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機械仕掛けのセイレーン  作者: 川越トーマ
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第8話 女性技術者

 しばらくして取調室から連れ出された俺は小学校の教室くらいの広さの会議室に通された。

 折り畳み式のちゃちなテーブルがロの字に配置され、入口入って右側に、銀縁眼鏡で赤いルージュが印象的なナカジマ重工の女性技術者が青い座面のパイプ椅子に座っていた。

 どうしたわけかグレイのスラックスの右腿の部分には包帯がまかれ、血がにじんでいる。

 傍らには松葉杖も立てかけてあった。

〈ケガ? どうして?〉

 そして、だいぶ疲れているようで顔色も悪かった。

「はじめから話してもらえますか」

 しかし、俺が疑問に思っている話題には一切触れず、俺や吾野刑事が部屋に入ると、入口の正面、すなわち上座に座っていた中年の男がいきなり本題に入った。

 中年の男は紺色のダブルのスーツを身に着け、青いチェックのネクタイを締めていた。

 髪の毛は黒く若々しく、整髪料できっちり七三に分けられている。

 眼は細く鋭く、エラがはって野球のホームベースのような輪郭だ。

 吾野刑事は左側の席に座り、俺は入口からすぐの下手の席に座った。 

 ニキビ面の若い刑事とドーベルマン刑事は俺の両脇の席だ。

「本来なら最初から警察に来るべきだったんですが、外部に情報が漏れると不都合だったので、民間の警備会社に処理をお願いしてしまいました」

 ナカジマ重工の女性技術者は俺の方をちらりと見ると、すまなそうに頭を下げた。

 どうやら極秘に処理することはあきらめたようだ。

「一体、どうしたんですか?」

「開発中のヒューマノイドを盗まれたんです」

「どんなヒューマノイドですか?」

「M2というコードネームをもつ軍用の試作品です」

 女性技術者は俺たちのところに依頼に来た時と違って、必要なことを淡々としゃべっていた。

 俺は怒りを覚えた。

「なんで、あの時、盗まれたのは軍用のヒューマノイドだと言ってくれなかったんだ! あんたらのせいで、俺たちは全員死にかけたし、シェパードは電子頭脳を破壊されたんだぞ!」

 正面の男は手を開いて鋭い視線を俺に送った。

 『まあ、抑えて』という意味なのだろう。

「本当にごめんなさい。まさか、もう起動に成功しているとは思わなくて」

 女性技術者は俺の方に顔を向けながら目を伏せた。

「方針を変えた理由は何ですか?」

「実は会社の方針が変わったわけではないんです。今、こうして話しているのは私の独断です。彼らに仕事を依頼した時には盗まれたヒューマノイドの位置情報を取得できていたんですが、犯人が気付いたらしく、位置の特定ができなくなってしまって……このまま放っておいたら大変なことになると思ったんです」

「困った奴らだな」

 吾野刑事がぼそりとつぶやいた。恐らくナカジマ重工に対しての発言だろう。

「犯人グループはどんな奴らですか?」

「実行犯は二名の東洋系外国人です。一人はイ・テソンという名前で身長一八〇センチくらい、よく引き締まったスリムな体で、手足が長く、優雅な身のこなしで、切れ長で睫毛が長く、愁いを含んだ黒い瞳で、鼻筋が通り、どこに出しても恥ずかしくないようなイケメンで……」

 二回目の俺はまるで聞く気にならず、吾野刑事は軽く溜息をつき、正面の刑事は手をあげて発言を途中で制した。

「わかりました。後で似顔絵の作成に協力願います……ところで、あなたが警備会社の人間に確認したいことって何ですか? そのために彼をここに呼んだわけですから」

 確かに複数の外部の関係者を会議室に集めるやり方は警察としては異例だ。

 普通はバラバラに取り調べて情報を突合させる。

 女性技術者は深くうなづいた。

「M2は敵国に潜入して暗殺や破壊活動を行うために開発されました。盗まれた時点では知識や技能をプリインストールしていただけで、敵味方識別情報や行動目的など、実戦で運用するための情報は、まだ入力されていませんでした。しかし、起動に成功して活動を開始したとなるとそれらの情報はすでに入力されたはずです」

 俺は女性技術者の発言に神経を集中させた。

「あの時現場にいた人なら、どんな情報が入力されたか知ってるかもしれないと思って……」

 何か嫌な感じがして入力作業を妨害しようとしたことを思い出した。

 あの時のモニターの映像は……

「敵味方情報はどんな情報を入力したのかわからない。ターゲット情報というアナウンスの後、眼鏡をかけた男性の画像が一瞬見えた。でも、それが誰なのかは……」

 俺は口ごもった。

「やつらの目的は要人の暗殺ということか?」

 正面のエラの張った男が俺の眼を覗き込んだ。

「誰だったか本当に分からないのか?」

 横からニキビ面の男が強い口調で話しかけてきた。

「ごめん、シェパードなら、正確に記憶していたと思うんだが……」

 俺は電子頭脳が壊れてしまったヒューマノイドに想いを馳せた。

 なんだかんだ言っても彼にすっかり依存して仕事をしてきたことを改めて思い知った。

「何でもいい。思い出したら教えてくれ」

 吾野刑事が静かな口調で俺の眼を覗き込んだ。

 しかし、残念なことに俺の記憶はあいまいで、警察の役に立ちそうなことを思い出すことはできなかった。

 嫌な沈黙が続き、吾野刑事はしばらくして俺から情報を引き出すことをあきらめた。

「犯人たちの居場所は警察が総力を挙げて突き止めるとして、問題は、そのヒューマノイドをどうやって捕獲するかだな」

「内蔵してある武装は電磁パルス発生装置と音響兵器ってことでいいんですよね……それぞれの武器のスペックは?」

 警官たちは仕方なく女性技術者に対する質問を再開した。

「電磁パルス発生装置は効果範囲を半径一〇〇メートルに設計したんですが実際には半径二〇〇メートルくらいまで効果があったみたいです。指向性はなく全方位に効果が発動されます」

「ヒューマノイドはうかつに近づけないってことか……」

 吾野刑事が力なくつぶやいた。

 俺はバタバタと倒れたシェパードやレイチェルの姿を思い出していた。

「超音波兵器というのは?」

 エラの張った刑事は女性技術者に続きを促した。

「電磁パルス発生装置と違って、指向性を持たせて動作させることができます」

「暴徒鎮圧目的の奴と似たような性能か?」

「それは三通りの使い方のうちの一つ、制圧モードです。三半規管にダメージを与え、人間から抵抗する意欲をそぎ取ります。ほかに、殺傷や破壊を目的としたデストロイヤーモード、広範囲の人間の深層心理に働きかけ、誘導するサブリミナルモードがあります」

「誘導……いったいどうするんだ?」

「相手の深層心理にささやきかけるんです、それも聞こえていると認識できないレベルで。『ねえ、水を飲もう』みたいに。状況にもよりますが、仕掛けられた人間はかなりの高確率で理由もわからず水が飲みたくなります」

「催眠術みたいなものか?」

 ニキビ面の男が驚いたような声をあげた。

「ちょっと違いますが……」

「デストロイヤーモードのスペックは?」

「五〇メートル以内なら十分殺傷能力があると思います。至近距離なら物体を分子レベルで粉砕することができます」

「五〇メートルか……」

 吾野刑事が唸り声をあげた。

「ほかに内蔵された武装は?」

「ありません。ただ、パワーもスピードも通常のヒューマノイドの三倍、骨格の強度は通常の五倍、打撃系格闘技を中心に複数の格闘技をプリインストールしてあります」

「バケモンだな」

 ミヅキを侮辱されたように感じて、俺は思わず発言したニキビ面の男の横顔を睨んだ。

「よお、ドーベルマン、勝てそうか?」

「無理ですね」

 吾野刑事の質問にドーベルマン刑事は即座に首を横に振った。

「ついでに言いますと、外見上は人間と全く区別がつかないように作ってあります」

「その部分だけで違法だよな」

 吾野刑事がつぶやいた。

「そもそも我が国は軍用ヒューマノイドを製造してないはずだ」

 ニキビ面の男が唸った。

「国防省にこの件は報告したのか? 開発を命じたのはどうせ国防省だろ」

 正面に座ったエラの張った男が不意に切り口を変えた。

「しました」

「なんと言っていた?」

「警察から治安出動の要請でもない限り動けないと」

 恐らく国家機密に関わるかなり際どい会話だ。俺なんかが聞いてしまっていいのだろうか?

「だが、一部の兵士は動かしたようだな」

「電磁誘導ライフルを装備した狙撃部隊か……」

「だが、失敗した」

「電磁パルス攻撃の有効半径が想定の二倍だったからな、大方、近くから狙撃しようとして行動不能に陥ったんだろう」

「ふざけやがって」

「ほかに発言は?」

 俺がぼんやりしている間に、周囲ではどんどん会話が進んでいた。

「お願いがあるの」

「なんですか?」

「あの子を破壊しないで欲しいの」

〈あの子?〉

 女性技術者の発言は違和感のあるものだった。俺の疑惑は一気に膨れ上がった。

「それは難しいな。近づくことができない以上、遠くから狙撃して破壊するしかないだろう」

「そんな! 管理者を先に拘束して命令させれば破壊せずに捕らえることも可能です」

「テロリストを先に捕らえて、言うことをきかせろと? そいつは、また、ずいぶんと難しい注文だな」

「それより、あんた開発者だろ、何か活動停止のため秘密のコマンドとかないのかよ」

「軍用なので、そういうセキュリティ上の『穴』は作らないことになっていました。あの子は開発者である私の命令でも受け付けません。実際に、起動したあの子を追いかけましたが、あの子は私の言うことを聞いてくれませんでした」

 女性技術者は悔しそうに唇をかみしめた。

「そして、犯人グループに足を撃たれたわけか」

 エラの張った刑事が女性技術者の包帯の巻かれた右足を見つめた。

 ようやく俺の疑問の一つが解消した。

 あのとき、建物の外の車の中で待機していた彼女は、脱出を図ろうとしたテロリストとヒューマノイドを追いかけ、撃たれたのだろう。

 殺されずに済んだのは、単に運が良かったのか、それとも、あのイ・テソンとかいうテロリストが彼女に情けをかけたのか……

「ことは重大だな。いずれにしても上と相談してくる。このまま待機していてくれ」

 俺が様々に思いを巡らせていると、エラの張った男はそう言い残して部屋から出て行った。


「なあ、あのヒューマノイドはいったい何なんだ!」

 エラの張った男がいなくなった後、周りには吾野刑事、ニキビ面の刑事、ドーベルマン刑事がいたが、俺は我慢できなくなって女性技術者に話しかけた。

「さっき説明したじゃない。軍用のヒューマノイドでコードネームは……」

「俺が聞きたいのは、そんなことじゃない! あのヒューマノイドは一体誰をモデルに作ったんだ!」

 ほかのことはともかく俺が一番知りたいことはそれだった。

「どういうこと?」

 女性技術者は眉をひそめた。

 吾野刑事は眉を上げた。

 ニキビ面の刑事は興味深そうに俺の方に視線を向けた。

 ドーベルマン刑事は表情を変えず俺の方に身体を向けた。

 しかし、刑事たちは三人とも俺と女性技術者の会話の邪魔をする気はないようだった

「俺が知ってる人間にそっくりなんだよ」

 俺は必死に自分の気持ちの高ぶりを抑え、低い声を絞り出した。

「なんで、あんたがミヅキのことを……」

 女性技術者の返事を聞いて俺は気持ちを抑えることに失敗した。

「やっぱりミヅキがモデルなんだな!」

「なんなのよ、あなたは」

「俺は菖蒲カケル。かつてのミヅキの同級生だよ! 」

「そうだったの……」

 女性技術者は目を伏せ、少しの間、沈黙した。

「……奇遇ね。私は吉川ミハル、ミヅキの姉よ」

「ミヅキの姉さんなら、なんで殺人兵器なんかをミヅキの姿にしたんだ!」

「悲しかったからよ! 寂しかったからよ! ミヅキが急にいなくなるなんて耐えられなかったからよ!」

 たまにこういう人間がいる。死んだ家族や恋人の姿を模したヒューマノイドを作ってしまう人間が。

 そうした行為は法律で禁止されているわけではなかったが、社会秩序が混乱するなどの理由で非難されることが多かった。

「なら、普通のヒューマノイドにすればよかったじゃないか! なんで、よりによって軍用ヒューマノイドなんかに!」

「軍用ヒューマノイドの設計開発が私の仕事だったからよ! それに決して誰からも傷つけられない身体にしたかったからよ!」

 俺が超硬合金製の右手を望んだのと同じような話か。

 しかし、俺は納得する気にはならなかった。

「姿かたちだけなのか?」

「え?」

「あのヒューマノイドは俺の名を呼んだ、中学生の頃と同じように。何故そんなことができるんだ?」

「それは……」

 吉川ミハルが言い淀んだことで俺の疑念は確信に変わった。

「入れたのか? ミヅキの記憶を! 知識を! あのヒューマノイドに」

「そうよ、入れたわよ。できるだけミヅキに近づけたかったのよ! 私が知りうる限りのミヅキの知識や経験をプリインストールしたわ。ミヅキが映っている写真や動画、ミヅキの好きだった本や映画や音楽、学校行事の記録、卒業名簿や卒業文集、口癖や生活習慣などありとあらゆるものをね!」

「そんな……そんなことをしても、あれはミヅキじゃない!」

『カケルくん?』

 あの時、俺は胸を締め付けられる思いを味わった。

 しかし何のことはない。あれは恐らく卒業名簿の顔写真と名前を照合し、小学校以前から知っている男子はファーストネームで君付けだというミヅキの習慣から導き出された発言だ。しょせんその程度のことだ。

 俺に罵倒されて、吉川ミハルは下を向いて顔を覆った。

 それ以上、彼女を罵倒することは俺にはできなかった。

 俺は行き場のない苛立ちを感じ、両手を強く握りしめていた。


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