勝利と急報
第三軍の本陣に異変があったと最初に気付いた者は、第二軍軍団長のアメリアであった。本陣から上がる黒煙を見た瞬間、何かを察したかのように馬に跨り、その場で叫んだ。
「全軍! 撤退する!」
側にいた参謀たちは驚愕した。状況は明らかにこちらに有利に動いており、勝ち戦は目前だったはずだからだ。参謀の一人が前に進み出た。
「何をおっしゃっているのですか! 敵総大将及び第一将は最前線に出ています! このまま攻めればいずれ捕縛できるはずです。なのになぜ撤退など!?」
その意見にアメリアは鞭をもって答えた。鞭で参謀を引っぱたき、打たれた方がぎゃっと悲鳴を上げると、アメリアは満足そうにしながら、第三軍本陣の黒煙を指差して言った。
「あれを見ろ! 私たちはすでに嵌められたんだよ。これから第三軍は総崩れになる。そうすれば数が逆転して私たちが逆に追い回されることになる。そうなる前に撤退するんだよ」
「ですが!? まだ陥落したと決まったわけでは! ぎゃっ!」
勇気ある参謀を再度アメリアは引っぱたいた。
「こっちに情報が来てからじゃ遅いんだよ! それに......」
アメリアは引きつった顔をしながら、300アージュほど離れた最前線を見た。
「化け物め......捕縛する気でかかっても妃殿下は捕まらないよ......」
アメリアの見つめる先には倒れ伏した屈強な近衛兵たちの姿とその中心で立つミアの姿があった。すべてミアに返り討ちにされたのだ。アメリアのこめかみに冷たい汗がつっと伝った。
「なんにせよ、ここの総大将は私だよ。撤退と言ったら撤退だ」
しかし、アメリアの言葉に参謀たちの殆どは従わなかった。みなアメリアを睨みつけたままである。
「なんだい? 私の命令に従えないのかい?」
鞭打たれた参謀がさらに一歩進み出た。
「無論。この戦いが敗戦であるというなら我らはここに残らせてもらう。我らの軍団長はミュラー様のみ。どこぞの大隊長に従う気はない」
ふんっとアメリアは鼻を鳴らした。今度は鞭を打つことなかった。代わりに辺りを見回して叫んだ。
「好きにしな! 私についてきたい奴だけついて来い!」
そう言ってアメリアは駆けだした。後に続くのは千人程度である。五千人の近衛兵の軍団長にしては寂しい敗走であった。
その姿を遠目に見ていたミアもすでに、黒煙から事情は察していた。近くで戦っていたシリウス公爵もそれに気づき、ミアに馬を寄せた。
「妃殿下。どうやらレツ殿がやってくれたようですな」
「ああ、当然だ。あいつならこれくらいやるさ」
「なるほど、まさに妃殿下の懐刀ですな」
「あいつを道具みたいに言うな。そういう風に扱うとあいつはすぐに離れていくぞ?」
ミアに嗜められて、シリウス公爵は恐縮した。娘の恩人であり、いくつもの武功を立て始めているあの若者の力を、シリウス公爵もとっくに認めていたからだ。
「大変申し訳ありません。彼に無礼なことを申しました」
「ああ。それよりも公爵。早く敗れたことを敵にも教えてやれ」
「既に伝令を用意し、各方面で我らの勝利を喧伝しております。戦場全体に伝わるのも時間の問題かと」
「流石だな。あとは......」
ミアがこれからのことを考えようとした矢先であった。一人の甲冑を着た男がミアへと走って向かってきた。
「注進! 注進!」
男は息せき切ってミアの目の前で膝まづいた。男は鉄百合団のものであるようだった。ミアは男を馬上から見下ろしながら聞いた。
「何事か!?」
男は肩で息をし、焦りつつもはっきりと告げた。
「バリ王国より、兵3000が出撃! 敵総大将は『魔剣』スーヤ・オブライエン! すでにフライブルク砦は陥落し、なおもこちらへと向かってきている模様!」
突然の事態にミアもシリウス公爵も目を丸くし、これから起こる事態に緊張を高めた。
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