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たまもの

作者: カムクラ

 

 

 夜が明け、1日が始まる。まだ城の大半が眠っている時間に彼はとうに目を覚ましていて、水を浴びて体を清めていた。

 

 白い体毛に黒い斑点模様、大きくて三角形の耳の先からまつ毛のように黒い毛が生えている彼はネコ系の獣人の中でも美形の類に入っていて、その声はまだ高い。

 

 ここで働く人外は彼独り。4年前、9歳の時に人外を魔族と呼び争っているこの国に捕らえられ、今は召使いとして働かされている。

 

 

「…さて、」

 

 

 背中に大きな印を刻まれた獣人の少年は体についた水を拭き取り、毛が乾くのを少し待ってから外していた黒い首輪を首につけ服を着て持ち場に向かう。今日は大事な日。自分が仕えているのはこの国の王の1人娘。その婚約者候補の元を訪れる日だ。

 

 彼は自分用以外の食事づくりには参加しないので、時間があるうちに今日主が乗る馬車の手入れを行う。それから自分が使っている納屋に戻り一旦服を脱いで、一昨年彼が愛玩動物から召使いとして認められた時に主から貰った小さな木彫りの櫛で全身の毛を[[rb:と> 梳]]かす。今では服も、毛が落ちないように着ける手袋も唯一の男性召使いの彼専用に作られた清潔なものを支給されていて尻尾は衣の中にしまっている。

 

 

「お嬢様、お目覚めですか。」

 

 

 いつも通り扉をノックして呼びかけると不満そうな声が返ってきた。どうやら緊張して夜遅くまで寝れなかったようである。彼女の準備が整うのを待ち、彼女が朝食に向かうと部屋の掃除を始める。

 

 

「いたた…流石に支障が出てしまう…」

 

 

 屈んだりすると体の節々が痛む。専属の召使いとして認められたのはただの情けではないのだろう。この国では人外は忌み嫌われ恐れられている。"魔族"の雄で、従順になったということが認められた彼は不逞の輩への抑止力として彼女の側に立たされているのだ。それは彼が1番よく理解している。

 

 そしていざという時に主たちの盾になれるよう最近は厳しい武術訓練を受けさせられているのだがいかんせん度が過ぎていて、毎回意識が飛ぶまで木刀や棒で殴られ続けるのでその翌日などは慣れている仕事も辛い。

 

 

「カル、荷物の準備は、」

 

 

「できております。」

 

 

「では、掃除は私が引き継ぐので出発の準備を。」

 

 

「わかりました。」

 

 

 チーフメイドにそう言われたので作業を中断、馬を馬車に繋げたり荷物を運び、いつでも出発できるようにする。しばらくして主や護衛などがやってきて、彼は主と同じ馬車に乗った。

 

 

「それで、今日はどんな人だっけ。」

 

 

 15歳の彼女は来年に結婚することになっていて、そのお見合いで今までも複数の男性に会っている。国王の1人娘である彼女の夫になるということは次期国王になるということ。その地位と、美しい黒髪の少女はいったいどの殿方のものになるのだろうか。

 

 

「イェルクにお住まいで歳は20。名はアルフレート。貴族出身で陛下からは博識と評されております。人当たりと顔立ちが良く、外交において交渉人として呼ばれることが多々あるそうです。」

 

 

「イェルクって、田舎町じゃなかった?」

 

 

「はい。静かな町だと聞いております。博識故に他の貴族と少しずれることがあるらしく、そちらに引っ越したそうです。」

 

 

「なるほど。気難しい方じゃないと良いけど…」

 

 

 やれやれとため息をついて、彼女はいつも持ち歩いているワニ皮のポーチから、匂いからして焼き菓子が入っているらしい絹の袋を取り出した。

 

 

「ねぇカル、今日も味見してくれない?」

 

 

 相手に渡すために作ったクッキーを、今日もひとつ渡される。今回はシガレットと呼ばれる、薄い円形の生地を中心に空洞ができるように丸めて細長くしたものだった。

 

 

「美味しいです。以前より食感も良くなったかと。」

 

 

「前は生地が厚くて固かったもんね…」

 

 

 彼女はクスリと笑った。

 

 

「あなたってなんでも美味しいって言ってくれるけど、本当に美味しい時は顔に出るわよね。可愛い。」

 

 

 そう言って飼い猫を撫でるような手つきで彼のふさふさな頭を撫でた。

 

 馬車に揺られること数時間、目的の屋敷に到着して相手の男性と面会した。

 

 この人に決まるだろうな、と彼は思った。金髪で長髪、聞いた通りの整った顔立ちの男は物腰柔らかく彼女と会話を弾ませており、彼女の方も先程までの緊張は何処へやら、この時間を心から楽しんでいるように見える。

 

 

「それにしても魔族の召使いとは珍しいですね。若いようですし、最近雇ったのですか?」

 

 

 話題は彼のことへと移る。よくあることだ。側にいることでお見合いに支障が出るのではと主に言ったが、結局相手にも仕えることになるのだから関係ない、ということで好奇の目で見られることを分かって連れられていた。

 

 

「いいえ、何年か前から働いています。」

 

 

「そうですか。私は何度か魔族を見ていますが白地に斑点模様の獣人は珍しい。あの首輪は…奴隷のものではないようですが?」

 

 

 彼がいつも着けている首輪は粗悪な金属でできた奴隷のものではなく上質な黒い革の首輪。そこには国の紋章と彼に付けられた名前が刻まれており、彼が王族の所有物であることを示していた。

 

 

「えぇ。前に私が与えたものです。確かに彼は捕虜ですが私より歳下ですし、あの見た目ですし、どちらかというと愛玩動物のようなものです。よく働いてくれていますしね。」

 

 

「成る程。良い召使いをお持ちですね。」

 

 

 お見合いを終えて城に戻った時には夜も更けていた。仕事を全て終わらせて水浴びをした後、使うことが許されている納屋で毛繕いをしてから床に敷かれた薄い毛布の上に横たわる。

 

 この国の、少なくとも自分の周りの人間の殆どは自分に憎しみや軽蔑の目を向けてくる。けれど今日会った彼は自分を見てもその穏やかな顔色を変えることはなかった。それが、妙に嬉しかった。

 


 

 ○○○

 


 

 松明の明かりに照らされた地下牢の中、小さな獣人は両腕を鎖で繋がれて天井に吊るされていた。身に纏っていた上品な衣はあちこち破れてボロ布同然。彼は魔族の国の第3皇子。国王である父親譲りの綺麗な白い毛並みも血と泥で汚れている。

 

 

 

「言葉は分かるんだろ?他の皇子や妃はどこにいる。街の名前、方角、どれくらいの距離だ。」

 

 

「しら…ない……わからない……」

 

 

 パァン、と高い音が鳴って、獣人の身体にまた一つ傷が増える。王都から離れたところで、多少贅沢であったものの他の子供たちと変わらない日々を送っていた幼い獣人は、学校からの帰りに突然同族であるはずの獣人や半獣人の小隊に襲われ、護衛の抵抗も虚しく誘拐されてしまった。

 

 

「おめぇを、連れてくるまで、何人、死んだと、思ってるんだよ!!」

 

 

 少年を誘拐した獣人や半獣人は、この人間の国で生まれ調教された奴隷兵。奴隷兵を密入国させ、第3王子の場所を特定し、拉致した第3王子を輸送する、その各所で魔族の国との交戦があり、奴隷兵の消耗はともかく、兵士にも多くの犠牲が出ていた。

 

 

「しらねぇで、済むかよ、許してだと、獣の、分際でっ!」

 

 

 言葉を切るたびに鞭で殴り、少年の口からか細い呻き声が漏れる。

 

 

「じゃあこれならどうだ。」

 

 

 ばしゃり、と彼の全身に油をかけて松明を近づければ一瞬で火だるまになる。遅れて状況に気づいた彼は金切り声を上げて暴れた。

 

 

「やめろ、熱気を吸い込んで気道を火傷したら窒息死する。人質だということを忘れるな。」

 

 

 傍観していた彼の上司がそう言ったのですぐ水をかける。そして悪態をついてから少年のみぞおちに拳を叩きつけ、胃液を吐き出し咳き込む少年を置いてようやく去った。

 

 

「えほっ……母上……父上……」

 

 

 父親譲りの美しかった白い毛は黒くこげ、残った油でベタつき固くなっていた。その涙もいつまで持つのだろうか。それでも彼は、幼さ故の純粋さで、両親が助けに来ると信じていた。

 

 

 ある日彼は牢から連れ出された。腕を強く引っ張られるまま広い部屋に連れて行かれると国王らしき絢爛な服装の人間が椅子に座って何かを待っており、しばらく沈黙が続く。

 

 

「……時間だ。」

 

 

「いかがなされますか。」

 

 

「苦労したのに役に立たなかった。骨折り損というやつか。」

 

 

 何が起きたのかと彼が目線を上げて視線を泳がせると、彼に繋がれた鎖を持っていた男が答えた。

 

 

「お前の親はお前を捨てた。お前と引き換えに取引する予定だったが期限の時刻になっても使いが来ない。お前はもう用済みなんだよ。」

 

 

「奴隷にしても良いですが、こんなんじゃ役に立たないだろうし奴隷兵にするには危険ですし、身分を公開して奴隷たちの前で火炙りにさせるのはどうですか?それか、こうなる前は中々良い毛並みをしていたので、回復を待って毛皮を剥ぎ取ってからでも良いかもしれません。お嬢様へのお洋服か、足りなければ小物にでも使うと良いかと。」

 

 

「なら傷つけないように殺して、そのあと毛皮を取ろう。奴隷達の前でなぶり殺しにすればむしろ反抗する理由を与えかねないからな。」

 

 

 冷徹な宣告に、少年はかすれた喉を精一杯振り絞って猶予を求めた。

 

 

「やだ…殺さないで……」

 

 

 即座に彼は地面に叩きつけられた。

 

 

「魔族の分際で気安く陛下に口きいてんじゃねぇ!!」

 

 

「うぅ…うちに…帰してよぅ……」

 

 

「てめぇ……」

 

 

「おい、陛下の前だぞ。低俗な言葉を使うな……」

 

 

「連れて行け。」

 

 

 少年は逃れようと体を捻り、槍の柄で背を殴られると大人しくなる。その後彼は乱暴に洗われ毛の焦げた部分がなくなり、変わり果てた無残な姿になった。そして毛の回復のため独房に放り込まれた。

 

 

「食事だ。」

 

 

 小ぶりの果実とパンが投げ込まれる。最初のうちは食べていたがやがてその気力が無くなると押さえつけられて水でふやかしたものを無理やりを流し込まれるようになった。

 

 一日中体を丸め頭を抱えてじっとしているようになり、一日一回乱暴に洗われるときもだらんとしている。意識はあっても、抵抗することを諦めていた。小さな蝋燭の灯りしかない独房では日にちの感覚もない。けれど少しずつ元に戻っていく毛並が最期までの砂時計となって少年の心を追いやった。

 

 もうすぐ、殺される。誰も、助けに来ない。ただ恐怖だけが彼を満たしていた。毛並みが戻る。元通りの綺麗な毛だ。毎日母親の膝の上で繕ってもらっていた。その母親にも見捨てられた。独房の扉が開く。あぁ、殺されるんだと分かっても、もう涙も出てこない。

 

 

「わぁ本当、綺麗な毛。白地のヒョウ柄は初めて見たわ。」

 

 

 頭を抱えていた腕の間から見るとご機嫌そうな顔をしてこちらを見る黒髪の人間の少女の姿。品定めに来たのだと理解した。

 

 

「お洋服には少し足りないかもしれませんね。スカーフとかはいかがでしょう。」

 

 

「そうね……あ、顔が見えた。」

 

 

 想像していた悪魔のような顔とはかけ離れた幼い顔立ちに、少女は思わずしゃがんで彼を凝視した。

 

 

「かわいい…!魔族の子供ってこんなにかわいいの?」

 

 

 かわいい。その一言が、弱り切った彼の心を動かした。

 

 

「助けて……!殺さないで……!」

 

 

「あら、あなたしゃべれるのね。」

 

 

「助け……ガッ…」

 

 

 護衛の兵士に蹴り飛ばされて、独房の壁に背中をしたたか打ちつける。それでも彼はすぐに身体を起こし、四つん這いになって彼女な方へ向かう。枯れていたはずの涙が滝のように流れて彼をより悲劇的に見せた。

 

 

「助けてください……殺さないでください……がぅッ……お願いです……」

 

 

「こいつ…!しつこいぞ!!」

 

 

「お嬢様、危ないので下がって。」

 

 

 殴られても蹴られてもまた起き上がる。生き延びる最後のチャンスだと、本能が彼を突き動かした。

 

 

「お願いです……殺さないでください……なんでもしますからぁ……だから……」

 

 

 兵士が頭を狙って槍の柄を振りかざすと少女が叫んだ。

 

 

「やめて!!」

 

 

 ピタ、と兵士の動きが止まる。確かにまだ子どもの王女の前で暴行するのは良くないかもしれない、と槍を下ろした。

 

 

「おいで、」

 

 

 少女はしゃがんで両手のひらを下に出す。

 

 

「お嬢様、危険です。」

 

 

「平気よ。」

 

 

 刃先を向けられながら、彼はよろよろと四つん這いで少女の元に向かう。

 

 

「良い子ね。」

 

 

 少女が手を伸ばして彼の頭を撫でる。ストレスでやや硬くなったりダマになったりしていて良い毛並みとは言えなかったが、ふさふさな感触が気に入ったらしくしばらく撫でていた。

 

 

「私、ちょうど猫を飼いたいと思っていたの。だからあなたを飼ってあげるわ。殺すのは可哀想だし、スカーフも誕生日にお母様から貰ったものがあるし。」

 

 

 魔族は屈強で野蛮な人外、と教わってきた彼女にとって、目の前のそれは言葉を話す大きな猫ぐらいにしか映らなかった。

 

 

「お父様にあなたを殺さないよう言ってあげる。ちゃんと良い子にしてるのよ?」

 

 

 もう二度と帰れない。ヒトとして扱ってもらえない。分かっていても、それでも生きていたかった。

 

 

「ありがとう……ありがとう……ございます……」

 

 

「後で獣医さん呼んであげるわ。私はお父様に言いにいくからあなたはここで待っててね。」

 

 

 娘から話を聞いた国王は大層困った。

 

 …確かに、あの魔族はまだ子供。今から調教すれば従順な下僕になるかもしれない。魔族は忌避されているから娘の側に立たせれば思わぬ出来事の抑止力にもなるだろう。珍しい毛色で、大人しくしていれば確かに愛嬌のある顔立ちのあの魔族は、戦利品として側に置いておくのも悪くないかもしれない。

 

 しばらく考えて、珍しい獣を見つけてこれ以上ないほど無垢な瞳を輝かせている娘の視線に押され、渋々承知することにした。

 

 

「わかった。」

 

 

「やったぁ!」

 

 

「だけど魔族は危険だと教えただろう?だからまずは躾けるから、お前が飼うのはその後。わかったな?わかったら母の元に戻りなさい。」

 

 

「うん!」

 

 

 ご機嫌な少女は召使いに連れられバタンと扉を閉める。国王はため息をついて部下を呼んだ。

 

 それからしばらくして、少年が監禁されている独房に男たちがやってくる。

 

 

「お前、」

 

 

 甲冑を纏い剣を手に持つ兵士に正面に立って見下ろされ、少年は怯んだ。

 

 

「死にたくないか。助けて欲しいか。」

 

 

 少年はコクコクと弱々しく頷いた。

 

 

「では詫びろ。土下座して魔族に生まれたことを詫び、生かされることに感謝し、生涯我々に尽くすと誓え。」

 

 

 くすんだ瞳から涙が溢れ、しゃくり上げる。

 

 

「さぁ、」

 

 

 兵が甲冑を鳴らして一歩前に足を踏み出すと少年の体がビクリと震える。そして耳を伏せ、ゆっくり床に鼻先をつけた。

 

 

「ま……魔族…に…生まれて………ご…ご……ごめんな…さい……助けて……くれて……感謝します……一生…なんでも……なんでも…します……言う通りに……します………」

 

 

「言質を取った。違えたらどうなるかわかっているな?」

 

 

「はい………はい…………」

 

 

「殺さず奴隷にする。調教しろ。」

 

 

 ズルズルと引きずられていく少年。これはただの、序の口に過ぎなかった。

 

 

 

 ○○○

 

 


「お嬢様、アルフレート様からお手紙です。」

 

 

 彼女宛てに届く手紙を本人に届けるのは彼の役目。彼女は手紙を受け取ると独り笑いしながら読み、すぐに返事を書いて彼に託す。こうして文通しているのはあの男とだけ。婚約者はきっと彼で決まりだろうと今では王宮の誰もが思っていた。

 

 

「おい、」

 

 

 少年が手紙を出し終えて、次に馬たちの手入れをするため納屋へ向かっていると城内を巡回していた兵に声をかけられる。

 

 

「東宿舎2階、奥から2番目の部屋の扉の蝶つがいが外れかかっている。」

 

 

「わかりました。直ちに向かいます。ありがとうございます。」

 

 

 微笑んで会釈し指示された場所へ向かう。苦情や罵倒でも彼はこのように受け答えするので一部からは気味悪がられていた。

 

 

「あいつ…!なんで…!」

 

 

 兵の宿舎の近くで重労働をさせられていた魔族の捕虜の内の誰かが彼を見て声を上げる。がたいが良いのでまだ捕らえられて日が浅いらしい。粗悪な食べ物しか与えられない与えられない彼らは整った身なりの魔族の少年を見て驚きを隠せなかった。

 

 

「飼われてるんだよ。子供で、いい毛並みだから気に入られたんだろう。あの首輪がその証拠。ここの紋章が入ってる。」

 

 

 少し前からいる他の奴隷が説明するのを聞き流しながら少年は宿舎へと入っていく。彼らと言葉を交わせば自分も相手も一晩中ムチで打たれることになるだろう。自分は常に見張られている。

 

 

「奴らに尻尾振ってるわけか…気に入らねぇ…」

 

 

「戻れ、見張りが来る。あの子の背中を見たらそんなことも言えなくなるさ。」

 

 

 言われた通り壊れかけた蝶つがいを外して新しいものと交換する。一応他の扉の蝶つがいも確認していると突然後ろから首輪を強く引っ張られて尻餅をつき、そのまま倒されて胸元を踏まれた。

 

 

「なんでお前がここにいる。毛が散って汚くなるだろうが。」

 

 

「お邪魔して申し訳ありません。扉が壊れていたとのご報告があり、その修理と、念のため他の扉の点検もしていました。守衛様にはお話を通していたのですが。」

 

 

 彼を踏みつけていた兵は顔を蹴ろうとして、彼の首輪を見て舌打ちした。王家の所有物。勝手に傷つければ国家への挑戦と受け取られかねない。

 

 

「点検はいいからさっさと出てけ。落ちた毛一本残らず拾ってから出ていけ。」

 

 

「わかりました。」

 

 

 兵が足を退けると少年は礼を言い、兵は何も言わず不機嫌そうに足音を鳴らして去っていった。

 

 

「カル、」

 

 

 城内に戻ると今度はチーフメイドに声をかけられる。

 

 

「服が土埃で汚れています。すぐに替えてきなさい。必要なら水を浴びなさい。不潔です。」

 

 

 踏まれたところは払っていたが背中も汚れていたらしい。礼を言って会釈し、すぐに自分の納屋へ向かおうとすると呼び止められた。

 

 

「カル、何もありませんでしたか?」

 

 

「はい。」

 

 

「なら、良いのですが。」

 

 

 また会釈し納屋へ向かう人外の背中を見送るとチーフメイドも見回りを再開する。超がつくほど生真面目な彼女。この城で唯一あの人外を他の部下と同じように扱っている彼女はこれまで2度倒れた彼を注意深く見ていた。

 

 主に王女の身の回りの世話をする彼に突然倒れられると、多くのメイド達の管理を行なっている彼女の仕事が爆発的に増えることになる。 

 

 それに彼をメイドにすることを推したのも彼女なので責任もあった。

 

 

 納屋に戻った獣人の少年はすぐに服を脱ぎ、新しいものを身に纏う。腕くらいの長さの尻尾は邪魔になるのでズボンの片方に、足と一緒にしまった。

 

 

「急がないと。お嬢様の新しいお召し物を受け取りに行かなければ。」

 

 

 

 明日、それを着て彼の、婚約者アルフレートのもとを訪れるのだ。服の外から見える部分の毛を軽く整えてから納屋を出た。

 

 

 

 ○○○

 


 

 捕らえられた魔族の少年は生まれたことを詫びせられた後、引きずられるように別の部屋へ連れて行かれてうつ伏せに拘束された。広めの部屋にはかまどがあって、その熱は少し離れていても伝わってくる。少しして大きな桶を持った男達が部屋に入り、それを置くと内1人が長い棒の先に板が付いたものをかまどから取り出した。

 

 

「あっ…そんな……」

 

 

 取り出されたものを見て、何をされるかを悟った。赤熱した金属の印は、顔よりもずっと大きい。

 

 

「はみ出るか?」

 

 

「うーん…いや、大丈夫だ。肩甲骨に当てないように気を付けろよ。骨が変形したらさすがに咎められる。」

 

 

「毛で肉付きがよくわからないな…背骨のところに泥を塗った方が良いだろう。模様が途切れるがしょうがない。」

 

 

 背骨を保護するために背中の溝に泥が塗られ、その間に冷めた印がかまどに入れ直される。

 

 

「そんな大きいの………」

 

 

「あぁ?なんか言ったか?」

 

 

「もう……許して下さい………」

 

 

「しつこいな、許すからやるんだろうが。」

 

 

「もっと…小さいのじゃ……」

 

 

「殺されたくないなら黙ってこれ噛んでな。」

 

 

 布が巻かれた木の棒をくわえさせられ、泣いて、震えながら待つ。

 

 

「よし、もういいだろう。」

 

 

 印が取り出される。真っ赤に熱された金属が視界から消えるとその熱を背中で感じフゥ、フゥ、と息が荒くなる。体の外まで聞こえるんじゃないかというくらい心臓が激しく脈を打った。

 

 

 肩甲骨より少し下から腰上まである印を押しつけられた刹那、じゅうぅ、と音がした。

 

 

「ン゛ン゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛‼︎‼︎…………」

 

 

 ガクガクと震えながらくぐもった悲鳴をあげ、それが途切れて棒が床に落ちる音が響く。許容量を遥かに超える痛みで小さな魔族は意識を失った。

 

 印を離してすぐに大量の水がかけられ包帯を巻かれた後、少年は奴隷牢に放り込まれた。

 

 

 目が覚めて、悲鳴を上げた。うつ伏せで何もしていなくても常に背中を火で炙られているような激痛、少しでも動けば意識が遠退いた。

 

 

「なんて酷い…こんな小さな子に……」

 

 

 介抱を言いつけられた牛獣人の奴隷は、激痛で意識を失った幼い白豹柄の獣人の背中に渡された薬を塗って新しい包帯を巻く。自分たちに押された焼印の10倍はある大きさのそれを見て絶望した。怒りすら湧かなかった。

 

 致命傷になりうる大火傷を負った少年は高い熱も出し、まさに生き地獄だった。

 

 

「おい、こいつ壊れてないか?」

 

 

 印を刻まれて3日、少年の脳は感覚を拒絶した。そしてバサバサな毛並みで目を見開いたまま微動だにしないという不気味な状態になった。そんな状態になった奴隷を、彼らは"壊れた"と言って処分していた。

 

 

「まぁ飼うならちょうど良いんじゃないか。このまま様子を見よう。」

 

 

 魔族の少年が暗闇から浮かんできたのは、それからだいぶ後のことだった。世話を言いつけられた獣人が毎日彼に話しかけながら手当てをしていたお陰で戻ってくることができた。けれど感情は希薄で話しかけられても最低限の単語でしか返事をしなかった。

 

 その後の調教が終わって世話をしてくれた獣人と別れる時だけ寂しげに礼を言い、その後飼い主の少女に連れ回されても何を思うこともなくされるがままになっていた。

 

 小さな魔族はよく虐待された。しかし、飼い主は優しく、1日1回の”餌”の他に菓子や果実などの食べ物をくれた。

 

 飼い主は、自分が言う通りにしたときや食べ物をくれた時によく撫でてくれた。他の人間に虐められている時に助けてくれた。ある日思わず頬を緩ませた時は大喜びで褒めてくれた。

 

 そして理解した。この人が自分を守ってくれる。この人に見捨てられたら殺される。この人に気に入られ続けなければならない。笑えば、気に入ってもらえる。

 

 そして笑うようになった。そうすると主は可愛いと言ってくれた。可愛いと言って撫でてくれた。

 

 笑えば、他の人もきっと気に入ってくれる。気に入ってもらえれば虐められなくなる。だから必死に笑った。何をされても微笑み、尽くした。

 

 いつの日か、本当の笑顔と区別がつかなくなった。

 

 

 

 ○○○

 

 

 


「お手紙、お届けいたしました。」

 

 

 訪問の翌日、早速の手紙を届けて一旦納屋に戻るといつもの整った服を脱いで、麻でできた質素なものに着替える。今日の仕事は他のメイドが代わり、自分は武術の訓練に向かった。

 

 中庭でしばらく待っているといつもの兵が細長い木の棒を持ってやってくる。軍でも兵の育成を担当していて実力も高いらしい。

 

 

「いつも通りだ。」

 

 

「はい。お願いします。」

 

 

 内容は簡単。少年は素手で、ただひたすら彼の攻撃を凌ぐだけ。彼は盾になることはあっても自ら誰かを攻撃することは絶対にあってはならないから、攻めを学ぶ必要がないという育成役の考えに基づくもので、毎回少年が立てなくなるまで訓練は続く。

 

 緩急ある乱撃を注意深く見て避ける。少年も成長期に入り急速に身体能力が上がりつつある他、動体視力も人間よりずっと良いので最近では比較的長い時間持つようになってきていた。

 

 横に振られた棒を腕で受け止めて、払われて突かれてもサッと横に跳んで避ける。棒が少年の身体や腕に当たって鈍い音が響いても攻撃は止まない。手加減のない攻撃の痛みに構っている余裕はなく無我夢中で避けていると、不意に後ろで足音がした。

 

 

「えっ…!」

 

 

 相手が軽装で音が小さかったので気づくのが遅れ、背中を強く打たれた直後に育成役の兵の棒が脳天を直撃する。視界が一瞬ぐらつき、なんとかその場を掻い潜るとまた背後に気配を感じて間一髪振り下ろされた棒を避ける。

 

 少年が持ち堪えるようになってきたので部下を呼んだらしい。それを告げることなく再開された。

 

 それは果たして訓練と呼べるのだろうか。膝裏を打って跪かせると横顔を容赦なく打つ。少年の意識が混濁すると首の後ろを掴んで立て、と怒声を浴びせ、立て続けに腹や背、腰を打つ。立てなくなっても棒を振り下ろし、しまいには腹を蹴り背を踏みつけた。

 

 

「……カル、……カル、」

 

 

「うっ…あっ、はい…」

 

 

 今までの訓練も十分辛いものだったがそれを遥かに超えるそれに中庭で独り倒れていた魔族の少年は、定刻になっても現れないので様子を見にきたチーフメイドに揺さぶられて目を覚ました。

 

 

「定刻を過ぎています。直ちに支度をしてください。身体に異常はありませんか。」

 

 

「いえ、大丈夫です。ご心配をしていただきありがとうございます。」

 

 

 少年はすっくと立ち上がる。

 

 

「口端から出血しています。私から伝えておくのでよく洗ってきなさい。お嬢様が不快に思われてしまいます。」

 

 

「はい。ただちに。」

 

 

 節々の痛みを堪えて脇腹を押さえながら小さな井戸に向かって身体を水洗いして汚れを落とす。いつも以上に身体が軋んだが仕事の時間から大幅に遅れている。こんな大遅刻は久しぶりなので強い痛みに呻きつつ大急ぎで身支度を整えると主の元へ向かった。

 

 主の部屋をノックして名乗る。

 

 

「遅れて申し訳ありません。カルです。」

 

 

「入って。」

 

 

 特に急ぎの用はなかったようで、遅れたことにそこまで気にしていないらしく安堵する。

 

 

「手紙を出して欲しいのと、ネックレスの留め具が壊れてしまったから修理に出して欲しいの。誕生日にお母様からもらった大切なネックレスよ。」

 

 

 まず手紙を受け取り、引き出しにしまってあるネックレスを取り出すのを待つ。

 

 

「あぁそうだ、ついでにこれとか磨いてもらおうかしら…」

 

 

「手紙……」

 

 

「んー?なんか言った?」

 

 

 お嬢様の新しいドレスを取りにいかなければ。いやちがう、それはもう取りに行った。

 

 

「ネックレス…いくつぐらい……」

 

 

 アルフレート様に贈る靴の候補を揃えたからみていただかないと。

 

 

「そうね…直すのはひとつだけど…いくつか磨いてもらって欲しいから……」

 

 

「なに…いろ……に……します…か?」

 

 

「え?」

 

 

 噛み合わない質問に聞き返した直後、ダン、と大きな音が響いて、それに驚いた彼女が少年を見ると彼は両腕で腹を抱え、両膝を床につけていた。

 

 

「ちょっとカル!」

 

 

「あ……ぎ…すぐ………」

 

 

 魔族の少年はそのまま崩れ、泡を吐いて白目を剥いた。

 

 

「だっ……誰か!!医術師を!!」

 

 

 部屋の外にいた兵が、彼女の悲鳴に近い声を聞いてすぐに部屋の中を確認する。

 

 

「あっ…たっ、ただちに!」

 

 

 兵は慌ててメイドを探しに行き、彼女は必死で呼びかけるも少年の意識は戻らなかった。

 

 

「どうした、何かあったか。」

 

 

 その日夕食の時間、娘がブスリとしていたので国王が訊ねた。

 

 

「カルが倒れたわ。」

 

 

「またか。今度はなんだ。前に過労で倒れたときにお前が言うから休息も人並みに与えてやっているというのに。それともまた暴力か?まったく、風紀を乱されるのはごめんだ。やはり召使いにするべきではなかったか。」

 

 

「…あばらが5本折れてて内臓も傷ついてるだろうって医術師が言っていたわ。助かるかわからないって。訓練よ。訓練でやられたのよ。」

 

 

 彼女の両親は本当に何も知らなかったので驚いた。

 

 

「あいつがそんなことを?」

 

 

「後輩にも好かれていると聞いていますけれど。」

 

 

「3人がかりでカルを殴ったって。何が訓練よ。ただの虐めじゃない。分かっててやったのよ。出なきゃ5本も折れないわ。」

 

 

 命を危険に晒すような訓練は本末転倒。それにあの魔族が王女のペットであることを知っていたはずだ。さすがに王も言葉を詰まらせた。

 

 

「……先の戦いで多くの仲間を魔族に奪われた。彼も魔族との戦争に巻き込まれて両親を失っている。一概に彼を責めることはできまん。」 

 

 

 妃が言うと王も頷いた。今は戦争中で、最近再び戦いが起き始めてついこの間も大きな戦いが起きたばかりだった。

 

 

「それにあいつは魔族だ。そう簡単には死なないだろう。」

 

 

「…ご褒美と引き換えに魔族の捕虜に診せたの。魔族の医術師だった魔族の捕虜に。その魔族が言ったのよ。程度はわからないけど内臓が傷ついているから危ない状態だって。」

 

 

 反抗するような素振りも見せず素直に仕事をこなし、時折可愛らしい笑みを浮かべる獣人は彼女の両親にとっても便利な愛玩動物となっていたので押し黙る。

 

 

「首輪も作ってあげたのに、どうしてみんなあの子をいじめるのかしら。」

 

 

 飼い猫が誰かに蹴られたら、飼い主はさぞかし怒るだろう。

 

 

「…いま言っても仕方ありません。あの子が目を覚ましたらまた考えたらどうですか。」

 

 

 母親の言葉に王女は大きくため息をついたのだった。

 

 

 

 ○○○

 

 


 小さな魔族が来てから幾らかの時が過ぎて、ようやく両親から飼う許しを得た少女は護衛の兵と共に魔族がいる独房へ向かった。

 

 

「お、お嬢様…おはようございます。」

 

 

 ボロ布を纏った小さな魔族は彼女を見るなりひざまずいて挨拶をした。

 

 

「おはよう。良い子にしてた?」

 

 

 魔族の疲れ切った顔には気づくことなく、少女はご機嫌に笑って彼の頭をよしよしと撫でる。

 

 白地で黒のヒョウ柄、目は少し吊り目で、耳は大きな三角形。珍しさに加え言葉も通じる。飼い猫をすぐに決めなくて本当に良かったと思いながらひとまず満足すると立ち上がった。

 

 

「こっちよ。あなたのお部屋を用意したの。」

 

 

 独房を出て、城の家畜小屋に向かうと彼用に少し改造された納屋の一部屋に案内する。鍵は外から開け閉めでき、窓には鉄格子がはめられていた。

 

 

「後で毛布を持ってくるわ。あと服も…もう少し綺麗なのにした方が良いわね。それじゃせっかくの毛並みが台無しよ。」

 

 

「はい……ありがとうございます……」

 

 

 少女はふふ、と笑って彼の顔を両手で揉みしだいた。

 

 

「そうそう、名前を考えたの。あなたの名前はカルよ。」

 

 

「はい…ありがとうございます……」

 

 

「緊張しなくて良いのよ。後で散歩に連れて行ってあげるわ。あとご飯ね。じゃあまた後で来るわ。」

 

 

「はい…」

 

 

 そのあとすぐに薄い毛布が届けられると、魔族の少年は死んだように眠った。

 

 

「カル!起きてる?一緒に散歩しましょ。」

 

 

 麻の質素な衣服を着た小さな魔族は少女の後に付いて、奴隷の首輪につけられた鎖を引かれながら城の広大な敷地を歩く。少女は、猫を飼っている自分の友人から最初から懐く訳ではないことや、懐かせ方などを聞いていたので彼の反応が薄くても明るく話しかけ続けた。

 

 そんな日々がしばらく続くと次第に魔族の少年が笑みを見せるようになってくる。いつも無表情だった魔族の少年は撫でられた時や菓子をもらったときに表情を緩ませ、それが徐々に微笑みへ変わったことが少女は嬉しかった。

 

 

「これはね、クッキーっていうの。お城の外に美味しいお菓子屋さんがあって、時々買ってもらうの。あなたにもあげるわ。」

 

 

「あ…ありがとうございます。」

 

 

 両手で持って遠慮がちに口にする。

 

 

「美味しい…です…」

 

 

 少女は笑って彼を抱き寄せ、彼が食べ終わってもしばらく頭を撫でる。最近は毛並みも良くなってきて、撫で心地抱き心地がとても良かった。

 

 

「あっ…」

 

 

 少し瞼が重くなっていた魔族の少年はハッと起き上がって飼い主から離れて跪く。

 

 

「ん?…あら、お父様。」

  

 

「あぁ。どうだ、そいつは。」

 

 

「とても良い子よ。今クッキーをあげてたの。…急にお父様が来たから驚いちゃったみたい。カル、私のお父様。そんなに怖がらなくて大丈夫よ。」

 

 

 魔族の少年は片膝をついて下を向いたまま微かに震えていた。

 

 

「確かに良い毛並みだ。私には懐きそうにないが。」

 

 

「お父様がそんな上から喋ってるからよ。動物は上から来ると怯えちゃうの。」

 

 

「そうなのか。」

 

 

「そうよ。それにいきなり懐いたりしないわ。私に笑ってくれるようになるまでだって時間かかったんだから。」

 

 

「今は笑うのか。」

 

 

「そうよ。声を出したりはしないけどとっても可愛いの。みんなにも見せてあげたいけれど、この子臆病だから見せびらかすのもかわいそうかなって。」

 

 

「そのようだ。まぁ……可愛がられているようで何よりだ。これからも大事に面倒を見るんだぞ。それと、菓子をやるのは良いがほどほどにしろ。貴族の飼い猫のように太ってしまうぞ。」

 

 

「言われなくてもわかってる。」

 

 

 父親が去った後、少女は魔族の少年を城の庭園に連れて行き、そこで一緒に花冠を作って穏やかな午後を過ごす。

 

 魔族の少年は意外にも器用で、彼が作った花冠は少女が作ったものよりも形が整っていた。少女はそれを貰い受けると仲良しの印といって部屋の小物入れにしまった。

 

 

「カルー、起きてる?」

 

 

 艶がかったリンゴを片手に今日も少女は可愛いペットがいる納屋に行って扉を開ける。喜んで食べてくれる様子を思い浮かべていた彼女の目に入ったのは、数人の男に囲まれながら身体を丸めて肩で息をしている魔族の少年の姿だった。

 

 

「ちょっと、何してるの?カルに何をしたの?」

 

 

 内の1人が答えた。

 

 

「あぁお嬢様、この時間はご学友と過ごされていると聞いていたので、これで新しい毒を試しているんです。心配ありません、容態を常にチェックしながら投与量を徐々に増やしているのでいるので死には至らないでしょう。」

 

 

 少女は憤慨した。

 

 

「誰の許可をもらってるの?それに毒なら捕虜に使えば良いじゃない。カルは私のペットなのにどうしてわざわざカルに使うのよ。かわいそうに、苦しんでるじゃない…カル、大丈夫?」

 

 

 そばに寄って頭を撫でると、普段よりも熱を持っていることがはっきりとわかる。魔族の少年は牙を食いしばったまま反応がない。辺りには何度も嘔吐した跡があった。

 

 

「先程から意識が混濁しているようです。錯乱するかもしれないのであまり近づかない方が…」

 

 

「何突っ立ってるのよ!早く獣医を呼んできて!解毒しなさい!」

 

 

「獣医は私ですが…」

 

 

「新薬ですし魔族用なので治療法はありません。水を飲ませるくらいしか……」

 

 

「じゃあ早く出て行って!2度としないで!!」

 

 

 男達が渋々出て行ったあと、少女は護衛の兵にメイドを呼ばせて自分は魔族の少年を膝に抱いて揺さぶった。

 

 

「カル…しっかりして…!」

 

 

 何度も呼びかけていると小さな魔族は呻いて半目になった。

 

 

「カル、わかる?」

 

 

「が……う……」

 

 

 魔族の少年は少女を見ると、突然すがりついた。

 

 

「くる…しい…たすけて……」

 

 

「大丈夫よ。もう大丈夫……」

 

 

「たすけて……ははうえ……」

 

 

 少女はハッと息を飲んだ。この魔族にも家族がいて、その家族と暮らしていたところを引き離されここに連れてこられた、なんてことは考えたこともなかったのだ。

 

 そしてメイドが来るまでの間、自分を母親と錯覚して泣きながら苦痛を訴える小さな獣人を抱いていることしかできなかった。

 

 それから魔族の少年は3日間起き上がれず、飼い主の少女に介抱されていた。毒の実験台にされたのは、彼は働いていないから何かあって動けなくなっても問題ない、というのが理由だと知った少女は彼に仕事を与えるよう父親に言った。

 

 しかし、それでは解決しなかった。彼が少女に飼われてから1年経ったある日、彼はまた倒れた。理不尽な重労働と虐待に、彼の身体が耐えきれなくなったのだ。

 

 

「首輪でも付けたらどうだ。ベルトのあまりを使えば良いだろう。」

 

 

 父親に訴えるとそう言って紋章の使用の許可を出したので、黒い皮の首輪を作り、紋章と彼の名前を彫った。

 

 

「カル、起きてる時はこれを付けてね。これであなたが私のペットだってみんなにわかる。きっと酷い虐めもなくなるわ。」

 

 

「ありがとうございます…。」

 

 

 その首輪に抵抗を持つほどの自尊心は既にない。

 

 

「それと、また何かされたらちゃんと言うのよ?」

 

 

 そして少女はメイド達や兵を集めて、私のペットを虐めるなと釘を刺した。

 

 

「お嬢様、それならあの魔族を召使いにしたらどうですか。私が教育しましょう。」

 

 

 チーフメイドのミネルがそう名乗り出て、国王からの信頼も厚かった彼女の推しのおかげで彼は召使いとして働くことになったのだった。

 

 

 

 

 ○○○

 

 

 


「サガル様、お時間よろしいですか。」

 

 

 訓練中の兵士の元に、チーフメイドのミネルが現れる。

 

 

「構わないが、なぜここに?」

 

 

「わからないのですか。チーフの私がわざわざあなたに直接お話に来た理由が。」

 

 

「何だ、またあの魔族のことか。」

 

 

「あなたに知らせを送ったので容態をご存知のはずですよ。おかげで他のメイドに彼がしていた仕事を肩代わりさせなければならなくなった。」

 

 

「あれが使えなくなったなら新しいメイドを雇えば良い。それだけだ。魔族の召使いなんてここには相応しくない。いずれ屠殺される家畜が王の椅子に座っているのと同じようなことだ。」

 

 

「私は、チーフです。この城の召使いを統率、管理することが私の仕事。あなたはそれを妨害した。厳重に抗議します。」

 

 

「俺は国王陛下からあれの訓練を言い渡された。俺は責務を全うしただけだ。あれしきの訓練で倒れるようなやつではいざという時なんの役にも立たないだろう、さっさと牢に入れて他の捕虜と一緒に働かせれば良い。」

 

 

「3週間経ちましたがあの子はまだ目を覚まさない。そんな訓練がどこにあると言うのですか。」

 

 

「黙れ、メイドが口出しするな。」

 

 

 息がかかるほど距離を詰めたが彼女は眉ひとつ動かさなかった。

 

 

「私は部下を管理するのが仕事。あの子も召使いとして国王陛下に認められている以上、あの子は私の管理下にある。指導の対象であり、養護の対象でもある。彼には召使いとして働く義務がある。そして私には彼が円滑に義務を果たすことができるよう計らう義務があるのです。あなたはそれらを侵害した。」

 

 

「まさか情が移ったか。クソ真面目なお前まで、あいつに。魔族なんて、あんなけだもの、何故鎖で繋がれていないのか不思議で仕方ない。」

 

 

「私は、何故あなたが教育係として評価が高いのか不思議で仕方ありません。」

 

 

「……いい加減にしろ。口が過ぎるぞ。」

 

 

「そうですね。申し訳ありません。無駄話はここまでにして本題に入りましょうか。」

 

 

 ドレスのポケットから国王の封蝋が押された羊皮紙を取り出して広げた。

 

 

「一等兵サガル、この者は王家の所有物であり、召使いである者へ、訓練を命じていたのにも関わらず故意に重傷を負わせた。これを命令違反、城内暴行、王家への侮辱又は挑発と認め、その責によりこの者を北方国境監視員に異動する。」

 

 

 圧を掛けた態度が一変、男は冷や汗をかいて後ずさる。

 

 

「バカな……」

 

 

「聞き取れなかったのならもう一度読み上げましょうか?」

 

 

 ザッ、と音がして男が周りを見ると、4人の兵がゆっくり歩み寄ってきていた。

 

 

「お、お前たち、あんなの都合よく愛想振りまいてるだけだ。騙されるな。魔族がどれだけ野蛮な生き物か、身を持って知っただろう!」

 

 

「お部屋の片付けは他のメイドにやらせています。サガル様、素直に従ってくださることを願いますがこれは勅諭であるので、従わないのなら拘束します。」

 

 

 大仕事を終えたチーフメイドは獣人の少年が寝かされている部屋へ戻る。彼女は直前に声をかけたのにもかかわらず少年の異変に気づけなかったことを悔いていた。そして彼が倒れたのは自分にも責任があるとして、自らその世話をしていた。

 

 意識がないので排泄もいつするかわからず、おしめを取り替える必要がある。兵に彼を洗い場まで運んでもらって彼の身体と汚れた布団やおしめを洗い、そして他のメイドが取り替えておいた清潔な布団に寝かせて彼の納屋にあった櫛で彼の毛並みを整える。普段の仕事に加えての世話はかなり大変なはずなのだが、例のごとく真面目なので彼女自身がそれを苦に思うことはなかった。

 

 公私混同はしない。それは基本中の基本。けれどこの獣人の少年が倒れたと聞いた時、真っ先に怒りが湧き上がったのは事実。屈辱的であるはずの首輪をむしろ進んで着け、憎しみを抱いて当然の相手に微笑んで礼を言い、ある時渡された小さな櫛を粗末な毛布で大事そうにくるんでいた小さな魔族に情が移ったのかと言われれば否定はできない。

 

 でもきっとそれは自分だけではない。いつのまにか部屋の外に置かれていた数輪の花を花瓶に移して、ふわふわな彼の頭をそっと撫でた。

 

 

「ミネルさん、」

 

 

 他のメイドがスープを持ってやってくる。肉、野菜、果物を煮こんでこしたそれは捕虜が口にできるものではないだろう。王女から、栄養のあるものをと言われていたこともありメイドが交代で余った食材などを使って作っていた。

 

 気管に入らないよう体勢を整えて、人間より大きな口から溢れないように少しずつ流し込む。

 

 

「……ゲホッ」

 

 

 突然咳き込んだので気管に入ってしまったのだと思いさすろうとすると少年が呻いた。

 

 

「……カル?」

 

 

「すぐに…支度を……」

 

 

 チーフメイドは大きく、大きくため息をついた。そして起き上がろうとする彼の肩を押さえて耳元で囁いた。

 

 

「休みなさい。これは命令です。」

 

 

「めい…れい……」

 

 

 少年は押されるまま背を布団につけ、しばらく半目でどこか遠くを見ていた。食事を続けるべきか、先に報告すべきか、様子を見るべきか迷っていると、彼の意識が定まったようだった。

 

 

「ミネル様……」

 

 

「覚えていますか?訓練の後、突然倒れたのですよ。」

 

 

 彼は黙った。記憶は曖昧だった。ただ痛みを堪えていたことまでは覚えていた。

 

 

「ここは…」

 

 

「以前お嬢様が使っていた部屋です。いちいち納屋に向かうのはこちらも負担なので。」

 

 

 今まで彼が使っていた納屋の4倍近く広い部屋には彼が寝かされている布団しかないので殺風景だった。

 

 

「まったく、」

 

 

 チーフメイドは立ち上がって少年を見下ろした。

 

 

「あれほど、あれほど身体に異常があれば知らせろと言ったのに、何故言わなかったのですか。お陰でどれだけの人に迷惑をかけたと思っているのですか。仕事に支障が出るほど身体に異常があったのなら何故言わなかったのですか。あなたが突然倒れる方がよほど迷惑です。これも何度も言いましたが私はチーフとしての責任があり、部下であるあなたは異常を知らせる義務があるのです。」

 

 

「申し訳ありません……」

 

 

「当分、寝ていてください。医術師は、完治まで3ヶ月はかかると言っていました。なので少なくともその間は仕事はさせません。報告を怠った、いえ虚偽の報告をした、その謹慎処分とでも思っていてください。」

 

 

「はい…」

 

 

「あなたは2週間近く意識を失っていたのですよ。お嬢様も随分と心配なさっています。飲めるならそのスープを飲んでください。」

 

 

 少年は言葉を詰まらせ、小さく謝罪した。ミネルはため息をついた。無理をさせてはいけないことはわかっている。

 

 

「カル、あなたは犬や猫などを飼ったことはありますか。」

 

 

「え……いえ、ありませんが……」

 

 

「犬や猫などを飼っている飼い主は、それらの愛玩動物も家族の一員と考える者も多い。あなたは少なくとも愛玩動物としてお嬢様に気に入られている。もう少し自覚してください。では私は報告に行くので。」

 

 

 彼女がバタンと扉を閉めて出ていった後、魔族の少年は耳を伏せたまま扉に向かって呟いた。

 

 

「申し訳ありません……」

 

 

 そのあとすぐ眠りに落ちた少年は、頭を撫でられる感触で目を覚ました。

 

 

「お嬢様……」

 

 

「カル…!ごめんなさい、起こしてしまったわね。」

 

 

 そう言いつつ少年が起きたことを嬉しく思っているようだった。

 

 

「言いたいことは…あるけど、ミネルさんが言ってくれたみたいだし、なにも言わないわ。とにかく、目が覚めて良かった。」

 

 

「ご心配をおかけして申し訳ありません…」

 

 

 少女は黙って微笑み彼を撫でていた。目が覚めたとはいえ弱っている彼の瞼は今にも落ちそうだった。

 

 

「カル、もう少しだけ頑張って起きて。」

 

 

 少年は主を見た。

 

 

「カル、あなたに地位をあげる。」

 

 

「地位…ですか…?」

 

 

「まずこの部屋。今はもう使わないから、あなたにあげる。それだけでも変わるってアルフレート様もおっしゃっていたわ。このベッドもあげる。他にも椅子とかテーブルとか、衣装箪笥もあげるわ。」

 

 

「この部屋を…?私には…広すぎるのでは……」

 

 

「その内狭く感じてきたらまた考えないとね。」

 

 

「え?」

 

 

 彼女は答えずに話を続ける。

 

 

「それと、ミネルさんや他の召使いとも相談して、召使い用の湯浴み場、元々洗うのはあなたの仕事だったし、最後に使って良いって。」

 

 

 突然の優遇振りに、魔族の少年は戸惑うばかりだった。

 

 

「この花瓶のお花、部屋の外に置いてあったんですって。あなたは魔族だから、みんなあなたを嫌ってると思っていたけど案外そうでもないみたい。」

 

 

 きょとんとしている少年の頬を撫でる。何も悪いことをしていないのに、今までいったいどれだけ辛い思いをしたのだろう。彼女がここまで心変わりしたのには訳があった。

 

 

「医術師があなたを診ているときに私もいて、あなたの背中の烙印を見たの。それ、本当は建物とか馬車に使う大きさよね。死んでもおかしくなかっただろうって医術師が言っていたわ。」

 

 

 前代未聞の"許された魔族"になる試練と称されあえて大きなものが選ばれた。成体でも命の危険があるそれを、小さな身体で受け止めたのだ。彼女は今までその印の存在を知らなかった。

 

 そして、それをきっかけに父親などに問い詰め、彼女は初めて、彼が自分の召使いになるまでの経緯を知った。そして、自分は彼に対してとんでもなく残酷なことをしてしまっていたのだとショックを受けた。

 

 

「それ奴隷の印よね。でもあなたは奴隷じゃないわ。今度、それに斜めの線が入るように印を押しましょう。それでその印の意味を取り消すの。今度は睡眠薬と、痛み止めと、ちゃんとした火傷の治療薬を使って、印が大きいから一度じゃなくて何度かに分けて、あっ…」

 

 

 彼女は言葉を切った。可愛いペットは目をカッと見開き、大きな両耳をピンと立て、全身の毛を逆立てて、見たことのない顔をしていた。

 

 

「……それだけは………それだけは…………」

 

 

 大きな瞳がたちまち潤み、身体がカタカタと震える。肉の焼ける音が彼の頭に響く。そしてついさっき目覚めたばかりとは思えない動きで、布団の上で土下座した。

 

 

「それだけは…お許しを……!……背中は……これはこのままで良いんです……だからそれだけは……!」

 

 

「ち、違うのよ!そんなつもりじゃなかったの…!ごめんねカル、良いのよ、今の話は忘れて。」

 

 

 彼女は慌てて泣きじゃくる魔族の少年を起こし、抱きしめて背中をさする。浅はかな考えだったと彼女は後悔した。

 

 

「申し訳…ありません……」

 

 

 数分経って落ち着いた少年は彼女から離れようとして顔を歪める。

 

 

「骨が折れてるのよ。」

 

 

 そっと彼を寝かせて布団をかける。少年はしゃくり上げた。

 

 

「お気持ちは…とても嬉しいです。ただ……」

 

 

「うん。そうよね。怖いよね。大丈夫、印の話は無かったことにするわ。」

 

 

 目を擦って涙を拭う魔族の少年をもう一度撫でてから部屋を後にした。彼の本当の笑顔を取り戻すために尽力することを胸に誓いながら。

 

 

 

 それから1ヶ月は寝たままの生活が続き、それが過ぎてからは少しずつ仕事に戻り始めることになった。チーフメイドは休めと言っていたものの寝たきりもあまり良くない上、何もしないで寝ている、というのは彼にとっては違和感でしか無かったのだ。

 

 

「カル、身体の調子は、」

 

 

「はい、大丈夫です。これから訓練に行ってまいります。」

 

 

 だいぶ身体が鈍っているので運動は必須。今度は彼に感情をぶつけることがない別の育成係の兵が指導した。それが終われば手紙を受け渡したり、掃除をしたり、と日常に戻る。

 

 

 ……それではただの食い潰しだ。許されたことに報いようともしない。到底価値があるとは思えん……

 

 

「さすが魔族、良い反射神経だ。ではここで少し休憩にする。」

 

 

 ……床の掃除?お前が床を汚してるんだろうが、汚い体でうろつくな……

 

 

「カル、さっき向こうの廊下の柱の角で…吐いちまったんだ。二日酔いで……。できれば誰にも言わずに…」

 

 

「分かりました。掃除しておきます。」

 

 

 ……何故魔族が私達と同じ服を?ありえない……

 

 

「カル、浴槽が空きましたよ。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

 …

 

 

 夜中、部屋に運ばれたベッドに腰掛けてまだ少し湿っている毛を整える。随分と、変わったものだ。地下の独房で絶望的な日々を過ごしていたあの時は、こんな贅沢な暮らしを過ごせるなんて思ってもいなかった。

 

 全てはあの時、主が自分を生かしてくれたおかげ。報いなければ。これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。

 

 年数が経って色が少し濃くなったくしを小さな木のテーブルに置き、明日に備えるためベッドに横たわる。病み上がりで疲れていたのですぐに夢の中へ落ちて行った。

 

 

 

 ○○○

 

 


「残念でしたね。心待ちにしていたのですが。」

 

 

「私もです。」

 

 

 城を訪れた主とその婚約者は城の庭に置かれた白い木のテーブルに向かい合って座っていた。本来なら今頃結婚式を挙げていたはずだったのだが戦争が激しくなったため延期となってしまったのだった。

 

 

「紅茶をお持ちいたしました。」

 

 

 陶器のカップに紅茶を注ぎ、お茶請けを添えてテーブルに置く。給餌も、手袋をしているとはいえ魔族なので以前なら許されなかったことだ。

 

 

「カル君、また身長が伸びたようですね。」

 

 

「えぇ、私もいつのまにか背丈を抜かされて、あの服も今年に入ってからもう2回も新しいものに変えたそうですわ。」

 

 

 距離を置いたところに控えているので少年にはよく聞こえなかったが自分のことを話題にしているのはなんとなく伝わった。すると主の婚約者が覗き込むように少年を見て、彼女も振り向いて手招きする。

 

 

「いかがなさいましたか。」

 

 

「君は自分の歳を覚えていますか。」

 

 

 唐突な質問に戸惑いながら、ここに来たのは10になる前だったはずだと答える。

 

 

「よく手入れされている良い毛並みだ。近くで見るとよくわかる。」

 

 

「はい、最近は湯浴みもさせていただいており、整える時間も十分にいただいておりますので。」 

 

 

 ほう、と彼は目を細める。男性でも胸がどぎまぎしてしまいそうな容姿と知恵を兼ね添えた彼は国の顔に相応しいだろう。

 

 

「お嬢様から君の話は聞いています。今日は君にも話がある。」

 

 

「私に…?」 

 

 

「私も魔族の召使いを持っています。だいぶ前に買った、子供を産ませる目的で貴族向けに売られていた狼の獣人です。」

 

 

 彼が声をかけると彼についていた召使いが一度姿を消し、しばらくするとその魔族の少女を連れて戻ってきた。艶がかった白色の毛並みで少年と同じくよく手入れをされていることがわかる。

 

 

「中々出来の良い娘で私の他の召使いからも可愛がられている。要するに君みたいな子だ。元々奴隷の子だから境遇は少し違いますけれど。」

 

 

 彼の屋敷へは何度も訪れているが今まで会ったことがなかった。彼が言うに王女御一行の相手をさせるのが魔族の召使いでは無礼と取られてしまうのではないかと思ったかららしい。普段もあまり人前に出ることはないらしく少年より小柄な狼の魔族は見るからに緊張していた。

 

 

「忠実な子で尽くしてくれていましたが、私とお嬢様が婚約すれば当然私はここで暮らすことになり、あの屋敷も手放すことになる。専属の召使いも元々この城に仕えている君だけで十分。とはいえ今更この子を家畜にする気にはなれないので、どうでしょう。君も年頃ですし、捕虜でありながらずっと尽くしているようですし、この子には少し早いですが君が良ければもらってくれませんか。子供が産まれたら私たちの子供の召使いにでもすれば良い。」

 

 

「つまり…私が彼女と結婚を…?」

 

 

「前からお父様やお母様とも話していたのよ。でも捕虜は雄ばかりだし、城で生活するならそれなりに整った魔族じゃないといけないし、それをアルフレート様に相談したの。私たちの結婚は、お披露目とか色々あるから延期になってしまったけどあなたは遅らせる理由もないわ。」

 

 

 少年は言葉を失ってしばらく2人の顔と獣人の顔を見て、生唾をゴクリと飲むと片膝をついて頭を下げた。

 

 

「ご温情、誠に感謝いたします。お許しくださるのなら…私は…喜んでお受けさせていただきます。」

 

 

 主とその婚約者は微笑んで彼を立たせた。

 

 

「良かった。人間なら雇われ先はあるけれど魔族はどうしようもないから困っていたのです。君がもらってくれるならこの子も幸せになれるでしょう。」

 

 

「カル、今日はもう下がっていいわ。その子とお話ししたら?」

 

 

 今日は彼と帰るそうなので部屋には行かず、主たちから少し離れたところにイスを用意した。

 

 

「お掛けください。」

 

 

「はい…」

 

 

「自己紹介がまだでしたね。私はカル、と申します。」

 

 

「私はシルクです。アルフレート様がつけてくださいました。」

 

 

「私も同じです。」

 

 

 彼女はあまり外には出ず、屋敷の中で奴隷兵の魔族と暮らしているらしい。

 

 

「アルフレート様は良いお方です。魔族の奴隷兵がいるおかげで彼らが私も守ってくれる。勉強もさせていただいています。本も、よく読ませていただいてます。」

 

 

 奴隷兵を使うときは大抵家族を作らせ人質にすることがほとんど。彼女の主はその人質と自由に会わせることで忠誠心を芽生えさせたという。

 

 

「勉学ならここに来る前から故郷で受けていましたが、ここに来てからはお嬢様と受けさせていただきました。最近図書室の利用も許されたので、お互い知っている本があるかもしれませんね。」

 

 

 同族と会話をするのはいつぶりだろうか。2人の魔族はすぐに打ち解け、彼女の主が帰る頃合になるまで時を忘れて話し込んだ。

 

 

 その日以降、魔族の少年の日課がひとつ増えた。主が婚約者に宛てた手紙とともに、自分の婚約者に宛てた手紙を送り、主の婚約者からの手紙に添えられた自分の婚約者からの手紙を受け取って読む。

 

 手紙はいつも同じようなことに加えて何か起きたことがあればそれも書く。主達の手紙に比べれば薄いものだが彼らにとってはとても大事なものになった。

 

 

「あの2人、相性が良さそうでよかった。」

 

 

 少し経ってからまた訪問したアルフレート。2人が談笑している間にそれぞれの召使いも楽しげに話していて、少年が狼の少女の手を取って歩き出したので城の広い庭を案内しに行ったらしい。

 

 

「羨ましいくらいです。私にもあんな顔を向けたことがありませんわ。」

 

 

 召使いとしての礼儀が染み込んでいるせいか上品さは欠いていないものの時折ニッコリと満面の笑みを浮かべていて、この時間が彼にとってどのようなものかを物語っていた。

 

 

「これで少しでも気休めになってくれると良いのですが。」

 

 

 そんな彼女の言葉にアルフレートは穏やかに微笑んだ。

 

 

「お気になされているのですか。あなたのせいではありませんよ。側から見たら飼い主とペットの関係とは思えない。」

 

 

「……ペットなんかじゃありませんわ。できることなら故郷に返してあげたい。最近はずっと、そう思っています。」

 

 

「お優しいですね。彼の結婚式を挙げてやると決められたのもそれが理由ですか。」

 

 

「……心身が成長した彼が反抗しないように城の中で子供を作らせて人質とする。元々はそのために、カルの結婚はずいぶん前から決まっていた。でも私は、彼に少しでも幸せになってほしい。人質を作るためじゃなくて、彼の人としての幸せのために。それを、城のみんなにも伝えたかったんです。」

 

 

「それで、皆さんは受け入れてくれそうですか?」

 

 

 少女はクスリと笑った。

 

 

「もしかしたらそんなことをする必要もなかったのかもしれませんわ。みんな口々におめでとうって、毎日のように茶化されています。今ではみんなも彼を可愛がっていますから。」

 

 

「そうですか。それは何よりです。私も、彼らへの祝いの品を考えなければいけませんね。」

 

 

「…代わりに私たちの結婚が延期になってしまうなんて皮肉ですわ。」

 

 

「…では、気休め程度にしかなりませんが、」

 

 

 アルフレートはそっと懐に手を入れて、忍ばせておいた小さな箱を取り出した。

 

 

「陛下から正式なお許しをいただきました。シエラ様、私を伴侶にしてくださいませんか。」

 

 

 そう言ってダイヤの指輪が入った箱を開けた。比較的自由度は高かったが許婚なので本来このようなことは必要ない。それでも彼女を泣かせるには十分な威力があった。

 

 

「喜んでくださって良かった。先程陛下とお話ししたのですが、近いうちに私もここへ移ることになりました。どうぞ末永くよろしくお願いします。」

 

 

「はい……!」

 

 

 それから1ヶ月ほど経って、もう間も無く王女とその婚約者が同棲を始めようとしていた頃、そして主に尽くした魔族の少年少女が褒美として婚約が認められてその式が近づいていた頃、魔族の少年は1人国王に呼ばれて王室へと赴いた。

 

 

「陛下、カルです。」

 

 

「入れ。」

 

 

「失礼いたします。」

 

 

 部屋に入って扉を閉めると跪いて言葉を待った。

 

 

「婚約者とはうまく行っているか。」

 

 

「はい。誠に感謝しております。」

 

 

 国王は黙って立って彼の前に立つと、彼の頭に手のひらを置いた。

 

 

「触り心地がとても良い。今なら王室の者が着飾るのに相応しい毛皮になるだろうが、あいにくお前の顔を見られなくなるのを残念に思う者が多いからやめにするよ……同じ冗談をミネルに言ったら真に受けて烈火の如く怒った。あいも変わらず堅物だ。」

 

 

 さすがミネル様、容易に想像できる。

 

 

「私には懐かないと思っていたが、いつの間にか、私の前に来ても怯えなくなったな。そして情けないことに、私も、城の皆もお前がいることが当たり前になってしまった。命乞いをしていたお前も随分大きくなって、偉くなったものだ。誇りを捨てて生き延びた。それがもうじき、ようやく実を結ぶ。」

 

 

「命を助けていただいただけでなくここまで温かくして下さった。この御恩は一生をもって返したいと思っております。」

 

 

 国王は答えなかった。そして彼に背を向けた。

 

 

「今日の真夜中、謁見室に来い。話は以上だ。」

 

 

 大半の者が寝静まった後、魔族の少年は薄暗い廊下をランタンをもって歩く。こんな時間に呼び出されるのは初めてだ。不穏な空気を感じ取つつ応接間に向かう途中、はたと立ち止まった。

 

 

「獣の匂い……それにあの光は…?」

 

 

 窓の外から火の光が見える。城の外にも松明はあるが普段ならもっと暗いはずだ。謁見室に急ぐと話し声が聞こえ、心拍数が上がるのを感じながら扉を軽く叩いた。

 

 

「失礼します。カルです。」

 

 

 一瞬、間が空いてから国王が答えた。

 

 

「入れ。鍵は開いている。」

 

 

 扉を押して開けると王座に座っていた国王は挨拶しようとする少年を片手を挙げて制し、自らの向かい側に手を差し伸べた。国王に集中していた少年はそれで初めてその存在を知った。立派な鎧を身に纏ったユキヒョウの獣人は、こちらをみて驚愕していた。

 

 広い応接間には人間の兵と、その倍くらいの数の魔族の兵がいて、どうやら会談を行なっていたようである。

 

 

「失礼しました。私はこの城で………」

 

 

 不意にユキヒョウ獣人にガシ、と両肩を掴まれた。

 

 

「アラン…!アランじゃないか……!!」

 

 

「え……」

 

 

 場内がどよめく中、自分が国王であることを忘れたユキヒョウの獣人は乱暴に上半身の鎧を脱いで投げ捨てて、国のために見殺しにしてしまった息子を力一杯抱きしめた。

 

 

「あぁ…なんということだ…アラン…私のアラン……助けてやれなかった…見捨ててしまった…血が絶えぬよう全土に散らした私が馬鹿だった…あの後我が子達を集めた時お前だけ居なかったことがどれだけ辛かったことか……生きていた…生きていたのか…」

 

 

 少年を離すとその形を確かめるように彼の顔を、大きな耳の後ろを撫でる。

 

 

「母親にそっくりだ…お前が拐われてからずいぶん暗くなってしまった。こんな首輪なんか着けられて…」

 

 

 額を舐め、そこに自分の額を押し付ける。恋人や家族にしかやらない行為。ユキヒョウ獣人の目には涙が浮かんでいた。

 

 

「怖かったろう…辛かったろう…帰ろうアラン…母親と兄弟達が待っている………アラン?」

 

 

 手を引かれても、少年は呆然としたままだった。

 

 

「行って良いぞ。」

 

 

 国王がそう言っても、少年は動かなかった。

 

 

「あの…あなたは……どちら様ですか……?」

 

 

 誰もが愕然とした。

 

 

「アラン……私が…わからないのか……?」

 

 

 そういうわけではない。自分と同じ毛並み、状況からしても理解できる。

 

 

「私は…その…違うんです……私は………」

 

 

 ここに来る前の記憶。それは確かにあった。暗い独房に閉じ込められていた時、何度も以前の暮らしを思い浮かべていた。父親、母親、兄弟の存在も、自分が何者だったのかも、覚えている。

 

 しかし、働き始めてからは思い返す余裕などなかった。毎晩力尽きるように眠った。以前の明るい暮らしは、今や寝ている間の夢で見た光景の記憶に等しかった。

 

 家族の存在はいつの間にかただの概念となっていた。いや、記憶喪失というわけではない。父や母、兄弟の存在、拉致される以前の日々の記憶は確かにある。しかし時間の経過によって本を読んで得た知識に等しいようなものと化していた。

 

 寂しかった。苦しかった。会いたかった。帰りたかった。

 

 守られて、認められて、愛されて、帰る必要は無くなった。

 

 失ったのではない。必要がないから削除されたのだ。奪われたのではなく自ら切り捨てたのだ。

 

 

「申し訳…ございません…陛下……下がらせてください……明日に備えねば……」

 

 

 言いながら後ずさった。一刻も早くこの場から離れたかった。

 

 そこから先はよく覚えていない。多分、他にも何かしら無理を言って謁見室を出た。そして気がついた時には自分の部屋のベッドに仰向けになっていた。

 

 いつの間に忘れてしまったのだろう。故郷での暮らしは、庶民とは少し違っていたかもしれないが普通の、母親に愛され、父親に愛され、兄弟や友と楽しく過ごしていたはずだ。

 

 けれどそれすら、本当にあったのかどうかわからなくなってしまうくらいおぼろげだった。

 

 

 そのまま寝てしまっていたようで、空が白みはじめた頃に目が覚める。

 

 父親と思わしき獣人の抱擁は雑なものだったが限りなく優しかった。そう、父親は複数の妻と子供を持っていたけれど毎日のように手紙をよこし、会うときは目一杯可愛がってくれていた。誕生日には忘れずに贈り物を送ってくれた。なのに再開しても、それが父親であるとしっくりこない。感覚は赤の他人と同じ。

 

 幾分か冷静になった少年は小物入れから紙を取り出して、謝罪と感謝の手紙を書くと部屋を出る。予想通り、いつもは守衛がいる城と外への境界には魔族の兵が見張りをしていたので彼らに頼むと快く手紙を引き受けてくれた。

 

 部屋に戻る途中、さすが早起きのチーフメイドと会った。

 

 

「おはようございます。」

 

 

「おはようございます。カル、今日は随分と早起きですが、ちょうど良いところに来てくれました。」

 

 

 事情は知っているのだろうが、いつもとまったく変わらない彼女に安心する。

 

 

「捕虜の牢へ行き、彼らを起こして魔族の元へ連れて行ってください。看守が手伝ってくださるはずです。それと、申し訳ありませんがあなたは戻ってきてください。」

 

 

「わかりました。ただちに。」

 

 

 言われた通り牢へ行き、彼らを解放すると看守と一緒に魔族の元へ向かい彼らを返して自分は戻る。その後主を起こし、朝食をとり、いつも通り仕事を始めた。

 

 

「カル、大丈夫か。」

 

 

「昨晩は大変失礼いたしました。無礼をお許しください。」

 

 

 国王は気にするなといってくれたので会釈して踵を返し、しかしあまり外に出るなと言われ、その日は図書館で借りた本を部屋で読んで過ごした。

 

 

「カル、あなた宛に手紙を預かっています。読み終えたら食堂にきてください。」

 

 

 チーフメイドから手紙を受け取るとそれをテーブルの上に置く。

 

 

「先に食堂に行きます。後で読みます。」

 

 

 チーフメイドは頷き、少年を連れて食堂へ向かう。以前は余り物を使って自炊、最近は他のメイド達と一緒に食事をしていた。

 

 

「あれっ……?」

 

 

「座っていてください。」

 

 

 メイド用の食堂には誰もおらず、中央のテーブルにはいつになく上品なテーブルクロスが敷かれていた。言われるがままその席に座って待っていると予想していなかった人物が現れた。

 

 

「アルフレート様…!」

 

 

「やぁ、待たせてしまいましたね。あぁ座って。」

 

 

「なぜここに?」

 

 

「本職です。お嬢様の婚約者としてではなく交渉人として陛下に召喚されました。君やお嬢様には知らされていませんが、いや君は察していると思いますが我が国と君の国で協議が行われている。戦争も終わるでしょう。」

 

 

「あの…はい。それもそうなのですが、なぜ召使い用の食堂にあなたが?」

 

 

「それは追々話しましょう。」

 

 

 料理が運ばれ、異例の会食が始まった。

 

 

「君もここを利用しているのですか?」

 

 

「はい。…まさかこんな豪華な食事をすることになるとは思いませんでしたが。」

 

 

 王家や来賓に料理を作る専門コックがいるのだが、この料理はチーフメイドを中心とする一定の実力を持つメイド達が腕によりをかけて作ったようだ。十分高級なコース料理を前に喜びをにじませている魔族の少年をみて給仕係やアルフレートは思わず微笑んだ。

 

 体は大分成長している割にまだまだ子供らしいと思いつつ、いくら認められたとはいえこれほどの食事を口にすることはできないはずなのに並べられた食器の使い方や料理の食べ方などを見て感心した。不自然さはなく、マナーを叩き込まれていることがうかがえる。しかしここでそれを教わることはないはず。やはり記憶喪失ではなく単純に忘れてしまっただけでこういった習慣は残っているのだと確信した。

 

 

「カル君、君のお父上が君のことを随分と心配していましたよ。手紙をみて少し安心したとも言っていましたが。」

 

 

「……薄々気づいてはいたんです。でもまさか本当に、会っても思い出せないなんて……」

 

 

「仕方のないことです。君が捕らえられてから6年。今でこそ君は一個人として認められていますがそうなる前は、生き延びることに必死だった。」

 

 

 少年の顔が少し暗くなる。確かに自分が今こうして生きていること自体奇跡だった。

 

 

「その首輪、一度も替えてないのですか?」

 

 

 主も周りも外して良いと言ってくれていたが、年季が入って所々すれている黒革の首輪は毎日かかさず着けていた。

 

 

「一度小さくなって替えました。でもそれ以来何年もこのままです。」

 

 

 彼らはしばらく黙って食事を続け、またアルフレートが口を開いた。

 

 

「お嬢様に守ってもらわなければ殺される。」

 

 

 ピタ、と少年の手が止まった。

 

 

「だから君は何としてもお嬢様に気に入られる必要があった。シルクも同じでした。私が乱暴しないと分かると、それこそ犬のように尻尾を振り、甘えてくるようになった。君の場合は、君を傷つける者に対しても愛想を振る舞った。馴染むために。自分を守るために。」

 

 

 大切なモノを捨てた。生き延びるために。

 

 

「君を、誇りを捨てて服従し、飼い猫に成り下がった哀れな動物と蔑む者もいるでしょうが、私はそうは思わない。周囲に自分の価値を認めてもらおうと努力し過酷な環境を生き延びた。その結果が今です。今では大半が君を仲間として受け入れている。お嬢様にとって君は家族に等しい。抵抗するのではなく順応した。立派だと思います。簡単に真似できることではない。」

 

 

「……その代わりに大切な記憶を無くしてしまいました……」

 

 

「仕方のないことですよ。6年もやりとりしていなければ私も忘れてしまうでしょう。シルクも母親の記憶は殆どありません。まぁ彼女もその母親も家畜として飼われていたので境遇が違いますけれど。」

 

 

「アルフレート様はなぜ彼女を召使いに?」

 

 

「元々家畜にするつもりはなかった。私は幼少期から両親の影響もあって勉学に熱中していました。書物も数え切れないほど読みましたが、やはり文字だけでは分からないこともある。魔族とはどういった生き物なのか。最初はそれをこの目で見て知るためにあの子を買いました。買ってすぐ、彼らも私達と変わらないと悟って可愛がることにしましたがね。歳の離れた妹のような存在です。無闇に外に使いに出して、毛皮目的で攫われることを危惧して滅多に独りで外出させず、あの子のために奴隷兵まで買った。…過保護ですね。でも有り余る金の使い道がそれくらいしかないので。」

 

 

 控えめな彼女は、自らの主について話すときはとても饒舌になることからも主を慕っていることがよくわかる。彼女の話を聞いていると、自分は城の中の人間しか知らないが本当はもっと、自分の抱いているイメージとは違うのではと思えてくる。

 

 

 食事が終わり、コーヒーが出された。

 

 

「あの子は私の大切な家族…奇しくもお嬢様も君を大事に可愛がっていた。君もそれを受け入れていた。不平を漏らすことなく、恩返しと言って尽くしていた君ならきっとあの子を大切にしてくれる。だから君にあの子を、シルクを預けたかった。」

 

 

「"かった"……?」

 

 

「…私も臆病ですね。決意したというのに、いざ君と話すと中々決心できない。」

 

 

 そっとカップを置いて、まっすぐ獣人の少年を見た。

 

 

「わざわざ召使い用の食堂に君を呼び出し2人で会食。君も勘付いているかもしれませんが、このことを知る者はほとんどいない。」

 

 

「なぜ……」

 

 

「私達の国と君の国は長い間戦争していた。まぁ会談を見たのならわかっていると思いますが、その戦争は終わります。君たちの国は、他の国々を味方につけた。人間の国を。このままでは私達の国はひとたまりもない。実質、敗北したのです。私はそのために、少しでも損失を抑えるための交渉人として呼ばれました。…彼らは賢い。単純で明解、とても合理的です。」

 

 

「それで…私に何を……?」

 

 

 アルフレートは微笑んだ。

 

 

「察しが良いですね。そう、被害者である君は我々に対してある種の権限を持つことになる。」

 

 

 アルフレートは席を立ち、同じく立った魔族の少年の目前で片膝を床につけた。

 

 

「ベスティア国第3皇子アシーク=ラクイアン、あなたにお願いがあって参りました。私は頼む立場であなたは頼まれる立場。あなたには断る権利があり、私は頼むことしかできない。それを踏まえてお聞き願いたい。」

 

 

 

 ○○○

 

 

 

 アルフレートとの会食の翌日、魔族の少年は朝食を済ませるといつも通り主の元へ向かう。

 

 

「おはようございますお嬢様、両陛下がお呼びです。」

 

 

「今行くわ。…まだいてくれたのね。」


 

 どうやら魔族側との会談のことは彼女も知っていたらしく、少なくとも自分は故郷に帰ることになっているらしい。

 

 

「…カルともお別れね。寂しいわ。でも本当に良かった。」

 

 

「私はご恩を返せたとは思っていません。今までとは違う形になるかもしれませんが、お役に立ちたいと思っています。故郷では私はとうに死んだ扱いですし。」

 

 

「恩だなんて…」

 

 

 王室に入るとそこには国王と王妃が待っていた。他の召使いや護衛を下がらせ2人を座らせる。

 

 

「アルフレートが今魔族側と交渉をしている。予想していたよりも穏便に進みそうだ。今後のことも少しずつ決まってきている。その中からひとつ、お前達に話さなければならないことがある。」

 

 

 国王は大きくため息をついた。王妃は疲れ切っていた。

 

 

「魔族側はお前の身柄を要求している。」

 

 

 王は、魔族の少年ではなく自らの娘を見て言った。

 

 

「…私?」

 

 

「そうだ。カルを…アランを返すことはもちろんのこと、その上でお前の身柄を要求しているのだ。人質として。かつて我々がアランを攫って人質にしたのと同じように。ただしあの時とは状況が違う。拒めば、我が国は確実に崩壊する。今までの報いを受けることになるだろう。」

 

 

「それで…それで私にそれを背負えと……?」

 

 

「私も承服出来ない。アルフレートだってそうだろう。だがそれは個人的な理由なんだ。"我々は国のため、はらわたを捻じ切る思いで息子を捨てた。お前達も国を治める者としての賢明な判断を求める"と言われてしまったら我々はぐうの音もでない。国を治める者。私もお前も生まれながらその責任がある。」

 

 

「じゃあ…私の…私の婚約は…?」

 

 

「お前は幽閉される。魔族はお前を飼うつもりだろう。我々がアランにしたことと同じことをお前にするつもりだ。ただし連中がお前に情を抱くかどうかはわからない。それにお前は…お前は女だからな……だが、」

 

 

 今にも叫びそうな様子の娘を語尾を強めて制する。

 

 

「お前がアランを大事にしていたと、お前がアランを生かしたのだと伝えた。」

 

 

「…それで?」

 

 

「アランの妻となるならばあちらの民として認めると譲歩した。」

 

 

 ぷつんと糸が切れて、彼女は顔を真っ赤にして叫んだ。

 

 

「冗談じゃないわ!!どうして私がそんな目に遭わなければならないの!?延期になったと思えばカルと婚約…?ふざけるのも大概にして!!そんなの、ペットの猫と結婚しろと言っているのと同じじゃない!!」

 

 

「アランは向こうの国の第3皇子だ。お前を守ると既に約束した……」

 

 

 彼女は魔族の少年を見て、彼を指差して言った。

 

 

「カルが私を守る?そんなことあるわけないじゃない!」

 

 

「落ち着いてくれ。アランは…」

 

 

「落ち着けるわけないでしょう!?忘れたの!?散々拷問されて、迫害されて、ペットとして飼われて、そのカルが自由になって私を守る訳ないじゃない!!」

 

 

「聞くんだ。そうでなければお前は魔族に、」

 

 

「知らないんでしょう?カルはいつも愛想笑いをしているけど目は笑ってないのよ。毎日見てるわたしにはわかる。目の奥で、憎んでるのよ。当然よ。だってヒトとして扱ったことないもの。向こうが私とカルの婚約を求めるって、それはつまり、今まで私がカルを飼っていたから今度はカルに飼われろってことよ。」

 

 

「お嬢様、私はそんな……」

 

 

 流石に口を挟んだ少年を、彼女は視線で黙らせる。

 

 

「私は政治の道具じゃないわ。私はそんなの認めない。」

 

 

 両親を睨みつけ、荒々しく部屋を出て行く彼女。呼び止めようとした少年を国王がやめさせる。

 

 

「すまない。気を悪くしないでほしい。」

 

 

「いいえ。こうなるだろうとアルフレート様も仰っていました。」

 

 

 罵声には慣れている。過去のそれに比べれば先程のあれは罵りにすら入らない。

 

 

「あなたにこんなことを頼むのは情けないと自覚してる。けれどもあなたを頼るしかない。あの子は私たちが説得します。どうかあの子を守って。」

 

 

 王妃が彼の首輪を外そうとすると少年は後ずさってそれを拒否した。

 

 

「申し訳ありません、これは外したくありません…。私はお嬢様を恨んではいません。お嬢様だけではない、誰も憎んではおりません。お嬢様のお役に立ちたいと、お守りしたいと心から思っております。お嬢様が落ちついてくだされば…」

 

 

 3人はしばらく沈黙した。悩み困り果てていた。予想はしていたものの拒絶された上に、期限は数日しかない。過ぎれば彼女は連行される。

 

 

「…アラン、お前はもう下がって良い。家族のもとに会いに行くと良い。ただ……」

 

 

「日暮れには戻ってまいります。」

 

 

「すまないな。」

 

 

 お辞儀をして王室を出る。彼らは自分が先鋒に情けを求めるよう期待しているのかもしれない。でもそれはきっと親心からくる淡い想いで、それが叶わないこともわかっているのだろう。自分の父親が自分を捨てたように。

 

 一旦部屋に戻ると父親宛てに手紙を書き、図書室から借りた本と一緒に持ってまた部屋を出た。父親と直接会って話をしたいのはもちろんのこと。けれどしばらくは会わないと決めていた。状況が状況なので今はまだ"カル"でいたいと思ったのだ。

 

 …それが建前だということも分かっていた。本当は怖かった。自分が"アラン"であることにピンと来ていない。故郷に帰ると言われても、漠然とした記憶しかないので自分にとっては新天地に行くも同然。

 

 自分は慣れすぎた。以前に戻るのはむしろ怖かった。

 

 

「お嬢様、お食事のお時間です。」

 

 

 返事が中々返ってこなかったので何度か声をかけると一人にして、と言われた。

 

 

「…では扉の前に置いておけるよう手配します。」

 

 

 コックやチーフメイドに頼んで夕食をワゴンで部屋の前まで運ぶともう一度声をかける。やはり、自分はこの方が良い。以前とは違いちゃんと召使いとして扱ってくれる今なら何不自由ない。

 

 

「お食事ご用意しました。………あの、私は、…私はあなたのおかげで生きることができた。それはずっと忘れません。」

 

 

 やはり返事はなかった。部屋に戻って服を脱ぎ、いつもの毛繕いを始める。尻尾を衣服の外に出すことを許されたおかげか前はペタンとしていた尻尾の毛もふさふさになって、その感触を楽しみながら丁寧にとかす。

 

 自分を見て、目を丸くする速さで鎧を脱ぎ捨て抱いてくれた父親と瓜二つの毛並み。血筋のせいでいろいろな目にあったけれど、この毛並みがなければ情けをかけられることもなかったかもしれない。

 

 

「お嬢様は大丈夫だろうか…」

 

 

 自分から父親に情けをかけるよう言うこともできる。しかし寧ろ信頼を失いかねないからやめて欲しいとアルフレートに言われていた。

 

 自分の愛する人を妻として愛して守って欲しいと言われた時は度肝を抜かれた。けれど、悩まず返事をした。元々の、シルクとの結婚を楽しみにしていたのも事実だが、それが今できることなら迷う理由はなかった。

 

 2人の仲の良さはよく知っている。だから閉じこもってしまう彼女の気持ちは分かる。アルフレートの苦渋を滲ませたあの顔からとても葛藤したことも分かる。

 

 

「どうすれば分かってもらえるだろう…私は憎んでなんていない…」

 

 

 心から笑っていない、と言われたことが胸に突き刺さっている。そんなことを意識したことは今まで一度もなかった。そしてそれを解決しないときっと和解できない。

 

 悩んで、答えが出ないまま次の朝を迎えることになった。

 

 

 魔族の少年が悩み考えている頃、少女は部屋にこもりっきりで部屋掃除すらも受け付けなかった。

 

 17になった彼女はアルフレートのことを本気で愛し、結婚を心待ちにしていただけあって塞ぎ込んでいた。

 

 

「はぁ……」

 

 

 部屋の窓を開けて夜風に当たりながら何を考える訳でもなく何度もため息をつく。両親が説得に来ても完全無視。食事が乗ったワゴンを出し入れする時だけ扉を開けて、湯浴みの時以外は引きこもっていた。

 

 

 …ここから落ちたら楽になれるかな。

 

 

 窓から少し乗り出して下を見る。高さは10mくらいにだろうか。

 

 

「お嬢様、アルフレート様からお手紙です。…扉の下から失礼します。」

 

 

 唐突に扉を叩く音が響いて、婚約を求められている相手の声と共に扉の下の隙間から手紙が差し入れられた。他には何も言わず彼は去り、彼女はしばらく扉を見つめてから手紙を拾い上げた。

 

 何故直接会いにこないのか、そう思いながら手紙を広げる。内容は淡白なものだった。婚約者としてではなく、交渉人としての言葉。半分も読まないうちに捨ててしまった。

 

 

「今度は私がひとりぼっちか…」

 

 

 憔悴しきった彼女はベッドに仰向けになった。

 

 このまま受け入れなかったら自分の人権が無くなる。カルが自分を憎んでいる以前に彼の家族が、彼の同胞が自分を憎んでいるだろう。しかし今までペットとして可愛がってきた相手に身を委ねることができるのだろうか。

 

 仮に彼に委ねたとしても婚約という建前で主従契約を結ぶだけではないのだろうか。ましてや彼は第3皇子、妻も複数持てる。そして自分はあくまで人質。彼があの白い狼の少女と話している時のあの笑顔はいつも自分に向けているものとはまるで違った。確かに自分の一言で彼は今まで生きることができているのも事実だけれど、ペットとして、召使いとして扱ってきた彼に、義務的な恩返し以外で自分を好く理由があるだろうか。

 

 それについ先日、彼を初めて傷つけてしまった。厳密に言えば、初めて意図的に貶してしまった。烙印の話をした時ほどの反応はなかったが、彼の耳がピクリと動いたのはわかった。

 

 彼女は薬指にはめてあったダイヤの指輪をおもむろに外して手のひらの中で転がした。自分はアルフレートと結婚し、魔族の少年は同胞との結婚を許される。誰もがそれで良かったはずなのに。

 

 起き上がって、今はむしろ見ていて辛くなる指輪をしまおうと引き出しを開ける。他のアクセサリーと同じ場所ではない、何年も開けていない棚の一番下の引き出しを開けた。

 

 

「これ……」

 

 

 忘れていたその引き出しの中身は、枯れて、乾燥して茶色くパリパリになった花冠だった。この棚はずっと前から使っていたもので、この部屋に移動する時に前の部屋から持ってきたものだった。

 

 

「これ確か……カルが……」

 

 

 まだ彼がペットだった時、庭で遊んでいた時に彼が作ったものだった。中々うまく作れないところを見ていた彼が、器用に作って自分の頭に乗せてくれたことを思い出す。

 

 思い返せばその頃の彼は毛質も悪く、兵士が近くを歩くだけで体をビクつかせて怯えていた。自由になった今、好きなように暮らせるはずなのにわざわざ自分を妻にし助けようとしている。それがもし憎しみによるものでないのなら、なんなのだろう。あの愛想笑いの裏にあるものが憎しみでないのなら、なんなのだろう。

 

 アルフレートの手紙には、彼が自分を憎んでいる事はありえないと書いてあった。事情を話したら快諾したと。あの哀れな獣は解放されても忠実なのだと。でもそれはつまり、自分たちが彼をがんじがらめに縛っているということ。

 

 馬鹿だ、と彼女は思った。飼い猫と結婚するようだと言っておいて、あれが自分を憎んでいると断言しておいて最後は彼を哀れんでいる。要するにアルフレートを諦められないのと、魔族の嫁になることを受け入れられないそのわがままを言っているだけなのだ。

 

 彼を哀れむのも、結局は自分のための言い訳。彼は彼で、自分は自分で幸せになれば良いという勝手。罪悪感だけを感じて満足しているだけなのだ。いや、それは罪悪感ですらないのかもしれない。本当に罪と意識してるなら、彼を縛った責任をとって妻として彼を幸せにするか、大人しく牢屋に入れば良いのに自分はどちらも拒絶している。

 

 

 思考の負の連鎖、考えてもどうにもならないようなことにまで及び、ぐるぐると意味もなく巡っていると突然部屋のドアがノックされて、思わず身体がびくりと震えた。

 

 

「お嬢様、カルです。……入ってもよろしいでしょうか。」

 

 

「…この部屋の鍵も貰ったの?」

 

 

「…はい。」

 

 

「…なら、わざわざ断らなくても良いんじゃないの。」

 

 

 ガチャリ、と扉が開く。魔族の少年はいつもの彼用のメイド服ではなく、バスローブのような寝巻き姿だった。召使いとしての取り繕った上辺の心ではなく本心であると表現するための彼なりの考えだった。

 

 一晩待って父親に言えば普段着くらいならその場で用意してくれそうだったが、彼女が連行されるのは明日の昼。もう待っていられないのだ。

 

 

「…それ、まだ着けてるの?」

 

 

 彼の首には、まだあの首輪がついていた。指摘されて、少年はそっと首輪に指を添える。

 

 

「えぇ。私にとっては大切なものです。父上はお怒りになったそうですが。」

 

 

 不機嫌そうにベッドの上にいる彼女と、いつも通りの微笑みを浮かべる彼。

 

 

「…それで?」

 

 

 魔族の少年はゆっくり息を吐いて、そしてベッドの側に寄るとひざまずいた。

 

 

「…私を口説きにでもきたの。無理やり連れて行けば良いじゃない。」

 

 

「あなたを奴隷にするわけではありませんから。…どうか、私を信じていただけませんか。」

 

 

 彼女は黙ったまま窓の外を見る。少年は続けた。

 

 

「私は、誰も憎んでいません。お嬢様は私の命の恩人。あなたがアルフレート様を心から愛しておられることもよく分かっております。私からも父上に伝えましたが、これが最大の譲歩と言われてしまった。これ以上は信頼を失うだけだとアルフレート様にも止められました。」

 

 

「どうして…あなたは了承したの。シルクは……」

 

 

「シルクとのお話をいただいた時は嬉しかった。恥ずかしながら、これからの暮らしを想像してしまいました。」

 

 

 あのままあの雌狼と結婚して暮らしても、幸せになれただろう。

 

 

「でもあなたとの付き合いの方がずっと長い。それに彼女には…きっと私よりふさわしい相手がいるでしょう。」

 

 

「…カル、あなたは知らないのよ。異性を好きになるってことを。そりゃあシルクとの結婚は嬉しかったでしょう。今まであなたには何もなかったのだから。でも彼女を愛したらあなただってそんなあっさり蹴れないはずよ。」

 

 

 少年はすぐには言葉を返せなかった。彼からの言葉がなくなったので彼の方を見る。…また傷つけてしまった。でも彼もすぐに分かるはずだ。故郷に帰ればすぐに。今までどれだけ縛られていたか、気づくはず。

 

 

「その通りかもしれません。確かに私は、もうどこにもいないのかもしれない。」

 

 

「…どういうこと?」

 

 

 魔族の少年はゆっくり息を吐く。

 

 

「私が心から笑っていない、そのことについて考えていました。」

 

 

「あれは……」

 

 

「私は確かに、そうかもしれません。憎んでいるわけではないんですよ。あのときは、誰かを恨む余裕も無かった。…生肉を鉄板で焼く音をお聞きになったことがあるでしょう?あれが背中で鳴るんです。」

 

 

「……烙印のこと?」

 

 

「えぇ。押されてすぐに気を失ったので、その前後の方が辛かった。はっきりと覚えています。印が赤熱するまでのあの時間は決して忘れられないでしょう。」 

 

 

 少年は一度息をついた。脈拍が上がり、体が少し震えて毛が逆立つのを感じる。それでも続けなければならない。続けなければ、わざわざ自分から彼女を説得しにきた意味がなくなってしまう。

 

 

「殺された方が良かったのではと、あの時は思いました。ほんの少し動くだけで、背中に薬を塗られただけで意識が飛びました。毒も苦しかったですが、あれに比べれば……。世話をしてくださった獣人がとても良くしてくれた。半分意識がない私に僅かしかない自分の食事まで食べさせてくれました。あの人がいなかったら私はまだ家畜小屋にいたかもしれません。いや、とっくに毛皮にされていたかもしれませんね。」

 

 

「…どういう意味?」

 

 

「壊れていたそうです。看守に聞きました。」

 

 

 あの時壊れていたお前が、と妙にしみじみと言われたことがあった。当然その間の記憶はない。

 

 

「気づいた時にはほとんど傷が癒えていて、何もかも諦めていました。だから怒りも恨みも湧かなかった。生きる気力さえなかったと思います。」

 

 

 暗い牢獄の中で、無気力な自分に”餌”をちゃんと食べるよう説得してくれたあの牛獣人の姿が浮かぶ。彼は今も生きているのだろうか。ちゃんと解放されたのだろうか。

 

 

「でもあなたが来て、可愛がってくださった。私が笑うと喜んで下さった。だから笑うようにしたのです。あなたに見限られないように、飼い猫として愛想を売るしか生きる術が無かった。お嬢様が感じられたのは私の憎しみではない。きっと何もないんです。」

 

 

 魔族の少年はふぅー、と息を吐く。そしていつもの微笑みを浮かべた。少し引きつっているようにも見えたがすぐに消える。

 

 

「でも、お嬢様が私の相手をしてくれることを毎日待ち望んでいました。単純に寂しかった。形はどうであれ、あなたが心の支えだった。この首輪も、」

 

 

 再び首輪に指を伸ばす。

 

 

「お守りです。これがあればあなたが守ってくれる。なければ私はあなたのものであることを証明できない。誰にも守ってもらえない。」

 

 

 色んな人が、もう首輪を着けなくて良いんじゃないかと言ってくれた。しかし首輪を外すことは、気が狂ってしまいそうになるほど恐ろしいことだった。

  

 

「……私はあなたに依存しているのかもしれません。何もかも諦めて空っぽになった私に希望をくれた。私はあなたで支配されているのかもしれません。だからあなたを恨むようなことはない。むしろ、離れると不安になります。お側に…いたいのです。」

 

 

 少年は大きく息をついた。疲れ切っていた。少女は理解しようと黙って考えた。

 

 聞くだけで胸が痛むようなことをされて、それを他人事のように話す彼の心は壊れてしまっている、だから笑顔の奥は虚無であるということなのだろうか。

 

 

 うつむいたままの魔族の少年の頬にそっと手のひらを伸ばす。

 

 

「…怖かったのね。今もずっと。あなたが愛想笑いをしていることはわかってた。怖いから笑ってたのね。」

 

 

 暴力が怖いから、捨てられることが怖いから。憎む余裕すらなかったのだ。

 

 胸の奥底に秘めていたことを、秘めていた相手に話した。どれだけの勇気が必要なのだろう。そしてなぜ、奥底に秘めなければならなくなった理由を作った相手の側にいたいと思うのか。

 

 

「…でもあなたがシルクといたとき、あなたは私が知らないあなただったのは、それはシルクといる時間があなたにとって”怖い時間”じゃなかったから、じゃないの?」

 

 

「…そうですね。確かに彼女との時間は楽しかった。」

 

 

 少年は顔を上げた。しかしすぐに彼女と目線を合わせなかった。しばらくちらちらと瞳を動かして、決意したように彼女を見つめる。

 

 

「お嬢様は、私のことをいつも気にかけてくださる。私が暴力を受けると助けてくださる。撫でてくださる。抱きしめてくださる。どれだけ、それで救われたことか。違います、お嬢様。恩じゃない。」

 

 

「カル…」

 

 

「私はお嬢様が、好きです。お嬢様の言う通り、私は異性を想う気持ちを知らない。それは”恋”と呼べるものではないでしょう。でも、あなたが唯一の支えだった。」

 

 

 彼は立ち上がった。真正面に立たれると、中性的で可愛らしい顔立ちの彼であっても圧を感じる。

 

 

「あなたに幸せになってほしいと、思っていました。アルフレート様と幸せになってほしいと。けれど、それは叶わなくなってしまった。どころか、あなたは幽閉されてしまう。拷問されるようなことはないでしょうが、それでも…閉鎖された空間で、日数の感覚も狂い、ただ生かさるだけの…あれを、あなたに経験させたくない。絶対に。あなたに依存しているだけなのかもしれない。私がこうなるのは必然なのかもしれない。それでも…考えただけで…嫌なんです。」

 

 

 絶望的な状況で唯一優しくしてくれた主に依存している。それを自覚し理解してもなお、主を想う。そんな彼の告白は、彼女の目には哀れに映る。

 

 …哀れに思うなら、彼がこうなってしまった責任をとって、生涯彼のそばにいてやれば良いではないか。罪悪感があるなら、拒絶されることを最も恐れている彼の精一杯の告白をなぜ拒もうとするのか。

 

 どこかに幽閉されたり、見ず知らずの人間もしくは魔族に無理やり嫁入りさせられるくらいなら、何年も一緒に生活し、ここまで想ってくれる彼に身を委ねた方が良いはずなのに、どうしてそれは嫌なのだろうか。

 

 彼を見る。綺麗な瞳で、どこか怯えた瞳で視線を返してくる。自分だって、彼に幸せになってほしい。故郷に帰り、普通の人として生きる幸せを知ってほしい。彼が傷つくと自分も傷つく。

 

 

「カル、ちょっと、」

 

 

 彼女が手招きすると、彼は少し躊躇って、靴を脱いでベッドの上に膝立ちで上がる。座らせると、彼女は彼を抱きしめた。

 

 

「お嬢様…」

 

 

「大きくなったのね。あんなに小さかったのに。」

 

 

「…おかげさまで。」

 

 

 しばらく、少女は彼に顔を埋める。彼を抱きしめるのは久しぶりだった。

 

 

「カル、大好き、大好きよ。でもね、あなたの好きとは違うわ。」

 

 

「分かっています。」

 

 

「多分、分かってないわ。」

 

 

 彼女は彼を見つめた。彼を新たな夫として受け入れられない理由は、単純なものだった。

 

 

「カル、私にとってあなたは大事な弟なのよ。ペットでも召使いでも夫でもない。弟なの。」

 

 

 魔族の少年は大きく目を見開いて、少女は微笑んだ。

 

 

「辛いことを話してくれてありがとう。来てくれてありがとう。私も今気がついた。あなたが魔族だから、召使いだからこんなに嫌なのかと思ってたけど、違うわ。だって私、あなたが大切だもの。とても…」

 

 

 異性として愛しているのはアルフレートである、というのも理由のひとつだが、もとより許婚。相手が誰であろうが定められた相手の妻になるのが本来。けれど彼は弟のような存在だったから、どうやっても異性として見ることができない。それが理由だった。

 

 

「あなたにとっては嬉しいことじゃないかもしれない。でも私にとってはそうなの。だから、弟に嫁入りしろって言われているようなものなのよ。」

 

 

 最初は確かにペットだった。けれど虐待されて泣き縋る彼を見て、優しく撫でられて表情を緩ませる彼を見て、毒に犯され幻の中の母親に助けを求める彼を見て、彼を守らなければと思うようになった。言葉も通じ、生活も共にする上でその感情は、いつのまにか家族に向けるものと同じものになっていた。

 

 

「た、確かに…それでは…」

 

 

「嫌でしょ?うちの国にそんな風習ないし。それにあなたには、普通の幸せを知ってほしかった。」

 

 

 愛玩動物扱いではないと感じていた。けれど家族として意識されているとは思っていなかった少年は驚きつつ、しかし安堵した。拒絶されていたわけではなかったのだ。

 

 

「…あなたがペットだったとしたら、私飼い主失格だわ。」

 

 

「そんなことありませんよ。可愛がって、何度も守ってくださった。」

 

 

「そうね……」

 

 

 彼女はもう一度首輪を見る。いくら怖いからといっても、今後も着けるのはいかがなものか。

 

 

「それ、外せないなら首じゃなくて腕とかに着けたら?」

 

 

「…検討します。」

 

 

 2人はしばらく黙った。彼女は彼に顔を埋め、彼はそれを静かに受け止めていた。

 

 不思議なものだ。彼は血が繋がっていないどころか種族さえ違うのに感覚は身内になっている。そして、同じ時間を過ごしていたはず彼は、また別の感情を抱いている。

 

 

「…お嬢様、」

 

 

「分かってる。」

 

 

 みなまで言うなと彼を遮った。

 

 

「馬鹿よね。閉じ込められるくらいなら弟と結婚したほうがずっとマシなのに。」

 

 

 それはあなたがアルフレート様を愛しているから、と少年は言いかけてやめる。彼女が1番分かっているのだから蒸し返すのは良くない。

 

 

「あなたをお守りします。どうか信じてください。」

 

 

「…えぇ信じてるわ。えっと、ア、アシー…」

 

 

「アシーク=ラクイアン。アランです。でも、どれでも良いです。アランでも、カルでも。」

 

 

 少年は微笑んで、彼女もそれにつられた。彼の微笑みはいつもと違って見えた。彼は時々本心が顔に滲み出る。この魔族の少年は、本当に彼女のことが好きなのだと、それが受け入れられて内心とても喜んでるのだと、そう思わせるような微笑みだった。

 

 彼女は一旦彼から目を逸らして、ため息をつく。やはり割り切れない自分がいる。それでも、彼はもう十分頑張った。次は自分の番なのだ。

 

 彼に向き直ると、彼の顔をそっと引き寄せる。魔族の少年は不意の出来事に身体を強張らせたが、2人の唇はそのまま重なった。

 

 彼の、口周りの細かく滑らかな毛と柔らかい唇は予想よりも感触が良い。獣人の少年はどうして良いか分からず目をパチクリさせながら固まったままで、彼女は呆れつつ離れた。

 

 

「なんで急にそんなに緊張するの。」

 

 

「す、すみません…」

 

 

 いつもの穏やかな笑みを浮かべながらあっという間に組み敷かれてしまいそうな気がしていたのに、彼は突然ぎこちなくなった。

 

 

「もう、そんなに気合入れてきてるのになんで1番大事なところでそんなふうになっちゃうの。」

 

 

「き、気合?…服のことですか?召使いとしてではなく、私自身としてお話をしたかったので、いつもの格好よりこちらの方が良いと思いまして。」

 

 

 彼女は大きくため息をついた。

 

 

「な、何かいけなかったでしょうか……」

 

 

「…あのねカル、夜にバスローブで女の子の部屋に来るって、それもう襲いに来ているようなものよ。」

 

 

「襲い……?」

 

 

 3秒考えて、彼の毛がわかりやすく逆立った。年頃の少年少女が寝巻き姿でベッドの上。しかも抱き合っているとなれば誰がどう見てもそういうことである。

 

 

「そっ…そんなつもりはっ……しつっ…失礼しました…!」

 

 

 鼓動が一気に早くなって耳まで熱くなり、慌ててベッドから降りようとしたが、彼女に腕を掴まれる。

 

 

「ちょっと、まさかそのまま帰るわけじゃないでしょうね。」

 

 

「えっいや…でも……」 

 

 

「いいから。何が失礼しました、よ。全く…雰囲気台無しじゃない。せっかくこっちが覚悟決めたっていうのにもう…」


 

 彼女はムスッとした顔で彼のふさふさな腕を引っ張ってベッドに引き戻す。

  

 

「ふぁぅ」

 

 

 バランスを崩してよろけた少年が情けない声を漏らし、彼女の機嫌はそれで幾分か直る。

 

 

「ほら、さっきのやり直し。」

 

 

「や、やり直し…」

 

 

 正面から見つめられて、少年の体は余計に強張る。しかし彼女は何も言わず見つめたまま助け舟を出してくれない。少年はごくりと生唾を呑んで、とてもとても固い動きで彼女の背に腕を回して抱き寄せた。

 

 抱きしめられるのと自分から抱きしめるのでは感触が全然違った。少し爪を立てれば裂けてしまいそうな柔らかい人間の女性の感触。彼女の匂い。しかも愛玩動物として可愛がわれるのではなく異性としての愛情表現だと思うと生唾が湧いてくる。

 

 いけないいけない、と少年は深呼吸してどうにか肩を楽にさせる。

 

 

「そんなに緊張するカルを見るのは初めてだわ。」

 

 

「すみません…こればっかりは…」

 

 

 壊れ物を扱うような手つきにやれやれ、と彼女はため息をつく。

 

 

「お、お嬢様、」

 

 

 彼女を呼んで、意を決して彼女の唇に自分の口を軽く押し当てる。心臓が、破裂しそうなほど脈を打って苦しいくらい。彼女を見ていられず目をつぶったものの、視界が暗くなるとむしろ彼女を抱く感覚、自分の口と触れ合う彼女の湿った唇を強く感じてしまう。

 

 彼女もギュッと抱き返してくる。このままでは心臓発作を起こしそうなくらいなのに、離れるタイミングがわからない。結局、引きつるように戸惑いながら恐る恐る離れた。

 

 

「…ま、合格にしてあげる。」

 

 

 彼女は小さくため息をついた。彼を信じるしか選択肢はない。今更考えたも無駄だ。初めての口付けも彼に奪われてしまった今、むしろ開き直った。

 

 それに今までの壁を取り払って彼と密接になったことで、彼となら、という希望が生まれていた。

 

 

「…ねぇ、ちょっと良い?」

 

 

「えっ、」

 

 

「いいからー。」

 

 

 半ば無理やり上半身をはだけさせると彼女はギュッと抱きついた。自分より大きくてふわふわな躰は抱き心地がとても良かった。

 

 

「1回やってみたかったの。」

 

 

「そ、そうですか…。」

 

 

 彼の背中にまわされた彼女の手が、上質な毛並みの中で剥き出しになっている皮膚をなぞる。大きな烙印、それに触れて彼女はまた憂鬱な気持ちになる。

 

 このまま彼の国に行っても、いずれ彼との間に子供を授かっても、彼は優しいままでいてくれるのだろうか。

 

 一方の少年は、自分がまだペットだった時に彼女に愛玩動物として時々抱かれていたことを思い出していただけだった。

 

 

「カル、私、きっとあなたのことを好きになれるから。だから…これからもよろしくね。」

 

 

「もちろんです。お嬢様のお側にいます。」

 

 

 即答した彼の心地も良い声が身体を伝う。深呼吸すると彼の柔らかい匂いと、ほんのり石鹸と獣の匂いがした。

 

 甘えるように肩に顎を乗せてきた彼の顔を撫でていると、愛する人の顔が一瞬だけ脳裏をよぎった。

 

 

「…結婚するなら名前で呼んでよ。」

 

 

「シエラ様…私はあなたが少しでも幸せになれるよう尽くします。」

 

 

「ありがとう、アラン。」

 

 

 獣人の少年はニッコリ微笑んだ。今度は自分の番。彼女の望む形ではなくなってしまったが、家族で笑って過ごせればそれで良いと思った。

 

 

 そっと、ふわふわな手が彼女の頬を撫でる。そして2人はもう一度唇を重ねる。

 

 さっきよりも長い口づけを終えると彼女を寝かせ、優しい獣は優しい少女にその身体を重ねた。

 

 

 

 ○○○

 


 

 翌朝、朝食を済ませた彼らはアランの父親、ベスティア国王に事の報告をする。

 

 

「本当に、それで良いんだな。」

 

 

「はい。彼女を妻として愛し、家族と静かに暮らしたいのです。報復は望みません。」

 

 

「お前がそう言うのなら、わかった。我々も受け入れよう。ではシエラ、アランと共にこちらの王宮へ向かえ。…文通くらいはさせてやる。アラン、母が首を伸ばして待っているぞ。」

 

 

 その日のうちに2人は慌ただしく城中の者に別れを告げて、まだ会談を続けなければならない彼の父親を置いて先に故郷へと向かった。

 

 

「普通の馬車で良かったわ…」

 

 

「当然です。」

 

 

「…にしても、急に男前になっちゃって。」

 

 

「い、いや…ハッキリ言わねばと思いまして……」

 

 

 特に虐げられることもなく、2人は隣り合って座っている。軍には人間もいたのでシエラも格段に居心地が悪いわけではなかった。中継地に用意されていた馬車へ乗り継ぎ3日、王宮に到着した。

 

 

「…懐かしいですね。なんとなく覚えています。最初はここで暮らしていて、戦争が始まってから皇子たちは各地に散らばったんです。私が捕らえられた後にここへ戻ったそうですが。」

 

 

 周りを見渡しながら彼女の手を引いて案内役の後に続く。連なっている建物の高さはそれほど高くなく、代わりに敷地が広かった。

 

 部屋に通されると彼によく似た黄土色の猫系の獣人の女性が出迎えて、1番にアランを抱きしめた。

 

 

「こんなに大きくなって………話は聞きました。私は第三王妃、種は純カラカル、名はアガタ。この子を助けてくれてありがとう。母親として心より感謝を。」

 

 

「いえ…そんな……」

 

 

 アランと同じくらいの背丈の獣人は涙を浮かべながら深々と礼をした。

 

 

「アラン、ここでの記憶が薄れてしまっていることも聞いています。しかし人間達の中に放り込まれて馴染めたのなら、ここでの暮らしもすぐに慣れるでしょう。…本当によく戻ってきてくれましたね。部屋を用意してあります。2人ともそこでお休みなさい。従者に案内させます。」

 

 

 再開を済ませて部屋を出ると、今度はユキヒョウ獣人の青年が待っていた。身なりからして従者ではない。やはり細かくは覚えていないものの、兄弟とよく遊んでいたことは記憶にある。

 

 

「……兄上?」


 

「お帰りアラン………6年間捕虜だったとは思えないしっかりした体格だ。父上から聞いていた話は本当のようですね。」

 

 

 アランより頭ひとつ大きなユキヒョウの青年は彼の頭を揉みしだきながら軽く抱擁し、シエラに向き直る。

 

 

「失礼。第一皇子アンバルです。他の兄弟達も皆会いたがっていますが2人とも疲れているでしょう、ゆっくり休むと良い。ただ残念ながら、2人はここで暮らしてもらうことになる。」

 

 

 婚約したとはいえシエラは一応人質であるということ、長い間人間に仕えていたアランがその人間に利用されてしまうことを懸念してのことだ。

 

 

「何もしないのも逆に辛いだろうし、どうかな、シエラ殿は一国の王女で教養はあるだろうしアランにも教養を積ませていたと聞いている。ちょうどここの書庫の書司が不足していて困っています。相応の勉強が必要になるけれど、どうでしょう。本当ならアランを私の秘書にしてやっても良いがあいにく間に合っているのです。」

 

 

 自由時間を使って城の本を大方読んでしまったアランには嬉しい話だったのでその場で返事をして案内された部屋に落ち着いた。シエラはとりあえず勉強してみるということにしておいた。

 

 

「良い人たちね。」

 

 

「そうですね。」

 

 

 ソファに並んで座ってリラックスしているとシエラが欠伸をする。一気に眠気が襲ってきた。

 

 

「外の者に休むと伝えますね。」

 

 

「お願い。」

 

 

 アランも疲れていたので用意されていた部屋着に着替えた2人は少し眠ることにした。

 

 

「カル、ありがとう。」

 

 

「こちらこそ。」

 

 

 そっと手を握って、瞼を閉じた。

 

 

 

               おわり

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