三剣の一角
「流石だな」
控室で待機している烈を訪ねるものがいた。
「ミアか」
燃えるような赤い短髪をなびかせて歩き、烈の正面に壁に寄り掛かるようにして、腕を組んで立った。
「試合中の選手への接触は原則禁止じゃないのか?」
「何事も抜け道はあるものだ。お前の決勝の相手も副官と会ってたろう?」
「王の警護のためだとラングから聞いたぞ?」
「だが、抜け道は抜け道だ」
ふっと烈は笑った。
「あの将軍について、聞きたいことはあるか?」
ミアは烈を試すように言う。
「......いや、何もない」
「そうなのか? 勝つためには相手を知ることも必要だろう?」
「ああ、普通ならな。だが......」
「だが?」
「これは試合だ。戦争じゃない」
「......そうだな」
「......」
「それでいいのか?」
「何が?」
「奴隷たちや......あの副官もか? 全力で向かってきたろ?」
「ああ、そうだな」
「彼らに失礼じゃないか? 一人だけ万全を尽くさないというのは」
「わからん。だけど......」
烈はにやっと笑った。
「それじゃつまらんだろう?」
ミアもつられて笑う。
「くっくっくっ。相手は大陸でも指折りの剣士だぞ?」
「ああ、だからこそ、全力でやってみたいんだ。ミアなら同じことをするだろう?」
「もちろんだ」
「レツ・タチバナ! 出番だ!」
管理官の呼ぶ声がする。烈が立ち上がると、ミアが烈の背をばんっと叩いた。
「勝ってこい」
「大陸指折りの剣士に? ただの一介の戦士が?」
「私が認めた戦士だ。自信がないのか?」
烈はそれには答えず、管理官に連れられて先へと進んだ。会場へと姿を現すと、既にブーイングが聞こえる。だが、今の烈は意に介さなかった。それよりも、反対側の入り口から、姿は見えずともヒシヒシと感じる剣気に集中していた。
やがて、登場口からゆっくりと、袴に似た姿をした女性が現れる。長めの黒髪を後ろで結び、白百合のような凛と姿をして、ただし手に薙刀を持ち、烈の前へと立ち塞がった。
「待たせたか?」
キョウカ・シバは少し笑って口を開いた。緊張は感じられない。若く美しい姿であっても、中身は百戦錬磨の将軍だった。
「いや? 今来たところだ」
「ふふっ」
「どうした?」
「いや、物語の逢引きみたいなセリフを言うものだと思ってな」
「それは、あまり考えていなかったな」
「ははっ。構わんよ、一度言われてみたかったのだ」
「あなたを誘う男性など五万といるでしょう?」
「それが、なぜかな? とんといないのだよ」
(多分、第三軍の連中が軒並み蹴散らしているんだろうなあ)
ある種、狂信的とも言える彼らのキョウカへの崇拝を思い出し、烈は苦笑いをした。
「まあ、無駄話はこれくらいにしておこう。王もご覧になっている」
「一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「奴隷についてどう思う?」
「......個人的には気に食わん」
「......」
「だが、私は王の剣。王の鉞だ。武器はただ目の前の獲物を狩るのみ。政治に口は出さん」
「そうか、残念だ」
二人は互いに各々の獲物を構えた。その瞬間、始まりを告げる鐘がなる。二人は動かなかった。互いににらみ合いの時間が続く。
「動かないな」
ラングが試合の様子を見ながら言った。
「互いに隙がないからな。下手に動けばそこを突かれる」
ミアが真剣な表情で試合を見届けていた。
「だが、このままじゃ見てる方はつらいぜ?」
「それはあいつらも同じさ。そろそろ動くぞ?」
試合はミアの言うとおりになった。
突如として、キョウカが突きを繰り出す。信じられないことに、ルルの矢よりもさらに速い突きだ。
「はっ!」
烈は落ち着いて、薙刀を剣で払った。そのまま剣の間合いに入ろうとしたが、それはキョウカがさせなかった。薙刀の切っ先を烈の前にかざし、その侵入を阻んだ。
(あんな細いのに、まるで鉄壁だな)
烈の顔に冷や汗が流れる。間違いなく、キョウカの実力はこの大会で飛びぬけていた。烈は数歩、ゆっくりと下がって間合いを取り直す。
(薙刀のリーチの差は思った以上に大きいな)
烈は準決勝と同じく、腹を括ることにした。大きく身をかがめて、脚に力を込め、大地を力強く蹴る。その姿は黒い狼のように、まっしぐらに獲物をへと襲い掛かった。
(立花流・飛迅!)
しかしキョウカは冷静だった。薙刀を大上段に振りかぶり、自身の間合いの範囲内に入るのを待つ。
(上から打ち据える気か? だが!)
準決勝の時と同じく、さらに一段体勢を低くして、速度を上げる。まるで黒い影のようにキョウカへと迫った。
だが、キョウカはそこから斬り下ろすのではなく、自分の体で隠すように切っ先を下げた。
(まさか!?)
背筋に悪寒が走る。烈は急遽横っ飛びをした。その瞬間、キョウカが地面を這うように、薙刀を横薙ぎに振るった。
「うぐおっ!!?」
間一髪であった。烈のいた場所を薙刀の刃がぶおんっと唸りを立ててかすめていく。烈は転がりながら場っと起き上がった。そして烈が体勢を立て直すのを、キョウカは油断なく構えて見守っていた。
「やりますね。体を真っ二つにできる予定だったのですが......」
「そりゃどうも......こっちもぎりぎりだったよ......」
烈は肩で息をしていた。空気が重い。キョウカの放つ剣気は試合会場一帯を支配するほどの圧を持ってる。
「一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「寝間着で王城に参上したのは一回だけですよ?」
「気にしてたのか......」
「バカじゃありません......」
ふくれっ面が少し可愛かった。だが、その殺意はまったく可愛くない。かつてない強敵の、絶対的な間合いの長さが、烈には隣の星へ向かうくらい遠くに感じていた。




