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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
93/107

だから俺は



 入り口に入ると、直ぐに辺りに霧が立ち込める。

 入り口自体がポータルの役目を果たしているのか、既に俺がいる場所はバベルの塔ではなかった。

 脹脛から下は完全に霧で見えない。だが、地面は硬く、平らなので歩く分には問題ない。

 壁はいつの間にかなくなっており、隔てない世界がそこに広がっていた。


「……どこだ、ここ」


 背後を振り返ってみれば、俺が歩いてきた道は無く、前方に広がっている世界と同じ空間が広がっているだけ。

 遥か遠くの方にはオベリスクに似た尖塔が見える。見えるだけで近づけないのだが。

 それでもなお歩き続けると、霧が立ち込める中に人影が見えた。


 どうやらその人影は近づけるようで、どんどん大きくなっていく。

 そして、顔が判別できる距離になったところで俺は走り出した。


 おぼろげなところで、どこかで見たことの背格好だと思う。

 ぼやけているところで、どこかで見たことのある顔だと思う。

 輪郭がはっきりしたところで、確信する。


 激しく痛む脚を酷使し、息を切らしてその人影の前に立つ。

 その人の表情は、自宅の様な安心感をもたらし、酷く殴りたくなる。


 何故なら、


「親父……?」

「おう、バカ息子」


 昔、一匹の獅子竜と共に飛び去って以来帰ってこなかった親父が、そこに立っていたのだから。


「え、ちょ、待っ、ここは出てくるところじゃないだろ!」

「はぁ? 何言ってんだお前」


 当然のように取り乱す俺。

 俺の予想では、ここに試練の番人みたいな者がいて、問答に答えるか、戦って勝ったら【聖王】の称号を手に入れると思っていたばかりに、この状況に頭が付いて行かない。

 思わず意味の分からないことを口走る。当の親父は至って冷静だ。


 ……そうかそうか、これはアレだな。

 俺の心に何か作用して幻影を作り出すとか何とかなんだな。

 試練っていうくらいだから精神攻撃もしてくるだろう。そうだ、そうだ。


「……よく分かったぜ、アンタは偽物だな?」

「お前が初めてオカズにしたのは近所に住む初恋の――」

「止めてください、死んでしまいます」


 アカン、コレ本物だ。

 コレを知っているのは事中を目撃した親父しか知りえないからな。男と男の約束で口外しないと約束したから他に知っている者もいないだろう。


「えっと……本物なのか?」

「厳密には違うな。俺はもう死んでいるから、魂みたいなモンだと思え」

「……そうか、死んでるのか……」


 薄々思ってはいたが、やっぱりもう死んでいるのか。

 となるとここはどこだ? 神代とは反対側の地獄側なのか? 親父が天国に行けるわけがないし。


 そんなことを話していると、頭の中に声が響いてきた。


『あーあー、テステス。聞こえているかー?』

「……【神】?」

『ピンポーン。大正解』


 忘れるはずもないその効くものを苛立たせる半笑いの声。

 【神】だ。【神】が念力か何かを使って交信してきたのだ。

 しかし、その声が頭に響くたびに頭痛がするので堪ったものではない。早く切り上げてほしい。


『そこに現代【聖王】の魂がいるはずだ。その魂が望む答えを答えれば合格だ。じゃあな』

「ちょ、ちょっと待て……って、切りやがった」


 言いたいことを言って勝手に通信を切った【神】

 質問がありまくりな通信結果に動揺しながらも親父に向き合う。


「あのさ、今しがた【神】から通信が入ってよ、親父が【聖王】がだっていうんだけど……」

「如何にも、俺は【聖王】だ」

「……一から説明して」


 通信が切れたというのに頭痛が治まらない。

 おそらく、脳が情報処理のキャパシティーを超えてしまったがためにオーバーヒートを起こしているんだろう。

 親父がここに居て、もう親父は死んでいて、実は親父が世界でもそれなりの地位にいる【聖王】だと言う。


 はい、どこをどうすればそうなるのか俺には全く理解できない。


「……実はな、隠していたつもりはないんだが……お父さん【聖王】なんだ。でもさ、お前の知る通りある日お父さんの友達の奥さんにお前を預けたわけだろ?」

「うん、それっきり帰ってこなかったよな」

「そうだ。そして、俺はここにいた。どうやら【七英雄】と【聖王】の魂は全てこの塔に保管されるらしいんだ。一時的にな」


 なるほど。

 どういう経緯で親父が【聖王】になったのか分からないが、親父がここにいる理由は分かった。

 ということはそれまでの【七英雄】や【聖王】も塔のどこかにいるんだろうか。


「そんで、次の【聖王】となる人物をここで待っていたんだが、まさかお前が来るとはな……」

「俺だってまさか【聖王】の試練を受けるなんて思ってもみなかったぞ」

「一体どんな人生送って来たんだよ」

「現代【勇者】と先々代【魔王】と共に【魔王】討伐の旅の末」

「うわ、お前むちゃくちゃリア充じゃん。死ね」


 親父の口振りからすると、ここは試練を受ける人の心に何か反映されるでもなく、現代【聖王】の魂が現れるらしい。

 ということは、俺の親父がここにいることは全くの偶然と言うことだ。たまたま、現代【聖王】が親父だっただけのこと。

 よしよし、何とか理解できそうだ。


「まぁ、なんだ。お前がこうして来たってことは、この力が必要だと言うことだ」

「あぁ」

「話せるなら、何のためにだ?」

「愛した人を、少しでも早く助け出せるように」

「……そうか」


 少し悲しそうで、しかしどこか嬉しそうに笑う親父。

 だが、俺と顔が瓜二つなので鏡を見ているようで気持ち悪い。それでなくとも気持ち悪い顔しているのに、笑うともう十八禁のタグが付いてしまう。

 そうか、この顔は親父譲りなんだな、俺は今怒っていい。


「じゃあ、始めるか。急いでいるようだしな」


 そう言って親父は空に向かって右手を掲げると、俺の目の前にとある剣が現れる。

 見間違うはずがない。俺の相棒の金具だ。


 しかし、金具は俺の腰に差しているはず。

 そう思って腰に手を当ててみるが、金具の感触は伝わってこない。俺の腰の感触があるだけだ。

 自分の腰をまさぐるほど空しいものは無いと感じた今日この頃。

 ラッキースケベで鷲掴みにした某安産型の女性の尻が懐かしい。


「お前の金具はここには無いよ。ここにはお前一人しか来ていない」

「装備すらも持ってこれないのか?」

「お前が胸につけている胸当は何だ? ここには命あるものは試練を受ける者しか入ることは出来ないんだよ」

「その口ぶりからすると金具は生きていることになるんだが……」


 聖剣だということは分かったが、生きているとまでされたら流石に冗談だと思いたい。

 しかし、親父は肩を竦めることも、笑って誤魔化すこともしなかった。むしろ、先ほど同様な態度だ。


「生きているぞ。それも意思を持っているから厄介だし。まぁ、そこに刺さっている金具はパチモンだがな」


 うわぁマジかよ。

 俺、金具を髭剃りに使ったり料理に使ったりしていたんだぞ。

 武器をそうして扱うことを嫌がるタイプだったら申し訳ない……って、もしかして俺が金具の横でこっそり俺の愚息を慰めたこともあったけどもしかして……?


 うん、これ以上考えることを止めよう。

 そうだ、余計なことを考えなくていい。これから【聖王】になるための試練が始まるんだから雑念を掃わなきゃな、うん。


「さてっと、良いかよく聞け。お前は結構窮地に立たされると頭が働く方だから最低限のことしか言わないぞ」

「んな殺生な」

「こちとら慈善事業じゃないんでな。安心しろ、俺でも合格したんだから」


 そうか、親父も【聖王】だからにはこの試練を合格したんだよな。

 なんだ、難しく考える必要は無かったな。親父でも合格できたんだ、親父に出来て俺が出来ないことはない。


 親父は息を大きく吸うと、俺を見据えて口を開く。

 その雰囲気は俺が知る親父の姿ではなく、【聖王】としての姿であった。


「ここから出れるのは一人だけ。目の前には物を殺す剣。その剣は魂をも斬り裂く」

「……ん? それだけ?」

「おうとも。ちなみにもう一回聞きたくなったら言えよ」


 親父から出された【聖王】の試練の内容は、ここ……つまりこの霧が立ち込める真っ白な空間から出れるのは一人だけ、目の前には凶器の金具、そしてその金具は魂を斬ることが出来る。とのこと。

 これはヒントが多い方なのだろうかと思っていたけど、少ない方なんだろうな。親父曰く最低限のヒントしか出さないらしいし。


 仕方がないから滅多に使わない頭を使うとしよう。

 ここから出れるのは一人だけ。つまり、俺と親父のどちらかしか出れない。俺が出れないのは困るから親父を置いておくとして、金具の用途は何だ?

 金具はもう見た目の通り凶器なんだよな。俺の顎を斬り裂いたこともあったしな。んで、この金具は魂を斬ることが出来る……って、かなりの壊れ性能じゃないか。持って帰りたい。


「んーと、親父って確か魂だったよな」

「あぁ。魂の重さってかなり軽いらしいのよ。だから、風が吹いたら飛ばされちまうのがいけねぇな」


 ……あれ?

 これって、俺の予想通りだったらかなり最悪なパターンだぞ。

 確証はまだないが、まさかそんな胸糞悪いことではないだろうし。もし、それだったら【神】を本格的に殴らなければならない。

 【神殺しの鋸】があったら是非とも貸してほしいね。


「あのさ、ここには【聖王】の魂が運ばれるらしいけど、他の【聖王】の魂は?」

「いねぇよ。ここにいる【聖王】の魂は常に一つだけだ」


 ……おっけー、よく分かったわ。


「……間違ってたら笑ってくれな? あのさ、もしかしてその金具で親父を斬るって……ことじゃないよな?」

「お、正解だ。【聖王】の魂は二つもいらないからな。【聖王】は一人で充分」


 ダメだ、予想が当たっちまったぞ。

 っていうかヒントじゃなくてもろ答えじゃねぇかこん畜生。

 何で親父はそんなに機嫌が良さそうなんだよ、これから斬られるってのに笑顔になってんじゃねーよ。

 何で優しそうな顔してんだよ、思春期絶賛真っ最中の時にいなくなったくせに今更父親面すんじゃねーよ。


 あぁ、くそ。


「……帰るわ」

「ん?」

「そこまでしてほしい力じゃねぇし。それに親父は言ってたろ? あったら良いなぁと思う物は無くても生きていける物って」


 ここから出たら【神】を殴るに鼻フックオプションを付けなれば気が済まないな。

 何が悲しくて親父を斬らなきゃならねぇんだよ。あれでも俺が一番最初に憧れたヒーローなんだぞ。俺が一番最初に尊敬した人なんだぞ。


 なにより――こんな俺を愛してくれた人なんだぞ。

 そんな人を斬らなきゃいけないんだったら、俺はそんな力いらねぇや。


 しかも、俺の欲しい力は人を殺す力じゃなくて、人を救う力だしな。


「だから、いらねぇ」

「……そうか」


 親父は少し残念そうな顔をしたが、直ぐにあの時と同じような慈愛に満ちた顔になる。

 その顔はどこか満足気で、若干目が赤くなっている。何を感慨深くなっているのだろうか?


「合格だ、バカ息子」


 世界が白く染まった。


これ、百部までに終わるのかしら?

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