贈り物と暗雲と
庭で世話をし終えた後、デヴィッドお義兄様から緊急の呼び出しが入ったというアデルお姉様と別れて部屋に戻ると、扉の前に何やら大きめの箱が置いてあります。
差出人のお名前はありませんが、なんでしょう…?
「シアラ様、お下がりください」
ジェシカがゆっくりと蓋を開けると「…あら」と声を上げたので横から覗き込んでみると、「まぁ!」中には泥と虫が入っていました。
蜘蛛やミミズ…
目を丸くした私を見てジェシカがすぐに蓋を閉め箱を遠ざけました。
「シアラ様、大丈夫です。気味が悪いかもしれませんが害はありませんので」
「害があるどころではないわ、ジェシカ!ミミズや蜘蛛なんて…土に益がある良い虫じゃない。素敵…!誰が贈ってくださったのかしら…アラン様??」
「絶っ対!違うと思います。……そうでした、こういう方でしたよね。」
ワクワクして言ったのにジェシカは頭を抱えてしまったわ。何故かしら…
「滞在している部屋が割れたわね…早々に殿下やアデル様に知らせなくては。でもいまシアラ様をお一人にするのは…」
「あら、それなら大人しく部屋で待っているから、急ぎなら行ってきて?」
「いえ、ですが…」
と、その時背後からカツカツと重さのある足音と共に騎士の方が歩み寄ってきます。
「失礼致します。騎士団よりまいりました、ニルスと申します。殿下より、本日はこちらの部屋の警護に着くようにと仰せつかっております」
「あら?初めてお会いする方ね」
「はい、他の者はみな別の警護に当たっておりますので急遽私が派遣されました。ご安心下さい、しっかりお護り致しますから」
「さすが殿下!ご手配が早い。それなら大丈夫ですかね。ではシアラ様、私、殿下のところに行って参りますね、すぐ戻りますから」
「ええ、わかったわ」
部屋に入ろうとしたところで、虫の入った箱が置きっ放しなのに気付きました。
箱に入れっぱなしだとせっかくのミミズさん達が死んでしまうかもしれません。むむ……一人で行かないほうがいいのですよね……。
「………ええと、ニルス様?すこし外に出たいのですがよろしいでしょうか」
「はい、もちろんです」
ニッコリ人の良さそうな顔で笑んで首肯してくれたニルス様と連れ立って、虫の入った箱を抱えて庭まで向かいます。
「その箱は…」
庭が近づいたあたりで、ふとニルス様が首を傾げたので、ぱかりと蓋を少しだけ開けて見せます。
「いただきものですわ。生き物ですので土に返そうかと思いまして」
「そうですか。やはりその程度では、土いじり令嬢には力不足でしたね。我が主人も甘いものだ」
軽く返されたその言葉に、ふ、と空気が変わった気がしました。
すぐに違和感の元がわからずに戸惑い顔を上げたときニルス様の顔に浮かんでいたのは、先程と変わらぬニッコリ人好きのする笑み。
それなのに、背筋を悪寒が駆け抜けました。
「どういう、意味でしょうか…?」
じりじり、後ずさりながら震える声を絞り出すと、「我が主人が貴方のことを目障りと仰っておいでです。大丈夫、苦しまないように消して差し上げますから」
同じ笑顔なのに、目の奥に狂気が光るのがわたくしにもわかり、足が震えてしまいます。
ニコニコと伸ばしてくる手から逃れるようにさらに後ろに下がると、もうそこは庭。
通路はそこまで広くなく、横を通ってにげようものならすぐに捕まってしまうのは目に見えています。
じりじり後退しながらも「頼む」と言われたことで使命感のようなものが体を突き動かしました。
花を害されるわけにはいかない…!
「ごめんなさい…っ」
顔に向かって投げつけた箱を片手で払いのけたニルス様は、そのままこちらに近づいてきます。
震える情けない足が絡まって転んでしまい、せっかくとった距離が一瞬で縮まってしまいました。
腕を掴まれる直前、
視界の端には踊ったのは、鮮やかな赤ーーー
 




