蟲と人
あれから時間が大分経った。
エマに抱きついていた恵美がゆっくり様子を伺うように顔を上げた。
優しく微笑んだ顔と目が合う。
まだ混乱している頭を整理しながらエマを見つめていると、部屋を飛び出した男性が恥ずかしそうに戻って来た。
「…すまない、取り乱してしまった。」
男性がそう謝る。
「自己紹介がまだだったな。
この村のギルド長兼衛兵を任されているバルトルと言う。」
そう言って恵美にぎこちなく微笑んだ。
口が引き攣り無理に作ったような笑顔に「ヒッ」と軽い悲鳴を上げる恵美。
恵美の悲鳴に傷ついたバルトルが肩を落とした。
「大丈夫よ。
こんな顔でも根は優しいから。」
エマが冗談めかしながら恵美に説明する。
「それに一応私の夫だからね。」
そうやって笑うエマの言葉に少し驚くもバルトルの方を見た。
バルトルが一応という言葉に敏感に反応して非難の声を上げる。
「何が一応だ。
俺がいなければ嫁の貰い手はつかなかった筈だ。」
「嘘よ、こんな美人を男共が放っておく訳無いじゃない。」
エマがそう鼻で笑い腰に手を当て胸を反らした。
「その男共が言っていたが何をしているか分からず怖くて近づけ無いそうだ。」
そう意地悪くエマに笑いかけた。
少なからずショックを受けたエマが肩を落とす。
そんな様子を見ていた恵美がクスクス笑う。
恵美が笑う様子を二人が同時に見つめた。
「美人は笑顔じゃなきゃね。」
そうエマが恵美に言うとバルトルが頷いた。
「そうだ美人は笑顔でないとな。」
美人と言われて顔を赤らめる恵美に二人は微笑んだまま優しく見つめる。
食事を終えた恵美が眠くなり横になるのを確認すると二人が部屋を後にした。
良い人たちに出会えた、そう恵美は思う。
目を閉じ今日合った事を整理していると不意にカディの事を思い出した。
そして上野との約束を思い出した。
外は暗いが本当に今日なのか実際にどれだけ眠ったのか分からない。
この部屋に呼べれば良いのだろうが部屋の中では満足に動く事もカディの事が露見するかもしれないとも思えた。
意を決して窓から暗闇に飛び出した。
外に出ると人目につかない場所を探した。
村はそれほど大きくなく隠れれるような場所は無数にあった。
少し歩き回ると林が見えた。
林の中に入り少し歩く。
10分程歩くと少し開けた場所を見つけた。
「カディ召喚」
囁くようにただハッキリと口を開いた。
黒い靄が渦巻きカディが視界に現れた。
「どうしました?」
カディが恵美に聞くと恵美は焦ったように答えた。
「今日はカディと別れた日でいいの?」
カディが頷き肯定の意を示した。
「それなら良かったんだけど…」
恵美がそう答えるとカディが不思議そうに首を捻った。
「何かお困り事があるのならば相談して下さいね。」
何気無くカディが口を開いた。
その言葉に恵美は頷く。
月明かりに照らされているカディは昼に見るよりも凶暴に見え少し身震いした。
人と出会って恵美の感覚が少し戻っているのを恵美自身分かった。
恐怖心をなくそうと会話をしようと恵美は試みた。
「カディは"太古の蟲"って知ってる?」
震える身体を抑え自然に見えるように振る舞いつつカディに疑問を投げかけた。
「ええ知ってますよ。
人間が私や眷属を見た時にそう言っているのを聞きました。」
「…その人間はどうしたの?」
答えはなんとなく分かっていたが聞かずにはいられなかった。
「見つけ次第食べましたよ。」
「…そう」
予想通りの言葉に恵美は聞いた自分を呪ってやりたい気持ちになる。
恐怖心は倍増したように思う。
「そういえば、私を助けてくれた人たちがいるんだけどその人たち何か勘違いしてるみたいなんだけど。」
話題を切り替えようと明るく話し始めた。
「勘違いですか?」
カディに今までの経緯を話した。
「…気を付けて下さい。
私の存在が露見すると窮地に追いやられます。」
恵美は頷くとカディを見つめた。
「もしバレちゃったらどうしよう。」
「大丈夫です。
その時は私が滅ぼせば問題ありません。」
軽く答えるカディが森で守ってくれた同じ存在には思え無かった。
カディを撫でるのに少し躊躇したがなんとか撫でるとカディを戻した。
急いで林を抜け家に戻る。
窓から音を立てずにゆっくりベットに横になると目を閉じた。
これからの事を考えると気が重くなる。
そんな中で恵美にとってエマとバルトルは一種の救世主のように思えた。
そんな二人を守ると固く誓い恵美は眠りについた。




