表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

狐は鬼から逃げ出したい。

作者: eda

 少女はうんざりしていた。




 今日はいつにも増して襲ってくる(あやかし)が多く、ゆっくりもできなかったのだ。



 ぐしゃりと襲ってきた妖を刀で刺し殺して、ふと顔をあげた。気付けば夜の帳が降りていて、辺りは虫の声もしないほど静まり返っている。



 クンクンと、自分の周りに妖の匂いがないか確認すれば、先程殺した妖の血の匂いしかない。


 ホッと息を吐き出し自分を見下ろせば、白かった着物は返り血で黒くなっていて眉を寄せる。



 「お気に入りだったのに……」



 ボソリと音に乗せるとだんだんと腹が立ってきて怒りに任せてもう一度異形のモノに刀を突き刺した。



 「最悪……」



 少女は悪態をつきながら、大嫌いな奴を思い出す。





 そもそもの元凶は、最近少女の棲む山の近くで暴れている鬼の妖のせいだ。



 鬼がこの辺りの妖を殺し回るので、少女の棲む山の周りはいつも血の匂いで充満していた。その匂いで新たな妖が集まり、またそれを鬼が殺すという悪循環……。


 誘き寄せられた妖は近くに棲む少女をも喰い殺そうと押し寄せるので、ほとほと困っていた。



 けれど、だからと言ってただで殺られる少女ではない。


 少女は一見、人間のように見えるが狐の妖だった。華奢な体だけ見れば人間と代わりないが、絹のような銀髪から覗く獣特有の耳と、着物の尻の上辺りから出ているふわふわの尻尾が少女を獣の妖だと表していた。



 これまで少女が返り討ちにできたのも自分より弱い妖だったから生き延びる事ができていた。





 (まずいわね……狩りに夢中になりすぎちゃった)



 次から次へと襲いかかってくる妖を必死に殺していたら、知らぬまに山の麓まで降りてしまったようだ。



「あいつに出くわす前に帰らなきゃ……」



 山の麓は鬼が暴れている場所に近かったので出会ってしまわないかと焦った。


 けれど歩き出した瞬間、ふと水の匂いがして立ち止まる。耳をピクピク動かせばやっぱり水音がした。


 近くに川があるのかもしれない。襲われたせいでお気に入りの着物がよごれてしまったので、出来るならすぐ汚れを落としたかった。



 ついでに、先程殺した妖の頭を刀で刈り取る。


 妖力の強い妖の頭部は自分の妖力と混ぜて使えば魔除けにもなるので持って帰る事にした。



 血まみれの刀を引きずりながら川がある方角へ向かえば、だんだん疲れて眠たくなってきた。


 ボーッとしながら歩いていると、急に二つの気配を感じ視線を上げる。



 ちょうど月が雲から顔をだし、二つのシルエットが鮮明になった。




 「…………げっ」




 月明かりの下には鬼と蛇の妖がいた。


 そして鬼の方は、今一番会いたくない奴だった。




 (どうしてここに……?)




 いつもなら匂いで分かるので会う前に逃げるけれど、血の匂いを嗅ぎすぎて気づくのが遅れてしまったようだ。



 ジリジリ後退りして、逃げ道を確認する。



 鬼は私に顔を向けたかと思うと、怒ったような表情になった。まずいと思い後ろに逃げようとしたが、上からストンッと飛んできた鬼に左腕を掴まれてしまった。


 驚いて手に持っていた異形の頭部はべちゃりと落ち、周りに血が飛び散る。



「っ……痛いから離して!」



 抗議の声を無視され体をじろじろと見られる。その無遠慮な視線を不快に思い、鬼を睨み付けながら腕を取り戻そうともがくが、なかなか外れない。




 「……何故ここにいる? お前、山に引きこもっていたんじゃないのか?」



 鬼の低い声が届き、誰のせいでここにいると言うのかと頭に血が上り持っていた刀を振り上げ距離をとった。



 「誰かさんが暴れて私の棲み家を荒らすからでしょう!」



 鬼のせいで妖が増えて困っているのに何たる言い草だと、感情が高ぶり毛が逆立つ。



 鬼は一瞬蛇の様子をちらりと確認してから、再びこちらに目を向けてきた。



 「あまり興奮す()()()()を呼ぶぞ」



 「うるさい!うるさい!」



 うなり声をあげて威嚇すると、鬼は私を見ながら大袈裟にため息をついた。



 「何度も言っているだろう……俺の元へ来ればお前が苦しまなくて済むと」



 鬼は、少女の棲む山の麓にいつのまにか居を構え、会うたびに一緒に住めと言ってくるようになった。


 一緒にいれば襲われる事もなくなると言うのだが、そんな言葉を今さら信じる事はできなかった。




「あなたが元凶なのに、一緒に住めばもっと襲ってくるわ!嫌!」



「……俺の近くにいなければ、もっと怖い目に合うぞ?」



 鬼が口の端を歪め眉を寄せる。何を根拠に言うのか解らないが、脅しともとれる言葉に苛立ち唇を噛む。




 「まだ、怒っているのか?」




 やれやれと言いながら、ゆっくり鬼が近づいてくるので更に後ずさる。



 「っ……私を騙したくせに!よくそんな事が言えるわね!」



 怒りと苛立ちと、僅かな哀しみで体が震える。誰のせいでこんな所まで逃げたのか。あの時の事を思い出すと胸の奥が苦しくなる。もう、あんな思いはしたくない。もう、絶対騙されない。



 少女の顔を見て、鬼が立ち止まり眉を下げて悲しい顔をした。



 「すまなかった」



 「…………は?」



 まさか謝られるとは思わなくて、目を大きく開き固まってしまった。



 (今更、何……?)



 言葉が出てこず唇が震える。




 「あの後、お前を一人にするつもりはなかったし、騙すつもりもなかった……」



 (……なに、それ)



 「もう一度、初めからやり直したい。」



 手を差し出されまた一歩、近付いてくる鬼を茫然と見つめる。真っ直ぐ、翳りのない瞳で言われて動揺して動けなかった。









 少女は産まれて1000年も経たない狐の妖だった。



 人間からすれば長生きだが、妖からすればまだまだ幼子のような狐。



 生まれた頃は、神が棲むといわれる山の奥に引きこもっていた。


 山の周りには神の結界が張り巡らされていて、妖は近寄れない。

 山に訪れのは信仰心の強い人間くらいで、神の眷属のような真似事をしながら独りぬくぬくと何百年、そこで過ごしていた。




そんなある日、神の山にふらりと鬼の妖が現れた。




 最初、狐は鬼が怖かった。たまに山の外に遊びに行けば、妖に襲われる事があったので、この鬼も自分を襲いに来たのかと怯えた。この山に入れるとすれば、かなり強い妖。狐なんてひとたまりもないだろう。



 だけど、鬼は狐が怖くなくなるまで側には寄らず何度も会いに来た。



 会いに来てくれた時は、美味しい果実を土産に持ってきてくれて、狐の知らない事をたくさん教えてくれた。


 山の外の妖が怖いと鬼に溢せば、襲われた時の対処の仕方や妖力の扱い方も教えてくれた。



 その内に、狐は人間のように変化できるようになった。耳と尾が出たままの完全な人型ではなかったけれど、この姿になると鬼はとても褒めてくれた。その時には鬼との距離が触れられるほど近くなっていた。



 長い年月を独りきりで過ごしていた狐にとって、話し相手がいるのはとても嬉しかった。


 触れる事を許せば鬼は優しく頭を撫でてくれたり、寒い日は懐に狐をいれて眠ってくれる。誰かに抱き締めてもらう事が、こんなに安心するものなのかと狐は生まれて初めて知った。


 たまに意地悪で怒ると怖いけれど、大きな手で頭を撫でてくれると安心するし、鬼の匂いは他の妖と違って嫌じゃない。



 この時間がずっと続けばいいと思っていた。



 けれど―――。



 ある時、神の山で1人で寝ていると夢の中で誰かに話かけられた。その人は夢の中で神になる方法を教えてくれた。



 狐はいつしか神になりたいと思っていた。



 神に近くなるほど、尾が増え強くなれる。



 狐は強くなりたかった。



 でも、その為には鬼と離れなければならないと夢の中で言われて少し迷った。鬼と離れるのは嫌だったけれど、神になったら今度は自分が会いに行けばいいんだと思い直した。



 それなのに、その事を話すと鬼が急に怒りだし覆い被さってきた。



 「……お前に俺の力を与えて、こちら側に堕としてやろう」




 一言、そう言われて訳もわからないまま強引に唇を奪われた。唇から彼の妖力を感じて自分の体に流れ込んでくるのがわかる。



 このせいなのか解らないが、気付けば神の山の外で倒れていた。山に戻ろうとしても、何かに阻まれてまい元の場所に戻ってきてしまう。




 鬼は、どこにもいなかった……。




 外にいたことで、今まで遠目からこちらを伺っていた妖に襲われるようになった。見たこともない異形の者達に押さえつけられ、喰われそうになった時は本当にダメかと思った。


 幸か不幸か、鬼に殺し方を教えてもらっていた狐は死にも狂いで周りの妖を殺して命からがら逃げる事に成功した。


 遠くの山で見つけた崩れた社に身を潜めて、いつまた襲われるか分からない恐怖と初めて殺した肉の感触が消えずたくさん泣いた。



 鬼に裏切られて大嫌いになったはずなのに、一人はやっぱり寂しくて、鬼にまた会いたくてたまらなかった。



 あの、大きな手で撫でてほしい。抱き締めて欲しい。


 鬼は、どうしてあんなことをしたのだろう……。たくさん考えても鬼の気持ちがわからなかった。





 会いたいのに会いたくない――。



 こんな苦しい気持ちになるのが、嫌だった。




 (……もう近付いてはダメだ。)




 (さいわ)い、かなり遠くまで逃げてきた。もう会うこともないだろう。



 このまま忘れよう。




 そう思っていたのに……何の因果か、鬼がまた狐の少女の前に現れた。









 「っ……またそうやって、私を騙す気なんでしょう! 私を想っていたのなら、何故、神になること妨げたの?」



 鬼の謝罪を素直に受け入れるのは難しかった。またいつ裏切られるのかと不安な夜をまた過ごしたくない。



 持っている刀を構え、睨み付けると急に鬼の気配が禍々しくなる。



「……お前が、俺から離れようとするからだろう。お前は俺のものなのに、何故神にやらねばならぬ……」



 髪をかきあげながら、低い声で呟かれゾクリとする。恐怖で一瞬反応が遅れて、その隙に狐の歩幅より大きな一歩で近づかれ軽々と素手で刀を折られる。



 (っ……しまった!!)



 後ろに逃げようとするが、それよりも早くがっしりとした腕が腰に巻き付いて、鬼の腕の中に拘束される。



「は、はなして!」



「なかなか、お前も頑固だな……」



 上から見下ろされ意地悪な顔を向けられる。



 鬼が他の妖を消す所を何度か見た事がある。指一つで、一瞬ですべてを無に還せる力は無知な私でも規格外ということがわかる。



 そんな鬼に拘束されたら、そこそこ強い力を持っている狐でもただの女のように非力だ。背の低い狐に合わせて鬼が背中を曲げて顔を近づけてくるので怖くて目をギュッと瞑る。



 また痛い事をされたりするのでは、と体が強ばる。でも待てども衝撃は来ず、代わりに大好きだった大きな手が背中を優しく撫でてくれて、体の力が抜けてしまった。



 「は、離して……」



 自分の声が弱々しくなっているのがわかる。


 早く離れなきゃいけないのに。先程より腕の拘束は緩く、抜け出そうと思えば抜け出せるのに……。



 でも頭ではわかっているのに、抗えない。



「早く機嫌を直せ。俺は、お前と二人で過ごすのは存外気に入っているんだ」



「っ……!」



 耳元で囁かれ、耳にやわらかい何かが掠めた。それが鬼の唇だと理解した瞬間、自分の体温がブワリと上がるのがわかった。



 抱きしめられ密着している所をよくよく見れば鬼が着ている着物の襟から逞しい胸板が見えて何だか恥ずかしくなった。



「……こんな事で恥じらうのか? 俺と、それ以上の事もしているだろう」



 声は意地悪そうなのに、先ほどと打ってかわって表情は柔らかく、目を細めながら優しく頭を撫でてくれる。鬼がぶつぶつとなにか言っていたけど、久しぶり撫でられるのは気持ちがよくて、目を閉じてしまい聞こえなかった。



 いつも思っていたけど、鬼に撫でられるとすべての事がどうでも良くなってぼーっとしてしまう。




 (何か力を使われているのかしら……だって、ずっと撫でて欲しくなるもの。)




 着物の襟を掴み、顔を押し付けて匂いを嗅ぎながら鬼の引き締まった胸に頬擦りする。あんなに腹が立っていたのに抱き締められると寂しかった心が満たされる気がした。



 そうすると、少し自分の気持ちを話したくなった。



 「私は、貴方と対等になりたかったの」



 「……うん?」



 鬼が先ほどより甘く、優しい声で聞き返してくれる。ちゃんと聞こうとしているのがわかって嬉しくなる。そういう所は、前と変わらず優しい。



 「もう百年待ってくれていたら、私の妖力が貴方の強さに少しだけ近づくはずだったのに……」



 心が安心したからなのか、自然と本音がこぼれた。



 私がもっと強くなれば、鬼とこれからもずっと一緒にいられると思った。


 だから神になりたかった。強く、なりたかった。



 鬼は強いが、狐の私はまだ鬼ほど強くなくて、太刀打ちできない妖に襲われた時、いつも鬼が助けてくれるけれど、守られてばかりは嫌だった。



 いつも助けてくれる鬼を、自分も助けられる存在になりたかった――。



「……なのに、何の相談もなく勝手をされたのが気に入らない。」



 口を尖らせ恨み言を呟いてみる。


 これくらいは許されるだろう。


 だって、私は怒っているんだから。



 正直に言えば、「こちら側に堕としてやろう」と言われた時、同じになれるのなら嬉しいと思ってしまった。でも、あんな痛くて怖い事だと思わなかったから悲しかったのも事実で……。



 いろいろ不満だった事を愚痴りながら、鬼の着流しを強く引っ張り、鬼の素肌に頭をぐりぐりとこすり、匂いをつける。



 これをすると鬼にも自分の匂いがついて少し安心する。


 (本当はもっとつけたいけど、やり方がわからないのよね……)



そんな事を考えていると上からため息が聞こえ、そっと見上げる。




「俺は、お前()を見つけるのに1000年もかかったのだ。やっと見つけて、手の届く所にいるのに、更に百年も待てる訳がない。」



 それに俺の妖力を分けてやったのだ。弱いわけなかろう? と呟きながら困った顔をしてこちらを見つめる鬼の言葉にふと、疑問が浮かぶ。




 「…………ねぇ。そういえば、それ何なの? 番って」



 昔から言っていたけど、どういう意味なのかと首を傾げた瞬間、ザワリと辺りの温度が下がる。




 「あぁ?」



 急に鬼の機嫌が急降下して、鬼の濃い妖気が洩れだし、後ろで直立していた蛇も、抱きしめられている狐も同様に震えた。



 「うっ」


 顎を掴まれ凄まれ、怖くて涙が溢れる。


 やだ。怖い。



 「お前、わからぬのか」



 「っ……なんの、こと?」



 暗く重い鬼の妖気を一番近くで受けている為、体に力が入らず息も苦しい。



 「わからぬはずがない。俺とお前を繋ぐ(えん)だ。他の妖には感じぬものが俺に感じるはずだ」



 こちらを見つめる鬼の顔は怒っているように見えるのに、瞳は寂しそうに見えた。



 「そ、そんなことを言われても……私は、あなた以外の妖に触れたこともないから、違いなんて、わからない……」



 生まれた頃から神の山に引きこもっていたのだ。


 自分で言うのもなんだが、世の中のことに疎く、妖の常識もわからないことが多い。



 鬼は眉間にシワを寄せ、さも不愉快だという顔をして睨み付けながら何かを思案する。




 「……おい。そこの突っ立っている()。」




 「……へ!?」




 目は私を捉えたまま、鬼が今まで忘れさられていた後ろの蛇の妖を突然呼び、指をクイッと動かす。




 「…な、なんでしょ……「お前、こちらに来てみろ」



 鬼に呼ばれ、恐る恐る近づく蛇に少し緊張して鬼の着物をギュッと掴んでしまった。



 「……止まれ。そこから少しでも動けば、殺す」



 鬼に殺気を送られたのか、ピシリと固まる妖を少し可哀想に思ってしまう。

 鬼が怒っている時はものすごく怖いから、あんな風になるあの蛇の気持ちがよくわかる。



 そんな事を思っていると、急に体を反転させられ蛇と向かい合わせにさせられ驚く。



 「……これがそこらへんの()だ。俺との違いが何かわかるか?」


 「……うーん……?」


 (違いといわれても……)


 頑張って蛇を見るが、正直何もわからない。

 鬼ではない別の妖だということがわかるけれど……。


 もしかしたら触ったらわかるのかな?っと手を伸ばすが、寸での所で後ろから手を絡め取られる。



 「触れる事は許可していない。」


 「ひゃあっ!!」



 鬼が私の指に口づけ、上から熱い視線を送るので沸騰しそうだ。神の山に居たときから、平気でこういう事をしてくるので恥ずかしい。



 「……もういいでしょう?一緒にいたいと思うのは貴方だけだから、私はわからなくてもいいわ……」



 どうせ、私が近づきたいと思うのは鬼しかいないだろうし、と振り返る。もう疲れたし早くここから立ち去りたい……。


 すると鬼は一瞬固まったように思えたが、口角を上げゆっくり顔を近づけてくる。



 「その言葉、二言はないな……?」



 上から見下ろしてくる鬼の不穏な空気に気付いて焦った。


 何か、言ってはいけない事を言った気がした……。




 「っ……だからって一緒に住むとは……」


 言ってないと言う前に体が宙に浮き、肩に担がれていた。



 「言質はとった……もう逃がさん。」



 「ちょっ、待って!!」



 暴れて離れようと試みるが、しっかりと掴まれているので身動きが取れない。



 「ひゃあ!」



 トンッと軽々と飛んだ鬼の上で浮遊感が怖くてしがみついてしまう。



 「少しの辛抱だ。屋敷についたら下ろしてやる」





***






 柔らかい日差しが顔にかかり、微睡みからゆっくり浮上してとろとろと目を開ける。


 大きなあくびをしながら、喉の渇きを感じて体を起こそうとするが、お腹に巻き付いたもので動けない。



 後ろを向けば、至近距離に鬼がいてびっくりする。鬼に抱き締められていたようだった。



 (私、昨日……)



 鬼の屋敷に連れていかれた後の事を思いだし両手で熱くなった頬を押さえる。



 クンクンと自分の体を嗅げば、鬼の匂いがして嬉しくなった。


 鬼にも自分の匂いがついているか確認したくなって体ごと向き直り鬼の首筋にすり寄る。



 「うん……私の匂い、ついてる」



 嬉しくなって更に頭を擦りつけるとふわっと鬼の匂いも香ってきてうっとりと目を細める。



 「はぁ、いい匂い……」



 なんだか、昨日よりも鬼の匂いがもっともっと好きになった気がする。



 どうしてなのかな? ずっとこうしていたい……。



 どれくらいすり寄っていたのか、私の頭を優しくポンッと叩かれビクッとしてしまう。



 そっと顔を上げれば、目と目があって顔から湯気が出た。



 「お、起きてたの?!」



 離れようとするが、腰を強く引き寄せられて更に密着する。



 「随分と、可愛らしい事をするんだなぁと見ていた」



 「っ……」



 寝起きの掠れた声で囁かれ胸の奥がキュンとしたと同時に恥ずかしくなって、再び鬼の胸に顔を埋めて隠す。


 ククッと笑っている振動が伝わり余計に顔を上げずらくなった。



 「昨日、俺が言った事を覚えているか?」



 「…………昨日?」



 はて、なんのことだろうか?


 申し訳なさそうに鬼を見つめると、呆れた顔をするが、怒ってはいないようだった。



 「俺と夫婦(めおと)の契りを交わそうと言ったではないか」



 「……契り?」



 「あぁ。そうしたら襲われる事も少なくなる」




 よくよく聞けば、妖力をお互いの体の中で混ぜ合わせる事で夫婦の契りが完成するらしい。



 狐の中に鬼の妖力を纏えば、襲って来る奴らも少なくなるのだとか。



 「俺は恐れられているからな。俺の匂いもすれば早々寄ってこないだろう」



 「…………夫婦になったら、ずっと一緒?」




 おずおずと聞けば、一瞬呆けた鬼がフッと笑い、大きくて温かい手が背中を撫でくれる。



 「あぁ、お前が嫌がっても離さぬ」




 それを聞いて、泣きそうになり思わず鬼の首に抱きつく。



 あぁ、私はずっとその言葉が欲しかったんだ。この温もりを知ったら最後、もう独りには戻れない。




 「絶対、離さないで。一人にしないで。」



 「あぁ。だから、お前も逃げるなよ?」



 ウンウンと頷き、すり寄って鬼の匂いをまた嗅いだ。


 

 






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] キツネ耳少女と鬼が仲直りしたところが良かったです。 いつまでもお幸せに。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ