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第一話 終わりと涙と始まりと

短い間ですが、よろしくお願いします。

 (ははは。ここまできて死んじゃうんだ。何とも俺らしいというか。でもまあ、死ぬっていうのはこれ以上人生を続けなくていいということだよな。それなら、まあ良いか)


 焼けるような痛みを発する腹部に、血に濡れた自らの洋服を見ながら、彼は自嘲する。


 彼を刺した通り魔は、既に警察に捕らえられたようだ。元々警察署付近での犯行だったため、直ぐに警察官が来れたのだろう。


 周囲の野次馬が騒ぐ中、一人の女性が呆然と彼を、そして彼を刺した通り魔を見つめていた。他の人々とは反応が遥かに違い、彼と親しい仲ということが推測できる。


 女性は彼の恋人だ。それだけに、その狼狽ぶりは酷いものだった。否。ただの恋人同士であれば、もう少しショックもマシだったかもしれない。ただの恋人でなければ何か。そう、彼らは今日、婚約したばかりなのだった。


 幸せの絶頂にあった二人に襲った悲劇。運が悪かったとしか言いようがないのだが、何ともやりきれないものがある。


 (ごめんな、美鈴。『運が悪かった』とでも思って、俺のことは忘れてくれ。お前なら、直ぐに良い男が見つかるさ)


 (ああ、もし生まれ変わるとしたら、もう少し運が良くなってほしいな。なんて、生まれ変わったところで、それは無理か。この運の悪さはもう呪いだからな)


 (でも、それでも……)


「お前の……ことは……幸せにしてやりたかった。うぐっ!……はぁ、はぁ。……お前ともっと一緒に……うぅ……居たかった。もし……天国に行っても、生まれ……変わったとしても、お……お前のことは忘れない……。幸せに……なってくれ……美れ――」


 彼の婚約者――神崎かんざき美鈴みれい――は涙を流しながら彼の手を握って、首を横に振った。


 「……やだよ……やだよ……行かないでよ。良いじゃん、貴方が私のことを幸せにしてくれて、ずっと一緒にいてくれたって!約束したじゃんっ!もういなくならないって……。だから……だから、行かないでよっ!優人っ!!」

 「……ご……めん……な」

 「優人っ!!!」


 無情にも、冷酷にも、そして無残にも。偶然によって、されど必然的に。彼女が握る左腕は冷たくなっていった。


 ◇◇◇◇


 彼、新橋にいばし優人ゆうとは何でもすることが出来て、何もすることが出来ない。一見、矛盾しているように感じるかもしれないが、この二つは相反している訳ではない。


 優人は何でもすることが出来る。これは文字通りの意味だ。天才、とまではいかないにしても、各分野において秀才レベルの才能を持っている。


 高校時代、勉強は学年で常にベスト3。体育でも、そのスポーツを部活動でやっている人間よりも好成績を修めることが出来た。一つの分野を極めれば、各地方の頂点を目指すぐらいのことは出来るかもしれない。勉強、運動以外でもやろうと思えば何でも出来た。


 では、何もすることが出来ないとはどういうことなのか。


 簡単に言えば、優人は『運』が悪かったのだ。世界最高、いや宇宙最高レベルに。「たかが運が悪いくらいでどうにかなる訳ないだろ」と思うかもしれない。事実、彼以外の人間であれば『運』程度では何でもなかっただろう。だが、新橋優人の運の悪さは常人のそれとは規模が違ったのである。



 彼の母は体が弱く、彼を産んだ時に力尽きて亡くなってしまった。


 その後、しばらく彼は父親と二人で過ごしていたが、ある時父親は再婚した。義母となった女性は、人柄が良く美人で、非の打ち所がない女性だった。それから、三人で楽しく生活していたのだが……。


 優人の小学校の卒業式の日、彼の両親は少し遅れて来ることになった。優人は、二人が来るのを今か今かと待っていたが、彼らが現れることは無かった。代わりに来たのは、両親が交通事故で死んだという連絡だった。


 一年ほど経った頃、彼はある夫婦に養子として引き取られた。新たな両親と過ごす日々は、恐怖に閉ざされた優人の心を開かせる、とても明るく楽しいものだった。だが、その夫婦は次第にすれ違っていき、夫が不倫をして、別れることになった。


 優人は妻の方に引き取られて、母と子の二人で生きていった。



 彼は一度、全力で全国模試に挑んだことがある。義母に心配されないようにするため、受験のために自分の実力を知っておくことにしたのだ。


 結論から言うと、彼は結局会場に着くことが出来なかった。電車が人身事故によって止まってしまったのである。それだけならば良かっただろう。だが。彼の運の悪さはそんな生易しい物では無かったのだ。轢かれたのは、彼の当時の恋人と親友の二人だった。


 いや、それだけならばまだ良かっただろう。だが、優人の不幸はまだ止まらない。友人達に話を聞いてみると、どうやら彼らは優人に隠れて交際していたらしいのだ。その事実を知った優人は泣き崩れた。その後しばらく彼は人間不信になりつつ、罪悪感に苛まれた。



 優人は一度、中学時代にその万能さによってバスケットボール部の助っ人になったことがあった。関東大会出場をかけた大一番だ。


 彼は何事もなく試合会場に着くことが出来た。思えばその時におかしいと感じておくべきだったのかもしれない。いや、その後も何のハプニングもなく四十点差で第四クオーターに入ったときにも、気付くチャンスはあっただろう。だが、優人はそのまま何も考えずに続けてしまったのだった。


 その時何が起きたか。試合には負けた。


 試合終了五分前。点差は五十点にまで広がり、相手チームは諦めムードになっていた。そして、優人達が勝利を確信したその時。優人のチームの監督が急に苦しみだした。

 心筋梗塞だったそうだ。試合続行は不可になった。


 後日、監督は亡くなった。


 彼はその後スポーツを二度としなくなった。


 彼が高校生の時、彼の価値観を変える大事件が起きた。彼女と最初に出会ったのはその時だ。その事件とは……。


 彼は社会人になり、一人の女性と再会した。そして、恋に落ちた。その後二年程交際を続け、優人と美鈴は婚約するまでに至ったのだ。


 「俺はこんなだし、迷惑をかけると思う。それはもうたくさんの迷惑をかけると思う。もしかしたら死んじまうかもしれない。それが俺の運命なのかもしれない。だけどさ、それでもお前と……美鈴と一緒に居たいんだ。こんな風に、いつもおちゃらけた風に見えるかもしれないけどさ、遊んでるように見えるかもしれないけどさ、俺、お前のこと本気で好きなんだ。絶対に運命なんかに負けない。幸せにしてみせる。」


 「だから俺と、結婚してください」

 「……はい!」


 この一時間後、彼は通り魔によって一生を終える。



 そして死の直前、彼は憎んだ。その運命を。彼は祈った。幸運を。愛する彼女を幸せにするために。


 ◇◇◇◇


 東京都よりも、空気が遥かに澄んでいる森の中。風が通るたびに木々がざわめき、草がたなびく。さまざまな命の声がするその場所で、優人は目を覚ました。


 「知らない……天じょ――」


 病院にいると思い、いつも通りのボケをかまそうとした次の瞬間、自分がいる場所が病院ではなく、自分の部屋でもなく、入り浸っていた美鈴の部屋でもないことに優人は気が付いた。


 「……天井がねえじゃん」


 もっとも、脳が混乱しており、状況を把握できているとは言い難いが。


 「ここはどこ?私はどこ?」


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