箱庭の魔術師
「こんにちはー。郵便です」
「あら、ラナちゃん、今日もありがとう」
「今日は届いてますよ?ラブラブで羨ましいです」
言うとキャー、とお姉さんは顔を覆った。
「昨日はなかったから、嫌われたかとドキドキしちゃった」
ラナは郵便屋さんだ。紙が普及してきたこの頃は、手紙が急速に増えている。今流行っているのはラブレターだ。ちょっとだけ市民には高級な紙を買って、恋人に手紙を送る。ラナには、送る相手もいなかったが、配達先のお姉さんの様子を見ている限り、送られた相手はみんな嬉しそうだ。
こんな姿を見せられると、仕事が忙しくなっても、やりがいが出る。
「こんにちはー。郵便です」
「こんにちは、ラナ」
「イヴァンさん、今日も大量ですよ」
この街には、紙の普及の立役者がいる。それが、このイヴァンという学者、もとい研究者だ。
つい最近までは紙は高級品だった。それを彼が、安価な紙を作り出し、市民にも手が届く嗜好品に手紙を変えたのだ。
彼は“ササ”という繊維質の植物を研究していた。“ササ”は市民にとっては草刈りの敵だ。商いをしていると、家の周りを綺麗にしなければいけないが、“ササ”はとても硬くて、刈るのが大変だった。しかもすぐに大量に生えてくる。
彼は、このすぐに大量というのに目をつけたらしい。実験を繰り返し、ちょっとゴワゴワしているものの、使用するには問題ない程度の紙を彼は作り出した。
彼のところには商談の手紙が絶えない。今日も新しいところから、手紙が来たようだ。
「ありがたいんだけど、ちょっと困ってるんだよね」
受け取ったその場で、手紙を読んだ彼はため息をついた。
「商売が当たって良い事じゃないんですか?」
ラナは思わず言った。いつも手紙を届けるたびに、彼がちょっと困ったような顔をするからだ。
イヴァンは難しい顔をしている。
それから茶色い髪に手を突っ込み、くしゃっとして、はぁっと大きなため息をついた。
「最近の手紙はみんなこうだ。“技術を安く売って欲しい”」
「え?」
ラナは思いもしなかった答えにびっくりして彼の方を仰ぎ見る。
「イヴァンさんから紙を買うんじゃなくて?」
「そうだよ。僕たち研究者は使い捨てみたいだ」
彼は悲しそうに笑った。
「そんなっ酷いです」
確かに、技術さえ買ってしまえば、紙は無限に作り出せる。だけど__
「イヴァンさんが毎日必死に研究して、何度も失敗して、でも誰も助けてくれなかったのに」
ラナは知っていた。紙が高級品だった頃から、イヴァンの家には手紙が届いていた。それは、督促状だった。研究をしていた彼は、家賃をなかなか払えずにいたのだ。このまま差し押さえられるんじゃないかと、ラナが心配していた時に、彼の研究が成功したのだ。今は特殊なエネルギーで動く、ゴーレムを使って一人で紙を生産している。
「ラナ、僕には夢があったんだよ」
不意にイヴァンが言った。
「研究者はみんなロマンチストだ。僕も夢があってこの研究を始めたんだ」
「どんな夢なんですか?」
ラナは聞き返した。気になる。とても気になった。
「聞いても笑わないかい?」
ラナは大きく頷く。
「僕は、こう見えて昔は口下手でね。大事なことは、なかなか口に出せなかったんだ」
「兄が1人いるんだが、ある日恋人ができたと嬉しそうにしていた。とても優しそうな人だったよ。でも、二人は大事な時に、すれ違ってしまったんだ。兄は毎日のように惚気ていて、ほかに浮気なんて考えられなかったけど、彼女は、兄がほかの女性とたまたま一緒にいるのを見て、誤解した」
「二人は結局、誤解が解けないままに、別れてしまったんだ。僕は考えた。もし、あの時、手紙があったなら、もし兄が恋心を日記にしたためていたなら、何か変わったんじゃないかって」
「口下手だった僕は、二人の間に入ってとりなすなんて、出来なかった。でもその時決意したんだ。不幸な人が減るように、気持ちを伝えらえるようにしようって」
「それで紙の研究を?」
「そうなんだよ。僕は人と人をつなぐ、魔術師になりたかったんだ」
彼はラナをじっとみつめた。
「ラナ、郵便屋さんから見て、手紙は人に幸せを届けられているかい?」
「はい」
ラナは配達先のお姉さんを思い出して言った。
「でも、人は結局変わらないと思います」
「どういうことだい?」
続けた言葉に、イヴァンは不思議そうに聞き返してくる。
「今は、手紙を出すのが当たり前になって、手紙が来ないと不安になる人もいるんです」
ラナが、配達先のお姉さんの話をすると、彼は悲しそうに顔を曇らせた。
「そうか……そんなことが」
「結局、大事なのは大事な時に、伝えようっていう気持ちだと思うんです」
「気持ちかぁ、痛いとこを突かれるなぁ」
「僕は結局変わってなかったんだな。研究に追われてるって名目でこの家に、箱庭に閉じこもっていた」
「イヴァンさん……」
「イヴァンさんは立派に人を幸せにする魔術師ですよ」
ラナは思わず言っていた。
「道具っていうものは、使い手によって良し悪しが変わるものです。手紙っていう選択肢をくれたのは、間違いなくイヴァンさんです。私たちは、あなたがいなければ、その選択肢を選ぶことすらできなかったのですから」
自信持ってくださいと背中をバンッと叩く。
「敵わないなぁ。ラナには」
彼はククっと笑った。
「時にラナ、君は手紙の効果、実感したことはあるかい?」
ラナはふるふると首を振った。
「そんな相手いませんから。わかってて言ってますよね?」
ちょっとむくれてしまう。毎日仕事仕事なのを、イヴァンは知っているはずだ。
「はい」
「え?」
「郵便屋さん、手紙の配達を頼めるかな?」
イヴァンはいつもの商談の手紙とは明らかに違う手紙を、ラナに押し付けてくる。ひっくり返すと、宛名にはラナの名前が書かれていた。
「これって……」
「家に着いてから開けてよね。手紙ってそういうものでしょ?」
彼はニコニコと笑うだけだ。
中を見ていないのに、いや、中が見えないからこそ、ラナはドキドキしてきた。
「なんだかソワソワします」
「そう言ってもらえると、書いたかいがあったな。ラナ、お返事待ってるよ」
「っ……まだ中見てないです」
ああ、彼は間違いなく魔術師だ。人の気持ちを、こんなにも簡単に操るものを、生み出したのだ。
「家に帰るのが、楽しみになりました」
「それはよかった。残りの配達も気をつけて」
「はいっ」
ラナは残りの配達に向かう。その足取りは軽い。
あんなに優しい目的で手紙を作り出した彼が、酷い内容の手紙を書いたとは思えない。きっと幸せになるような、そんな内容なのだろう。
ラナは、帰りに雑貨屋さんに飛び込むと、初めて、手紙というものを買ってみた。もちろん、イヴァンに書く返信用だ。
「なんだろう。お世話になってます。とかの書き出しなのかな?」
日頃、手紙を書かないラナには、何を書いたら良いかあまり、想像できない。
結局イヴァンの手紙に何が書いてあったのか、それはご想像にお任せする。でも、ラナは震える手で、筆をとった。書き出しはこうだ。
__拝啓、箱庭の魔術師様。幸せをありがとうございます。
市民の手紙は、特産品みたいなもので、イヴァン一人が紙を作っているため、まだ一部の地域でしか流通してません。
最後の手紙の書き出しの、「拝啓」はつけるかどうか迷いましたが、読みやすさを優先してつけました。きっとラナは雑貨屋のおばちゃんから知識を仕入れたのでしょう。




