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箱庭の魔術師

作者: 絹ごし春雨
掲載日:2018/07/29

「こんにちはー。郵便です」

「あら、ラナちゃん、今日もありがとう」

「今日は届いてますよ?ラブラブで羨ましいです」

言うとキャー、とお姉さんは顔を覆った。

「昨日はなかったから、嫌われたかとドキドキしちゃった」


 ラナは郵便屋さんだ。紙が普及してきたこの頃は、手紙が急速に増えている。今流行っているのはラブレターだ。ちょっとだけ市民には高級な紙を買って、恋人に手紙を送る。ラナには、送る相手もいなかったが、配達先のお姉さんの様子を見ている限り、送られた相手はみんな嬉しそうだ。


こんな姿を見せられると、仕事が忙しくなっても、やりがいが出る。


「こんにちはー。郵便です」

「こんにちは、ラナ」

「イヴァンさん、今日も大量ですよ」


この街には、紙の普及の立役者がいる。それが、このイヴァンという学者、もとい研究者だ。

つい最近までは紙は高級品だった。それを彼が、安価な紙を作り出し、市民にも手が届く嗜好品に手紙を変えたのだ。


彼は“ササ”という繊維質の植物を研究していた。“ササ”は市民にとっては草刈りの敵だ。商いをしていると、家の周りを綺麗にしなければいけないが、“ササ”はとても硬くて、刈るのが大変だった。しかもすぐに大量に生えてくる。


 彼は、このすぐに大量というのに目をつけたらしい。実験を繰り返し、ちょっとゴワゴワしているものの、使用するには問題ない程度の紙を彼は作り出した。


彼のところには商談の手紙が絶えない。今日も新しいところから、手紙が来たようだ。

「ありがたいんだけど、ちょっと困ってるんだよね」

受け取ったその場で、手紙を読んだ彼はため息をついた。

「商売が当たって良い事じゃないんですか?」


ラナは思わず言った。いつも手紙を届けるたびに、彼がちょっと困ったような顔をするからだ。

イヴァンは難しい顔をしている。

それから茶色い髪に手を突っ込み、くしゃっとして、はぁっと大きなため息をついた。

「最近の手紙はみんなこうだ。“技術を安く売って欲しい”」

「え?」


ラナは思いもしなかった答えにびっくりして彼の方を仰ぎ見る。

「イヴァンさんから紙を買うんじゃなくて?」

「そうだよ。僕たち研究者は使い捨てみたいだ」


彼は悲しそうに笑った。

「そんなっ酷いです」

確かに、技術さえ買ってしまえば、紙は無限に作り出せる。だけど__

「イヴァンさんが毎日必死に研究して、何度も失敗して、でも誰も助けてくれなかったのに」


 ラナは知っていた。紙が高級品だった頃から、イヴァンの家には手紙が届いていた。それは、督促状とくそくじょうだった。研究をしていた彼は、家賃をなかなか払えずにいたのだ。このまま差し押さえられるんじゃないかと、ラナが心配していた時に、彼の研究が成功したのだ。今は特殊なエネルギーで動く、ゴーレムを使って一人で紙を生産している。


「ラナ、僕には夢があったんだよ」

不意にイヴァンが言った。

「研究者はみんなロマンチストだ。僕も夢があってこの研究を始めたんだ」

「どんな夢なんですか?」


ラナは聞き返した。気になる。とても気になった。

「聞いても笑わないかい?」

ラナは大きく頷く。

「僕は、こう見えて昔は口下手でね。大事なことは、なかなか口に出せなかったんだ」


「兄が1人いるんだが、ある日恋人ができたと嬉しそうにしていた。とても優しそうな人だったよ。でも、二人は大事な時に、すれ違ってしまったんだ。兄は毎日のように惚気ていて、ほかに浮気なんて考えられなかったけど、彼女は、兄がほかの女性とたまたま一緒にいるのを見て、誤解した」


「二人は結局、誤解が解けないままに、別れてしまったんだ。僕は考えた。もし、あの時、手紙があったなら、もし兄が恋心を日記にしたためていたなら、何か変わったんじゃないかって」


「口下手だった僕は、二人の間に入ってとりなすなんて、出来なかった。でもその時決意したんだ。不幸な人が減るように、気持ちを伝えらえるようにしようって」


「それで紙の研究を?」

「そうなんだよ。僕は人と人をつなぐ、魔術師になりたかったんだ」


彼はラナをじっとみつめた。

「ラナ、郵便屋さんから見て、手紙は人に幸せを届けられているかい?」

「はい」

ラナは配達先のお姉さんを思い出して言った。


「でも、人は結局変わらないと思います」

「どういうことだい?」

続けた言葉に、イヴァンは不思議そうに聞き返してくる。


「今は、手紙を出すのが当たり前になって、手紙が来ないと不安になる人もいるんです」

ラナが、配達先のお姉さんの話をすると、彼は悲しそうに顔を曇らせた。

「そうか……そんなことが」


「結局、大事なのは大事な時に、伝えようっていう気持ちだと思うんです」

「気持ちかぁ、痛いとこを突かれるなぁ」


「僕は結局変わってなかったんだな。研究に追われてるって名目でこの家に、箱庭に閉じこもっていた」

「イヴァンさん……」


「イヴァンさんは立派に人を幸せにする魔術師ですよ」

ラナは思わず言っていた。

「道具っていうものは、使い手によって良し悪しが変わるものです。手紙っていう選択肢をくれたのは、間違いなくイヴァンさんです。私たちは、あなたがいなければ、その選択肢を選ぶことすらできなかったのですから」


自信持ってくださいと背中をバンッと叩く。

「敵わないなぁ。ラナには」

彼はククっと笑った。


「時にラナ、君は手紙の効果、実感したことはあるかい?」

ラナはふるふると首を振った。

「そんな相手いませんから。わかってて言ってますよね?」

ちょっとむくれてしまう。毎日仕事仕事なのを、イヴァンは知っているはずだ。


「はい」

「え?」

「郵便屋さん、手紙の配達を頼めるかな?」

イヴァンはいつもの商談の手紙とは明らかに違う手紙を、ラナに押し付けてくる。ひっくり返すと、宛名にはラナの名前が書かれていた。


「これって……」

「家に着いてから開けてよね。手紙ってそういうものでしょ?」

彼はニコニコと笑うだけだ。

中を見ていないのに、いや、中が見えないからこそ、ラナはドキドキしてきた。

「なんだかソワソワします」

「そう言ってもらえると、書いたかいがあったな。ラナ、お返事待ってるよ」

「っ……まだ中見てないです」


ああ、彼は間違いなく魔術師だ。人の気持ちを、こんなにも簡単に操るものを、生み出したのだ。

「家に帰るのが、楽しみになりました」

「それはよかった。残りの配達も気をつけて」

「はいっ」


ラナは残りの配達に向かう。その足取りは軽い。

あんなに優しい目的で手紙を作り出した彼が、酷い内容の手紙を書いたとは思えない。きっと幸せになるような、そんな内容なのだろう。


ラナは、帰りに雑貨屋さんに飛び込むと、初めて、手紙というものを買ってみた。もちろん、イヴァンに書く返信用だ。


「なんだろう。お世話になってます。とかの書き出しなのかな?」

日頃、手紙を書かないラナには、何を書いたら良いかあまり、想像できない。


結局イヴァンの手紙に何が書いてあったのか、それはご想像にお任せする。でも、ラナは震える手で、筆をとった。書き出しはこうだ。


__拝啓、箱庭の魔術師様。幸せをありがとうございます。


市民の手紙は、特産品みたいなもので、イヴァン一人が紙を作っているため、まだ一部の地域でしか流通してません。


最後の手紙の書き出しの、「拝啓」はつけるかどうか迷いましたが、読みやすさを優先してつけました。きっとラナは雑貨屋のおばちゃんから知識を仕入れたのでしょう。

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