出会い
烈は森を駆け抜けていた。なるべく静かに、気配を殺して、音が聞こえる方へと近づいていく。
(こんな技術が役に立つときがくるとはな......)
緊張感を持ちながらも、烈は自嘲気味に笑った。
(現代の社会でまるで不必要だと感じていたが、何事も習得しておくのは悪くないということか......)
烈が取り留めもないことを考えているうちに、音はどんどん大きくなっていく。
(やはり、鉄の打ち合う音......剣戟の音か......)
烈は非日常的な連続に戸惑いながらも、ゆっくりと草むらの陰から様子を伺った。
(なんだあれは!?)
烈は驚愕した。
(仮面の男たち? 何人いるんだ......1......2......8人か......それと打ち合っているのは......フードをかぶった男、1人だけ? これはあまりにも......)
烈は冷や汗を垂らす。明らかに仮面の男たちの剣に殺意がこめられている。どう考えてもフードの男が殺されるのは必然であった。
(助力するか? だが、状況がわからないのに?)
だが、烈は再び驚愕した。瞬く間に殺されるであろうと思ったフードの男は思いの外、善戦していたのである。男は身の丈もあるほどの大剣をふるって、器用に仮面の男たちの剣をいなしていた。それどころか、時間が経つうちに一人、また一人と、防御する剣ごと、仮面の男たちを斬り払っていくのである。
(すさまじい技量の持ち主だ。あいつにも匹敵するか......ん? あれは......)
烈は男が斬り払ったうちの仮面の一人がピクリと動くのを見た。どうやら斬られたふりをして隙を窺っているようである。そうこうする内に男は仮面を7人まで斬り伏せる。そして、最後の一人に狙いを定め、男は体制を整え一気に駆け出した。その瞬間、フードの男を挟むようにして、生き残りの仮面と、死んだふりの仮面が挟むように形になる。奇襲するにはもってこいの状況である。
「危ない!!」
思わず烈は叫んでいた。同じく剣を習得したものとして、男の才を惜しんだか、それとも8対1の状況ゆえに義憤の心が知らずに生まれていたのか、兎に角、本能がフードの男に味方することを選んでいた。
死んだふりをしていた仮面の男は隠し持っていた小刀でフードの男を刺し殺そうとしていた。しかし、烈の声に一瞬動きが止まる。
それで充分であった。
「はあああぁぁぁ!!!」
裂帛の気合とともに、フードの男は大剣を横薙ぎにふるった。恐るべき膂力をもって大剣が仮面の男たちを両断する。それで動いているものは烈とフードの男以外、いなくなった。
烈は観念して姿を現す。すでに隠れていても無駄だった。
「......」
烈は何も言わなかった。いまだにどういう状況かわからないし、抵抗しようにも武器がない。正直、ここで死んでもいいとさえ思っていた。罪深き自分が、最後に尊敬に値する技量をもつものをを守れたのだから。
そんな烈にフードの男はふっと笑ったように感じた。
「一応その男が生きていることには気づいていたのだがな......だが、仕掛けるタイミングは秀逸だった。ここは礼をもって報いるべきかな?」
そういってフードをとった瞬間、烈は三度驚愕することになった。
(女!? しかも相当な美女だ)
フードが取れた瞬間、今まで隠していた真っ赤な短い赤毛が露になった。マントでよく見えないが、相当に鍛えられているであろう体躯に、きめ細やかな肌、化粧気はないが、着飾れば傾国の美女となるかもしれない。しかし、それ以上に烈を惹きつけたのは......
(なんて瞳だ......黄色? いや、この猛烈に惹きつけられる感じは金色というべきか? 体がまるで虎か獅子にでも睨みつけられているように動けない......)
烈は女の瞳から始まり、体全体から発せられる圧倒的なオーラともいうべき迫力に飲まれていた。恐ろしいものではない。むしろ心地よく感じる。だが、緊張で烈は生唾を飲み込んだ。
そんな烈を見て、女はふふっと笑った。そうすると年相応に見える。意外と年は烈と同じくらいなのかもしれない。
女はその身にまとった殺気の残りをしまい、返り血を存分に吸った大剣を持っていない手の方を、烈へすっと差し出した。
「私はミア。ミア・キャンベル。戦士だ。お前の名前を教えてくれないか?」
烈はこちらをしっかと見つめる戦士と名乗る女性の、あまりに眩しい目を見続けることしかできなかった。