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想定外の裏切り

 シリウス公爵たちが野営する陣地にたどり着いたミアたちは面食らうことになった。遠方から様子を伺っていたがどうにも様子がおかしいと急いで来てみたが案の上であった。兵士たちはみな焦ったように戦支度をし、何かに備えているようであった。


 ミアたちが何事かとあたりを見回していると、見知った顔を見つけた。ミアはその人物に向かって大声で呼びかけた。


「お~い! ドーン! 何かあったのか!!?」


 鉄百合団の副団長、ドーン・オズワルドその人であった。手を振りながらこちらがいることをアピールすると、ドーンは部下に指示する手を止めて、慌ててこちらへ向かってきた。


「殿下!!? いつこちらへ!?」


 その声で、ようやく周囲の兵たちもミアの存在に気付いた。


「殿下だ!?」


「殿下が帰還されたぞ!」


 周りが俄かに活気づいてきた。どうやら相当な緊張の中にいたらしい。兵士一人一人の顔に安堵のひょじょうが浮かんでいた。


 ミアは訝しげにドーンに聞いた。


「ドーン、どうやらのっぴきならない事態が起こったみたいだが何があった?」


「はっ! 私から説明するよりシリウス公爵や団長から説明したほうがよろしいかと。どうぞこちらへ」


「クリスもこっちに来ているのか? 相当な怪我だったはずだが」


「ええ、まだ完治とはいきませんが、数日前にこっちの方で戻ってまいりました。自分だけ後方で療養しているわけにはいかないと。しかしこれは英断だったかもしれません」


 ドーンの表情が強張っているのを見て、烈たちも顔を見合わせた。どうやら事態はただ事ではないらしい。


 ドーンに案内されたのはひと際大きな天幕であった。ミアがバサッと天幕の入り口の布を払いのけると、中にいて協議をしていたシリウス公爵とクリスがミアたちの存在に気付いた。


 二人とも大喜びでミアの前に来て跪いた。


「殿下! カイエン公を動かされ、バウワーも討ったとか。流石でございます」


「しかり! 団員たちも殿下たちの活躍を聞いてますます士気が上がりました」


「二人とも立ってくれ。そんなことより今何が起きているのか、教えてほしい」


 二人は立つと、互いに顔を見合わせた。特にクリスが言い出しにくそうなのを見て、シリウス公爵が口を開いた。


「実は......ハイデッカー公、及び紫鷹団がこちらへ兵を率いて向かっております」


「なに?」


「馬鹿な!?」


 眉をひそめたミアに対し、驚愕の声をあげたのはミアの後ろに控えていたアイネだった。アイネの姿に気付いたシリウス公爵はびっくりした様子だった。


「おお!? アイネ殿。お久しぶりですな。以前に会ったのは陛下の即位式の時であったか。あの頃よりも随分美しく......そして強くなられたようだ」


 シリウス公爵の賛辞にアイネは丁寧に礼をした。


「ありがとうございます、シリウス公。しかし、今はそれどころではありませぬ。ハイデッカー公がこちらへ兵を差し向けているというのはどういうことでございますか?」


「ああ、うむ。そのままの意味だ。彼らは我らを討つために紫鷹団5千を率いてこちらへ向かっておる。併せて彼の領地からも総勢2万の兵が、『御三家』に率いられて進軍しているようだ」


「ありえませぬ!」


 アイネは必死の形相で否定した。


「ハイデッカー公は殿下の信望者です! 彼の方と夜通し殿下の素晴らしさについて語り合ったこともあります。そのハイデッカー公が裏切り、あまつさえ兵を差し向けるなど......」


「そんなことしてたのか......」


 ミアがアイネの衝撃の発言に冷や汗を垂らしていた。だが、すぐにごほんと一つ咳ばらいをして、話題を元に戻すことにした。


「まあ、私も同感だ。ハイデッカー公---フランツはペルセウスを蛇蝎の如く嫌っている。それだけでも協力するのはありえないだろう」


「ええ、我々もそう考えておりました。ゆえになぜこうなったか調査を命じているですが、まだ原因は分からずでして」


「あ~またちょっといいか?」


 話を遮って、烈が手を挙げた。アイネなどは露骨に「なんだこいつ」と言わんばかりの表情をしている。


 だが、すでにこの若者の戦場への影響力を承知しているシリウス公爵は喜んで応えた。


「なんですかな? レツ殿」


「さっきの『御三家』というのは何なんだ?」


「おお。説明が足らず申し訳ない。そもそも背景から説明することになってしまうのですが、ハイデッカー公---フランツ・ビルフェルト・ハイデッカーはまだ齢24で、公爵の地位を亡くなった先代から受け継いだのは最近のことなのです」


「ほう?」


「ゆえに三人のハイデッカー家の縁戚が彼の後見人として立つことになったのです。まあお目付け役ですな」


「なるほど、貴族の中でも有力者というわけだ」


「ええ、全員一角ならぬ能力を持った者たちです」


「つまり、騎士団に加えて、南の領地一帯も敵に回ってしまったと?」


「そういうことですな。これで大分敵勢力と兵力に差が開いてしまいました」


「なるほど。理解できたよ。ありがとう」


「いえいえ。これくらいであれば」


 ほのぼのとし始めた、シリウス公爵と烈の空気をごほん!っとアイネは咳一つで引き締めた。


 ミアはそれを可笑しそうに笑ってみていたが、いつまでもそうしているわけにはいかないと、クリスに顔を向けた。


「それで、フランツの敵対の理由に心当たりはないのか?」


「はい。今回ばかりはなぜ親友がこのような行動をとったのか皆目見当もつきませぬ。このままでは王国の二大騎士団がぶつかり合うことになり、喜ぶのは諸外国であることを()()は私よりも知っているはずなのに」


 くっと顔を歪めるクリスに、ミアもならばしょうがないと、心当たりをしばらく思案することになった。しかし出口の見えない思考に風穴を開けたのは烈だった。


「なあ、もしかしてシリウス公爵と同じ方法じゃないか?」


 烈の発言に、周囲にいた人間は彼の顔を一斉に見た。代表してシリウス公爵が聞いた。


「私と、というと?」


「娘さん---レイアお嬢様を人質にしていたろ? もしかして芸もなく同じことをしたのではと思ってさ」


「ありえるな」


 後を引き取ったのはミアだった。だが、クリスが異を唱えた。


「しかし我が友は生半可な人質であれば、公爵の務めと切り捨てそうな激情家の一面があります。御三家もともに進軍しているのであればいったい誰を......」


「ロザリーならどうだ?」


 ミアの一言に、クリスもシリウス公爵もアイネもはっとした。対照的に誰かピンとこず、烈とラングとルルはぽかんとしている。


「ありえますな。ハイデッカー公は彼女のためなら動くやもしれませぬ」


 シリウス公爵が同意すると、クリスも一考に値すると思ったのか、思案する表情になった。


「確かにあの方をとなれば。しかし、あの女傑が素直に人質になるのか......」


「もちろんそれだけではないだろう」


 ミアがクリスに自分の考えを述べた。


「フランツは総合的に()()()()()()()()()と考えたはずだ。ゆえにこれだけが決め手となったわけではないのだろう。だが、大きな判断材料の一つとなったはずだ」


「すまん、また『ロザリー』って誰だ?」


 再度口を挟む烈に、アイネは露骨に「ちっ!」と舌打ちを鳴らした。


 それを無視して、今度はミアが説明をしてくれた。


「ロザリー・ベルハイム・ミッテラン---フランツの婚約者だ」


「ああなるほど? 愛する人を救うためにって感じか?」


「まあそれだけではない複雑な事情があるのだが......今はその解釈でいい」


「なら、今度はそこに行くかな」


「なに?」


「シリウス公爵の時と同じだろ? 俺らがちょっと行って探ってくるよ」


「危険だぞ? 人質とかそんなものなくて、ロザリーも最悪敵かもしれん。道中で御三家の軍とすれ違うことになるからそこで捕縛される可能性もある」


「だな。だが、遠回りしている余裕もなさそうだから、どうにかして切り抜けたい」


「ほう? つまり?」


 烈は悪戯っ子のようににやりと笑った。


「まずはその『御三家』を削ろう」

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