勘違い
お待たせしました
「…シア。こんな夜遅くに、ここにいたのか。具合は良くなったのか?」
セイント・リリーフの庭の隅で赤い花を眺めていたシアラは肩を揺らす。
チラリと視界の端に捉えた姿は、いつもの堂々と威厳のある姿ではなく、あちこち包帯をまいたりとなんだか草臥れている。
何かあったのだろうかと心配になるも、自分が気にかけたところで……と思い直し口をつぐむ。
「ええ、お陰様でご心配をおかけして申し訳ございませんでした。花の様子でしたらご報告の通りまだ蕾もついていませんわ」
顔もあげす即座に首を垂れるシアラに、やはりどこか壁を感じて戸惑うアラン。
「…いや、お前が元気ならいい。あまり根を詰めすぎるな」
「畏れながら、殿下。花の育て主として手を抜かずしっかりやりたいのです。」
シアラは頑なな態度を崩さない。
さすがのアランも表情が硬くなる。
「ーーーアランと呼んでくれと言ったはずだ」
その言葉はシアラの心にさざ波を立てた。
なぜ、そんなことを仰るのか
なぜーーーー
そんなに苦しそうな顔をなさるの?
「…逆に、申し上げます。花の育て主として滞在しているだけの者に、殿下は心を砕きすぎなのではありませんか?」
「それだけではない、仮にも婚約者とーー」
「いらっしゃるではないですか!」
初めて聴くシアラの大声に、アランは驚きを隠せなかったし遠くでジェシカが身構えたが、目で制す。
「なにがだ?」
「…っ…れっきとした、本物の婚約者が…」
あの時の感情を思い出すとじんわりと目が熱くなってきてしまう。ぎゅうっとスカートを握りしめる。こんな子供の癇癪みたいな、恥ずかしいと思いつつも止まらない。
「本物?」
本気で分からなそうな声を出すアラン。
「公爵家のっ!ミリヤ・ゾディアーク様とご婚約なさっていると聴きました!」
その名を耳にした瞬間、アランは形の良い眉を盛大にひそめる。
「ゾディアークだと?」
その様子に気づかずついにその紫紺の瞳からポロポロ涙をこぼして訴える。
「本当の婚約者がいながら婚約者候補などと言って滞在するのは…っ、流石に常識に疎いわたくしでもっ出来かねますわ!!」
びゅう、と風が2人の間に吹き込む。
色素の薄いブラウンの髪が風に暴れるのも気にせず、言い切った、と肩で息をするシアラの息遣いだけがしばらくその場に響く。
どうとでもなれ、これで距離を置かれるならもうそれでいいーーーなにを言い返されるか、覚悟を決めて唇を噛み締める。
ややあってアランから「なるほど、そういうことか」と納得したような声が届き、思わず涙を拭うのも忘れてきょとんとしてしまった。
「先日…城でゾディアークの娘と会ったのだな?」
「………ええ」
「自分が婚約者だ、とでも言われたか」
「…そう、です」
「シア、それは事実ではない」
「え?」
頭の中にクエスチョンマークが飛び交うシアラ。
「確かにゾディアーク家は昔から婚姻の申入れをしてきてはいる。ただまぁ黒い噂はあるわ1人娘は我儘放題だわで断り続けているんだが、痺れを切らして押しかけてくることがあってな。一応は公爵家の顔を立てねばならないから、適当に相手をして帰ってもらってるんだ。…いい加減諦めてくれたらいいんだが…」
うんざりした顔は、嘘を言っているわけではなさそう。
………と、いうことは
「わたくしの、勘違い………?」
「しっかりそういう奴らがいることを話しておけばよかったな。すまなかった。」
シアラは盛大な勘違い、というか一人相撲に気付き、さぁっと顔とを青くする。失礼なことをいろいろ言ってしまったような。
「しかし……シアはなぜ俺を避けていたんだ」
「えっ⁉︎そ………っそれは、えぇと」
「俺に婚約者がいると嫌だったということか?」
「そ、そうではなく候補と名乗っていますからそれが問題だとーー」
「候補、じゃなくてもいいんだがな」
「はい?」
柔らかく笑うアランが近づき、シアラの目尻に残る雫をそっと指先で掬ったかと思えばその指をそのまま自分の口元に持って行き、ちろりと舐めた。
「………………っっっ!!!!!」
赤い舌先が自分の涙を舐めた瞬間、訳のわからない気恥ずかしさでドッと汗が出た。
ーーなんだかよくわからないけれど物凄い色気が!!なに⁉︎なんなのですか⁉︎
「で?アランとはもう呼んでくれないのか」
覗き込まれ吐息のかかる距離で紅の瞳に見据えられて妖しく微笑むアランに、シアラの羞恥心メーターは振り切れた。
「呼びます呼びます呼びますからぁぁ近いですぅぅぅ」
現状が把握できず真っ赤な顔のまま両頬を押さえうずくまるシアラの呻き声と、それはそれは幸せそうなアランの笑い声が夜空に溶けていった。
お読み下さりありがとうございました!
さっさと仲直りさせました!
そして殿下はどんどん積極的に…
不器用というタイトルを覆す暴走ぶりです。
タイトルを変えるかなもう…




