花の育て主
前半、別視点
後半、シアラ視点に変わります
クッキーの行方は…
コンコン
返事を待ち入室してきたのはシアラの侍女・ジェシカ1人。
礼をしたあと直ぐにデヴィッドに目を向けたため、自分に用はないのだろうと判断してアランは再び目線を手元の書類に落とす。
何しろ邪魔が入って全然整理が進んでいない書類の山が3つほどある。
「失礼致します。シアラ様から、こちらをデヴィッド様にとお預かりしております」
「わぁやっと癒しが来た〜。ありがとういただくよ。でもシアラちゃんが直接来るかと思ってたんだけどねぇ」
目で、殿下の分は?と問われたのを正確に読み取りながらもジェシカは「……少し手違いがありまして、数が出来なかったのですが、デヴィッド様には先ほどお約束されたからということで、代わりにお持ちしました。」とだけ言った。
「シアがどうかしたか?」
シアラの名前が出てからこっそり耳をダンボにしていたアランが思わず口を挟むアランに、ジェシカは心なしか冷たい目線で向き直り一礼する。
「恐れ入ります。殿下にご心配いただくようなことは何もございません。それでは、御前失礼させていただきます」
アランは少しだけ訝しげに眉をひそめたものの、何も言えずに後ろ姿を見送った。
ーーーあとで様子を見に行くか
雲行きが怪しくなってきた空につられるように窓の外からはぬるい風が吹き込み始めていた。
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部屋へ戻ったあと、お約束していたからデヴィッドお義兄様にはクッキーを渡さなくてはと思いながらも執務室にはアラン様……殿下も、居るらっしゃるのだと思うと何だか顔を合わせづらく、結局ジェシカに頼んで持って行ってもらいました。
ジェシカを待つ間、先程から急に窓を打ち始めた強い雨の音を聞きながらぼんやりベッドに寝転がって天井を眺めて。
雨が強いですね…………………って、雨?
大変!セイント・リリーフの雨対策をしなくては!
本物の婚約者に帰れと言われたとて、セイント・リリーフのことを投げ出していくなんてできません。
むしろ、初めて「花を育てること」で頼りにされたのにここで逃げ出すなんて、庭師を目指す資格はないですよね。
殿下も、きっと失望なさるはず。
セイント・リリーフを育て上げる
王宮に来て良くしてくださったアラン様や国王様、王妃様、皆さんにわたくしが出来ることは、これしかありません。
仲良くしてくださったのも、花の育て主だからなんだもの。仮初めの婚約者がどうとか、関係ないですわね、その存在意義を忘れていた自分が恨めしい。
食事を共にしたりお忍びをしたりしているうちに、勘違いをしていたようです。
わたくしには、これだけ。
ふっと、口から自嘲気味に空気が漏れるも自分では何故だかよくわかりません。
とにかく、使命を全うしなくては。
ざあざあと鳴り止まぬ雨音の中、部屋を抜け出してセイント・リリーフの庭へ。
花のための雨避けを持ってきたはいいものの、自分用の雨具のことをすっかり忘れていました。
でもかえっていまはなんだか雨が心地よくすら感じるしいいでしょうと気にせずにびしょ濡れになりながら作業の手を進めていると、後ろから慌ただしく近寄る気配。
「シアラ!」
「アラ、……殿下……」
「侍女が部屋に戻ったらお前がいないと血相を変えて執務室に来たぞ!どうしたんだこんなにずぶ濡れになって」
羽織ったままのマントで覆い隠すように腕の中に抱き寄せられ思わず肩を竦めたわたくしに、一瞬傷ついたような顔をされた殿下は、城内にわたくしを引っ張っていったのですが。
殿下のにおいに包まれて肩を抱かれ、心臓の音が聞こえてしまうのではと思うほど煩くなってしまい、わたくし一体どんな顔をすればいいのか……
とにかく、このままではいけませんね。
こんなことをしてもらえる立場ではないのですから、離れなければ。
「…体が冷え切っている、早く部屋へ、っ?」
掴まれていた腕をやんわり振りほどきます。
さぁ、うまく笑って。
社交界には然程出ずともわたくしだって貴族令嬢のはしくれ、笑顔の仮面くらい纏いなさい。
自分を叱咤しながら動かした表情はうまくできているでしょうか?
冷え切っていてまるでわかりません。
「……殿下、セイント・リリーフはきちんと育ててみせます。ご心配なさらないでくださいませ」
そうやって低く腰を落とし丁寧に礼をすると頭のうえで殿下が息を呑んだのが分かりました。
「何を言ってる。今は花のことより、シアのーー「問題ありません。」」
言葉を遮ってしまいました。
王族相手に、と頭をよぎったのはほんの一瞬で、言葉は止まりません。
だって優しい言葉をかけてほしくない。
気安くしないでほしい。
心から案じるような目で見ないでほしい。
好きになってしまうじゃないですか。
「わたくしのことはお気になさらないでくださいませ。こちらの進捗はお伝え致しますから、お忙しい中わざわざ裏庭まで足をお運びいただかなくとも大丈夫ですわ、殿下。」
失礼致します、と臣下の礼で立ち去る時、殿下がどんな表情だったのかーーー
怖くて見ることができなかったわたくしは意気地なしなのでしょうね。
激しい雨に頬を打たれながら、ただ握りしめた手の痛みだけが強く残りました。
クッキーはお義兄様が美味しくいただきました
シアラは頑固