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シーバスの憂鬱

 現第三軍軍団長は三つの理由で苛立っていた。一つ目は今朝食べたベーコンの塊が奥歯の隙間から中々取れないこと。二つ目はペルセウス政権になって折角勝ち馬に乗れたと思っていたのに、その後大きな戦もなく、中々手柄をあげられず、政権内での立ち位置に危機感を覚えていたこと。ゆえに今回の戦はシーバスにとって渡りに船であった。そして三つめは.......。


「入るぞ? シーバス」


 軍団長の天幕に無遠慮に入ってくるその人物に、シーバスは露骨にむっとした表情を作った。入ってきたのは女性であった。鎧の上からでもわかる鍛え抜かれた肢体と、そこから伸びる手足はすらりとしたものであると同時に傷だらけで、彼女の戦歴を物語っていた。


 社交界に出れば蝶よ花よと見初められるであろう綺麗な顔を嗜虐的に歪め、彼女はアルトな声でシーバスに語り掛けた。


「そう不機嫌になるなよ? ()()()()()じゃないか」


「......なんの用だ、アメリア?」


 シーバスの苛立ちの最大の要因が彼女であった。何が気に入らないと言えば、とことん馬が合わないのだ。一兵卒からのたたき上げのシーバスと、コネで最初から小隊長格であったアメリア、戦術も性格もまるで正反対。にもかかわらず、軍団長になった経緯も、時期も同じ。シーバスは内心こいつだけには負けてなるものかと思っていた。


「朗報がある」


「なんだ? 勿体ぶらずさっさと言え」


 こちらの反応を試すかのようなアメリアの態度にさらに苛立ちを募らせる。


(ちっ! 年下のくせに生意気な!)


 今にもつかみかからんとするようなシーバスの眼を見ながら、アメリアは舌なめずりをした。彼女も()()()()をしているのである。


「ふふっ。物見の報告だ。妃殿下がどうやら攻めてくるみたいだぞ?」


「ほう?」


 これにはシーバスも一時の遺恨を忘れ興味深そうにした。待っていた手柄の上げ時である。まさか向こう側の人数がそろわない内から始まるとは思っていなかった。


「陣形はどのような形だ?」


「二列横隊だとよ。鉄百合団とシリウス公爵軍を横に並べただけだそうだ」


「なに? 何の手立てもなしか? いくら二軍が強くてもそれでは人数差で押し切られるだろう?」


「だよなぁ? 何考えてると思う? あの妃殿下は?」


「......わからん。正面から戦って勝てると思っているのならば近衛兵団をなめすぎだ。我らはドイエベルンの精鋭なのだからな」


「ま、そうだよな。あの『紅雌虎』が何もしないわけねえ。何かとんでもない手を使うに決まってる。そこでだ!」


 アメリアが急にぐいっと顔を近づけた。アメリアとシーバスの顔が至近距離で睨み合う形となる。


「こっちもちょいと面白いことをしてみないかと相談にきたのよ」


「というと?」


「第二軍と第三軍の旗あるだろ?」


「軍団旗のことか?」


「そうそう、あれ交換しないかと思ってよ」


「ほう? そんなことをしてどうなる?」


「わかんねえかなぁ?」


 馬鹿にしたようなアメリアの反応にシーバスはさらにイラっとした。


「向こうは何か手を打つにせよ、それが第二軍か第三軍かで決めるだろ?」


「まあ、そうだろうな。我々の戦い方は大きく違う」


「だろ? なら向こうに先手を打たせたと思わせて、こっちが先に手を打っとくんだよ。あいつら面食らうぜ? 何かあればその時対処する時間が生まれるってわけだ」


 シーバスはふむと考えた、言い方はともかく、アメリアの提案には一考の余地があった。相手の手が見えづらい中で、それは最良の策に思えた。


「いいだろう。その案に第三軍も乗ろう」


「そうこなくっちゃ。あとは細かい連携だが......」


「いらん」


「はっはっはっ! だよな! あたしららしくねえ! やっぱりシーバスとは気が合うなあ~」


「下らんこといっとらんで戦の準備に入れ。遅れたら許さんぞ?」


 シーバス最大の苛立ちの要因はこれである。自分はアメリアのことが反吐が出るほど嫌いなのだが、アメリアは驚いたことに自分のことを気に入っているのだ。


「あいよ~。じゃあ旗の交換よろしく~」


 アメリアは後ろ手を振りながら出て行った。シーバスははあっと一つため息をついた。ともかく戦の準備をしなければいけないのは自分も同じであった。


 この時の選択が二人の命運を大きく分けることになることを、まだ知る由もなかった。

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