛けているのだろう」
「へえ。そこまでわかっているのならどうするんで? バウワー殿に進言でもします?」
「いや、このまま罠に乗る」
「いいんですかい? それだとバウワー殿の首が飛ぶかもしれませんよ?」
マルカネンが自分の首を手でトントンと叩いた。
「構わん。もとより『雷鳴戦鬼』と『紅雌虎』が相手だ。簡単に首級をあげられるわけがない。なら大したことのない餌で釣って、それをむさぼっている隙に横から食わせてもらうさ」
「はっはっ! 流石ゲルパの旦那だ。俺もそれに乗らせてもらうとするぜ」
「構わんが、協力しようなどと思うなよ?」
「早い者勝ちってことだな。りょう~かい!」
二人が不穏な話をしていると、どおんっと前方で轟音がした。二人が最前線に目をやると、自軍の兵士たちの戦線がずたずたにされているのが見えた。マルカネンがあんぐりと口を開ける。
「まじかよ。こっちの軍勢も弱いわけじゃないんだが。ここまで力に差があるとは」
ゲルパも一瞬、カイエン公爵と率いる軍の強さに面食らったがすぐに冷静さを取り戻した。
「構わん。最初は負けてもじきにその勢いは衰える。見ろ」
ゲルパが指摘すると、確かにその突撃は弱まったように見えた。先頭を進むカイエン公爵が退却の合図を出したのか、軍勢も退き始めた。
「さて、仕事の時間だ」
ゲルパが馬を走らせようとすると、
「がっはっはっ! 『雷鳴戦鬼』恐れることなし! 全軍突撃!」
その横を全力で駆け抜けるバウワーがいた。どうやら勝てそうだとわかって後方から出てきたらしい。ゲルパは目を細めてその後姿を見ていた。
「いい餌だ」
ゲルパの冷静な声に、流石のマルカネンも「ははっ」と乾いた笑いで応じるほかなかった。
読んでいただきありがとうございます!
面白いと感じていただけたら、評価・お気に入り登録いただけると幸いです!
感想もお待ちしております。




