第31話「サムライー日本海兵隊史」世界の1945年8月15日の土方伯爵家の風景
1945年8月15日、史実では、いわゆる「終戦の日」ですが。
「サムライー日本海兵隊史」世界では、第二次世界大戦が終結した後の普通の日です。
そして、色々と犠牲者数等も変わっていますので、この際、土方伯爵家から見た現在の世界、という形で小説風にまとめてみました。
(なお、本来なら出てくるべき、土方歳一がいないのは、お盆休みを取れずに、佐世保鎮守府海兵隊長官という立場で佐世保にいる、という裏設定の為です)
「もう、和子、自分で弟の面倒を見る、と言い出したのなら、自分の言葉を守りなさい」
「だって、赤ん坊のせいか、言うことを聞かないもの。それに暑いから、乳母に任せたの」
「だって、じゃない。家族なら、ちゃんと面倒を見る」
千恵子が、長女の和子を叱る声が、夕涼みのために、縁側にいる土方勇志と土方勇の耳にまで届いた。
お盆休みで家にいる勇は、その声を聞いて、肩をすくめた。
千恵子は、息子の面倒を見ない自分も、暗に非難している。
勇の祖父の勇志は、孫のそんな想いを敢えて無視するか、のように話題を振った。
「皇帝陛下と国王陛下が、第二次世界大戦で傷ついた祖国フランスに相次いで帰還したらしいな」
「ええ、全ての新聞で一面記事になっていましたね。それぞれの支持者が泣いて出迎えたと」
「ペタン首相は、恩知らずでは無かったか」
「案外、隠れ支持者だったのかもしれませんね」
「もっとも、フランスは尚もインドシナ紛争等で傷ついている。それを想えば、少しでも国のまとまりを高めたいのかもしれないな。いや、日本も、そして、世界も同様に傷ついているという点では同様か」
祖父と孫は会話した。
先日、フランスにおいて、いわゆる王位、帝位継承権者追放法が廃止され、ナポレオン6世とアンリ6世は家族と共に祖国フランスに帰還したのだ。
二人が、祖国フランス軍への入隊を拒まれたにも関わらず、フランス外人部隊に志願し、カスピ海の畔まで戦い続けた、ということが、フランス国民を揺り動かし、法律廃止につながった。
祖父と孫は想った、アラン・ダヴーも皇帝陛下の帰還を泣いて出迎えたかっただろうに。
アラン・ダヴーは未だにインドシナで泥沼の戦場にいる。
そして、日本で、世界では。
「日本の戦病死者を含む戦没者数は、どう少なく見積もっても約300万人か。昨年の衆議院選挙の敗北から、立憲政友会の米内光政内閣が退陣し、立憲民政党の片山哲内閣が成立する訳だ。何しろ、国民の20人に1人が戦死している。この近所でも、家族を亡くした家ばかりだ。また、身体を、精神を病んでしまった者も多い。それも、また約300万人には達するというからな。日本人の約1割が被害を被った訳だ。勝ったとはいえ、代償は余りにも大きかった」
「だからこそ、インドシナ派兵反対、これ以上の日本軍の海外派兵反対、の声が国内で非常に強いのですね。幾ら第二次世界大戦で勝利を収めたとはいえ、余りにも苦い勝利に、日本はなりました」
祖父と孫は、そう語ってお互いに物思いに暫く耽った。
「世界的にも大きく情勢が変わった。ソ連が崩壊し、中国も分裂してしまった。もっとも、それを煽ったのは我々、連合国だがな。更に言えば、インドを始め、世界各地で民族、宗教紛争が頻発している」
祖父は、更に気が重くなることを言った後で続けた。
「知っているか。先日、JDIA(日本の四軍統合の情報部の略称)が、第二次世界大戦の世界中の被害者数の概算をようやくまとめて公表した。既に軍内部では、内々で流れていた概数だったが」
祖父は、周囲に人がいないにも関わらず、孫にささやくように言った。
孫もそれに合わせてささやいた。
「ええ、どう少なく見積もっても4億人、おそらく5億人が亡くなったそうですね。その内の約8割が、中国関連とのことだとか。本当に気が重くなりそうです」
実際、蒋介石政権、満州国政府の後身というか、事実上は新しく蒋介石を首班として、中国を領土として成立した中華民国は、新たな国勢調査によって、把握できた国民数を約6000万人余りと公表している。
勿論、国勢調査を逃れた国民も多いし、モンゴルやウイグル、チベットが分離独立した影響もあるので、単純には言えないが、かつての辛亥革命時の旧清朝領土を基準とするならば、中国人の7割以上が亡くなったのでは、という数字は間違いなさそうだ。
なお、ここまで、死者数が膨らんだのは、単純に戦死者数のみを数えたのではないからだ。
戦争による間接被害、灌漑施設や流通網破壊による農産物生産、流通減少による餓死、また、戦禍を免れようとして非衛生的な環境に置かれたことによる疫病蔓延等による病死、また、内部粛清による味方の殺害等による死者も含まれている。
更には、徴兵等による出生数低下等も考え合わせて、算出された数字である。
その数字の余りの多さに、歴戦の軍人の祖父でさえ、愕然とする有様だし、世界中の多くの人が驚く数字になっている。
何しろ、最大に見積もった場合、世界中の人口の約2割が亡くなったことになるのだ。
ここまで比率的にも世界中の人口が失われた戦乱が、かつて世界史上であっただろうか。
しかも、その戦乱は、まだ完全に止んだとは言えないのだ。
勇は、更に気が重くなるのを感じた。
例えば、インドは、宗教、民族間の対立が収まる気配はなく、完全に内乱状態になっている。
パレスチナ等、似たような状況に陥っている地域も多い。
そして、日本は、それを収めようとしつつ、一部では煽ってもいる。
千恵子が近くにいないことを確認した後、祖父は孫にささやいた。
「簗瀬真琴が陸軍中将進級後、予備役編入処分を受けたのを知っておるか」
「ええ、第二次世界大戦での成績が良くない、という理由でしたね」
「全くの出鱈目だ。モンゴルに軍事顧問団長として赴くためだ。勿論、日本の政府、軍は関係していないことになっているがな」
「それは、また」
勇は、複雑な表情を浮かべざるを得なかった。
日本政府が、中国の分裂維持を策しているのは、公然の秘密だ。
これは与野党問わず、変わらぬ対中国政策と言って良い。
中国が再統一され、その国力を東シナ海、南シナ海に向けたら。
それを日本としては避ける必要があるのだ。
そのために、簗瀬中将はモンゴルに赴かされた、という訳だ。
第二次世界大戦で肩を並べて戦いながら、「昨日の友は今日の敵」扱いをされる蒋介石が、少し気の毒な想いがしてくる一方、日本の将来を想えば、やむを得ないのも事実だ、と勇は考えた。
そんな空気を変えるか、のように。
「速達です」
声を挙げて、郵便配達人が土方伯爵邸を訪れ、女中が、それを受け取り、祖父に手紙を持ってきた。
「ほう」
その手紙を開封した祖父は、思わず声を挙げた。
「どうかしましたか」
「ボースに孫ができるそうだ。まずは、喜びを分かち合いたいと」
勇の問いかけに、祖父は答え。
「えっ、ボースさんにお孫さんが」
その声を耳ざとく聞きつけた千恵子までやってきた。
「ああ」
そういって、祖父は勇と千恵子に手紙を示し、二人は手紙に目を通した。
ラース・ビハーリー・ボースは、祖父と千恵子の友人であり、その息子の防須正秀は、勇と同じ海兵隊士官として、肩を並べて第二次世界大戦末期に戦った仲だった。
だが、勇と違い、防須正秀は、第二次世界大戦終結に伴い、予備役士官に戻り、中村屋で働いている。
そして、今年の6月に花嫁修業を済ませた、海兵隊の予備役従軍准看護婦の上原敏子と、防須正秀は沖縄で結婚式を挙げたのだ。
更に、早速、敏子が妊娠した、との手紙が届いたのだ。
「6月の結婚は幸せになる、と言いますが、本当にめでたいですね」
千恵子が、感極まっていった。
「無事に産まれるのは、来年の3月になるとのことで、気が早い話だが。嬉しくて、触れ回りたくなるのも分かるな」
祖父も笑みを浮かべた。
勇は想った。
こんな幸せで平和な話なら、幾ら聞いてもいいものだ。
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