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2 告白

      挿絵(By みてみん)

「でけぇ嘴だなぁ! まるで剪定バサミじゃねえか」


 土御門響也は、傍らのフェンス上からこっちの様子を窺いつつ鳴く、頭でっかちのハシブトカラスを見ながら、独り言をいった。


 首を傾げる仕草で右側面の目を向け、此方の動きを警戒している。


 『 カァ――ッ、アッア――、ア――――ッ 』


 甲高い泣き声を上げて羽ばたき、飛びたつ姿を一瞥して

「ちぇっ、縁起でもねェ」と呟く。


 極楽寺駅の改札を出て、左手のゆるやかな坂を登っている途中の事だった。

 (普段は縁起なんか拘らない人間を自認してる俺が……)

 つい自嘲気味となる。


「これがジイさんのかけた『しゅ』っていうやつだろうな」


 彼が見えない世界の作用を否定し、捕われまいとする傾向を帯びた原因は、多くの部分が生まれ育った環境。正しくは祖父の存在がダイレクトで影響したと、自身は考えていた。


 呪いと聞けば何やら禍々しい怨念を連想するが、彼の理解するところでは単なる刷り込み。暗示を意味する程度の言葉でしかない。


 響也は色の白い細面の顔左際へ前髪を垂らし、レイヤーショートの右半分を上げて後に流したヘアスタイル。177㎝の身長と比べて体重は57㎏と少な目。


 人並み志向で今時の高校生だが、彼が着ている制服は、一般的なブレザーと随分異なっている。


 上下とも白系で、背中から連なる襟元とソデの折り返し部分へ青いラインが施され、女子の制服も基本的に同じだが、後裾は短い燕尾状でラインは赤い。

 そして男子は左腕、女子は右腕部分へ学院の校章である、十字架を模したクローバーのワッペンが縫いつけられていた。


 坂を上りきると道は二手に分かれ、右手側はなだらかな極楽寺切り通し(アスファルト舗装)。下り途中の坂沿いから、成就院門前へと至る急な高い階段が見える。


 季節もいずれ梅雨になれば、眼下の坂両側は色とりどりの紫陽花が咲き誇り、遠く由比ヶ浜の風景を見渡せる。眺めの美しいその場所は、鎌倉であじさい寺の一つとして名高い。

 響也は左手方向へ折れて進んだ。

 無論、家がその方角に在るからだ。


 路線高みを跨いで掛る、朱塗り欄干が特徴の『櫻橋』を渡り始めると、右手奥の極楽洞トンネルからチョコ電が線路上へ踏み音も軽やかな姿を現し、彼の真下をくぐり抜け、坂道沿いに横たわる駅ホームへと滑り込んでゆく。


 彼はその様子を見ながら、今日自分の身に起こった出来事を思い返していた。




          *          *          *



「 ――土御門くん 好きです。―――――― 」



 相模湾へ面した廊下に、やわらかい日射しが差し込む。


 他は誰も居ない放課後の教室で、その女子生徒は肩を小さく窄め、多少震えた声で伏し目がちだが、はっきりと告白してのけた。


 俺はと言うと、余りの唐突な申し出で一瞬二の句が継げず、口ごもってしまった。


 御狼おいの沙織。――――彼女は北海道からやってきて、ここ鎌倉のルイス・フロイス学院へ入学し、学校の寮に寄宿しながら通っている。


 一年生のとき同じクラスなってからの縁だが、最初目を引いたのはエンジ色で染めた布地へ施された華やかな刺繍。渦巻き文様に棘の付いた、特徴的な鉢巻きをしていた事。

 それで(ああ、この子はアイヌなんだな)と判った。


 二年へ進級するまでの丸一年間を通じ見た限りでは、如何にも内向的で繊細そうな女子生徒だった。


 ルイス・フロイス学院は、ミッション系でありながら鎌倉の市立高。というほか些か……て言うより、かなり変わった特色が幾つかあって、例えば三年間クラス替えというものがない。

 従って最初同じクラスへ組み込まれると、卒業まで一蓮托生で過ごす結果となる。


 だから遮那堂という我がα組クラス委員長の、最も気懸かりな友人なんだとか。


 彼女がサーチした情報で、中学時代の御狼は相当ないじめを受けていたらしい。

 すぐ俺もピンときた。

 万一反りの合わない同級生がいて、いじめられっ子となったが最後、地獄の三年間を過ごさなけりゃならない。

 それで比較的御狼と親しい――――……じゃ、ナイナイ。


 『親しい』といっても朝会ったとき挨拶を交わす程度の仲だけど、俺に白羽の矢が立った訳だ。


 御狼は、委員長が高校へ入学して最初の友達になった子で思い入れも強いが、自分は生徒会長も兼任しているので「目が届かないかもしれないから」と言う。


「響也、お願いね彼女のこと。気を付けてあげて。何かあったら、すぐ私へ知らせてね」


 今まで通り接してくれていれば良い、とも言っていた。


 ――しっかし、まさか……この臆病で気の弱そうな御狼が直接、男子に告白コクるとは。


 俺は立ち尽くしたまま、依然として伏し目がちで小さくなり、震えている彼女を見て(さぞ勇気が要ったろうなあ・・・)と同情の入り混じった気持ちを抱いた。


 …………だけど、困る。

 別段御狼は嫌いじゃないし、ちょっと太めの眉も、チャームポイントと言える可愛い顔立ちしてて、毎朝花瓶へ花を生けてるほどだから優しい子だとは思うけど、心の準備が…………。


 俺は御狼の気持ちを傷つけまいと頭脳フル回転で言葉を厳選して、やっと返事をした。


「オレ、朴念仁だって女子達から言われてるらしい。一緒にいても詰まらん奴だぜ、案外」


「 つまんなくなんかないっ 」


 御狼が突然顔を上げ、大きな声で否定した。


 驚いて再び口ごもった俺だが、御狼沙織自身もびっくりしたのか慌ててまた目線を落とし、キュッと握る右手を口の近くへ持って行きながら


「つ、つまらなくなんかないよ。……土御門くんは…………」

 と、小さくか細い声で言った。



 帰宅途中、江ノ電2000系車両で揺られている間も溜め息をついて、あの時の事を反芻していた。


 御狼が感情的になって自虐テイストなネタへ反論してくれた事は、寧ろ嬉しかったし(やはり良いやつだな。御狼は)思ったのに、自分は咄嗟の一言。


「お、おおっ! そう。……済まん」


 なんて応えるのがやっとで、善くよく間が抜けている。


 この場で断ると相手を傷つけるだろうと判断して、何とか即答を避け「しばらく時間を置いて、よく考えてみて良いか?」聞いたら、御狼は小さく「うん」と頷いてくれた。



 小学校の頃、2度ほど女の子から「キョウヤくんて、カッコイイね」と然り気なく言われた事がある。


 ちょっと、トキメいた。


 中学校の時は、3回教室の机と下駄箱の中へ告白文を入れられた事はあるが、本人から直接聞いた訳じゃない。実際その子が書いたのかすら分からないので、こっそりと処分したら、その後何もなかったので今まで過ごして来た。


 だからこんな面と向かってラブコメマンガみたいに、しかも女子の方から直接告白されたのは初めてで。


 …………まさか遮那堂アイツ、こうなるのも想定内だとしたら次は?


 『 響也、あなたは最低限誠実な男子だと信じてるわ! 沙織をよろしくね♪ 』


 ンてコト言い出しかねない。ブルブルッ……外堀を埋められ、どんどん侵略される気分だ。


 (そ、そうだ、御狼はただ「好きです」という想いを伝えただけだ。何もクラス公認の恋人同士として、付き合おうと言った訳じゃないっ「ありがとう」とだけ言っておけば良かったんじゃないか!?)


 だが、すぐさま翻した。


 ――いや、駄目だダメだっ、自分を偽るな!


 女の子側から告白して「唯のお友達でいましょう」程度の意味である筈がない。それを言ったが最後『オッケー♪』のサインじゃん!


 そう打ち消したとき、右斜め向かい座席の観光客らしいおばさん二人が、凝視していた目をそらして、ヒソヒソと話している姿を見た。


 (ヤバいッ!)自分を取り戻し、急ぎ座り直して普通を装う。


 七里ヶ浜駅を出て、海岸沿い134号線並びから、住宅地へ入る基点前まで差し掛かる。


 車窓のすぐ下、サーフボードをキャリアに固定し、自転車で走る人の姿が見えた。


 江ノ島を望む道。

 相模湾の海岸線で傾いた夕日を浴び、自転車を漕ぐ人の長く引き伸ばされた姿が、地面へ投影している。それを眺めつつ

 (やっぱ御狼の気持ちには応えられない……第一、俺あの子を熱愛してる訳じゃないだろ)

 そう思い直す。


 ――彼女は勇気を振り絞って、真摯な告白をしてくれたんだぞ。こっちもマジで誠心誠意、気持ちを伝えなきゃダメだ。男のケジメだなこれは、うん。


          *          *          *




 極楽寺駅から線路頭上の『櫻橋』を渡って通りをしばらく進む。

 稲村ヶ崎小学校を過ぎると、辺りは家並みの間を縫う細い裏道へと変化してゆく。


 月影地蔵堂前を左折し、荒れた坂道を踏み締め進むと右側は墓地。直ぐその先に鎌倉山へ登る石段が現れる。

 といっても手摺はあるが、四角い敷石を坂道に階段状で敷き詰めただけの、簡易的なものだ。


 ルート頂上は殆ど十字路で、少し左へ回って下れば稲村ガ崎5町目の住宅街。右を進んで猶も登ると、道は二手に分かれていた。

 左の道を行くと、稲村ガ崎5丁目側から七里ガ浜東3町目の住宅地へ出るが、この区域は高い段差で隔てられている。

 そのため、途中眼下に広がるもう一方の七里ガ浜東3丁目の街並みと、遠い海上へ浮かぶ江ノ島の、素晴らしい眺めを見渡す事もできた。


 響也は幼い頃からそうしてきた通り、右の山道を登って行く。


 彼の住む土御門神社は、鎌倉山の頂で鎮座する、室町時代創建の比較的新しい神社だ。


 京の安倍家(土御門家)は、応仁の乱以後縮小の一途を辿り、自らの知行地に『分霊』と称する遷宮を行い、各地へ分散したという。


 『応仁の乱』といえば、京都全域を焼け野原にしたあげく、室町幕府崩壊の遠因となった歴史的大事件だから、響也も聞き覚えがあった。


お疲れさまでした。

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