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夕暮れに照らされて

 夢を見ていた。剣の稽古に疲れ果てた烈は、道場の床の真ん中で大の字になって肩で息をしていた。外はもう夕方になり、夕暮れの茜色の光が窓の隙間から差し込んで、烈を照らしていた。烈が疲れた頭でぼーっとしていると、何者かかが静かに近づいてきた。


「そんなところで寝ているとまた父さんに叱られるよ?」


 足音の主はくすくすと笑いながら、烈を上から覗き込んできた。美しい少女だった。齢は中学生くらいだろうか。烈を上から覗き込んだ拍子に、短い黒髪が一房、頬にかかるのをさらりと掻き上げる所作すら、一々洗練されていた。稽古で着ていた袴姿が夕暮れに照らされ、本人の精錬された美しさと相まって、一枚の日本画になるようであった。


「ほら、そろそろ夕食の支度だよ? 今日は君の当番だ。立って立って」


 優しい目で覗き込まれて、実の兄である烈すら少しドキッとさせられる。兄のことを「君」と呼ぶ変な癖も慣れたものだ。


「もう少し休んだら行くよ」


 烈がつっけんどんに答えると、少女---妹の紗矢が少し笑った。


「そう? じゃあ僕も失礼して」


 少女は烈の寝ている隣にちょこんと体育座りで座った。


「父さんにどやされるぞ?」


「二人一緒にね?」


「......」


 しばらく二人で無言でいると、不意に紗矢が口を開いた。


「ねえ? 君は自分が生まれた意味って考えたことある?」


「なんだ藪から棒に?」


 烈は訝しげに答えて、真面目に話すのも何か気恥ずかしいのでからかおうとした。しかし、思いの外、紗矢が真剣な顔をしているのでやめた。


「ないよ。そんなもの考えたところでわかるわけないだろ?」


「そうかい? 僕は考えるよ?」


「なんでだよ?」


「だって変じゃないか? こんな平和な世界に生まれて、剣の修行ばっかりやって、不思議に思ったことはないかい? しかも僕たちには才能まである」


 烈は「僕たち」という言葉に思わず苦笑してしまった。自分の才能など、紗矢に比べればゴミのようなものだからだ。だから紗矢の疑問に答える代わりに別のことを聞いた。


「剣の修行が嫌なのか? 大学に入ったら家を出て独り立ちして辞めればいいじゃないか?」


「うーむ、そういうことじゃないんだよな......」


 紗矢は手の平をじっと見つめながら、すっとその場で立ち上がった。


「何か、意味がある気がするんだ。僕がここでこうしている意味が」


 烈の視界は紗矢が悩んでいる姿を見ながらぼやけていった。


 そして、目を覚ますとそこは天幕の中だった。隣でラングがいびきもかかずに寝ている。懐かしい夢を見たからか、烈は居心地が悪くなって天幕の外へ出た。剣でも振ろうかと片手に持ち、ふらふらと人気のいなさそうな陣の外れに向かった。


 そこにミアがいた。同じように剣を持ち、星空をただ漫然と見上げている。烈は声をかけることにした。


「どうしたんだ?」


 烈に気付いたミアは、ふっと笑って答えた。


「いや、なんだか落ち着かなくてな」


「落ち着かない? 珍しいこともあるもんだな?」


 この世でもっとも神経が太そうな女がまさかそんなことを言うとは、烈はアライグマでも降ってくるのでは?と思わず空を見上げてしまった。


「私だって人間だぞ? そういう気分になることだってあるさ」


 唇を尖らせて文句を言うミアが存外可愛らしくて、烈もくっくっと口元を押さえて笑った。ひどい奴だとミアも肩をすくめた。


「なんで落ち着かないんだ?」


 烈が気を取り直して聞くと、ミアも頭をぽりぽりと掻いた。


「いや、何か理由があるわけじゃないんだ。何となく悪いことが起きる気がしてな」


「それは今度の相手が手強いからか?」


「ああ、それはあるかもな。『魔剣』と言えば近隣諸国に名を轟かす達人だ」


「どういう敵なんだ?」


「私も直接見たわけじゃないからな。ただ、齢13で初陣に出て、数々の戦歴を積み重ね、19で『三剣』の一人に列せられているのだ。只者ではないさ」


「それはとんでもないな。天才というやつか?」


「あるいはそれ以上かもな......」


 二人の間に沈黙が流れる。こういうときの戦士の勘をないがしろにしてはいけないと、二人とも熟知していた。


「ま、考えても仕方あるまい。まずは見てみないとな」


「そうだな。ここにはミアに俺、ラングにルルにクリス団長もいる。この面子なら大体のことはどうにかなるだろう」


「その通りだ! 心配するだけ無駄だな!」


 はっはっはっとミアは腰に手を当て、爽やかに笑った。そして気を取り直したかのように烈を見た。


「で? お前はどうしてここに?」


「ん? ああ、ちょっと夢見が悪くてね。素振りでもしようかと」


「ほう? それこそお前らしくない。どんな夢だったんだ?」


「......昔の夢だ。まだ妹がいたころの......」


「まだ......か.......もういないのか?」


 烈は言い淀んだ。その話は烈の中で最大のタブーであり、ミアに知られたくないものであったからだ。ゆえに、


「ああ、死んだよ」


 と、言うにとどめた。


「そうか......」


 ミアも空気を察してそれ以上聞くことはなかった。二人の苦悩も知らず、星は今日も輝いていた。

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