お願いごとは、国家機密です
庭連続
失礼…、
二話連続投稿です。
「ちょ、バカですか⁉︎初対面の令嬢への一言目が言うに事欠いて"土いじり令嬢"って!」
「しかし、皆がそう…」
「そういう問題ではありません!」
側にいたもう一人のタレ目で背の高い男性が慌ててそう言っていますが、失礼な男性のほうは何を怒られているのかわからなかったのか不服そうな顔をしていますね。
その呼び名自体は嫌々参加した夜会で耳に挟んだので知っているし事実だからいいんですけど…それでも若干傷ついてしまいました。
怪しい人達ではなさそう?と、お二人の格好を見るとどこか品があり高貴なお客様のようです。
…なぜ庭に入ってきたのでしょう?
ひとまず家の者に案内を任せ、わたくしは部屋に戻って専属侍女のジェシカに身支度を整えてもらいます。
残念ながらお父様はお仕事、領主としての父の片腕を担う弟・リアムも所用で出ており、私がお相手をしなくてはいけません。
纏めていた髪をほどくと、面白みのない色素の薄いブラウンの髪が背中に広がります。櫛を通しても癖が強くて真っ直ぐにならず。
紫紺の瞳も、匂いが強烈で嫌われるゲルジュの花のような色で、鏡を見るたびに落ち込みます。
お姉様やお兄様、弟もあんなに綺麗なのにどうしてわたくしはこうなのかしら…歩く廊下の窓に映る自分に、またまた溜息。
こんな私には本当に「土いじり令嬢」という言葉がお似合いですね。
「お待たせ致しました。改めまして、チェスター家が次女・シアラでございます。本日は他のものが外出しておりますのでわたくしがご対応させていただきます」
客間に入り淑女の挨拶をすると、2人は一瞬間を置いてから「あ」と反応して立ち上がりました。
そうですよね、さっきのボロボロのズボンをはいて土まみれだった者と同一人物には見えませんよね。
失礼な男性のほうーーー短めの黒髪に、切れ長の真紅の瞳を持つ見目麗しい男性ーーから名乗られました。
「いや、こちらが急に来たのだ。気にするな。…名乗るのが遅れたな、エクスリア国 第一皇子アランディオール・レイ・アシュレイルだ」
「お初にお目にかかります。私は近衛隊副隊長のイアン・フルシアンテと申します。兄君にはいつもお世話になっております。」
何ということでしょう…!
とても丁寧に挨拶をしてくださいましたが、それどころではありません。
失礼な人と思っていたのがまさか、この国の王子様だったとは…よく見ると持ち物に王家の紋章が入っているではありませんか。はやく気付いて自分!
それに近衛の副隊長でいらっしゃるというフルシアンテ家は貴族社会でも有名な武家だったはず。
位の高いお2人に対して無礼なことをしていないか急に心配になって控えている執事のカーティスを見ると、かすかに頷いてくれました。
ほっ、今の所何もボロは出ていないようです…
お2人の向かいに腰を下ろし、なんとか笑みを作って話を伺います。
「えぇと、殿下と副隊長様が我が家にわざわざお出でになるとは、一体どういった御用でしょうか」
「あぁ………。聞いてほしい。これは、国家機密なんだが」
「えっ!!」
ここに来て初めて大きな声を出したものですから殿下が少し驚いていらっしゃいます。
大声を出すだなんて、淑女失格です。
「し、失礼致しました……その、機密を、私などが伺ってもよろしいのですか?父をお待ち頂いくこともできますが」
国家機密とか恐ろしいです。
わたくしがやれることもないでしょうし、できれば聴きたくないのが本音なのですが。
「チェスター家当主にも後ほど正式に伝えるつもりだ。今回は、他でもない、貴方の力が必要なのだ。」
「わたくしの、力…?」
生まれてこのかた、人のお役に立ったことなんで記憶にありませんが、そんなわたくしが一体どう国の役に立つことができるのでしょうか?
「あぁ、なんでも其方は花を開花させる能力があるとか。実は、咲かせて欲しい花があるのだ"…名をセイント・リリーフ"という」
その単語に、思わず息を飲んでしまいました。かなり前、嫌というほど目にした名前。
「"聖なる花"を……お求めですか」
自然と声が硬くなるのがわかります。
「ほう、さすが高尚な植物学者がこの件で其方の名を挙げるだけある。花の名前だけでわかるか」
目を細めてそう言う殿下に、私が返せる言葉は一つしかありません。
「セイント・リリーフは……幻の花でございます。万病、死の傷を癒すと伝説に登場する花ではありますが、今この世にあると思えません」
「その伝説の花の種がある、といえばどうだ?」
殿下の目はまっすぐにこちらを見据え、嘘を言っているようには見えません。
まさか、そんな、でも、
………本当に?
重苦しい空気が部屋を支配している中初めてまともに殿下が視界に入り、その力強い燃えるような真紅の瞳に吸い込まれそうで怖いくらいです。
「……殿下。本当に種があったとして、わたくしは花を咲かせる、と言っても趣味の範囲ですし、正しい育て方など誰にもわかりません」
硬いというより、力のない声になってしまいました。
目の前の紅茶を含みますが、動揺のせいで味もわかりません。
「他の植物学者もそう言った。自分にはできない、そして皆、口を揃えて其方の名を挙げたのだ。…其方の生み出す花や植物に関する書はファンが多いようだな。」
「……いいえ…できません….。せ、責任も持てませんし、わたくしなどの力では、あの花には及びません、殿下、本当に」
今わたくしは、体が震え、真っ青になっているでしょう。
そんなわたくしに向かって、殿下は事もあろうに椅子を降りて、膝をついたのです。
「で、殿下!」
フルシアンテ様も慌てる中、殿下は両手を膝につき、深く頭を垂れ…
いち令嬢に非公式とはいえ地べたに座り頭まで下げるなんて。どうしてそこまで…
「…頼む。母上の体を原因不明の病が蝕んでいる。癒しの魔法も薬も効かない。他に縋れるものがないのだ」
「王妃様が…」
とても優しく聡明な方で、前にお姿を拝見した時はお元気そうだったのに。
この方はただただお母様を救いたくて、この辺境の地までやってこられたのですね。
「……ひとつ、お伺いしたいのですが。」
「なんだ?」
傷や病をたちまち治すという幻の花は、伝説に登場して人を救うも、その後人々の間で奪い合われるという、血濡れた歴史も残る花。
いくら国家機密にしているとはいえ、ゆくゆくその存在は惨劇を招きかねません。
それに、幸福、絶望、花開くまでどちらが顔をのぞかせるかもわからないのです。
奇跡的に咲いたとして、花の効力が伝説ほどでなければ、もはや王妃様のお命は助からない、そう思ってしまうでしょう。
それゆえに、問わなくてはいけません。
「殿下。あの花に関わる覚悟は、おありですか?」
「あぁ」
力強い声。
間髪入れずにわたくしの臆病な質問に答えてくれたことで、体の震えはようやく止まりました。
「…かしこまりました。わたくしも覚悟を決めます。どこまでお力になれるかわかりませんが、このシアラ・チェスター、お手伝いさせていただきます」
そうしてわたくしは、病気の王妃様の治療薬になる幻の花を育てることになったのです。
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