Ⅸ 奇人変人
遮那堂かほるは笑顔で右手を振り、やや早目の颯爽とした足取りでサイドラインへ歩み寄る。
「来てくれたんだ」
「当然でしょ。約束したんだから」
(あ、生徒会長)(遮那堂! ……)(ひそひそ……)etc
黄色い声援を放っていた連中が息を呑み、囁きざわめく声が聞こえる。……そう、私の待ち人は彼女だけ。皆さんはお生憎。アウトオブ眼中、サヨナラ!
気持が浮き立つと、他の人間はまったく意識の埒外に置かれる。
私はコートへ戻り、彼女の視線を全身で感じながら気合いを入れてエキシビションに臨んだ。
「はい、これ」
練習を終えて顔を洗い、タオルで汗を拭っているとき遮那が声をかけてきて、見ると彼女はウィダーゼリーを差し出していた。
私は「サンクス」と言って受け取る。
有り難い。練習後アミノ酸やクエン酸を取ると、疲労回復の効果があると聞いていた。スポーツドリンクでも良いそうだが、私ならボリュームのあるゼリー状の方が好みだ。彼女は察しもいい。
制服へ着替え部室を出てからの帰途、私は時間経過を惜しんで遮那の声に耳を傾ける。
「バスケ部は彩ちゃんの獲得要請を出さなかったわね」
彼女が言及したこの『彩ちゃん』こそ、5月以降突如として私達の前へ出現し、編入後も台風の眼であり続ける驚異のクラスメートだ。
彼女は忍者を自称している。
「わたくしめのご主君さま」が、例の土御門響也だった。
教室に乱入して来た彼女が、響也を殺そうとした怪物の首を切るのを目撃したが、私はその時初めて、鎌倉が特別な霊域だという噂は本当だと身震いした。
自分は400年以上前の戦国時代からやって来たとも彼女は言っているが、どうやら響也は半信半疑の様だ。
ただ落雷が自宅の屋根を突き破った際、光で包まれた身一つの彼女が空中から降りてくるのを受止めたと証言していた。
私からは何とも言えないが、響也を狙っていたという化け物の姿は、クラスの全員が二度も直接見ている。……もとい、二度目は全校生徒だったか。
「彩ちゃんの力量は私も説明したよ。今のメンバーだけでやりたかった――と言いたいトコだけど、バレー部が彼女を招いた時の有様を見てたから、キャプテンは外で確めようって」
バレー部ではまず部員が手本を見せてからスパイクをさせた。すると中央ネット水平帯の遙か上まで全身が飛び出す程のジャンプ力で、弓なりの体勢から繰り出される〝鵯越の逆落とし〟みたいな角度の強烈なスパイクは、レシーバーが思わず逃げてしまう程の大迫力だった。
サービスライン上へ異様な音を立てて着弾した玉は、スーパーボールみたいに跳ねあがり、フリーゾーン外へ飛び去って行った。
実際受けていたら、両手首を骨折しかねなかったろう。
『 この子を出したら、(相手が)大変な事になる! 』
バレー部は先見の明があった。剣道部も、前もって試しておけば良かったんだが。
その剣道部は、事実上の関東大会へ彩ちゃんを擁して出場。彼女が前例の無い35人抜きを成し遂げて完全優勝したが、対戦相手達が悉く原因不明の体調不良を起こして大騒ぎになった。不正を疑った他校の剣道部員が殴り込んできたくらいだ。
あのアホの僕っ子、どうしてるかな。
閑話休題。
彩ちゃんの身のこなしが、風みたいな速さを誇る事は私も知っていた。ドリブルを組み合わせたとしても、全くロスはないだろう。キャプテンは私の提案を受けて、ゴールポストへのシュートを3Pライン手前からさせてみた。
すると、片手でひょい投げして百発百中の腕前。
驚いてもっと後方のセンターサークル上、最後はエンドライン手前から投げさせたが結果は同じだった。
彼女を出せば、勝つことは出来るかもしれないが――――…………
(こんなつまらない試合を見せたら、観客が怒り出すんじゃないのか?)
バスケットボールのファンは曲芸が見たい訳ではない。やはり助っ人要請はキャンセルしようという結論になった。
後で私がシュートの精密さを称えると、あのくらいは〔釣瓶落とし〕を修得していれば造作もないと彼女は返答した。それはどんな技かと訊いたら、分厚い六芒星みたいな形の手裏剣を懐から取り出すや、腕を振り上げ上空へ投げた。
暫くして遠くから〈キィ――ン〉と澄んだ風切り音が聞こえて来て、3メートルほど離れた地面の木ノ葉上に、深々と突き刺さった。
『本来であれば、此れなるを足の甲へ落とし、敵を地面に縫い付けまする』
部員、取分け後輩達の顔色がスゥ――……と青褪めていくのが分かった。
敵という以上は、相手もじっとしては居ないだろう。予め予測した地点へ正確に落とせる、という事は、動かないゴールポストのリングを潜らせるなど簡単だって示したかったみたい。
梅雨へ入って学院が衣替えの季節を迎えた6月。
この月、私の知らない所で大変な事態が起こっていた。
御狼沙織が狐の妖怪に憑り付かれて、相談を受けた遮那と舞が霧隠彩を巻き込んで退治しようとしていた。
結局さほどの悪霊では無かったそうで先週の9日、土御門響也の実家へ運んだそうだ。
私が事実を聞いたのは週明けの11日。私も遮那から相談をされなかったので何となく寂しい気分になったけど、妖怪の正体は九尾の狐だったと聞いた。
なるべく多くのクラスメートを巻き込みたくなかったんだと解釈して、自分を納得させた。
呆れたもので、その九尾は学校へ来たいと言ったとか。
見解を求められた私は『彩ちゃんの場合と違って人間ですらないのに校内へ迎えるのは無理』と言い、遮那もその意見を入れた。
当日、私達は希望者だけで九尾の狐に会うため、土御門神社へ出向いて当の狐を見た。それはまるでアキバ系地下アイドルみたいな恰好の少女で、全く1千歳の妖孤とは思えなかった。
ところが急遽その場で彼女の全身が光り輝き、別れを告げると慌しく昇天してしまった。
彩ちゃんの説明では現在より進化を遂げて、出世したと考えて良いみたいだ。何とも早い展開だったが同時に私は偶然、御狼沙織がポロリ洩らした本音の言葉を聞いた。
「葦舘さんが羨ましい」――――――――
『 だろうね。あんたと留美は大違いだから 』
私自身も思いがけない科白が口をついて出た。
しまった! この子は当分のあいだ刺激せず、距離を置いて関係を再構築するつもりだった。それがうっかりひとりごちたんだろうが、突っ込みを入れてしまった。
しかも、私の口はそれだけで閉じようとしなかった。
「留美って子はさ、わたしを差別しないんだよ」
――こらこら、余計な事を言うな私! 二言多いぞっ
アチラからすれば、完全なおまゆう。続いてやっと反省モードがかかって、凹んだ口調。
「わたしが好かないんだろ。そういうのは言わなくたって分かるんだよ」
「…………」
「……まあ、しゃーないな。出会い頭であれだもんねぇ」
気まずいサイレンス――……でもこのままじゃいけない。並び立って遠い海を眺めていた私は、全身を彼女の方へ向けた。折角の機会だ、此処でケジメをつけるんだ。
『 ごめんなさい! すまなかった!! 』
私は頭を下げた。だから瞬間の表情は見えなかったが、御狼沙織は呆気に取られた顔をしたかも知れない。或いはまた脅されるんじゃないかと怯えたか。
「私が悪かった。最初からやり直したいので、お願いします!」
………………………………。
頭を上げて窺うと、彼女は手を口の辺りまで持ってきて戸惑った様子だった。
落とした視線を小さく泳がせながら、目を瞬いている。
「………今さらダメ。かな…………………………」
沙織はかぶりを振った。
微かな声でうん。うん。と頷きながら噦り上げ、涙を拭った。
最初からハッキリしてた。口数が少ないとか引っ込み思案だろうが、他人が攻め立ててよい道理は無い。
やっと私は和解へのスタートラインに立てた。
6月中旬のある日、遮那とふたりで廊下を歩いていたら一人の新入生が突然前を塞ぎ、声をかけて来た。
両耳の後をさほど似合ってない乙女リボンで結んだ遮那よりも背が低い、何だかチンチクリンといった感じの、全体としておかしな印象の子だった。
「かほる様、御機嫌よう!」
「ほわっ?!」
遮那は咄嗟の事態で意表を突かれたせいか、まるで締まりのない返事をしてしまった。
「一年δ組の福沢祐女と申します!」
言って、ペコリとその女子は頭をさげた。
「……はあ、今日は…………?!」
私こと叶仁子は、チンチクリン女が眉根をピクと痙攣させた瞬間を見逃さなかった。僅かな動きだったがあれは恐らく遮那への不満表明だった気がする。……彼女は何かを間違えたのか?
『コンニチワ』ではいけないのかよ!?
「 あのっ、突然でしゅが。……遮那堂先輩の《スール》にしてくだちい!! 」
「ええっ!?」
私(仁子)の方も、二の句が継げなかった。
暫しの静寂。
すると遮那は、黙ってその後輩の女の子の横を擦り抜けて行こうとする。でも変な一年生は、慌ただしく彼女の前へ出て、再び立ち塞がって言い放つ。
「なんで、無視するんデスか!!」
「だって今〝スル~〟してって……」
『 違 い ば す !!!』
後輩は爆発寸前といった様子でムッと顔を紅潮させながら、トンでもない大声で勢いよくかぶりを振って否定し、握り締めた両手拳を肩の前で構えて、鼻息も荒々しく強調して言った。
「 わだぢは『妹にしてください』って、頼んでるんでず!」
――ははあ~ん……!
漸く私はナルホドと思いあたった。
(コイツ、ウチの学院を〔リリ女〕かどこかと勘違いしてるよ……同じミッション系だからね、一応は。――ぷぷっ、笑える♪)




