第7話 再び警察署
「また、お前か!」
俺は豊洲警察署の取調室にいた。
小さな机の向こう側からあきれ顔を俺に向けていたのは吾野刑事だ。
「こっちも、好きで来ているわけじゃない!」
俺は憮然とした表情を返した。
建物内で倒れていた俺たちは救急医療センターに運ばれ、メディカルチェックを受けた。
変な話だがヒューマノイドも破損状況をチェックするためにCTスキャンをかけたらしい。
他の連中の検査結果がどうだったのか知らないが、すくなくとも俺は防弾機能に優れた制服のおかげで、銃で撃たれた腹部に痣ができる程度で済んだ。
「おまえら、あそこで一体何をやってたんだ?」
「悪いが俺の口からは言えない」
「貴様!」
俺の左側に九〇度の角度で座っていたドーベルマン刑事が目を怒らせて机を叩いた。
相変わらずつまらない反応をする奴だ。
「職務上の守秘義務だ」
俺はドーベルマン刑事に一瞥をくれると、正面の吾野刑事に向かって冷ややかに告げた。
「まあ、後でおいおい聞くとしよう」
白髪交じりで垂れ目気味の吾野刑事は疲れたような表情を俺に向けた。
この前よりも老け込んでいるように見える。
「他の連中はどうなりましたか?」
「人の質問には答えないくせに自分は質問するのか? 失礼な奴だな。一体、学校で何を習ってきた?」
ドーバルマン刑事が俺を挑発してきた。嫌な野郎だ。
一体どこでこんな会話サンプルを手に入れたんだ……あっ、前回の俺からか。
「まあ、いい。心配するのは当然だ……痩せた奴も太った奴も命に別状はない。ただ、聴覚障害が残るかもしれないと医者は言っていた」
ナカジマ重工の女性技術者に関しての言及はなかった。
その後、彼女の姿を見ていないが俺たちのことを放置して逃げたのだろうか?
「聴覚障害……?」
しかし、実際に俺が口にしたのは頭に浮かんだもう一つの疑問だった。
「自分たちが何をされたか、わかっていないのか?」
吾野刑事が俺の眼の奥をじっと覗き込んだ。
「……」
「音だよ」
「え?」
「超音波を使った音響兵器だよ。一部の国で暴徒鎮圧用に使われている奴だ。今回使用された奴は随分指向性が強いらしいな。他の連中は病院送りだったっていうのに、おまえだけは攻撃対象から外されたわけだ。なんでだ?」
吾野刑事は俺の眼の奥を見つめ続ける。俺は息苦しさを感じはじめた。
「何か、心当たりがあるんじゃないのか?」
しかし、わからないことはわからない。俺が聞きたいぐらいだ。
ミヅキ……いや、あのヒューマノイドは俺を見逃したのか?
『カケルくん?』
彼女の声が頭によみがえってきた。胸の中が甘酸っぱい想いで満たされた。
「ところで、あの女性型ヒューマノイドだが」
「え?」
〈何で盗まれたヒューマノイドが女性型だと知っている?〉
「おかしな反応だな」
ドーベルマン刑事が黒い獣耳をピンと立てて鋭い視線を送ってきた。
気まずい沈黙が流れた。
「お前たちの仲間の女性型ヒューマノイドは無事再起動した。特に異常はないそうだ。だが男性型は残念ながら量子コンピューターの回路が焼き切れてるそうだ。修理するためには電子頭脳をそっくり入れ替えるしかないそうだ」
「シェパードが……」
悲しみに似た感情が俺の胸にこみあげてきた。
シェパードはちょっと変な奴ではあったが、冷静沈着で、良識的で、いつも俺のことを守っていた。
機械だったが大切な俺の相棒だった。ここ一年のいい思い出も嫌な思い出も共有していた。
人工知能とはいえ、学習内容や経験内容が異なれば、当然、パーソナリティも異なる。
電子頭脳を入れ替えなければならないということは、かつてのシェパードは死んでしまったということだ。
ヒューマノイドなど所詮人間の作った道具に過ぎないと思っていたが、実際に失ってしまうとそんなに簡単に割り切ることはできなかった。
レイチェルを人間のように扱う社長の気持ちが、少しだけわかったような気がした。
「それだけじゃない。あの工場から半径二〇〇メートルの電子頭脳は全てダウンしたそうだ。小型の核爆弾でも炸裂したような騒ぎだ。一体何があったんだ?」
電磁パルス……奴らはそう言っていた。
核攻撃の一つに大気圏外で核爆弾を爆発させ、地上の電子機器をダウンさせるというものがあるそうだ。
一九六二年にアメリカが行った宇宙空間での核実験では人工衛星が多数破壊されたほか、ハワイで大規模な停電が発生する事態に陥り、以来、宇宙空間での核実験は禁止されている。
ミヅキそっくりのあのヒューマノイドは、小規模ながら、それと同様な効果を生じさせることができるらしい。
「なかなか質問に答えてくれんな。ところで駐車場の軍用ヒューマノイドはどうやって倒したんだ?」
反応の鈍い俺に多少苛立ちながら、吾野刑事は話題を変えた。
「特殊警棒の電撃で機能を停止させて……」
「あー悪い、質問を変えよう。三体のうち一体は頭部を粉々に破壊されていた。あれはどうやったんだ?」
俺を最初に襲った奴のことだ。俺が絶体絶命の窮地に陥った時、頭部が突然爆ぜた。
考えてみればおかしなことだ。故障とかそういう雰囲気ではなかった。
「そういえば……」
「お前ら、ほかに仲間は?」
「いないけど……」
「とぼけるなよ、こら!」
ドーベルマン刑事が、また机をたたいた。
誰だ、こんな前時代的な行動様式をインプットした馬鹿は!
俺は不機嫌な視線をドーベルマン刑事に送った。
「まあ、そう突っ込みたくもなるわな……電磁誘導ライフルって知ってるか?」
「電気の力で弾丸を飛ばすっていう、あれ?」
「ああ、お前たちの仲間の一人が持ってるはずなんだがな」
「俺たちは善良な一般市民だ。そんな軍用装備持ってるわけないじゃないか」
「頭部を破壊されたヒューマノイド、あれな、内部に爆薬を仕込んだ特殊な弾丸を撃ち込まれたらしい。そんな特殊な弾丸を使用するのは軍用の電磁誘導ライフルだけだそうだ」
「……」
「おまえら、随分ヤバいことに首を突っ込んだみたいだな」
その通りだ。あいつらはコソ泥なんかじゃなかった。
どう考えても、他国の諜報機関とかテロ組織とか、そんな感じだ。
「お前たちを返り討ちにした奴らは最新の軍事技術を使って何をするつもりなんだろうな? もたもたしてると次の犠牲者が出るぞ。意地張ってないで知ってることはさっさと教えてくれんかな」
完敗だった。
だが守秘義務以上にミヅキを警察に売るようで、正直にすべてを話す気にはならなかった。
吾野刑事は黙ったまま俺の眼を見つめ続けた。
ドーベルマン刑事も余計なことは言わず黙っている。
俺は肩をすぼめ小さなため息をついた。
いたたまれない沈黙が俺の心を苛んでいると、取調室の鉄の扉が軋みながら開いた。
俺は圧力から解放されて救われた。
吾野刑事が軽く舌打ちし、入ってきた私服の警官に物憂げな視線を向けた。
ニキビの跡が残る中肉中背の若い警官だ。
彼は腰をかがめ吾野刑事に近づくと、耳元で何事かつぶやく。
「わかった」
吾野刑事の返事を聞き、ニキビ面の警官は静かに出て行った。
しばらく沈黙が続いた後、吾野刑事はおもむろに口を開いた。
「よかったな。お前らの依頼主が正直に話してくれるようだ」
「依頼主?」
〈ナカジマ重工の奴らは、俺たちをトカゲの尻尾にする気じゃなかったのか?〉
俺は素直に信じる気にはならなかった。