九 救世者
「古より我が国で異界とくれば天狗界ぢゃな。江戸時代後期の国学者・平田篤胤が天狗に誘われ七年間修業して帰って来た小僧の証言を『仙境異聞』ちゅう書物で発表しとる。今でも読めるぞい」
「それじゃ~~~、鼻が長くて天狗スタイル(山伏姿)の人達が来るんですかねぇ~~~」
「ダイヤちゃんの話を聞く限り、私は中世欧風チックな印象を受けましたわ」
『その通りデシ。そもこの世界へ来たのは我のお父様が始めてで、人浚いなどしないデシ』
大テーブルの端で胡坐をかいて話を聞いている響也は先の幼女の証言内容を改めて確認した。
「何処から侵入して来るかは、正確に分かるって言ったよな?」
「そうデシ。奴らは神殿へと通ずる大きな石の潜り門から、堂々と入って来るデシ」
「……大鳥居の事ですわね」
「然もあらん。元々、神域(異界)の出入り口ぢゃからのう」
老宮司の言では一種ワープゾーンであり、異空間同士を繋げ易いと言う。遮那堂も尋ねる。
「ダイヤちゃん。何時ごろ来るか予測は付く?」
「向こうの夜は魔物が一杯で、行動は昼間限定デシ。明日の昼間がマジやべぇと思うデシ」
「時差がない? では、夜明け前から要注意ですわね。見張るのが少々厄介ですけれど」
「それは式(神)を使えば造作もないことぢゃ。儂が今から手を打っておこう」
こうして各員が家の許可を取り付け、翌日まで泊り込む事を決めた。
§ § §
子供の頃、男なら誰だって勇者に憬れた。
俺は幼い頃からひたすら努力と研鑽を積んだ。守りたい存在があったから…………。
なればこそ幼馴染みの仲良し3人組の女の子、セシルが神の祝福を受けた存在と知った時は、天地が引っ繰り返るほどの衝撃を受けた。
俺達のセシル――――
セシル・メサイアは、勇者のサポーターとして選りすぐられた仲間達と遠征。大魔王とその軍勢数百万を討滅してのけていた。
人の口伝えや吟遊詩人の詩曲で、セシルが聖剣を携え魔物や魔王と対決した時、黄金の翼が現れて天空を駆け、全身が金色の光で包まれていたという。
それは人々が見たこともない、圧倒的な力と荘厳さを感じさせる神威の解放だった。
すべてが過去顕現した伝説の救済者達と同じ。
それは《 神の栄光である 》
昔、故郷の教会で司祭様が教えて下さった通り。
華やかな凱旋パレードの様子を見ながら、語り部の英雄が間違いなく、幼い頃から知る彼女である事を確認した。間違えようも無い。遠目でもすぐ分かった。
幼馴染の一人、セシルを取り合った俺のライバルで無二の親友……今も同じパーティーメンバーとして行動を共する槍術家、キイス・アシュフォルトは、俺の肩を叩いて言った。
「フィン。俺達の大好きなセシルは、神様が遣わした尊い人だったんだな」
笑顔をつくろうとしていたけど、涙が光っていた。
勇者とは憬れて目指すものではなく、選ばれるべくして選ばれる存在だと知った瞬間だった。
彼女が実際は何処かの貴族の令嬢で、世継ぎの目が無い境遇だから比較的自由な行動が許されている娘だろう……という推測は当時からしていた。
平民である俺達と、十を過ぎるまで遊んでた位だから。
でも突然変化が生じて、例えば嫡子が病死とか事故で亡くなり、或いは他の理由で廃嫡されてしまい、急遽跡継ぎを立てざるを得ない事情が出来て、連れて行かれたのかと思っていた。
後々考えれば、それは神の子としての託宣が下り、勇者と認定されたがためと分かった。
今はもう、決して手の届かぬ光貴な妹――――――――――
§ § §
「皆様。深夜でも異変があれば直ぐ分かります故、少しお休みあそばしませ」
母屋と併設された道場。彩は仮眠を勧めたが、集う全員の目が冴えている。
ダイヤとスーティーも眠れない様子だ。遮那堂は誼を結ぶ良い機会と考え尋ねた。
「ダイヤちゃん本人は長い間この鎌倉で『六根少女』と噂されている事を知ってたの?」
「いい加減その呼び方はやめるデシ。こう見えてもダイヤは80才デシよ」
「ナヌ!?」
「セリのGグランマみたいな年齢デシ。カワイイ曾孫みたいなものデシ」
「聞いたかー、良かったなぁセリ坊、曾お祖母ちゃんが出来て」
「えーっ?!」
仁子がセリを右脇へ抱き寄せて頭を撫でると、女児は戸惑いの声を挙げた。
「お父様はどんな方だった? ダイヤちゃんを作った後、どんな仕事をなさってたの?」
ビスクドールの女児は訥々と語り出した。
「ダイヤはお父様にとってタダの娘ではなかったのデシ」
「ふうん。……それじゃ、何さ?」
「弟子デシ」
「はあ?! デシデシ?」
「ジンコ。おまいはオリハルコン級の馬鹿デシ」
「なんだと! 生意気なチビだな~」
仁子が眉を寄せて怒って見せると、ダイヤはつんとソッポを向いて少し得意気な顔をする。
「魔女見習いだから〝弟子〟なのデシよ」
「あらあら。でも考えてみると、お父さまって男だから〔魔男〕だよねぇ――~~~」
「違うでしょ留美! ……ただの〝魔法使い〟でいいのよ」
横から風祭美樹が耳打ちして訂正すると、胸を張っていた留美は唸って沈黙した。
単なる人形師としての腕前だけでなく、父親が大魔導士でもない限り、無機質の生命体を生み出すなんて事は出来なかったろう――……例えこの鎌倉が霊力を持つ土地であったとしても。
ダイヤの家の中はハーブや錬金術師が使う様な実験器具、神秘的な道具で溢れていた。自分が持っている小さな鞄をメディスン・バッグと称している事からしても、話の筋は通っている。
「ところで彩ちゃんが侵入する側だったら、まずどういう行動を取りますの?」
忍びである彩が敵の動きを読んでいると踏んで、雪城舞は意見を求めた。
「先んじては物見でございましょう。密偵を放ち、目標物の所在など情報収集致しまする」
「成程。では拘束して出鼻を挫き本隊を要撃すれば、奇襲同然の効果が得られますかしら」
「如何さま。その通りでございます」
「セリ、お願いがありますの。今回だけは留美のフリフリ衣装を着てあげてくださいな」
「ええ~~~!?」
§ § §
神殿。
魔導士達が揃って詠唱を開始していた。人数は30名以上である。
今パーティーのメンバーは、ミスリル級冒険者・隊長グスタフ・レオン率いる7人。魔導師、エンチャンターのレギュラー2名が除外された穴を補うためフィン、キイスの若手が加わった。
集合した冒険者達は目前の円形空間が歪み、異なる風景が現れるのを見た。
門が開いたのだ。
「じゃあ行くぞ。輪を潜り抜けたらもう異界だ。油断するなよ、野郎共」
まず盗賊出身で斥侯役のランスが周囲を偵察。前衛として本隊移動の先駆けを務める。
彼等は未知の世界へゆっくり踏み込んで行った。
――……
―――――
――――――――
§
「来おったぞい!」
装束姿の空夜翁が言うのと、彩が立ち上がったのは同時だった。
ダイヤも察知している様だ。予想より早く、時刻は午前3時00分ジャスト。舟を漕いでいた少女達も、ハッと目を醒ます。
「お彩は雪城くんの供ぢゃな」
「ははっ!」
「舞、セリの身に危険はないのね」
「ゼッタイ大丈夫なんだろうな?」
「…………あのっ……」
不安を抱く遮那堂と叶仁子が訊ね、御狼沙織は気遣わしげな短い言葉を発した。
「ネズミを捕えるだけですわ。その点は彩ちゃんの力を信用して下さいな」
微笑みつつ彩が首肯する。普段通りの落ち着いた姿勢を見て、遮那堂も安堵した。
「ええ、えーっ、スーティーちゃんも参戦するの!?」
「ルミ、おまいは五月蠅ぇデシ。黙って引っ込んでるがいいデシ」
「他の者は此処を動いてはならぬ。響也、お前がこのお嬢さん方を守るのぢゃぞ」
「えっ、お、俺?! 無理無理、絶対ムリ! こいつら俺よりも強いし」
風祭美樹や叶仁子などから髪を掴まれ首を絞められる響也を残して、4名と人形・クマのぬいぐるみ2体は廊下へ出て行った。
ランス・シュミットは盗賊出身で斥候(偵察)を担当し、状況が許せば隙を見て依頼の品を直接持ち去る事もあった。性格はやや軽い面があり、気障・饒舌である。
(空気の湿った場所だぜ。木造の低い建築物……まあ異界だし、当然文化様式も違うわな)
左手側の大きな高床式木造建築の奥、小屋と繋がったやや低い平屋の建物が見える。そちらの方は生活感があり、初見で宗教施設の儀式の場と居住棟の関係という印象を受けた。
取り敢えず真っ直ぐな石畳の先にある建物を探ろうと進む。
〝ギクリ〟
ヒラヒラしたピンク色の衣装を着たツインテールの女児が闇の中から浮び上った。
ランスは勢い余って足踏みし、危うく出掛かった悲鳴を抑える。女児が無表情な顔で人形を抱き佇む姿は、唐突で薄気味悪くシュールだった。
――どうして今時分、こんな所でガキが一人立ってる?
乱れた前髪をかき上げて整えると、右手で抜いた背後のダガーを隠したまま、宥めすかした声で接近を図る。
「……よしよし、お嬢ちゃん。怖くないから黙って、大人しくしてるんだぜ…………」
すると次の瞬間、彼の表情は驚愕のあまり凍りついた。
幼女の抱いた人形が顔を上げるやムッと頬を膨らませ、こちらへ向けて
『ビエ~~ッ!』と〝あっかんべえ〟をしたのだ。
「 わぁおっツ?! 」
今度こそ思いっきり飛び下って悲鳴を上げた。




