私腹を肥やすものたち
ドイエベルンの首都ベルン、そのもっとも奥まったところにアーガム城があった。決して煌びやかではないが、建てた人の気質を反映してか質実剛健といった風で、城内・城外の至る所に外敵を防ぐ仕掛けが施されており、『傭兵国家』にふさわしい城と言えた。
その城の一室に『野兎の間』という広間があった。主に国の重臣たちが会議をする間であった。そこで数人の男たちが集まって何やら話をしていた。
「だから俺は近衛兵団全軍で攻めるべきだと言ったんだ!」
一人の男が声を大にして、中央の大机を叩きながら叫んだ。明らかに武人であり、粗野な人物であることが見て取れた。対面にいる、まるでネズミのように狡猾そうな男はその怒鳴り声を煩わしそうにしながら言い返した。
「おや? 確かバウワー近衛総司令も第二軍・第三軍で攻めるのは賛成だったはずですが?」
近衛総司令と呼ばれた男は顔を真っ赤にしてさらに怒鳴りつけた。
「俺は順次参戦といったのだ! 数で互角なら将の差で敗北するに決まっているだろう!」
「はて? たしか数でもこちらの方が勝っていたはずですがね?」
「ふん、あの程度の兵数差、鉄百合団とシリウス公なら簡単に覆してしまうわい。まあ奴隷商あがりのガウマン伯爵には戦のことなぞついぞわからんだろうがな」
侮辱されたガウマン伯爵はふっと笑った後、顎に手を当て何かを思い出したかのように言った。
「おお! 確かに鉄百合団のクリス団長は我が国でも屈指の剣士でしたな。確か数年前の武術大会でも3位の好成績。そう言えばその武術大会の一回戦でクリス団長にコテンパンに負かされた方がいたような?」
言い終えてちらっとガウマン伯爵がバウワー近衛司令を見ると、彼は大きな体をプルプルと振るわせて、顔を真っ赤にしていた。クリスに負かされた男というのはバウワー近衛司令に他ならなかった。
「まあまあ、お二人とも。そこまでにしましょう。我々は同士じゃありませんか」
割り込んだのは禿頭の男だった。儀礼用の服装とでも言うのか、豪奢な宗教ちっくな服に身を包み、指には宝石のついた指輪をはめている。ミアが見たら着飾った豚と表現しそうであった。
「もちろんですともセティエン神殿長。この奴隷商上がりの偽伯爵が無礼な物言いをしなければ、俺はいつでも協力し合えるとも」
バウワー近衛司令がはんっと鼻を鳴らすと、ガウマン伯爵も
「私もですよ? そこの考えなしの猪武者が大人しく建設的な意見を言ってくれれば争いなど何も起きません」
と、ふんっとそっぽを向く。真ん中の大机がなければ今にも殴り合いをはじめそうな仲の悪さだった。その様子にセティエン神殿長---大陸でもっとも信者の多い宗教であるエリン教の、ドイエベルン国の担当者である男はやれやれと首を横に振った。
さて、もうひと争いあるかと思いきや
「終わりましたか?」
部屋全体に冷たい、氷のような声が響き渡った。バウワー近衛司令もガウマン伯爵も押し黙り、ばっと部屋の奥に目をやった。そこには二人の男がいた。一人は豪華な椅子に気だるげに座り、ひじ掛けに肘をついて、頬杖を突きながら彼らのやり取りを見ていた。一目でわかる、恵まれた体格とそこから放たれる覇気が、彼を支配する側であることを表していた。
そしてもう一人、先ほどの声を発した男はその隣に立って、声と同じくらい冷たい目で全員を見渡していた。その目は、これ以上くだらないやり取りを続けるならば、いつでもその地位に据わる首を挿げ替えるぞと言っているようであった。
冷たい目をした男が口を開いた。
「バウワー近衛司令? ガウマン伯爵も」
「「ははっ!」」
二人とも先ほどの威勢が嘘のようにおとなしく返事をした。その額には緊張で脂汗すら浮かんでいた。
「陛下の御前で諍いはやめていただきたいですな。我々はこのドイエベルンという国を背負って立つものなのですから」
「も......もちろんですとも! ペルセウス侯爵!」
バウワー近衛司令もこくこくっと首を縦に振って頷いていた。椅子に腰かけているものこそ、ドイエベルン王国国王---ドネル・オーランド・グレイス・ロンバルトであり、その隣に立つものがペルセウス・ローマン伯爵であった。ルルのような褐色の肌に短い黒髪を綺麗になでつけていた。ミアの目下最大の敵二人が、いやミアの敵のほとんどがこの場に集まっていたのだ。
ペルセウス侯爵はふうっと一つため息をついた。
「バウワー近衛司令、あなたの指摘通り敗戦したわけですが、この後我々はどうすればよいですかな?」
「う、うむ......」
名前を呼ばれて、バウワーは焦った。
「そ、そうですな。どうやら殿下の軍はバリ王国の軍団にかなり消耗させられたとの情報が入っておる」
「私の情報ですな」
横やりを挟んだガウマン伯爵をじろりと睨んでから、バウワーは話を続けた。
「ならば次は味方を作る必要があるだろう」
「というと?」
ペルセウスが先を促した。
「北か南に助力を求めに行くということですな。確かカイエン公爵は殿下の剣の師匠。ならば殿下も北に向かうと見るべきであろう」
「なるほど。それでは近衛司令としてどうします?」
「無論、このまま指を咥えて見ているわけにいきますまい。軍勢を送り込み体勢が整わない内に攻勢を仕掛けるべきであろう」
「おお! 見事な戦略眼ですな。流石はバウワー殿」
「う......うむ!」
ペルセウスに褒められて、バウワーはむず痒い気持ちになっていた。
「では、早速反乱軍の討伐に向かっていただきたい」
「応とも! このバウワー! 近衛兵団全軍をもって反乱を鎮めてみましょうぞ!」
「ああ、いやそれはいけない」
意気揚々と出陣の準備をしようとするバウワーをペルセウスは制止した。
「ぬ? どうされました?」
「バウワー殿。今近衛兵団は先の敗戦で5分の3に減ってしまわれたのですぞ? 近衛兵団は元々陛下を守る軍。これ以上の損失は避けなければ」
「あ、いやそうですがペルセウス侯爵。しかしそれならば某は兵もなく反乱軍と戦えということですかな?」
「いやいや、まさか」
ペルセウス侯爵は笑って答えた。
「もちろん陛下の御名の元に召集令を出しますとも。王都一帯と北部のカイエン公爵以外の有力者たちの軍勢が合わされば2万はくだらない軍勢ができあがるでしょう」
「た......たしかにそうですが、殿下は無類の戦上手。寄せ集めの軍では......」
「何をおっしゃる、バウワー殿」
ペルセウスはバウワーに近寄り、肩をポンっと叩いた。
「あなたは近衛司令。いうなれば我が国の軍のトップですぞ? そのあなたが陛下の名のもとに出陣されるのです。自ずと軍は一つにまとまりましょうぞ」
ペルセウスの眼は笑いながらも有無を言わせない迫力があった。その目を見てバウワーはごくりと喉を鳴らした。
「そ、そうですな。ペルセウス侯爵の言う通りです。直ちに準備をして参りましょうぞ」
そう言って、バウワー近衛司令はそそくさと部屋を後にした。ペルセウスは元居た場所に戻って、国王---ドネルに一礼をした。
「陛下、勝手に決めてしまいましたが、それでよろしいでしょうか?」
ドネルはくあっとあくびをしながら、ペルセウスに一瞥をくれた。
「委細任す」
それを聞き、ペルセウスは「承知いたしました」と答えた。その後、いくつかの雑事の取り決めをしてその日の会議は終わった。会議が終わり、その場にいたものが出て行くと、ドネルとペルセウスのみが残った。
ドネルは玉座に座ったまま、ペルセウスを横目で見た。
「それで? あの男を人身御供にした意味はなんだ?」
「と言いますと?」
「あまり舐めるなよ? あれがミアに敵うわけなかろう。真の狙いは何だと聞いているんだ」
ドネルの大柄な体躯から殺気が漏れ出す。普通のものが見たら、それだけで立てなくなるような迫力であった。
「いえいえ、別に敵わないと思って送り出してはいませんよ? 兵力に圧倒的な差がつくことは間違いないですからね。7:3でバウワー近衛司令が勝つと踏んでいます」
その答えにふんっとドネルは鼻を鳴らした。そしてゆっくりと席を立ち、自室へと戻る素振りを見せた。だが、ぴたりと立ち止まると、背中越しにペルセウスに語りかけた。
「お前の企みは、先ほど神殿長やあの胡散臭い伯爵に話しかけていた件か?」
「.......」
ドネルの問いにペルセウスは沈黙をもって答えた。
ドネルはそれでも気分を害することなく、自室に帰ることにした。
「ペルセウス。早く俺に血沸き肉躍る戦場を用意しろよ? さもないとどこで暴れるか分からんぞ?」
ドネルは獰猛に笑った。ミアと似ているが、決定的に違う、すべてをむやみやたらに食らいつくそうとする笑みだった。
その気配を察しつつ、ペルセウスはドネルの背中に一礼をした。
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