一話
20××年 滋賀県彦根市
2000年代から進行が進んだ少子高齢化は政府の有効な政策が為されないまま、高齢者の割合だけが進んでいた。
男女共に晩婚・未婚率は上昇し、最近の社会問題として注目が集まっているのは孤独死である。
地域社会の繋がりが薄まり、近隣にどんな人が住んでいるのかもわからない状況で老人の独り暮らしが増えていても知らない状況がある。そんな中で持病の悪化や経済的な困窮から亡くなってしまう人が増加している。
行政も対応に追われているが、少子化の影響による労働力の減少により、有効な対策もできない状況にあり、遂に行政側は『自助』による問題解決をなどと呼びかけるようになった。
老人が一人暮らすをしているかもわからないことが孤独死増加の要因になっているが、地域住民で解決しろ等という責任放棄に乗り出してしまった。
そんな中、介護事業者の中から登録した利用者に掃除や買い出し、料理をサポートする生活補助から要介護者に対する派遣介護を行う業者が出てきた。派遣介護に関しては従来からされていたが、健康な高齢者に対しての生活補助サポートは、元気だと思われていた人の急な死亡にすぐに気が付けるようにといった見守り機能を重視していた。訪問できなかった日にはメールを決まった時間に送信して決まった時間内に返信がなければ電話をし、さらに返事がなければ警備会社に連絡が行き家の状況を確認するといった見守りをトータルで行うサービスが普及している。
私が働いているのは、そういった見守り事業を行う介護事業者から依頼を受け、孤独死してしまった人の遺品整理や住宅清掃を行う会社である。
見守りサービスも万全ではなく、警備会社が訪問してきた時には既に遅すぎたといった場合も存在する。
家族がいれば、その人達によって遺品整理も清掃も行われるが、未婚であったり、親族と連絡が取れないといった人もいるので、需要がそこそこある仕事となっている。
警備会社が訪問して発見したご遺体は損傷もそこまで激しくないため普通の清掃で事足りる方が多い。たまに吐血などの掃除のときもあり気が滅入るが悪い仕事ではない。
遺品を整理する中で、その人の生き様や人柄に触れると心温まるエピソードがあったり、同情したくなる話があったり、たまにこんな事してるから一人で死んでいったんだろうと納得してしまうようなクズな事情を見たりもする。
今日も一人のおじいさんが亡くなられた。
生活補助で訪れていたスタッフの話では寡黙だがとても優しい人だったそうだ。
部屋を見渡し、本棚にたくさん並んだノートには背表紙に番号がついている。
No.1を手に取って開いてみた。仕事柄必要なものと要らないものを分別しなければいけないから、このようなノートも手に取って何か書いてあれば確認しなければいけない。
ノートの表紙には何も書かれていなかったが、どうやら日記のようだ。
『けやきの木の葉が揺れる音がする。
何気ない日常でも昨日と違う今日がある。』
そう書かれた書き出しの次に『スケッチブック1頁』と書かれていた。
日記と対になるスケッチブックがあるのかと探すと本棚の一番下の段にスケッチブックがあった。
一番古そうなスケッチブックを手に取り、1頁目を見ると色鉛筆で書かれた芹川のけやき道であろう絵があった。今もけやきの木が生い茂っているが周りの風景が少し違う。
日記を読まずに絵だけ見ていくと、少しずつ違う様子のけやき道の絵が続いていた。
同じところに座り、その時々であった事を日記につづり、その絵を描いてきたのだろう。
そうこれは、日記とスケッチブックを使ったおじいさんの絵日記だったのだ。
孤独死をしたおじいさんの書いた日記と絵。
普通の絵日記ならさらっと見て、捨ててしまう物だったろうがこのような形の絵日記は初めて見たので、興味津々になり最初から読むことにした。
これはおじいさんの残した絵日記をけやき道を通して巡る物語。