女と死体
恵美がカディを撫で終えた後身体の震えが止まったらしく力が入り始めた。
ゆっくりと立ち上がる。
恵美が立ち上がるのを見届けると突然カディがワニに巻き付き牙を突き立てた。
ワニが小刻みに震えているのが見えた。
カディの攻撃で死んだかのように見えたが実際は麻痺毒で死にかけまでで一命を留めていたらしい。
当然のように生きたまま食べ始めるのを見て恵美は驚きとともに声を上げた。
「何してるの⁉」
あまりに突飛な行動に残酷な仕打ちだと思った。
「餌を食べてますが?」
見て分からないのかと恵美を逆に攻めるようにカディの声が頭に響く
「あっ…御主人様から食べ始めるのがマナーでしたね。すいません礼儀作法に疎いもので…」
カディが間違いに気付いたように恐る恐る声を上げた、そうじゃないと非難しようと思うが恵美は考えた。
カディの考えは間違っていない、死にかけた身体では当然後は弱り死ぬ、ならば死体をそのままにして腐らせるよりも食べて栄養にする。
それが自然であり普通の事だ。
それを恵美が咎めるのは間違いだと思った。
「申し訳ありません。」
カディの沈んだ声が頭に響く、恵美は顔を上げると食べていた手を止めてカディがこちらを向いている。
ワニの身体はもう動かない。
「ごめん、マナーとか関係無くて…気にしなくて良いの。
少し驚いちゃっただけで…」
「ですが…」
「本当にごめんね。ゆっくり…食べて」
くだらない自分の死生観を押し付けようとしただけだ、恵美はそう思う。
自分の間違えた考えでカディが落ち込んでいるのをみて罪悪感が湧いてくる。
食事に戻ったカディがワニを食べ終えるまで恵美は横目で見ていた。
残酷な食事風景に目を反らせようと思ったが無理だった思わず見入る。
カディの食事が終わるのを確認すると恵美がおもむろに口を開く、
「あのね、私ここの事何も知らないし前にいた所とここじゃ違いが有り過ぎて驚いちゃう事ばかりなの。
だから…カディさえ良ければ教えてくれないかな?」
カディが答えるまで少し間があった
「何をですか?」
「えっと…常識とかルールとか色々」
カディは少し悩むも恵美に頷く
「分かりました。
ただその都度というか御主人様の疑問に答える方が私も答え易いのでそれで構いませんか?」
「うん、それでお願いね。」
恵美も頷き返しカディに微笑む。
「じゃあ洞窟を出ようか。
歩きながらで良いから教えてね。」
恵美が続けざまにそう言うとカディが振り返り歩きだした。
ワニの死体がほぼ骨と革になっている。
何処にこの量が入ったのかカディを見やるが変わらないように思う。
急に異世界に来た実感が湧いた。
「ねぇさっき言ってた神って上野さんの事だよね。」
恵美は先程から疑問に思っていた事を切り出した。
「そうですね。
人によって呼ぶ名前が変わりますが御主人様と私が初めて会った時に一緒にいたのが神様です。」
カディが言葉を選びながら口にする。
「真名は誰にも分かりません。
もし分かる方がいらっしゃるならばその方も神で間違いないでしょう。」
「真名?」
カディが詳しく説明するも疑問が新たに増えるだけだった。
「はい、真名です。」
頷き答えるカディ続けざまに説明をした。
「真名とは本当の名前、自信以外には神しか知る事が出来ません。もしくは自信が認めた相手にだけその真名を教えますがそれは完全に相手に服従した場合のみです。」
「じゃあ私にもカディにもあるの?」
少し黙るカディだったがおもむろに口を開く。
「えぇ、御主人様にもある筈ですもちろん私にもありますよ。」
そう答えるとカディが続けて言う。
「御主人様の真名は教会にて祈りを捧げると神から神託という形で送られる筈です。
すいませんが私自身は別の方法で真名を知りましたのでこれ以上は分かりませんけど…」
申し訳なさそうにカディが言う。
そんなカディに感謝の言葉を掛けた。
少し進むと洞窟の奥から光りが差しているのが見えた。
少し早足になって光りを目指す。
長い洞窟を抜けると目の前は大木に囲まれた。
暖かな春の陽気に包まれている森の中には巨大な杉のような針葉樹が所狭しと並んでいる。
「ここが私の故郷"巨獣の森"です。」
カディの声に呼応するように恵美程の大きさの鳥が飛び立った。




