激動の幕開け
会場から帰り、宿屋の扉を開けた烈を待っていたのは、宿屋中の人間からの祝福だった。
「おめでとう! あんたそんなに強かったんだな!」
「楽しませてもらったよ! 三剣を倒すなんてな」
「あんたが泊まった部屋、私も泊まらせてもらおうかしら?」
「それはいい! あの部屋はレツ・タチバナの間ってことで、今度から別料金にしてしまうよ」
「親爺さん。商魂たくましすぎだぜ!」
「「「「わっはっはっはっはっは!!」」」
その後も、見ず知らずの人たちが陽気に、あるいは少し緊張した面持ちで烈に話しかけてきた。中には噂を聞きつけた近所の母親が、自分の息子を抱き上げてくれと言ってきたものでもあった。
烈は照れながらも、いちいち丁寧に受け答えしていたが、流石に夜も更けると、疲れが出てきてしまい、キリがなくどうしようと思っていると、二階からぱんぱんっと大きく手を叩く声が聞こえた。
「はいはいはい! その辺でお開きにしてくれ! そいつは今日三回も強者を薙ぎ払ってきたんだぜ? 流石にもう限界さ」
「ラング......」
見上げると、ラングが助け舟を出してくれていた。
「みんな、すまない」
烈はひらりと人の隙間を抜けて歩き、ラングの下に合流する。集まってくれた人たちは不満そうだったが、ラングは烈の肩にポンと手を当てた。
「こっちのやつらは何とかしとくから、お前は部屋に戻りな」
「ああ、助かるよ」
「へいへいっと。ま、おめでとさん」
そういって、ひらひらと手を振りながら、こちらに背を向けて歩いていく。その姿はどこか頼もしかった。烈は目線でだけ、感謝の念を伝えながら、自分の部屋に戻った。
(暗いな。明かりは......)
烈が部屋の明かりを探そうとした瞬間であった。
「流石だな」
声を掛けるものに一瞬どきりとしたが、窓際の月光に照らされたその姿を見て、烈は安堵する。
「ミアか。明かりもつけずにどうしたんだ?」
「野暮なことを聞くなよ。女が部屋で明かりを点けずに待っていたら、することは一つしかないだろう?」
烈の明かりを探す手がぴたりと止まった。なんとなく、本当に何となく頭の中から排除していた可能性を、烈は考えなければならなかったからだ。
「......悪い冗談に聞こえるんだが」
「そう思うか?」
「ああ、俺らはそういうのではないと思っていた」
「そうか? 私も女だ。時にはそういう気分になるときもある」
「少し意外だ。そういう感情というか、欲は薄いのかと思っていた......」
「それは傷つくな。まるで私が人間じゃないみたいじゃないか」
烈はゆっくりと振り向いた。困惑していた。少し怒っているようでもあった。二人の関係を、汚されたような気がしたからだ。だが、ミアを見た瞬間、その怒りは杞憂だったことを知った。
「ったく。何が目的なんだ?」
「おいおい、だからさっきから言っているだろう?」
「もう下手な芝居はいい。目を見ればわかるさ。本気じゃないことくらい」
「おいおい。本気だよ? 私はレツに抱かれてもいいと思っている」
「だが、惚れているわけじゃないだろう?」
「こちらこそ意外だな。そこはそんなに重要なのか?」
ミアは烈に近づきしなだれかかって、指をつっと胸に這わす。そして烈の顔を艶っぽく見つめた。
「私は強い男が好きだ。お前が相手なら構わない」
「なるほど。抱かれるのはどっちでもいいというわけだ。何が目的だ?」
また烈が少し怒っているようになった。その顔を見て、ミアがこれ以上は無駄だと悟り、両手を挙げて、ため息をつく。
「わかったわかった。悪かった。試すようなことをしました。ごめんなさい」
ミアは可愛く舌をぺろりと出して、素直に謝った。
(こういうところが、憎めないんだよな)
烈は頭を掻きながら聞いた。
「ったく。何がしたいんだよ」
「いや、今日の大会を見て思ったんだ」
「?」
「レツは強い。バリ国王に勧誘されるくらいにな。あの王はすごかったろう?」
「ああ、まさに豪快崩落といった感じの王だった。直前に、悪い評判を聞いていたから特にな」
「聞いたのは奴隷の連中からだろう?」
「ああ、よく分かったな」
「あの王は敵対する者たちには恐ろしいくらい苛烈だが、味方する者にはどこまでも寛容だ。シバ将軍も元々東方の異民族だが、国王に今日みたいな武術大会で見出されて、将軍にまで出世したみたいだからな」
「なるほどね。為政者、いや、生粋の征服者というわけだ」
「ああ、だからこそなレツ」
「うん?」
「そんな偉大な王の誘いを断って、私と共にいてくれるわけだろう?」
「まあ、そうなるな」
「レツは見込んだ通り、素晴らしい男だった。そんな男を繋ぎ留めておくものが、私には体しか思いつかなかったんだ」
烈は呆れた。開いた口が塞がらなかった。頭を振って、ミアの目を、その金色の目を見ながら告げる。
「俺は、バリ国王よりもミアが劣るとは思わん」
「......」
「出会ったときに、何となくだが感じたんだ。俺とミアはどこか似ていると」
「それは、私もだ」
「ああ、だがそれは別に恋愛感情とかじゃない。あくまでそうさな......同盟者といった感じだ」
「同盟者?」
「そうだ、俺らは対等だ。何か頼むのに、引き換えのものなんて要らない。ただ、頼むと言えばいいんだ」
「頼む......か......」
「ああ、何があろうと逃げ隠れしない。それはミアもだろう?」
烈の言葉にミアはふふっと笑った。
「笑うなよ」
「いや、なんというかな。私も同じ気持ちだった。それが少し嬉しかったのだ」
「頼むよ本当。シバ将軍と戦った時よりも緊張したぜ」
「すまんすまん。しかし、残念だな。自信があったんだが、私には女の魅力がなかったか。やはりこの長身がいけないのか?」
ふくれ面をするミアに烈はため息を吐いた。
(こいつは俺が我慢するのに、どれだけの理性を働かせる必要があったと思ってるんだ!!)
だが、その文句が口をつついて出ることはなかった。代わりに出たのは別の言葉だ。
「それで、何が本当の目的なんだ?」
烈の言葉に、ミアは真剣表情になった。そしてゆっくりと口を開いた。
「私とともに、ドイエベルンに行ってくれないか?」
「ドイエベルン? 確か以前内紛がどうとか聞いたことあるな」
「そうだ、そこに向かわなければ行けなくなった」
「わかった」
烈の即答に、ミアは奇妙な表情になった。
「事情は聞かないのか?」
「聞いたら教えてくれるのか?」
「それはまだできん」
「なら聞かないさ」
「いいのかそれで?」
「構わんよ。言ったろ?」
「......」
「俺たちは同盟者だ。ミアが助けてほしいなら、俺は駆けつける」
烈にミアはふっと笑った。どこか安堵したような表情だった。
「私はレツに何をもって報いるべきなのかな?」
「さっきも言ったろ? 何もいらん」
「そうだったな。では、存分に助けてもらうとしよう!」
ミアが太陽の如くにっと笑って、手を烈に差し伸べた。烈は彼女を見返しながら、片手を出して、その手を固く力強く握り返した。




