低俗な夢
暗闇の中を烈たちはわき目もふらずに、馬を疾走させる。途中横に伸びた枝などが、ほほをかすめ、切り傷をつけるが、気にしている余裕はない。背中からは、自分たちを探すゴードウィン男爵麾下の兵士たちの怒号が聞こえる。
「ミア! 見えているのか!?」
烈は叫んだ。もうすでに辺りはほとんど見えない。木々の間を縫って、木漏れ出る月明かりに照らされるミアの姿を、見失わないようにするのが精いっぱいである。
「ちくしょう! これじゃいつか落馬しちまうぜ!」
「むぐぅぅぅ。ラングさん。もっと優しく走ってくださいぃ~」
「できるか!!?」
ラングとルルが後ろで悪戦苦闘する声が聞こえる。会話の内容と裏腹に、彼らも必死であろう。
「ミア!」
「もうすぐだ!」
焦る烈の声に、ミアが鋭く返す。烈が前方を確認すると、うっすらと森の手口が見えた。えいっと三匹の馬がスピードを上げる。彼らは森に入った時の勢いのまま、森を抜け出た。
目の前には、草原が広がっていた。
「ミア、これは......」
「おいおい、これはちょっとまずいんじゃないか?」
烈とラングが口々に絶望の声を上げた。遮蔽物も何もない草原である。追ってきているうちはいいが、矢を射かけられたら終わりだった。
「構わん! 走れ!」
ミアははっと馬に鞭を入れた。仕方なく、烈とラングもそれに続く。そうこうしているうちに、領主の軍勢が、森を迂回してきた。先頭のものが、こちらを指さし何事かを叫んでいる。すると、奥から弓を番えた者たちが出てきた。やはり、こちらを射殺す気のようだ。
「ルル! あの先頭で指示を出している男を狙えるか!」
ルルは言われたばっと振り向く。そして、間髪入れずに弓を構え、狙いを定める。距離にして約200m。通常ならば狙ってところにあたる距離ではない。
「はっ!!」
だが、ルルは『破軍弓』だ。その矢は吸い込まれるように、先頭の指揮官の頭に命中した。
「流石だ!」
烈が走りながら、ルルを誉め称える。ルルは馬上でえへんっと胸を張っていた。
「止まれ!」
その時、ミアが叫んだ。烈がはっと前を向くと、前から弓兵隊が出てくる。
「伏兵か!?」
烈たちの足が止まる。完全に挟撃の体勢となってしまっていた。しかも。前後ともに弓で狙われている。これでは近づく前にハリネズミにされてしまうだろう。烈の額に嫌な汗が流れた。
「さて、お二人さん? どうする?」
ラングが顔を強張らせつつも、不敵に笑う。
「ミア、どうする? 一か八かしてみるか? 正面の敵の方が少なそうだが......」
「いや、待て」
ミアが片手で制する。すると、後方からゴードウィン男爵が悠々と出てきた。その顔にはいやらしい笑みを張り付けている。
「困りますな。殿下」
「......」
「あなたをしっかりと始末しないと、私の夢が叶わなくなってしまうのですよ?」
「ほう? 不忠者の夢とは何か知りたいものだな?」
「ふっふっふ。まあ、最期なので教えて進ぜましょう。私はあなたを始末すれば、ペルセウス侯爵殿から中央の地位を約束さえているのですよ」
「ほーう? 中央でやりたいことがあるとは思わなんだ。具体的に何がしたいんだ?」
「無論、我がゴードウィン家の永遠の繁栄のためにですよ」
「それが、お前の夢か?」
「もちろん。女の殿下にはわからんかもしれないですが、男の、それも家長に生まれたからには、家を盛り立てるのは当然のことです。我が家はここ最近貴族になったばかりの家格ですからな。上に行くチャンスを逃すわけにはいかないのです」
「......下らんな」
「何をおっしゃる?」
「下らんといったのよ。低俗で浅はかでもある。夢というばかりで何も思い描けていないではないか。その程度ではペルセウスに始末されるのがオチであろうな」
「なんとでもおっしゃい。この状況であなたはどうすることもできますまい。観念してほしいものですな」
「それはどうかな?」
「何?」
ミアが獣のように笑うと、ゴードウィン男爵が怪訝そうな顔をする。その時であった。ミアたちの後方から鬨の声が上がった。烈たちが振り向くと、そこには構えていた弓兵隊の後ろから、騎士たちが出てきて弓兵隊を蹂躙する姿があった。騎士たちは不意を突いたこともあり、弓兵たちを次々と打倒していく。彼らは百合の旗を掲げていた。
「あれは、まさか鉄百合団!? なぜこのような所に!!?」
ゴードウィン男爵の顔が恐怖に歪んだ。




