1-3.
体はすぐに水になじんで、いやむしろ水の方が僕の体温になじんだみたいだった。確かに冷たいけれど、僕の体の表面との間には差というか、勾配が一切ない。空気の存在を感じるのは、あまりにも寒かったり暑かったり、あるいはそういう極端な温度を、暖かかったり涼しかったりして和らげてくれるときくらいでしかないのと同じ。その心地よさが「違い」によるのでなければ(例えばお風呂の熱さは、周りの空気や体の体温とはずいぶん違う)、心地よさを与えてくれるものについて意識なんてしない。
しかし今は、もう少し事情が違う。僕は、僕を包み、穏やかに冷やす水の存在を、その抵抗ではっきりと感じる。正確には、感じることになる。泳ぐのだから。
抵抗、と言ったけれど、単なる抵抗ではなく、同時に、踏み台というか、有ってくれるからこそ浮かび上がり、前に進むことができるのだから、必要なものでもある。僕が震えたのは、寒いからではなくて、あまりにも胸が躍ってしまっていたからだ。この感覚、手足の動きを押しとどめようとしてくる水の存在感をこれから自分のものにしてしまうという喜びを、僕は、経験のないほど強く、はっきりと味わっていた。その感触から離れていた時間が、たぶん、僕を渇かせていたのだろう。お預けを食らっていたと言った方がいいのかもしれない。
僕はわくわくする気持ちをたっぷり時間をかけてなだめて、実はむしろその胸の高揚を存分に味わった末に、ようやく決心して息を鋭く吐き、そして肺を目一杯膨らませてから、自然と笑ってしまっていた顔を引き締めて、水面の下に潜らせた。
青みがかった世界が、水面という膜の向こう側に広がっていた。僕はそれをはっきりと目にした。ゴーグル越しに。その膜の反対側の世界をはっきり見るために眼鏡が必要なように、僕はそうやってその世界を見た。透明なはずなのにどこかぼんやりした空間を、境界から差し込む光が照らして、境界そのものの輝きは床や側壁に映り、きらめく模様が上と下で調子をぴったり合わせて揺れ動いている。静かだ。こもったような、それでいて響き渡るような音はまるで絶え間なく聞こえているのに。いや、それは音とは呼べないものだったのかもしれない。光の存在に切れ目がないのと同じで、それはずっと聞こえる。もちろん光と言っても、一秒に五十回(実際にはその倍だとか)で点滅する作り物なんかじゃない。何十億年も前から燃え続けて放たれ続けている光のことだ。それがずいぶん高いところにある窓でろ過されて差し込み、僕の浸かる空間を、水や音と一緒に満たしている。僕のところに届くまでにだいぶ淡くなっていて、それはまるで月が自分のものにして僕たちに受け渡した光みたいで――大げさ過ぎた。
もちろんそういう空間は、僕にとっては何年も、合計すればかなりの時間、身を置いてきたところだった。だから、とてもよく知っていたことやあまりにも慣れ親しんだことを再訪したというだけなのに、僕は、こんなに大げさになってしまうほどの、驚くくらいの体験をしていた。離れていた時間が飽きを拭い去ってくれたとか、そんな話じゃない。確かに時間の間隔が原因の一つではあるだろうけれど、見知って聞き知っていたのと同じものがまるで違う経験になっていたのだから。それは初めて来た場所だからでもあるだろうし、初めてこの空間や時間を自分一人のものにできるからでもあるだろうし、そうやって持っていた心の傾きが与えてくれる印象のせいでもあったのだろう。
静かでぼんやりした世界。強くそれが感じられるような、あるいは何も感じないような世界。全部が間近にあるようで、どこにでもあるようで、遠くにあるようで、どこにもないみたいな場所。それは本当に気持ちよかった。しかしもちろん、僕はいつまでもそこにいられるわけではない。いくら心が気持ちよくても、体は耐えられないし、頭もそれを知っている。だから僕は覚悟を決めて、折りたたんだ足を壁に当てた。そして目一杯壁を蹴って、手から足までぴんとまっすぐ伸ばし、イカみたいな姿で(一つの理想がそうだという話)、二十五メートルの砲外弾道に自分を投げ込んだ。水が僕の体の周りを流れていき、床に映る光や格子模様が視界を流れていき、僕は水の中を流れていく。
嘘ばっかりだ。そんなにスムーズでもないし、シンプルでもないし、スマートでもなかった。僕はすぐに、あのどこまでも不思議なほどに心地よかった空間に浸っていられなくなり、いつも身を置いている場所への境界に文字通り顔を出した。ただし、まずは先に足だけを。すぐになくなってしまった勢いを継ぎ足すために、その境界、水面を叩く。しかしもちろん力任せではなく、余計なしぶきを上げないように、膝はできるだけ曲げずに足全体をしならせるように、滑らかに差し込んでいくように。そうやって気を遣いながら、前に進む。意識してそうするというほどではなく、心がけるというような気持ちでいさえすれば勝手に体がそうしてくれるくらいには、その技術は六年間(週一回、二時間ほど)の練習のおかげで僕に染みついていた。必要なことを頭で分かっていて、それをそのまま体で実行するというのは、僕にはこういう場所でしかできない。