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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
95/107

儚い



 半ば逃げるように噴水前にやって来た。

 噴水が吹き上げる水飛沫が周りの気温を下げているのか、どことなく涼しい。

 その噴水前で息を整えるように大きく息を吸う。それでも動悸は治まらず、お得意の七秒掛けて息を吸って二十三秒掛けて息を吐き出す呼吸法も意味をなさない。

 それどころか時が経つごとにこの胸の苦しみは増えていく。


『災難だったわね。どこも怪我してない?』

「あぁ、大丈夫だ。まだ、動悸が止まらないけど」

『まったく、何を考えているのかしらね。あの腹黒女』


 ……確かに、今思い返してみてもあの変貌ぶりは恐怖を感じる。

 あそこまでの殺気を俺は今まで当てられたことが無かった。殺気だけで人を殺せると言っても、冗談ではない。

 何がラルをあそこまでそうさせるのか。


『……あのさ』

「ん?」

『私はさ、アンタとこうして会話できない時でも他の会話は聞こえちゃうんだけどさ、その……結局、アンタはあの紅い髪の子を選ぶの?』

「……あぁ、そうだ」


 いつの間にか【神具】を解いていた金具が問いかけてくる。

 その問いに、若干の間を置いて俺は答えた。そのために、ここにいるのだから。


 ラルの好意は嬉しいもの。だけど、俺は選ばなくてはいけないし、俺は選んだ。

 こうなってしまったからには、どちらも選べないという情けない選択肢はない。


 俺は話題を帰るためにわざとらしく金具を頭上に掲げる。


「恐ろしいな、この加護」


 落ち着ける場所にいるおかげか、頭はよく冷えている。

 話の話題は加護の力。【聖王】だけが使うことのできる加護は、正直言って恐ろしい。

 使いこなせる力がこんなにも恐ろしいものだとは知らなんだ。


 あの時、ラルが全力の一撃を放ってきた時、俺はあの光の速さで飛来して来たと言っても過言ではないあの槍を目で追えるまでに動体視力が強化され、なおかつ躯を動かすことが出来た。

 危なげなく俺は【神具】状態における獅咆哮を放った時も驚いた。確かに全力で放ったものだったが、あそこまで威力は無かった。幾らなんでもあの光の槍を消し去るのは恐怖を感じてしまう。

 そして、周りが舞い上がった粉塵で見えない中、俺は素早く動いてラルの首筋に【神具】を当て付けたのだ。


 この一連の出来事がどれだけ凄いことか、俺には分かる。

 この【神具】はまさに【神】に祝福された剣だ。一度相手を見ればどう行動するのか分かり、槍が飛来する軌跡を見破り、相手の頸動脈に寸分の狂いなく剣を添えることが出来る。

 それだけではない。自分の体の動かし方が手に取るように分かり、そして思い描いた通りに躯が動く。

 なにより目を見張るのはこの純粋な力。無尽蔵に湧き出てくるかのようだ。


『それが私の力よ。敬意を払いなさい』

「口悪いな」

『上下関係をはっきりさせないと今後揉めるかも知れないからね』


 つまり金具が主人って言いたいのか。


「…………」


 今来た道を振り返ってみた。

 そこには静寂だけがあるだけで、他には何もない。

 ラルの姿も見えない。そのことに少しだけ安堵する俺がいた。


 そして、噴水前にあるポータルに一歩脚を踏み出す時、不安がポツリポツリと漏れ出す。

 亀裂の間から噴き出るように、止めどなく。


 俺はイリシアを救えるのだろうか。

 仮に助け出したとしてもどこへ連れていくと言うのか。

 逃げれたとしても機動力の高い魔物に追い付かれてしまうのだろうか。

 イリシアはもう死んでしまっているのではないか。

 動かない肉と化したイリシアをどうやって持ち帰るのか。

 これで勝てなかったらどうなってしまうのか。


 思い始めたら切りがない程ポツリポツリと浮かんでくる。

 思わずその光景を想像してしまって鳥肌が立ってしまう。

 どうしようもないこの思い。


 そう思い始めたら脚が鉛のように重たくなった気がする。

 気がするだけのはずが本当に鉛のように動かない。

 気持ちの問題だと分かっているのにどうしようも出来ない。



 ──逃げ出したい──


 バカ野郎。

 逃げ出したら全て水の泡だろ。



 ──帰りたい──


 全部壊れちまったよ。

 帰る家も無いじゃないか……。



 ──じゃあどうすれば良い?──


 どうすれば良い?

 進むしか無いだろう。



 ──脚が動かない──


 そりゃ前に出たいと思ってないからさ。

 倒れてでも進みゃあ良いさ……。


「…………」


 自問自答を繰りに繰り返した結果、一つの結末にたどり着いた。


「なんだよ……俺、帰る場所……無いじゃないか」


 俺はさっきより安心した後、ポータルへと一歩踏み出した。




◆ ◆ ◆




 次に目を開けてみれば先ほども見た景色。

 森の中に質素な造りの砦が、まるで長らく放置された廃墟のような面立ちで建っている。

 赤錆の目立つ観音開きの扉の先。物音は聞こえないが、あの中にいるのは間違いない。


 金具を剥き身のままで進む。

 鞘は棄てない。俺はもう一度この鞘に金具を納めて、彼女と歩くのだから。

 フラグとは言わせない。


「……いくぞ」


 静かに、しかし怒気と覚悟は含んで言い放つ。

 あの時は三人でこの扉を開けたが、今は一人だけだ。

 王宮にいた頃は仲間と呼べる者たちは少なかった。しかし、この旅を通して俺はホントの仲間を手に入れた。

 人間というものは一度温かいものに触れると、その温かさを忘れることが出来ないと、どっかの偉い人が言っていた。


 その通りだと思う。

 俺は今、すごく寒い。

 さっきここに来た時は温かったのに、今はとても寒いんだ。


 その温かさを、取り戻そう。


 扉に手を掛けると同時に、蹴り飛ばす様にぶち開ける。

 門を開いた先はやはり真っ暗で、この扉から差す月光だけが頼りだ。

 それでも臆することなく砦内に脚を踏み出すと、まるで待っていたとばかりに砦内に明かりが灯る。


 目が向く先は一つだけ。

 玉座に座りパイプを吹かしている老人。

 その姿は気品の欠片は無く、気高き王と言うよりも成り上がった大商人と言う言葉がお似合いである。


 その人、マハト。


「よくぞ戻ってきましたゆう……誰ですか貴方は」


 マハトは俺が砦に入ってきたのを確認すると両腕を左右に広げ、空を仰ぐように上体を反らすと高らかにお決まりの文句を言い放つ。

 しかし、マハトは俺が来るとは思っていなかったのか、俺のことを凝視する。


 大方、ラルが来るとでも思っていたのであろう。

 そう言う面ではコイツを出し抜いたと言って良いはず。


『……嫌な男。気持ち悪い』

「言葉にするな、心にとどめておけ」


 マハトから顔を逸らさずに目だけで辺りを見渡す。

 もちろん、イリシアを探すためだ。右、左、手前、奥を見て見るもイリシアは見当たらない。

 それなりに暴れた後はあるものの、肝心の本人が見当たらないのだ。

 もしかしてイリシアも逃げることが出来たのかも知れない。


 しかし……マハトは俺のことを忘れているのだろうか?

 先ほども俺と対峙しているはずだし、今の姿は金具の状態なのでバニラだ。

 すると、俺の存在はコイツにとってホントに取るに足らない存在だったってことか。

 ムカつく野郎だ。


「俺は……そうだな、【聖王】だ」

「【聖王】? おやおや、これはこれは……【神】の犬が遥々僻地までご苦労様です。何も出来なかった【勇者】に頼まれてやって来たのですか?」


 憎まれ口を叩かれるも、我慢する。

 これで反論していたら、俺までコイツと同じレベルまで下がってしまう。

 口喧嘩は、同じレベルでないと発生しないからな。


「それよりも訊きたいことがある。元【魔王】はどこだ」


 その言葉を聞いたマハトは、依然として気持ちの悪いほど上げた口端がピクリと動く。

 何かしら思い当たる節があるのだろう。

 そして、マハトは貼り付けていた笑みを捨てて皺々な右腕を空に掲げた。


「では、これが何か答えることが出来たら、私もお答えしましょう。商売です」


 そう言うなり右手の指をパチンと鳴らす。

 やけに響いたその音と同時に、俺とマハトとのちょうど中間辺りに何かがゴトリと落ちてきた。

 赤茶色の結構大きめの塊だ。その塊を調べろと言わんばかりにマハトは顎を差し出してくる。


 俺は金具の切っ先をマハトに向けたまま、その塊に近づく。


『ちょ、ちょっと、罠かもしれないわよ!』

「その点に関しては大丈夫だと思う。奴だって能力に縛られる身。対等に商売するなら俺と奴は今は対等。だから、不意打ちなんてしてこない」


 そこは商売人なのか、マハトは俺に対して何もしてこない。

 いざとなったら【神具】になって攻撃しようと思っていたのだが、杞憂に終わった。


 赤茶色の塊に近くに膝を着き、触ってみる。

 一見、水玉模様になっていたり、迷彩色の様な模様が施されているが、統一性は全く無い。

 赤茶色の塊は意外の他柔らかく、しっとりとしている。若干、酸っぱい臭いもする。

 手触りは布のような感触だ。


 辛抱強く弄繰り回していると、赤茶色の塊はズルッと形が崩れて大方の全貌が見えてきた。

 この赤茶色の塊は丸まっていたらしく、人の形のような気もするが、如何せん元々の形が分からない。

 しかし、大きな手がかりともいえる糸のような束を見つけた。


 ……紅く艶のある糸……いや、毛?

 いや、ちょっと待て。待て。待て。

 これ以上調べるな、俺の危険センサーがフル稼働している。これ以上手を出したら絶対に後悔をする。

 まだこれが何かかは分からない。確証が無い今、後戻りはできる。イリシアの居場所なんてコイツをぶちのめせば聞き出すことが出来るんだ。


 だが、好奇心は猫を殺す。


 俺はその赤茶色いひっくり返す。

 下に手を忍び込ませて思いっきり。


 目にしたのは、赤茶色い布を濡らす赤い液体。五体満足とは決して言えない千切れた右脚。

 それと、半分潰れているイリシアの顔だった。


「っ!」


 思わず突き飛ばしてしまう。

 突き飛ばした“赤茶色の塊”は慣性の法則にしたがってゴロゴロと数回転がって止まる。

 心臓が今まで感じたことのないくらいに鼓動を打ち、視界が恐ろしいほどに狭まってくる。視線は定まらず、その塊を見ようとするもぐるぐると違うところを見渡してしまう。

 呼吸も安定せず、食い縛った歯の間からフーッフーッと息が漏れる。そのせいか、指の先が冷たくなってきた。

 心なしか躯も震えている。


『ちょっと、これって……!』

「違う……違う……っ!」


 しかし、紛れもない証拠。確証を得られたのならば、信じざるをえない。

 認めたくない事実。だが、顔半分が残っていることによって、その塊はイリシアだと言うことであり、顔半分が潰れていることによって、死んでいるという揺ぎ無い事実。


「はっ、はっ、はっ」


 ついには過呼吸の様な息まで出始めた。

 だけれど、俺はもう一度イリシアに近づき、その顔を覗き込んだ。


 イリシアの表情は、絶望を目の当たりにしたような、希望の欠片の無い表情をしていた。

 その瞳に写り込んだ俺の姿は酷いもので、赤い瞳で歪んで見えていた。涙を流しているかのようにも見える。

 まだ死んで間もないのか、若干温かく、死後硬直も見受けられない。


 俺はイリシアの開いた片目に右手をかざし、瞼をゆっくりとおろした。

 その際に、イリシアの瞳から一筋の光が頬を伝って流れた。


「赦さねぇ」

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