月夜の淡い秘密(殿下視点)
評価つけてくださったみなさま、ありがとうございます。
「殿下。失礼いたします」
そう言って彼女が来たのは、執務室から戻った夜更けのことだ。
……何かあれば時間を問わず訪ねて良いとは言ったが、男の部屋へ夜遅くに共も連れず1人で来るのはどうかと思うぞ。
今朝ベッドで抱き締めた体の柔らかさを思い出しひとり赤面するが、彼女はというと、何も気にしていないようでのほほんとしている。
…こっちが馬鹿みたいなので考えるのをやめよう。
「どうした?」
「はい、お見せしたいものがあるのですが、少しお時間よろしいですか?」
そう言って彼女が俺を連れてきたのは、セイント・リリーフのための庭だ。
頭上は三日月で、暗い夜だ。
少し冷えるな…
簡素な部屋着に1枚ストールを羽織っただけの彼女が寒くないか心配になる。
自分のマントを貸すべきか否か、しかし嫌かもしれないと逡巡するうちにさっさと先を歩いていく。
立ち止まった彼女の足元には、あの深紅の花があった。
「実は、リュダシスが頃合いでして。どうぞこちらへ」
「頃合い?」
蕾は少し大きくなったように見えたが、開いてはいない。よくわからないが彼女と同じように花のそばへ屈む。
「殿下、リュダシスは、環境が合わないと毒を作ってしまいますが、きちんと環境を合わせて育てると、こうなるんですよ」
いたずらっ子のような顔でこちらを見上げてくる。
初めての表情と思ったよりも近い距離に、何故だか心臓の鼓動が乱れる。
また心の臓の病か⁉︎この間診察してもらった時には何ともなかったが…
彼女が花に手を添えると…すごく微弱ながら魔力の流れを感じて目を凝らす。
髄分と優しいオーラだ…注いでいるのか?
何をしているのかは謎だが少しの間何をするでもなく無言で待っていると、なんとあの深紅の花がほんのりと…
「…光るのか!」
「そうなのです。リュダシスの花は、魔力をこめると発光するのです。…綺麗でしょう?ですから、昔は道端のリュダシスに魔力を込めて街灯代わりにし、それは旅人にとっては大切な灯火となっていたそうです」
「…そうなのか」
「えぇ。殿下は紅は屠る色と、仰いました。でも…旅をしてきた人達にとっては、紅はなくてはならない大切な、"道標の色"だったのですよ。ちなみに、わたくしにとっては、お花になくてはならない、あったかーい太陽の色ですね」
そう言ってクスっと笑う彼女を見ると、ひどく優しい目をしていた。
深い紫紺には、俺の姿が映っている。
業火の番人の炎と血に染まった色と言われ続けたこの瞳の紅。
民を、自分の身を守る為に振るっていくうちに力を畏怖されることに何も感じなくなっていたけれど。
それが、道標なのだと、大切なものなのだと。なくてはならない暖かいものでもあるのだと。
生まれて初めて真っ直ぐに肯定されたことがこんなにも嬉しいなんてーーー
目頭が 熱くなる。
ギュウッと胸が苦しくなりながら、なんとか吐息と共に胸に詰まっていた声を零した。
「…ありがとう……シアラ」
深紅の花を目に焼き付けながら言うと、俯く俺の横で、シアラが微笑む気配がした。
それが何だか気恥ずかしくて、このことは誰にも言わず心の中に留めておこうとひとり誓う。
黙ったまま月夜の下の淡いひかりを見つめる2人を、夜の静寂がそっと包み込んだ。
お付き合いありがとうございます!
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