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蛮勇

「はっはっは! 追え追え! カイエン公爵を捕らえたものには報奨金を出すぞ!」


 バウワーは目を血走らせながら、脇目もふらずに逃げるカイエン公爵を追いかけていた。いつの間にか谷の通路も狭くなり、自軍がどんどん先細りしているのだが、それを気に留める素振りすらなかった。


 一方逃げるカイエン公爵は後ろをちらりと見ながら少しあきれ顔だった。


「ここまで見事に嵌るとは......崖上に登る様子もないし......逆に兵が無駄になっちまったな......お?」


 カイエン公爵は少し離れた場所から黒煙が数か所上がっていることに気付いた。


「どうやら他の道は成功したらしいな。ならこっちの本丸が失敗するわけにはいかんな。おい! 本隊まであとどのくらいだ!?」


 カイエン公爵は隣を走る雷迅衆の側近の一人に確認した。


「もう間もなくです!」


「そうか、なら全軍反転だ!」


「合流してからではなくてですか!?」


 作戦と違う行動に側近は驚いた。


「ああ、相手もこの隘路で人数差がかなり減ってるからな。最初に少し突撃しといて相手の勢いを止めてた方が本体の突撃の効果が高くなる」


「ですが、作戦は後退する敵を叩くことではなかったのですか?」


「ああ。だからそうしやすくするんだよ」


 そこまで言われて側近もピンと来たようだった。伝令を飛ばして、一瞬で反転して敵軍を迎え撃った。


 対するバウワーは喜色満面の笑みとなった。獲物がこっちから近づいてくるのだ。これ以上の好機はないと思った。


「諦めたか老いぼれぇ! 近衛総司令の名において制裁を加えてやろう!」


 獣のように理性をなくして笑うバウワーを見たカイエン公爵はふっと笑った。


「ばかめ」


 敵軍と雷迅衆が激突した。だが、一方的に蹂躙されたのは敵軍の方であった。


「なんだ!?」


「強すぎる!?」


 敵軍の兵士たちは驚愕した。どの戦線も維持することは叶わなかった。


「しっかりせんか! 貴様ら! 老いぼれの兵隊どもに負けるなど恥ずかしくないのか!」


 バウワーは必死で檄を飛ばすが、周りは借り物の軍である。士気は低かった。


「ですが、どう見てもあの兵士たち一人一人が達人のような強さです。まったく歯が立ちません」


「ならば集団で相手すればよかろう! 人数はこちらの方が圧倒的に多いのだぞ!」


「それもこの隘路ではほとんど意味がありませぬ。せいぜい二対一にすることが限界で......」


 言われてバウワーは周囲を初めて意識した。周りを崖に囲まれ、大軍の意味が全くない。


「おのれ、嵌められたか......」


 ここへきてようやくバウワーはいいように操られていたことに気付いた。しかし状況は悪くなる一方であった。


「バウワー様、他の道でも苦戦が続いており、いくつかの軍は撤退を始めております!」


「伝令! ゲルパ様討ち死に! 所属の軍も敗走しました!」


「マルカネン様撤退! 敵将との一騎打ちに敗北したとのことです!」


「前方から敵軍接近! 率いるのはミネビア殿下と『白雷』ミントレア伯爵です!」


 最後の報告にバウワーはがばっと顔を上げ、前を見た。一筋の光明を見つけたかのような顔だった。


「そこだ! 全軍突撃! 殿下さえ捕えれば我らの勝ちだ!」


 撤退が頭の大半を占めていた側近たちは驚愕した。手前の雷迅衆すら抜けないのにミアまで剣が届くわけがなかった。側近の一人が膝をついて嘆願した。


「恐れながら! この状況では後方にしか活路はないと存じます。兵力差はいまだ我らが有利。谷さえ抜ければまだ勝機はあります!」


「馬鹿者! 臆病風に吹かれおって! 貴様なぞ俺の配下にいらぬわ!」


 そう言ってバウワーは手にした棍棒で勇気ある注進を叩き潰した。周囲にいた側近たちは信じられない気持だった。


「大将首が目の前にいて逃走するなど近衛総司令の戦術ではないわ! 作戦は変えん! 全軍突撃!」


 側近たちは覚悟を決めた。進んでも退いても殺されるならまだ戦って死んだ方がましだった。


 一方、カイエン公爵と合流し、敵軍の様子を見ていたミアやミントレア子爵は驚いた。


「なんと!? まさか進んでくるとは!? バウワーとはここまで勇者なのですか?」


 ミントレア子爵の言葉にミアは首を横に振った。


「いや、これは状況の読めぬ蛮勇だろう。遠くにある豪華な食事より、目の前の餌に食いついたにすぎん」


「今、自身のことを餌と称しましたね? しかし、だとするとこの程度の男を近衛総司令に据えるとは。ペルセウス侯爵は何を考えているのか?」


「さあな。単に自分に従順なものを配下にしたかったのか。それとも他にあてがある中のつなぎか」


「恐らく後者だろうな」


 話に割り込んだカイエン公爵にミアは向き直った。


「そういえば師匠はペルセウス侯爵とは戦友でしたか?」


「先代の頃な。今あいつの周りにいるものは無能の集まりだが、あいつだけはそうじゃねえ。戦にも政治にも慣れた傑物だ」


「ずいぶん評価されるんですね」


「まあな。あいつの策には若いころ何度も助けられた。あいつのことを見誤れば負けるのはお前だぜ? ミア」


「ご忠告心に刻み込みます」


「おう。ミントレア。あとはお前がやっとけ」


「カイエン様はどうするので?」


「俺の出番はもうねえだろ。この戦を締めるのは俺じゃねえ」


 そう言ってカイエン公爵はミアを見た。ミアはカイエン公爵の言いたいことを察して敵を見据えた。

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