八煌拳
ゼスの右拳がうなりをあげて烈に迫りくる。烈はそれを剣で振り払った。がんっと鈍い音がする。だが、止まっている暇はない。右を避ければ、左が来る。左を受け止めれば、右が烈の急所を目掛けて襲い掛かってきた。
(くそっ! なんて当て感だ!?)
烈は徐々に後退していた。
(ただの、連撃なら捌くのは簡単だ。だがこのおっさん......拳が全部、急所目掛けて飛んできやがる!?)
「どうしたぁ! 逃げ回るだけじゃ楽しくねえぞ!」
「あんたを......楽しませるために戦ってるわけじゃないんで......ね!」
烈が剣を下段からすくい上げるようにふるって、ゼスの右拳を吹き飛ばした。
「ぬ!?」
「いまだ!」
ゼスは体勢を崩していた。重心がずれ、拳を振るえいない状態だ。烈は振り上げた剣を、今度は返す刀で上段からゼスの肩口目掛けて振り下ろした。だが、ゼスは笑った。
「あめぇよ」
「がっ!?」
横に吹き飛んだのは烈の方だった。なんとか倒れずにいたが、脇腹に鈍い痛みが走る。
痛みの原因はすぐにわかった。ゼスは脚を腰の位置まで振上げていた。足の甲にも鉄甲が装備されている。その脚で、烈に中段蹴りを見舞ったのだ。
(うかつ! どうして技が拳だけだと思ったのか。手があるなら脚も警戒してしかるべきだろうに......)
烈は自分の唇を噛んだ。
(今ので、肋骨がいったか? だが……)
「自分で飛んだな? 今ので仕留める気だったんだがな……やるじゃねえか」
「……」
「もう少し面白くしてやるよ。はあぁぁぁ!」
ゼスが息吹を吐き、気を溜め始めた。一見隙だらけに見えるが、烈は迂闊に飛び込めなかった。ゼスの姿を見て、周りにいた部下たちがにわかに騒ぎ始めた。
「おい! でるぞ? ゼス様の必殺技が!」
「ああ、死んだな。あいつ」
周りの様子から危険を感じたラングが烈に警告を発した。
「おい! レツ! 気をつけろ! なにかやべぇのが来るぞ!」
「……」
烈は答えなかった。ラングの感じた危険を烈も当然承知していた。その上で、迫り来る危険の気配に集中をしていた。剣を再び正眼に、ただし今度は防御に意識を割いて構えた。
烈の額にじんわりと嫌な汗が伝う。汗が頬を通り過ぎ、顎を伝って、地面にぽたんと落ちた。その瞬間、ゼスが大地を蹴った。先程の倍の速さで烈の身体に肉薄していた。
(速い!? しまった! 間合いを......)
「君の悪い癖だな? 追い詰められて一歩後退するのは。相手が攻撃に意識を割いてるのならば、そこにもっとも勝機があるというのに」
烈は「はっ!」とした。脳裏に、かつて天才と呼ばれた少女の、彼の最愛の妹の声が蘇った。
「おらぁぁぁああぁぁぁ!」
既にゼスは必殺の一撃を叩きこもうとしていた。
「攻撃の意識が.....」
一撃、二撃......八撃と連撃が烈を襲う。鈍い痛みが、骨がきしむ音が烈の体から奏でられる。
だが、それに構わず烈は前に進んだ。
「何!?」
予想外の動きにゼスの手が一瞬緩んだ。
「割かれている部分が、貴様の隙だ!!」
「ぐおおおぉぉぉ!」
どがんっとぶつかり合う音がしたと同時に、烈とゼスの体が磁石の同極を合せたときのように吹き飛んだ。二人とも大地に倒れこむ。先にゆらりと起き上ったのはゼスだった。
「てめぇ......俺の八煌拳を......」
地面を転がったせいで、体は泥だらけになったが、大きなダメージはないようだった......その腕以外は......ゼスの鉄甲の片方はひしゃげ、ゼスの腕も使い物にならなくなっていた。だが、その眼はいまだ闘志を失わず、倒れている烈を怒りを込めて爛々と見据えていた。
「馬鹿な......ゼス様の八煌拳が......」
「人の急所に合計八発の拳を打ち込むゼス様の必殺技......団長以外で打ち破るやつがいるなんて......」
一方、『暁の鷲』の面々は驚愕の表情で倒れこむ烈を見ていた。信じられないものを見たかのようであった。そして、それは悲鳴に変わった。必殺の一撃を食らった烈もまた、震える脚を押さえつけながら、立ち上がったのである。
そして荒い息を吐きつつ、烈もまただらりと下がった前髪の隙間から、ゼスを見返した。
(危なかった。こっちが前に進んで打点がズレたから致命傷にならなかった。うまくいけば倒せたはずなのに、やはりこの技を使いこなすにはまだ未熟ということか)
「くっくっく、やるじゃねえかてめえ......」
ゼスは残った腕で、顔を覆いながら、烈に話しかけた。指の間から、ゼスの愉悦の表情が見て取れる。
「そういや名前を聞いてなかったな。名乗れや小僧」
「......レツ。レツ・タチバナだ」
「レツね......改めて言う必要もねえが、俺は『暁の鷲』の第八軍団長、『鉄甲鬼』のゼスだ。よろしくな」
「今更よろしくなのか?」
「ああ、つまらねえ雑魚だと思ってたんだ。悪かったな。強いやつとは何度もやりてえから、名前を憶えておきてえんだよ」
「お眼鏡にかなって光栄だよ」
「くっくっ、俺の評価は厳しいんだ。だが、レツ。てめえは最高の獲物の一人だ」
ゼスは残った片腕でファイティングポーズを取った。
「全力で、潰す!」
『鉄甲鬼』が吠えた。
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