紅の澱
ジャンル別の日間ランキングにランクインしておりました…!
突然姫、結婚-断る、などと合わせて評価をつけてくださってありがとうございます!
楽しんでいただけるよう精進します…
お忍び用という飾り気のない馬車に揺られることすでに1時間。
衝撃の設定からはなんとか立ち直ったものの、屋敷から滅多に出ないのが祟ったのか、慣れない振動でお尻と腰が痛いです。
しかも、王族の方と同じ馬車に乗るなど半端ない緊張が押し寄せて…こんな機会、仮初めの婚約者とはいえおそらくもう二度とないでしょう。
というか、心からそう願います。
酔ってしまったのかなんだか胸がむかむかして…必死に窓の外を見て気を紛らわせてはいるのですが。
と、窓の外に見えたのは花畑。
「あら…」
「どうした」
「あ、いえ、申し訳ありません。その…花畑があるな、と思っただけですので…」
フルシアンテ様が、あぁと呟き
「殿下、少し休憩致しましょうか、気分も優れなさそうですし」
そう殿下に進言なさいました。
「俺は平気だが」
「当たり前でしょうが。もちろん殿下のことじゃありませんよ。」
「え!い、いえ、わたくしは平気です。あの…急ぐのですよね?お構いなく…」
まさかまさか、わたくしのせいで殿下たちの予定を狂わせるなどあってはなりません。
必死で頭を振りますが、願い叶わず馬車は止まりました。
「も、申し訳ありません…」
「いや、いい。花の育て主の健康も大事だ」
殿下はスッパリそれだけ言うと馬車を降り、御者の方へと向かわれました。
「どうぞ、降りて少し外の空気を吸われてはいかがですか?」
扉から先に降りたフルシアンテ様が声を掛けてくださいました。紳士ですね…
「あ、申し訳ありません…フルシアンテ様」
「イアンで結構ですよ。貴方のお兄様には本当にお世話になっておりますから」
ええと、いえ、弟以外に男性を気安く呼ぶ習慣がないのでぜひフルシアンテ様と呼びたいのですが悪意のない笑顔でそう言われると……
「ええ、と。イアン様…恐れ入ります」
外から差し伸べて下さった手をお借りして馬車を降り、気づかれない程度に腰を揉み解しながら花畑に近寄ります。
屋敷以外の自然な花畑は久しぶりなので、こんな時ではありますが少し嬉しいです。
ここは、白い細かな花弁のものが多いですが、色鮮やかなものも…
「紅い花か…」
たまたまわたくしが手にした花を、いつのまにか近寄られた殿下が後ろから覗き込みます。
「…っ、リュダシス、です」
驚いて咄嗟に出たのが悲鳴でなく花の名前と言うのが私らしいというか…
「この花の名か?」
「は、はい。環境によっては毒の成分を持つこともある品種で、」
慌てて説明を加える私のそばにかがんでその花を見つめられた殿下でしたが、どことなく雰囲気が、重く…?
「毒…か」
「え?」
「いや、毒を作るなど、屠る色の紅には相応しいと思っただけだ」
…そういえば殿下は真っ赤な瞳をお持ちですが…ひょっとしてあまり良い経験をされていないのでしょうか…
でなければ屠る色、などと言いませんよね?
瞳…そ、そうだ!
「でで、殿下っ!わたくしの瞳は、ゲルジュと言う花と同じ色なのですが!その、花っ、」
ぎゅっと拳を握り急に勢いよく喋り出した私に引いたのか殿下は少し仰け反りましたが、王族の方に話し掛けるなんて勢いをつけないと無理ですから仕方ありません!
「とても、とても臭いのです!」
「は?」
「ゲルジュの花は、それはもう匂いが凄くて、蜜を求めるはずの虫すら臭さで気絶することがあります!で、ですのでわたくしの紫紺の瞳なんぞは屠るどころか臭くて気絶レベルかもしれないというか、その、…嗅いだことはないですけれど、たぶん、ですので、……えぇと……」
だからなんなのでしょう。
いえ、そもそも、瞳が臭いって。
訳のわからないことを言っていることに気がついた途端言葉がしりつぼみに口の中で消えていきました。
あぁ変なことを力説されて殿下もお困りでしょう。もうきっと気分を害されてお怒りになってわたくしは打ち首ですか死罪ですか
「し…ッ」
死罪ですか⁉︎
「!」
ビクリと肩を震わせ横を見ると、殿下は口を押さえて俯きながら肩を震わせていらっしゃいます。い、怒りで……⁉︎
「で、殿下…あの……」
泣きそうなわたくしに対し、なんと、顔を上げた殿下は、笑っていらっしゃいました。
とても綺麗な笑顔でキラキラしていて、眩しくて目をパチパチしてしまいました。
「くくッ、し、紫紺の花でそんな種類があるとは知らなかったが、瞳が臭い臭くないとはどういう状況だ…。ふはッ貴方はおかしな令嬢だな」
その後も少しの間、「臭う瞳…」と呟きながら口に手を当てて笑いを堪えている殿下。いえ、もう堪えられてません、声に出して笑ってしまってます。目尻に涙まで滲ませて。
そんなに面白かったですか…おかしな事を言った自覚はございますが…
紅い瞳が数時間前より優しく見えるのは、思わぬ笑顔を目撃してしまったせいでしょうか?
とにかく、怒られずに済んで良かった…と、胸を撫で下ろして。
それにしても深紅の瞳はわたくしはとても綺麗な色だと思うけれど、毒なんて余計なことを言ってしまったせいで余計な想いを…
でもリュダシスはーーー
「あっ」
「…今度はなんだ?」
「殿下!このお花、蕾のものをひとつ城に持ち込んでもよろしいでしょうか?」
少し面白そうに見られたので、ちょっとだけ得意げに話してしまいました。
「いいものをお見せします!」
殿下は不思議そうな顔をしただけで、すぐにイアン様に袋を用意させました。
あ、お手間をおかけして申し訳ありませんイアン様…
王宮への道程にひとつの花が加わり。
馬車の振動も先程までに比べて少し収まったようで、胸のむかむかもなくなりました。
通り過ぎる花畑に雲の隙間から太陽の光が降り注ぐ。
それが見えなくなるまで馬車の窓から眺めていると、気持ちも少しだけ穏やかになったような、そんな気がしました。
読んで下さり
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