↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/129

PART 8 226

「織田や豊臣が徳川になれぬのと同様でございます。

 織田尾張守はいち早く上洛を果たし、天下へ秩序を齎さんとしましたが、周囲を包囲され久しく孤立した時期もございました。されど(武田)信玄公が身罷られ、包囲の一角が崩れさり形勢の逆転を見ました。

 これも覇者を下らせ賜れた天の計らいで御座いましょう」


 更なる持論が続いて、一層のイライラと憂鬱が烏丸を頭上から圧迫する。


「……それゆえ我が日ノ本も最強国と組する有利を生かし、天下の趨勢に従いて一翼を担わば極楽浄土の近道でございましょう。天下が定まれば権威も身のあるものと成り、覇権は役割を終えまする。

 我が国は天意の覚え目出度く、やがて玉座へ据えられましょう」


「しかしだな、日本は遠大な国家戦略があって行動してる訳じゃない。悲しいかな、ただ米国を怖れて従っているというのが実態なんだ」


「ご懸念は無用と存じます」


 少女は視線を落とし、小さく言った。


「徳川《とくせん》も〝織田の腰巾着〟と云われておりました故」


「ん!?」


「……最後に天下を制したるは、松平元康。…………徳川殿なので御座いましょう?」


 (そういうことか!)烏丸頼子は理解した。


「日向守様もお珠どのも皆無残なご最後を遂げられた由――此処へ来て、全てを見たのでございます。……覇権を担う者の宿命とは申せ、彩は辛うて…………悲しゅう御座いまする」


 少女は声も無く、ただ涙を流して泣いていた。

 烏丸頼子もかける言葉が見つからず、黙ったまま両手で肩を抱いて慰めた。



「……そんな事があったんですか」


「日米同盟は『清洲同盟』だそうだ。

 アメリカがイコール信長で統一の道筋をつけ、中共は徳川を背後から脅かし続けた武田か豊臣(秀吉)。いずれも一代限りの繁栄で終わり、日本は家康の如く天下人となって最終的に世界を平和統一へと導くんだそうな。

 あの娘《こ》は、現代の国際情勢を400年以上前の日本統一の拡大版として見ているぞ」


「彩ちゃんらしいユニークな発想ですね。戦国乱世を生き抜いてきた人間の……」


「単純だが危険な考えだ。先の戦争でも大義を唱えて打って出たが、敗戦で一旦全てを失った。日本人は性善説を信奉するお人好しで、他国の者が利己的で腹黒い事を理解していない。例え請われたとしても、リーダーとして振る舞うべきじゃない。

 こればかりは№2以下でいい。次敗れたら立ち直れる保証は無いし、誰も助けてはくれないからな」


「でも先生、彼女からこうは言われませんでしたか?


 『天の与うるを取らざれば反って其の咎めを受く。時至るも行わざればその災いを受く』……


 クリスチャン風に意訳すると〝全能の神が与える地上の栄光を受けながら、保身で拒否する者は寧ろ罰を受ける。立ち上がれと合図された者が懈怠して裏切れば、災いが降りかかる〟」


「遮那堂、お前! ……」


「私も以前、彩ちゃんから似た話を聞かされました。神仏の期待を裏切る者は、それまで与えられた特権を剥奪されるだけでなく、他の何もかも奪われるそうです。

 イエス・キリストが自分の使命を放棄して、マグダラのマリアとアルルへ逃避行するみたいな話ですから。

 国家も同じだと。

 ……孟子という性善説を唱えた昔の思想家も、こんな事を言ったとか。


 『天が人に大いなる任を降そうとする時、必ずまず、その心志を苦しめ、その筋骨を疲れさせ、その体を飢えさせ、その身を窮乏させ、行う事為す事へ幾多の障害を与える』――


 彩ちゃんの解釈では先の大戦の敗北すら、日本を天下国家に鍛え上げるための試練だったそうです。日ノ本の〝三方ヶ原〟だって。

 戦後の混乱と現在、今後の国難やら含めて」


「前回、神風が吹かなかった理由も? まったくの御都合主義的な解釈だ」


「それは明治維新後、生き残りの為止むを得ず覇権体制を執ったのが原因だと。

 対米敗戦以降受けた占領政策で民主化した結果、本来歩むべき王道へ立ち返らせたのも、天(神)の配剤によるとか。日本は皇室を戴く国柄なので、彼女は『皇道の徳』と称するのが相応しいって」


 ニヒルな視線を遮那堂へ向けながら、烏丸頼子は言った。


「で、生徒会長。…………お前も〝皇道派〟か?」


「ハアッ!? 私も難しい事は分かりません。彩ちゃんがそう語っていたという話で……」


「ふん、まあいい。……今の概要、雪城がどう評価するのか一度訊いてみたいものだが」


「後で聞いて置きましょうか」


「ああ頼む」



          *          *          *


 先生が舞の意見を聞いてみたいと言ったことは驚きだった。彼女が知恵者だと何気に見抜いているらしい。


 小学校へ入学した当初から気心が知れ、親友になった雪城舞。

 ただし、彼女の名誉のため付け加えさせて貰う。本質は詭策より友誼を守る子で、友達の心を操ったりはしない。


 彼女はどんな事でも相談が出来て、慰め励ましてくれる。私が最も信頼する姉の様な女性だ。……舞と結婚する男性は、さぞ幸せな人生を歩むだろう。

 追記・彼女は、ハリス記念鎌倉幼稚園へ通っていたバリバリのクリスチャンだ。参考までに。


 〔友だちコレクター〕と揶揄される程だから、友人は事欠かない私。


 まず渾名を付けてくれたジンコ(叶仁子)を挙げて置こうか。ホント失敬なっ、プンプン。

 私は友達をモノ扱いして『集めよう』なんて思ったコトは、ただの一度も無いですからね。ホント自慢じゃないけど。


 (葦舘)留美は興味を抱いた物は何でも作ってしまう器用な子で、一旦見ただけでレシピの分析が出来てしまう人だ。

 鴨川セリは弱冠7歳で毎回学年考査トップクラスを誇る天才児。


 〝個性的集団〟とも例えられるこのα組で特筆すべき際だった存在と言えば、やはり霧隠彩ちゃんだろう。

 純真な心を持ち屈託無い彼女は、朴念仁と呼ばれた御主君さま(響也)の欠点を補い余りある人懐こく明朗快活な性質で、教室内で欠くことの出来ない存在だ。


 彩ちゃんの関連で、烏丸先生が最も気懸りな点は――たぶん現代人との、大きな価値観の齟齬だ。


 そもそも彼女はこの時代の人ではなかった。忍者で、しかも戦国時代から現代へタイムトラベルして来たと言っているのだから。


 彼女がやって来たばかりの頃、教室での対話で仲間が質問した事がある。


「彩ちゃんの桔梗の髪飾りは、前のご主人様からの贈り物?」


「これなるは、明智惟任日向守さまより頂戴致したものでございます」


「明智惟任って――明智光秀のこと? 本能寺の変の」


「!」


 男子の質問が突然横あいから投げかけられ、私はぎくりとした。


「まあ! 日向守様をご存知で。本能寺とは、四条坊門北の本能寺でござりまするか」


「ちょっと待った。彩ちゃん、相談があるんだけどいいかな!?」


 授業には情報処理のカリキュラムもある。彼女がPCへ触れたらすぐ扱い方を習得して、自分が思い浮かべる限りのキーワードで検索を始めるだろう。


 程なく過去の自分が関わった人達全ての運命を知るのは間違いない。


 途中で会話を遮ったから、勘の良い彩ちゃんは疑念を抱いたかも知れない。ずっと隠して置くことは出来ないと思った。


 それから暫くして、彼女を誘ったティーパーティーの場。


 日本の記紀と聖書を比較する話題が出て、当時の天下人、織田信長と宣教師との会談内容まで話が及ぶと――――


「記紀の神代記は稗田阿礼が古代より口伝えに継承いたしてきたものを、和漢文へ起こし編纂致せしものにて。舎人親王や太安萬侶が創作したものでは御座いませぬ。異国の伝説をまとめただけというのは、バテレン共の虚言でありましょう」


「それじゃ、ロレンソ先生の認識が間違っていたの?」


 彩ちゃんはルイス・フロイス師と、従者兼通訳ロレンソ先生の遺体が安置されている木造礼拝堂の方へ顔を向けて言った。


「わたくしは、あれなる了斎が干涸らびる以前の、動く姿を見、その声も耳にしておりまする。

 風采あがらず身なり見苦しき者なれど、説教ともなれば俄の豹変をいたしまする。さながら、憑き物の如き舌鋒を用いて鋭く人を制し、惑わすのでございます。

 人品高潔な君主・善政で名高き高山友照・右近父子ですら誑かされてしまい、自領の高槻(摂津内)で社寺を破却し、神官釈氏を弾圧した程でございます。

 尚且つ、伴天連が我が日ノ本の民草同胞を奴隷として異国へ連れ去るを黙認するなど、鬼畜の所業も敢えて行いました」


 私や友人達が息を呑んで黙り込む中、彼女は続けた。


「思いますれば織田方が社寺を快く思わず、反目致していたは周知の事にて。

 為政者の庇護のもと耶蘇(キリスト教)の教えを大八洲《おおやしま》へ広めんが為、パードレ共は記紀は出鱈目などと詐り、無知な信長に取り入ろうと謀ったのでは御座いませぬか」


 言うなれば、彼女は当時を知る唯一の生き証人なので誰も反論できなかった。


 この時、彩ちゃんはそれまで「織田殿」或いは「信長公」としていたのを〝信長〟と初めて呼び捨て、剰え謗った。


 (変が起こった原因を、彼女は信長自身の過失だと断定している)


 私は〔師君様〕と明智家は懇意で、或いは彩ちゃん自身光秀の娘・細川ガラシャ(珠)とも深い交流があったのかもと推測していたが、烏丸先生の話を聞く限り的中した様だ。


後半の【日本人を奴隷として海外へ連れ去る】の部分は、少し時代を下ってから。豊臣秀吉が天下を統一して後発覚したもので、その頃すでに彼女は現代へと送られて来ている。おそらくは図書館やネットで補完した知識なんだろう。


 先生は心配しているが、もう思索の自由という翼を得た彼女を縛ることはできない。今後を見守る以外は――――…………


          *          *          *




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。