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機械仕掛けのセイレーン  作者: 川越トーマ
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第9話 医療センター

 点滴しながら歩いている水色のパジャマ姿の若い女性、表情のどんよりした車いすの老人、包帯に松葉杖の太った中年男、銀縁眼鏡の人間の医師に、黒い獣耳のヒューマノイドの女性看護師、紺色の制服に身を包んだ救急隊員が運んでいくストレッチャー、豊洲救急医療センターの白い廊下は人であふれていた。

 あの後、俺はすぐに釈放された。すでに夜八時を回っている。


「ねえねえ看護師さん、お股がかゆいんだけど、優しくかいてくれるかな」

 ユウマと社長が入っている四人部屋の病室に入ろうとした途端、耳を疑うようなセクハラ発言が聞こえてきた。

「名栗さんは両手が普通に動くんですから、自分で好きにかいてくださいね」

 猫のような黒い耳をつけたショートボブのヒューマノイドの女性看護師が、水色のパジャマを着てベッドに横たわる巨漢の戯言に優しい声で応えていた。

 彼に必要なのは優しく話してあげることではなく、怖い看護師長さんを呼んできて厳しく躾けることだと俺は思った。

「ズリイ! さっき隣のベッドのじいさんには『どこかかゆいところはありませんか?』なんて優しく聞いてたじゃないか」

「もう一度言います。あなたは自分のことは自分でできます。ドクターの最終確認が終わっていないので退院許可が出ていませんが、身体機能に問題はありません」

 ヒューマノイドの看護師は声を荒げることがない。

 しかし、さすがに優しさの成分は大幅に減少していた。

「可哀そうなボクは聴覚障害が残っちゃうかも。だから、もっと入院して看護師さんといっぱい思い出を作りたいなぁ」

「相変わらずの変態野郎だな」

 俺は病室の入り口でわざと小声でつぶやいた。

「うるせえよ! このクソチビ」

「あんな小さな声も聞こえるんなら、聴覚にも問題はないみたいですね」

 そう言うとヒューマノイドの看護師は俺に一礼して病室から出て行った。

「おう、チビ。まったく何で、おめえだけ無事だったんだよ!」

 俺がベッドに近づくと、ユウマは不機嫌そうに細い目を俺に向けた。

「日頃の行いのせいじゃないかな……社長は?」

 社長がいるはずの向かいのベッドはもぬけの殻だった。

「ナカジマ重工の奴に電話で文句を言っているところだ」

「レイチェルは?」

「仕事だよ。取引先に仕事の穴をあけたことを謝ってる。可哀そうに。社長にやらせりゃいいものを……って、見舞いに来たんだろ、何で手ぶらなんだよ! 食いもんは! 病院の飯じゃ腹が減って仕方がねえんだよ」

 こいつの場合、いっそのこと、三ヶ月くらい入院してダイエットした方がいいと思った。

「社長に警察署でのことを報告に来ただけだから」

「けっ、使えねえ野郎だ」

 ユウマはそう吐き捨てると、枕もとのリモコンを操作して、自分の顔の正面にテレビの画像を空間投影した。

 そのままの場所ではテレビの画像も分からないし、指向性スピーカーの音声も聞こえなかったので、俺は不本意ながらユウマの横へとポジションを移動した。

 画面を見るとダークスーツに身を包んだ若い女性ニュースキャスターが、硬い表情でこちらを見ていた。

『本日十六時四〇分ごろ、豊洲旧市街の半径二〇〇メートルほどの範囲で停電が発生しました。この影響で全ての電子機器が動作不能に陥りましたが現在は復旧しています。停電の原因については現在調査中で……』

「これって、あのときの……」

「けっ、俺様たちの大立ち回りはニュースになんねえのかよ」

 停電の原因は電磁パルス攻撃だと、警察ではわかっているはずだがプレスリリースはしない方針なのだろうか。

「……ところで、シェパードの奴は残念だったな」

 意外に優しい声でユウマがぼそりとつぶやいた。

「ああ」

 そう言えば、こいつは人間とヒューマノイドをあまり区別していない。

 さっきも、ヒューマノイドの女性看護師にセクハラを働いていたし、普段もレイチェルに言い寄っている。

 ヒューマノイドを色恋の対象にしているということだけで、俺はユウマや社長のことを変態扱いしていたが、それは妥当ではなかったのかもしれない。

 俺とユウマがしんみりとしていると、水色のパジャマをきちんと着た影森社長が帰ってきた。

「頭くるよね。彼らちっとも電話に出ないんだよ」

 彼はユウマと違って痩せているので、如何にも病人らしい雰囲気を漂わせている。

「ひょっとしたら警察に呼び出されているのかも知れませんよ」

「おぉ菖蒲くん、来てくれたわけ」

「まあ……」

「いや、実はさ、岩槻くんが交代要員はいつ来るんだって、うるさいんだよ」

 妙に喜んでくれたと思ったら、どうも俺に仕事をお願いする気らしい。

「ヒヨリの奴が二十四時間働けばいいんじゃねえの、普段俺たちのことを『変態』とか『キモオタ』とかディスってるんだから。いい気味だ」

 岩槻ヒヨリというのは、うちの会社の二〇代後半の女性社員で、『ホワイトファング』と名付けられた長身で目つきの鋭い男性型ヒューマノイドとともに要人警護の昼の部を担当していた。ちなみに夜の部の担当はユウマだ。

 ポニーテールの長身の女性で、目鼻立ちは整っていたが、ともかく口が悪く、見た目と中身のギャップがひどすぎた。

 結婚退社を望んでおり若いイケメンの金持ちを探しているとのことだったが、性格を何とかしないことにはどうしようもないというのが男性陣三人の一致した見解だった。

 ちなみに、『変態』は社長、『キモオタ』はユウマのことで、俺は『ガキ』と呼ばれていた。

「まあ、そうなんだけど。労基法違反で訴えてやるとか、殺すぞてめえとか、いろいろ言われて面倒くさいんだよ」

 確かに普段の言動からすれば、それくらいのことは軽く言いそうだ。

「何なら、俺が夜勤やりましょうか? 八千代興産の社長のお宅に行けばいいんですよね」

 さすがに疲れていて気は進まなかったが、ユウマが入院中なので仕方なかった。

「そうか? やってくれる? いやあ、悪いね。今度のボーナスはずむからさ」

 影森社長は途端に上機嫌になり、俺は逆に深いため息をつくことになった。

「えっ?」

 しかし、次の瞬間、俺の視線は、ふと目に入ったテレビの画像に釘付けになった。

『次のニュースです。統一朝鮮のチェ・デジュン大統領が本日一八時三〇分ごろ羽田空港に到着しました……』

 画面には黒いセルフレームの眼鏡をかけた特徴のほとんどない四角い顔のおじさんが、タラップの上で手を振る様子が映しだされていた。

 それはつい最近、別のモニターで見た顔だった。

「やばい! 警察に伝えなきゃいけない用事ができたんで携帯貸してくれませんか!」

「えっ、何なんだ一体!」

 自分の携帯端末は電磁パルス攻撃でお釈迦になっていたので、俺は社長から携帯端末をもぎ取った。そして、パスワードロックを解除してもらい豊洲警察署の電話番号を調べた。最後の4桁が0110だというのは有名だが、その前の番号には個性がないので調べないとわからない。

 110番にかけることも一瞬考えたが、前提を話して理解してもらうのに時間がかかるだろうし、いたずら電話として片付けられてしまう恐れもある。是非、今回の件を知っている警官と話をする必要があった。

「本日お世話になった湾岸警備保障の菖蒲と言います。火急の要件があるので吾野刑事をお願いします」

『大変申し訳ありませんが、吾野は不在にしています』

 相手は落ち着いた女性の声だった。恐らくヒューマノイドだろう。

「いつごろ、戻りますか?」

『残念ですが、わかりません』

「そうですか……」

 通話を切り、携帯端末を社長に返すと、目を丸くしている社長に早口で告げた。

「豊洲警察署に行ってきます」

 吾野刑事以外に名前を知っている人間はいないので行くしかないと思った。

「おい、夜勤は!」

 慌てて病室を後にした俺の背中を社長の声が追いかけてきたが、俺は振り返らなかった。



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