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機械仕掛けのセイレーン  作者: 川越トーマ
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第13話 会談の舞台

湾岸エリアの大規模リゾートホテル「ヴァルハラ東京」、地上八十八階、地下二階の優美な曲線で形作られ、ガラスを多用した建築物で、湾岸エリアでは随一の高さを誇る繁栄の象徴のような建物だった。

今回、日朝首脳会談の会場に選ばれたのは、このホテルの最上階にあるレセプションルームで、東京スカイツリーをはじめとする多くの高層建築を一望にする眺望の良さが自慢だった。

 首相の強い希望で選ばれたものの、専門家からは、テロ、特に爆弾テロには特に脆弱だと指摘されており、警備を担当する警察はだいぶ苦労しているようだ。

 湾岸エリア全体で特別警戒態勢が敷かれ、周辺空域はドローンも含め飛行禁止となっていた。

 また、ホテルの敷地に出入りできる場所にはすべて検問所が設けられており、警察官による所持品検査と入念なボディチェックが行われていた。

「何だ。この反応は」

 ホテルの正面入口へと続く白い金属製の門扉の横に設置された検問所で、俺は他の人間と同じように身分証の提示を求められ、携帯型の金属探知機にかけられていた。

 金属探知機は小鳥の雛のような鳴き声を上げ、長身の若い警官が俺のことを睨みつけた。

「義手だよ」

 そう言いながら、俺は袖口をまくり上げ、右手の白い皮手袋を外す。

 さらに、薄いシリコンの膜で作った人間そっくりの皮膚を肘からめくると、禍々しい金属光沢の義手の姿が露になった。

「これで満足か?」

 若い警官は嫌悪の表情を浮かべた。

 こういうことは初めてではなかったが、気分のいいことではない。

「もういいだろ。俺たちの関係者だ」

 引率していた豊洲警察署の吾野刑事がとりなしてくれて、ようやく俺は検問所を通過できた。

 何の問題もなく、先に検問所を通過していた社長と吉川ミハルが俺を待っていた。

 吉川ミハルは松葉杖姿だ。

「こんなに警戒が厳重じゃあ、例のヒューマノイドが会場に紛れ込むことなんて、不可能なんじゃないの?」

 スーツ姿の痩せた影森社長が小さなため息をつきながらつぶやいた。

「いいえ、あの程度の金属探知機には引っかからないように作ってあるわ」

 銀縁眼鏡の吉川ミハルが後ろを振り返り、警官の手にした携帯型の金属探知機に冷ややかな視線を送りながら影森社長の発言を否定した。

「それ以前に警官を力づくで全員排除できるんじゃないんですか」

「その通りだ。だが、それでは暗殺に失敗するだろうな。異変があったら両首脳には速やかに脱出してもらうことになっている。屋上のヘリポートにはヘリも待機していることだしな」

 俺の疑問に吾野刑事が応えた。

 だが、そうだろうか? 最上階にいるときに電磁パルス攻撃を仕掛けられたら一体どうやって逃げるというのだろう。

 ヘリコプターも動かすことができなくなるはずだ。

 そんなことをぼんやりと考え、ガラスのきらめくホテルの外壁を仰ぎ見ながら、俺たちはホテルのエントランスへと向かった。

 現金輸送の仕事の関係で、併設されているカジノには従業員通用口を通って出入りしたことが何度もあったが、ホテルの正面エントランスから中に入ったのはこれが初めてだ。

 ガラス製の回転扉を通って中に入ると、そこは巨大な吹き抜けのロビーになっていた。

 南国を思わせる観葉植物の大きな鉢、落ち着いた色調の布張りのソファー、つややかな石張りの床、どれもこれも高級感が漂っている。

 そして、一部の隙もなく制服を着こなしているホテルの従業員はみな姿勢が正しく、身のこなしも優美だった。

 そんな従業員に混じって、一目でセキュリティポリスと分かるダークスーツに身を包んだ眼付きの鋭い男たちがあちらこちらに立っていた。

 片方の耳に情報連絡用のイヤホンを装着し、絶えず周囲に視線を走らせている。

 同じ警察官でも、だいぶ緩い雰囲気の吾野刑事とは大違いだ。

「エレベーターに乗るぞ」

 吾野刑事とドーベルマン刑事は、俺、影森社長、吉川ミハルを引率して六基のエレベーターが集まるエレベーターホールに向かった。

 効率的に運行されているらしく、モノトーンの金属光沢のエレベーターの前には人が滞留したりしていない。

「首脳会談の会場は、最上階だったよな」

 同じエレベーターに乗ったのは、俺たち五人だけだった。

 俺は八十八階のボタンを押したが、何の反応もない。

 八十八階のボタンを押す俺に構わず、吾野刑事が八十階のボタンを押した。

「えっ?」

「八十階から上は警備の都合上貸し切りだ。関係者はいったん全員八十階で降りることになっている。今日は最上階には直接いけないよ」

 エレベーターは静かに動き出した。

 かなりのスピードで上昇しているらしく軽いGを感じた。

「そこから上は? まさか階段?」

「まさか。八十階から八十八階の間を運行するエレベーターを用意してある。両国首脳や首脳を警備するセキュリティポリスは八十階で乗り換えだ」

 吾野刑事が解説してくれている間に、エレベーターは八十階に到着した。

 そこは、制服や黒いスーツ姿の警官と報道関係者でごった返していた。

 警官も報道関係者も、人間とヒューマノイド半々といったところか。

 そのフロアには、通常の一般客室はなく、会議室がいくつか配置されていた。

 エレベーター前はちょっとしたホールになっていて、天井が高く、内装も豪華だ。

 照明は間接照明を多用し、内装材は褐色の木材が中心、暗い色のカーペットは毛足が長く足が沈み込むようだった。防音が効いているらしく、とても静かで、話し声も反響しない。

「今度、レイチェルを連れてきてあげよう」

 金持ちの影森社長も、ここは初めてだったらしく、キョロキョロと周囲を見回していた。

「ここから上は、関係者以外立ち入り禁止だ」

「豊洲警察署、警部補の吾野だ。警備要員として八十八階の会場前で待機させてもらう」

 八十八階に向かうエレベーターの前で仁王立ちしていた若く屈強な制服警官が、吾野警備補の発言を受けて、不審そうに俺たち一行を眺めた。

 警察手帳を開いて身分を明かしている吾野警備補とドーベルマン刑事はともかく、濃紺の民間警備会社の制服を着た俺、濃紺のスーツ姿で荒事が苦手そうな影森社長、銀縁眼鏡で理系の雰囲気を漂わせた松葉杖の吉川ミハルの三人は明らかに場違いだ。 

「ここから上は、本庁の警備部が警備にあたっています。部外者の立ち入りは許可されておりません」

 エレベーターを守る警官は、吾野警備補を含め、俺たちを最上階に向かうエレベーターに乗せようとはしなかった。

「警備部には公安から話が通っているはずだが」

 吾野警備補は不機嫌そうな表情を隠そうともせず、体の大きな警備の警官を睨みつけた。

「聞いておりません」

「使えねえ……上の奴に聞いてみろ」

「確認します。それまで、このフロアでお待ちください」

 吾野警備補は深いため息をつくと、俺たちを連れ、プレスルームになっている会議室の方に足を向けた。

「悪い、しばらく、この辺で待機だ」

 エレベーター前のホールも報道機関の人間が大勢うろうろしていたが、小学校の教室を四つ合わせたような広さの会議室は、黒いスーツ姿の女性リポーターや男性リポーター、比較的ラフな格好をしたカメラクルーが相当な人数待機していた。人数にして一〇〇名を超えるだろう。

 はっきり人数をカウントできないが、半数は恐らくヒューマノイドで、特にカメラ等の機材を抱えたスタッフにヒューマノイドの割合が多いように思えた。

若い女性記者の服装は最後に見たミヅキの服装と同じような雰囲気だったので、俺は慌てて視線を走らせた。そして、ミヅキが紛れ込んでいないかを確認するため、プレスルーム内をゆっくりと歩き始める。

「お願いがあるんだけど」

 吾野警備補たちから離れ、一人でプレスルーム内を歩いていると、必死で松葉杖を操り、追いかけてきた吉川ミハルが小声で俺に話しかけてきた。

「なんですか?」

 俺の声は堅かった。

「もし、うまくいったら、あの子を連れて逃げてくれない?」

「何を言ってるんだ? あんた」

 素早く吾野警備補や影森社長の様子をうかがったが、幸いにして俺たちに注意を向けている様子はない。

「きっと警察は用が済めばミヅキをバラバラにして廃棄処分にするわ」

 吉川ミハルは真剣なまなざしで俺の目の奥を覗き込んだ。

 声は低く抑えたままで、近くの報道関係者にも聞こえないように気を使っている。

「そんなことを言われてもな」

 これだけの警察官、これだけの報道陣がいる中でこっそり抜け出すなんて不可能だと思った。

「あの子は国防省も絡んでいる表に出したらマズイ存在よ。政治問題に発展する前に極秘に処分されるわ」

 吉川ミハルは周囲の報道関係者に気を使いながら、さらに声を低くした。

 確かにその通りだ。そして、そうなることは嫌だ。

 あのヒューマノイドを救いたいという気持ちは俺にもあった。

「俺も助けたいとは思う。でもこの状況で穏便に脱出するなんて不可能だろ」

 俺は、できるだけ優しく吉川ミハルを諭した。

「でも……そうね」

 彼女はうつむいて、小さなため息をついた。


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