『魔剣』の戦術
近衛軍団と激突した戦場から行軍して3日、『魔剣』の軍とミアの軍はついに対峙することになった。総大将の名乗りなどもなく、ただ睨み合うだけの時間が続いた。流石にこの場に留まり続けるのは、ペルセウス侯爵にも、バリ王国にも利するだけである。ミアはクリスが率いる鉄百合団千人を先鋒として繰り出した。
開戦前にクリスから「フライブルク砦の部下たちの仇を」と頼まれていたからだ。先の戦場で大きな見せ場もなく、騎士団全員の士気が溜まりに溜まっていたということもあった。
「全軍! 突撃!」
クリス率いる鉄百合団は一丸となって『魔剣』の陣に突撃した。『魔剣』は不思議な陣を敷いていた。
「レツ、あの陣の意味はわかるか?」
ミアが烈に尋ねたが、烈は首を横に振った。
「わからん、何の意味もない横に広がった陣に見えるが、それにしてはその奥に構えている五百人程度の部隊が気になる」
「そうだな、あれでは陣形に厚みがなく、クリスの突撃で突き破られてしまうだろう。罠なのは見え見えだが......」
「突き破ってしまえば、残りの軍勢が半分に分けられるだけか......あの奥の陣が本陣か?」
「流石にそれは......もしくは鉄百合団をあの五百で倒す自信があるのか......」
ミアも烈も首をひねるしかなかった。敵陣を半分に分けてしまえばあとは各個撃破するだけである。誘い込んで囲むにしても、端から端まで遠くに配置されていて、真ん中のフォローをする頃にはこちらが突撃してしまうことが容易に想像できた。
しかし、ここでさらに異変が起きた。なんと横に広がった陣が真っ二つに分かれ、真後ろに控える軍団を守るどころか、鉄百合団を素通りさせたのだ。先頭を進むクリスも一瞬訝しげにしたが、ここで足を止めることが敵の思惑だと考え、突撃を敢行した。
「ぬ!?」
ミアが目を見開いた。クリスが奥の陣に突撃した途端、左右に分かれた軍が、その道を閉じるようにまた戻ろうとした。いや、正確にはさらに重なるように左陣は右に、右陣は左に進んだ。
「いかん!」
ミアが叫んだ。いつの間にか平陣は前後の縦陣に変わっていた。前陣はミアたちの突撃に備え、後陣は鉄百合団を後ろから捉えようとしていた。
「あれでは挟み撃ちだ! 全軍! 突撃!」
ミアは己の迂闊さを呪った。まさかこうまで見事にしてやられるとは思っていなかった。
「ミア! 俺たちは別行動をする!」
ミアはばっと声のした方を振り返った。そこにはモーガンの私兵を連れて、突撃から離れる烈の顔があった。二人は一瞬だけ視線を交わすと、言葉いらずして意思の疎通をはかった。ミアは一度頷くと、そのまま向き直って残りの軍勢で守りを固める敵陣に突撃した。
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その頃、自分たちが嵌められたと悟ったクリスは突撃陣を解除し、方陣を敷いて守りを固めていた。
「耐え忍べ! さすれば妃殿下が必ず来てくださる!」
「おお!!」
クリスが敵を切り裂きながら、団員に檄を飛ばした。元々フライブルク砦の守護を任せられている騎士団である。守りは彼らの本分でもあった。だが、その彼らをもってしても、『魔剣』の軍の攻めの強さに圧倒されていた。クリスの頬に冷や汗が伝った。
しかし、その心配をしている暇はなかった。クリスの近くでおぞましい殺気が迸ったかと思うと、突如として鉄百合団の団員が吹っ飛んだのだ。クリスがそちらの方向をばっと振り返ると、いつの間にか守りの固い鉄百合団の一部の陣が押し込まれていた。敵の一団が陣を食い破り、ここまで迫ってきたのだ。
「信じられぬ。これが『魔剣』か......」
クリスの驚愕を余所に、敵の一団から一人進み出るものがあった。
「あなたが鉄百合団の団長かな?」
「いかにも。クリス・アーヴィングです。あなたがもしや?」
「ふふっ。『魔剣』スーヤ・オブライエンだ。流石は『花の剣士』と呼ばれるだけあるね。戦場になってなお美しさを持っているとは、眼福ものだよ」
「光栄ですよ。見た目以外も評価していただきたいとは思いますが」
「怒ったかな? それは失礼した。別に馬鹿にしたつもりはないんだ」
「いえ、純粋に賛美いただいているのでしょう。昔からさんざん騎士には見えないと言われてきたのでね。今さら特に何も思わないのですが......それであなたの剣が鈍るわけでもないでしょう?」
「ふっふっふっ。そうだね。そういう人もいるかもしれないが、どちらかというと『双剣』と近隣諸国に名を轟かす実力の方に興味があるよ」
「それはありがたいですね」
クリスはさっと優美に剣を構えた。対してスーヤはしゃらんと自然体で二振りの、幅広の剣を持って立っている。その姿はどこか妖艶で禍々しくさえあった。
「......」
クリスが無言となる。クリスとて剣の技量は一流である。ゆえに悟ってしまった。両者の間にある絶対的な差に。
「おおおおお!」
クリスはそれでも突撃をした。騎士団の長として逃げることは許されていなかった。
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