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13 決意

 ――冷蔵庫の中へ生卵くらい置いとけば、もっと旨いモノを作ったかもしれん。


「いやはやとても、野草や残り物だけで作ったとは思えんのう」


「ほんと美味しいな。大したもんだ」


 高評価をだした祖父と並んで、響也も抱いた率直な感想を呟いた。


「勿体のう御座いまする。過分なるお褒めの言葉を頂戴し…………畏れ入り、奉りまする」


 彩は立ったまま深々と頭を下げ、声を震わせ大袈裟なことを言う。

 感激の面持ちの少女がそっと指で目元を拭う姿を見て、自然と言葉が口を衝いて出た。


「お前さあ、やっぱり食事の時は俺達と食べる様にしないか?」


「はあ?!」


 御主君様の言葉が余ほど想定外だったのか、少女は一転戸惑う仕草を見せた。困惑を取り繕う引き攣った表情をして、視線を下へ逸らす。


「どうにも違和感あるんだよなぁ。余所よそしいっつーか、他人行儀でさ。どう思う?」


 突然、孫は祖父へ振った。


「わしか? ん~ワシも食事は家族皆で楽しくとりたいが、お彩の気持ちも大事ぢゃし」


「何だよ、あやふやな態度だなぁ。飯は一緒に食べた方が旨いじゃん」


 (家族!)彩は老総帥の一言を聞き逃さなかった。その瞬間胸が熱くなり、身体が震えた。


「然りながら…………貴き御方と卑女が膳を並べるなど、およそ聞いたためしが御座いませぬ」


「はしため!?」


 少女のどこか蔑んだニュアンスが引っ掛かって、響也は聞き返した。


「お彩や。ワシらは人を使役した経験が無いのぢゃが、もしあっても今の日ノ本では『お手伝いさん』。或いは『ヘルパー』か、精々〝使用人〟と言った呼称が常ぢゃよ」


 孫の感じた単語への違和感を、祖父が説明して聞かせフォローする。


「はあ。へ・る、ぱ・あ~、に御座いまするか」


 例の如く、彩は不慣れな横文字だけを復唱し、得心がいったか行かないかという表情で、小さく呟いた。


 一方響也は、祖父の口からお手伝い・使用人という名称が出た途端、クラスメートのある女子生徒を思い浮かべ(アイツなら多分『それってメイドさんだよォオぉおぉ――――!』とか絶叫しながら、飛び上がって喜ぶだろう)と内心身震いした。


 少女は主筋である両君が自分を『家族』と同列で扱いたいと考えている事を知って、余りの果報さで勿体無く感激した反面(此れは過ぎたる御言葉。慎まねばならぬ、慎まねばっ)と強く己の心へ言い聞かせ、戒めていた。


 ………… しかし二度目の御下問である。


 最初は「食えばいいじゃん」と仰せで、今度は「食べないか」――――…… 何れも下人の存念を質す形式は取っているものの『食膳を共に摂よ』というご希望。否、明らかなる『御下命』と受け取れた。


「御諚なれば、御意の召すまま……」


「ん?! それって『オッケー!』ってことかな?」


 (お、おっけぇ? ?)「ははっ。謹みて、受け賜りまする」


 彩はそう答えるのが精一杯だったが、老総帥は目を細めそれで良いと頷いて言った。


「今朝は急で慌しいでの。今晩から仕度を終えたら、一緒の席へ着くのぢゃよ」


しかく、致しまする」


 今すぐ自分の食膳を用意させなかったのは、老翁なりの配慮だった。

 封建社会で生まれ育った彩は、君臣のけじめと〝服従の観念〟が殆ど血肉まで浸透している。


 恐縮して頭を垂れた彩だったが、ふと最前より疑問に思っていた事柄への解答を――――折角の折。憚ることなくお聞きした方が宜しい、と決意した。


「畏れながら。ご主君様に、お尋ね申し上げたき儀が御座いまする」


「おう、何?」


 茶碗の中のご飯を掻き込んでいた響也は、目もくれず返事をした。


「先ほどの御下問への、意中伺い返し奉るを呈しますこと。何等ふくむ所無きものなれば、何卒ご不興あそばされぬよう。重ねて請い願い上げ、奉りまする」


 またぞろ意味不明なコト言ってる。回りくどいなぁ。そう考えた響也だったが、手を休める事無く短く答えた。


「いいゾー」


「されば謹みて。お尋ね申し上げまする」


「よーし、ドンドンたてまつれ」


「ご主君様に於かれては、特別お召し物を着替えあそばされた由。いずこかへ御出座しになるのでしょうや?」


 (うっ、ぷ)と前のめった響也は、辛うじて椀のお吸い物をこぼさず済んだ。


「んっ!? ……それはの」


「待て待て待てっ!」


 彼は左手を伸ばし、代わって答えようとした祖父を慌てて制した。


 指摘通り、今朝の響也は登校準備で制服を着ている。この質問もあり得ると予想はしていたが、さっきまでの話の流れとまるで異なる内容だ。


「ダメダメ、いーの! 俺が何処へ行くかなんて、知る必要ないっ、ナッシング!」


 主君が脊髄反射的な拒絶を示したので、彩は恐縮して言葉を控えたが、祖父は彼を窘めた。


「響也よ。お前の為を考えとるおなごの言葉を、頭ごなしに撥ねつけてはならんぞい」


 空夜翁は少女へ慈眼を向けると、丁寧な語り口で説明した。


「お彩や。この時代には、学校という学び舎があってな。およそ元服するまでは、同じ年の者同士が一箇所へ集まって、共に学問をするのが慣わしぢゃ」


「まあっまあ!」


 彩は大層な驚きと、感歎の入り混じった声で反応し、双眸を輝かせて質問を続けた。


「その学問の行形とは、如何なるものでしょうや? 陰陽の占事や、楠木流軍学・『六韜』『三略』や『孫子』、『呉子』『司馬法』などはございましょうか」


「ん!? むむっ」


「ぷぷっ……! 何だそりゃ?! 占い関連のことなのか?」


 二の句が告げない祖父を見た響也は吹き出して、疑問半分あざけり半分で訊ねた。


「その『がっこふ』とやらは、たとえわたくしのような者でも、入門は適いましょうや?」


 少女は君命を受けて遙々響也を守るため来たというが、彼自身は彩が学院へやってくる事に大反対だった。様々な形で複雑かつ面倒な事態を招じると、バカでも予測がつく。


 案の定、彩は『 随身の儀、何卒お許しの程を! 』と突っ伏して懇願し始めた。


「わたくしめはお側へはべり、ご主君をお護り申し上げる使命が御座いまする。『じゅぎょう』の妨げは決して致しませぬゆえっどうか、何卒!」


「あっ、お、お前なァ!」


「わたくしめも、お伴して参じまするっ」


 (・・・・・意外と強情なやつだ)


「どうする? 同行して御主君様を『護りたい』と言うておるぞよ」


「ダメッ、絶対却下! 冗談じゃないっ!!」


 祖父から意向を質された響也は、きっぱり拒否した。


「いいなっ『ずいしんのぎ』は一切お断りだ!」


 彼はそう言い放つと、取りつく島もない態度を全身に表して、玄関へ向かった。


 「残念じゃがのう、お彩。こればかりは、あやつの言う事が筋目ぢゃ。生徒以外の者が無断で立ち入れば、必ず誰何すいかされよう」


「……」


 無念そうな表情でうつむく彩に、老総帥は後押しの言葉を付け加えた。


「もっともな。あれを使えるとすれば、話しは違ってくるがの」


「!?」



 出掛けるまえ響也は、鞍馬凜子の寝起きする居間へ立ち寄った。

 戸をノックして声を掛けると「はいどうぞ」という返事があったので、部屋に入りつつ中へ視線を走らせ思った。


 ――結局ここを使う事無く、アイツの希望通りになったなぁ。


 緊急事態だったので最初は客間へ凜子を運んだが、響也が使う隣の八畳間とは襖一つで隔てられているだけなので「 お泊りならば、名聞上宜しからず 」という彩の主張が通った。


 凜子は本来〝少女忍者〟に割り振られた居間へ移動し、彩が客間をGETしたのだった。


 実は彩からして、其処は『響也に一番近い部屋』という以上の意味を持つ。

 御主君さま寝所への『控えの間』であり、余程の信頼を得ている者以外、入ることは許されない場所なのだ。


「顔色も、大分良くなったんじゃないですか」


 早くに朝食が振舞われていた凜子は、鰯缶の中身とタレを使った櫃まぶし風・鰹節のだしへ梅肉を合えたお粥とリンゴ(缶詰)がデザートで出されて「ウマかったー!」という。


 両親が見舞いに来る、という話をしたら「やーねぇ、もう。大袈裟で」と笑った。


「倒れた娘が病院へ運ばれず、訳の解らない宗教施設で留め置かれてちゃ、無理もないよ」


「響也くんトコは、伝統と格式もあるれっきとした神社じゃないの。全然問題なしだと思うけどね。まあ総帥さんの人柄を知れば、一安心するでしょう」


 その時、廊下から彩の声が聞こえた。


「凜子どの。失礼いたします」


「あっどうぞー、彩ちゃん」


 襖戸が開かれ、膝をついた少女は確認した。


「朝餉の膳、お下げしても宜しゅう御座いますか?」


「うん、もう全部戴いたから。ありがとう、美味しかった!」


 頭を下げて入ってきた彩と入れ替わりで、響也は立ち上がった。


「それじゃオレ、ちょこっと出掛けて来ます」


「うん。気をつけてね」


 小さく手を振る凜子の傍で、彩は膝をつき膳に手を伸ばしながら、出て行く御主君の背中をちらりと見送る。



 鎌倉山の尾根を下って墓地脇を抜けた響也は、月影地蔵堂角まで来た所で何となく後を振り返っていた。


 ひょっとして、あの少女が後を追けてくるかも。……とまでは考えていない。


 それでも出掛け前見た、あのがっかりしてうなだれた様子は憐れというか。頭から離れず、気が咎めて仕方なかった。


 (だけどあいつを連れてくなんて選択、有り得ねぇし)


稲村ヶ崎小学校を通り過ぎた彼は、江ノ電の線路上をまたぐ櫻橋を渡って右へ折れ、坂の歩道を下るいつもの通学路を辿って行く。


 遡ること5分程前――――給仕を済ませた彩は、気を逸らせていた。


 空夜総帥の助言が糸口となり「蔭ながらも自分は御主君様を護る手立てがある」と思うに至った。

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