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クロス・ノクターン ~Me against THE WORLD~  作者: JUNA
STORY.1 The white JACK-POT ~ラスベガス編~
56/72

54 混沌衝動の方程式

 

 PM7:31



 ダウンタウンを出たエリスとゲイリーは、車で再びストリップエリアへと戻っていた。

 事故調査のため押収された白のフェラーリ カリフォルニア Tに代わり、黄色のポルシェ 911GT3に乗って。

 これも、ゲイリーの私物らしい。

 

 天井は屋根に閉ざされて狭いが、それでも光の暴力に加減はない。



 (ゲイリーのトラウマの根源は分かった。でも、それがケサランパサランとどう繋がるの?

  ケサランパサランが幸運を司るなら、その不可視でイタズラと言っても差し支えない運に左右される命も、奴は操れるという仮説は、アヤからの報告でほぼ確証に近くなった。

  ならば、何だ。

  彼の過去。ロサンゼルス暴動とケサランパサランを繋ぐ、命を媒介とする理由って……)



 その時だ。

 車が止まった。

 我に返ったエリスは、声を漏らす。


 「え?」



 サーチライトに照らされブルーに輝くドーム。

 そこは、昼間に2人が行った、ホテル コスモ・レジャー。


 「降りてくれ」

 そっけなく言うゲイリーに、エリスは素で返した。

 「どういうことなの? …その、私の宿はここじゃなくて――」

 「君に、話したいことがある。降りてくれ」


 助手席のドアを開けられ、彼女は恐る恐る、車を降りた。

 彼の付き添いで向かったのは、ホテルの玄関ではなく、その裏手。


 コスモ・レジャーと、オールドロマン・ホテルを結ぶトラム。

 裏帳簿で疑惑を指摘された、あのモノレールだ。

 コスモ・レジャー側の駅と、ホテル本体とは連絡橋でつながっている。


 「今の時間は整備時間で、乗客はいない」

 

 整備員用エレベーターで一気にプラットフォームにあがると、そのまま扉の開いた車両に乗り込んだ。

 ステンレス製の小さな3両編成。

 その中間車両。座席に2人腰かけるなり、ゲイリーは切り出した。


 「君は、運というものを信じるかい?」

 「運?」

 「そう、ラックだ。成功と失敗、その全てを司る最後の要素」


 彼は、エリスの答えを待たずに、口を開く。


 「私の最初の会社は、日本人に買収されたといったよな」

 「ええ」


 甲高いブザー。

 モノレールの扉が閉じられ、車両が微かな振動と共に、ゆっくりと動き出した。


 空中を走る一本のレール、その眼下には七色の噴水が輝く池が、線路に沿って延々と続いている。


 「奴は笑いながらこう言ったのさ。

  “確かに君は、頭もいいし、金もあった。でも、君には運がなさ過ぎた。

  運もまた実力の一つだ。それが無ければ、文字通り生きていけないし、生きていく資格もない。

  経営者としても、人間としても。

  私たちには運があった。だからこうして、君の技術を貰えた。

  もし、またこちらに這い上がってくるのなら、今度は金だけじゃなく、運も用意して会社を開きなさい。

  最も、そんなチャンスが、アメリカ人にあればの話だがね”

  ――と」


 「運?」


 エリスが聞き返すと


 「そう。運― ラックさ。

  生きていくためには、命やカネもそうだが、何より運だ。

  運が大事なんだ、とね」

 「……」

 「考えればわかる事だったのさ。

  全てを最終的に決めるものがあるとするならば、そこまでに積み上げてきたものが全てふいになることだってある。

  まして、不可視で抗えない存在なら猶更な」


 怒涛の論述をしてきたゲイリーの顔は、どことなく嬉しそうだった。

 口角が上がり、目にも光がある。


 「私は、その運を手に入れた。

  そして、運を半永久的に生み出す術も手に入れた。

  ロス暴動後の廃墟に小さなモーテルを構えてからは、全てがおかしくなるほどに上手く走ってくれましたよ。

  金も地位も何もかも」


 もう、嫌な予感しかしない。

 とにかく、ここから逃げたい。

 しかし、展開というものは時間以上に残酷で、小説以上にベタだ。



 ガタン!


 唐突にモノレールが止まった。

 ゲイリーが席を立ち、エリスを背にしてゆっくりと離れ始める。



 「さあ、聞きたいことは、これで全部かな。エリス・コルネッタ。

  …いや。ブラッドベリルと呼んだ方がいいのかい?」


 ゲイリーの言葉に、エリスは最後の強がりを見せた。

 ワンピースのスカートをめくり、太もものあたりに手を伸ばしながら。


 「いったい、何の話かしら?」

 彼女は平然を装うが、ゲイリーは鼻で笑いながら


 「もう、お芝居は終わりにしよう。

  全部知っているんだ。

  君が、バチカンの元スパイで、今は怪奇事件を追う探偵だってことも。

  そうだろ?

  ノクターン探偵社所長、エリス・ヨハネ・コルネッタ!」


 それを知って、彼女は席を立ち、あっという間に銃口をゲイリーの背中に向ける。

 小型オートマチック ワルサーPPK/Sを両手で握って。


 「なら、こっちも隠す必要がなくなったわね。

  ホテル王、ゲイリー・アープ。いや、ケサランパサランを操る、死の錬金術師」

 「ほう…ただの探偵じゃないってことか」

 「アンタの独白で、はっきりしたわ。

  ロサンゼルス暴動で死んだ友人、それが日本からケサランパサランを持ち出した、隠れ陰陽師の末裔だってことがね」


 モノレールは動く気配を見せない。

 丁度、コースの中間地点。

 エリスのは冷静になろうと努めるが、逃げ場のない空間。

 心なしか、心拍数が上がり、冷汗が流れる。


 「だったら、どうする?」

 「何もかもお見通しなのに、そんなこと聞くの?」

 「探偵社ってことは、背後に依頼人がいるわけだ。そうだろ?

  ……誰の命令だ?」


 エリスは失笑。


 「滑稽ね。

  今まで自分を抑えて、匂いも隠して、アンタが望んだ姿を演じてきた、この私が、そんな口の軽い女に見えて?」


 鋭い眼光。

 ゲイリーは、そうだな、と答えるにとどまる。


 「しかし、分からない。

  日本人に植え付けられた屈辱、ロス暴動のトラウマ、マスターの死……どれ一つとっても、お前がケサランパサランをばら撒いた根本的な理由にはつながらない。

  ましてや、今さっき独白してくれた、運が関わっているとなってもね」

 「……」

 「お前はケサランパサランの力を使って、今の地位をつかんだ。だが、幸運が欲しいわけじゃない。それは分かった。

  施しなんて建前だとしても、所詮は詭弁。

  なら、どうして、あらゆる人物にケサランパサランをばら撒き、死に至らしめる」


 すると、ゲイリーは溜息を吐いた。

 首を振り、幻滅の意志を見せて。


 「君なら、分かると思っていたんだがな……教会が恐れた内なる力、百戦錬磨のヴァルキュリア」

 「そんな綺麗なもんじゃないわよ、ホテルマン。

  私はただのゴミ処理屋。神の子の下僕に過ぎない」

 「なるほど。自らをゴミと自負していれば、そんな感情も湧かないか。

  何故、バチカンを辞めた? ……いや、追い出された、かな?」

 「食い物の恨みだけでイチジクを枯らしちゃう、気まぐれな放蕩息子に辟易した……それだけよ」


 バチカンの話になると、その瞳から光が消えたエリスを見て、ゲイリーは話を切り上げた。

 これ以上は無用。


 「教えてやるよ。ミス・コルネッタ。

  私がケサランパサランをばら撒く、その混沌衝動。

  そいつは、死だ」


 「死?」


 「そうだ。

  人間という生き物は、死を体験すると、生への固執が強くなる。

  誰よりも長く、誰よりも激しく、誰よりもどん欲に。

  その時、自らの命は何者より貴重になる。明るく綺麗に輝きだす」

 「……」

 「だが、既存の人間たちは、その状況に直面すると、どういう行動をとるか。

  分かりやすいのは、相手を殺し、自分が相手より長く生きようとすることだ。

  戦争なんかが、そうだ。

  生き続けたい、生き残りたいから、人を殺す。

  国家の威信とか、勲章の誇りなどと言うものは、そこから出てくる副産物に過ぎない」

 

 「生きる……?」


 「しかし、それは本来の意味での生存とはかけ離れている。

  人を殺したところで、その人物以上に長く生きれる完全な保障など、どこにもないからだ。

  殺すだけなら、獣にもできる。

  我々は獣ではなく、もっと崇高な存在として、生を享受しないといけない。

  しかし、運が命を司る可能性がわずかでもある以上、命だけを手に入れては、それは本質的な生へはつながらない」



 その瞬間、エリスの中に完全な答えが浮かび上がった!

 ゲイリーの行動の理由。それを完全に解き明かす方程式を、エリスは独り言のように叫んだ!



 「そうか。お前の混沌衝動は、驚くぐらい単純だったんだ!

  生きたいんだ!

  誰よりも長く生きたい。しかし、人の生き死にに運という不確定要素が絡まってくるのなら、命を奪うだけじゃ、長くは生きられない。

  だから人から幸運もろども、その命を奪う。そのために、ケサランパサランが必要だった……そう、それなら説明がつく!

  どうして、そんな単純なことに気づかなかったんだ!」


 しかし、ゲイリーの表情は無に等しく何も変わらない。

 気持ち悪いぐらいに。


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