事の大きさ
「ラルと申したか? ……妾をここで屠るも好きにせい、妾は今しがたすべてを失った。ここで妾が骸になろうと、懸念する者はおらん」
「……どういうこと?」
確固たる殺意。
ここからどう転んで私が生き残る未来があるというのだろうか。
私がここで【勇者】に殺されるというのならば……。
私はそこで来る死を考えるのを止め、男……アランの方を見る。
アランは心配そうな目で私を見ている、先ほどとは異なってまったく情けない顔だ。
この男と旅をしたらどんな展開が待っているのだろうか?
考えるだけでワクワクしてくる。
心配しないで、私はきっと運命すら、規定事項すら、曲げてみせる。
「さぁ、殺せ。妾は確かに多くの者を妾の命により亡き者にしてきた。当に、覚悟はできておる……」
「ちょっと待った」
「ぬ?」
食いついた。
わざと含みを持たせることにより、【勇者】の気を引くことに成功した私。
言葉に嘘偽りはないけど、言い方によっては相手に興味を持たせることが出来る。
私が【魔王】だった頃に学んだことだ。
私はまるで気付いていないと言わんばかりに首をかしげて見せる。
「全てを失ったってどういうこと? 何故ここにあなたの仲間が探しに来ないのも何かあるわけ?」
「……うむ」
もちろん、私を助けに来るものなど、いやしない。
「先ほど妾は失脚した。ほかでもない妾の配下によってな」
「詳しく教えて」
「……実をいうと、先のバハムートの暴走……妾が指示を出したのではない。近く、しかし妾がわからない場所からバハムート目掛け錯乱の魔術を掛けたものがおったのじゃ。結果は言うまでもなく」
「……」
さぁ、どう?
もしこれで【勇者】が少しでも感情というものがあるのならば、何かしら心に来るものがあるだろう。
でも、これで【勇者】が魔物は排除すべきという排他的主義ならば、私の始まってもいない冒険はここで終わるだろう。
【勇者】を見れば、苦虫を噛み潰したような苦しい表情をしている。
自分と自分で葛藤しているのだろう。
そして出した答えは、
「あなたがいくら元【魔王】であろうとも、私はあくまでも【魔王】追っているの」
「そんな甘いこと……」
「今のあなたは何の権力を持っていない魔物の女の子。今のあなたでは人一人命令で殺すこともできない。私の、人類の脅威ではないわ」
「……」
【勇者】私を殺すことはなかった。
その恐怖から解放されたからか、私は糸が切れたようにその場にへたり込んでしまう。
腰に力が入らないとはまさにこのことか。
私は……勝ったっ。
「ん? そういえば……」
「どうしたのじゃ?」
そこでアランは何かを思い出したような口ぶりで呟く。
勝利の余韻に浸ることなく呼び戻された現実に私は少しムッとするが、彼が思い出したことに興味があるので聞いてみることに。
しかし、その彼の思い出したことも現実に戻すには十分だった。
「その、バハムートがいる外からさっきから物音一つしないんだけど」
「そういえば……」
「そうじゃな」
言われてみればそうだ。
私たちがここに入ってから外で目立ったような物音は確かにしなかった。
バハムートは錯乱の魔術がかけられているから、外で大人しく待っていられるような状態ではないのは確かなはず。
まさか、アランの放った衝撃波で正気に戻ったとか……?
いや、その可能性は低い。
“奴ら”のことだ、そう簡単に解ける魔術はかけていないだろう。
だとしたら……?
私たちは同時に顔を見合わせ頷くと、外の様子を見てみることに。
危なくなったらすぐに岩場の割れ目に戻ることを前提に。
そして、目にした光景が、
「君はいったい……」
「お主はいったい……」
あのバハムートが額に傷を作って、地面に横たわっている光景だった。
私は今ここでこの男の正体をようやく分かったのだ。
あぁ、この男もまた、化物だったのだと。