責任
◆ ??? ◆
「それで、彼とはどうなのかね?」
「どう……とは?」
「とぼけても無駄だよ。お父さんは知っているんだ、イリシアが彼のことを好きだとね」
「んなっ!?」
「はっはっは、実の娘のことは何でも知っているつもりだよ。ようやく下の毛も生えたことも、ね」
「わーわーっ! な、何故知っているのじゃ!? 返事によっては赦さぬぞ!」
「あ、ダメ。娘に嫌われるとか死ねる自身ある。お父さん泣いちゃう」
「……赦さぬとは申したが嫌悪は抱かぬぞ?」
「なら話さない」
「あ、今なら嫌いになる自信があるぞい」
「……ッ!」
「そんな血涙を流しながら歯を噛み締めなくとも……」
「それで、彼とはどこまでいったのだい? A? Bか? まさかCとは言わないだろうな?」
「……まだ、Aも経験しておらぬ」
「想像していたよりも進展していない……か。うむ、そうか」
「ところで、今まで持っていた【神殺しの鋸】はどうしたのじゃ?」
「うん? 使う必要がなくなったからね、しまったよ」
「そ、そうか……」
「告白はしたのかい?」
「随分と前にしたの」
「答えは?」
「……受け取ってはおらぬ。妾がの、全てが終わったら返答をするように頼んだのじゃ。今はまだ、そのような関係になるわけにはいかぬ」
「そう、か」
「あの感覚は忘れもせぬ。胸の内から突き破らんとばかりに溢れようとする感情。頭を埋め尽くす恋慕。これまで幾度となく決めて来た覚悟よりも、遥かに葛藤した覚悟。じゃが……そのどれもが温かい」
「……彼のことは、好きかね?」
「……うむ。大好きじゃ」
「そうか、良かったな」
「お父さんに頭を撫でられるのは久しぶりじゃ。このゴツゴツとした感触が堪らぬ」
「彼の手と、どちらが好きかね?」
「アランの手じゃ」
「…………」
「なにゆえ無言で【神殺しの鋸】を取り出すのじゃ?」
「なに、使い道が見つかったからね」
「よく分からぬが、良かったのぉ」
「……ダメだ、彼を失うことによってイリシアが悲しむことは避けなければならない」
「また血涙!?」
◆ 一般ぴーぽー ◆
扉を開け放った先は、明かりが灯っていないのか真っ暗だ。
窓や覗き穴から差し込むべき光も無く、ただこの扉の外から差し込む夕日の明かりしかない。
一寸先は闇。それを体現したものかと無意識に思ってしまう。リアル一寸先は闇。
光が届く範囲はエントランスホールの極一部で、タイル張りされた床がのぞかせているだけ。
しかし、確信する。この先に強敵がいる。何よりも感じる魔力。気圧されるほどの魔力。
それを感じたのか、二人の顔も引き締まっている。先ほどの緊張感も無い雰囲気はどこに行ったのか。
だが、ここまで来ておいそれと尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
何度も何度も何度も何度も取り消しては決めた覚悟。今ここで、取り消す心構えは無い。
一歩踏み出す勇気が無いだとか、脚を言うことを聞かないだとか、それはただの逃げだ。
「行くぞ」
「うむ」
「一応磁場を張っておくね」
一歩踏み出す。
硬いタイルの床がやけに音を立てる。
すると、ラルが張った磁場に反応があったのか、ラルは眉をひそめた。
「誰かいる、一人だけ」
ラルの言葉と同時に、砦内に明かりが灯る。
その光景はとても辺鄙な場所に建てる砦の内装とはかけ離れていた。
入り口から少し離れた場所から敷かれた赤いカーペット。カーペットの端には金の糸による刺繍がされていることから貴族や王族が歩むカーペットなんだと理解する。
壁には立派な燭台が備え付けられており、その全てが金色に輝いていた。
窓にはカーペットと同じ赤色の垂れ幕がかけられており、垂れ幕には同じく金の糸による獅子の様な刺繍がされていて外からの明かりを完全に遮っている。
そして一番奥にある玉座に鎮座している人物が一人。
積み重ねられた歳を表しているかのように深く刻まれた皺。
卑下た笑みは絶え間なく歪み、口端は下がることはない。
両手の指の全てには指輪が填められており、そのどれもが様々な宝石が埋め込まれていた。笑みと共に趣味の悪さを感じる。
全身を赤い法衣で包み込んでおり、その老体を大きく見せている。
そのどれよりも存在感を放っているのは頭に被っている王冠。
見る者を引かせるほどに大きな宝石が惜しげも無く散りばめられており、燭台から放つ光によってギラギラと輝いていた。
そんな老人が重い腰を上げる。
「ようこそ来ました。【勇者】と先代【魔王】たちよ、我は其方らを歓迎する」
しかし、その顔は忘れたことも無かった。
二人の顔も見渡してみると、その表情は驚愕の色に染まっている。おそらく、俺の表情も似たようなモンだろう。
それはなぜか。
ここにいる誰もがその老人を見たことがあるからだ。
それも、結構間に、一緒に。
「尤も、ここまで来るのは少々予想外でしたが」
「アンタ……! なんでここに……!?」
「おや、知っているとばかり思っていましたが、存外我の予想は当てになりませんねぇ」
その顔、忘れもしない。
俺たちが三人揃って間もない時、俺たちに殺意を植え付けた張本人。そして、ドーレンの大陸が【魔王】の手中に落ちた原因。
元ドーレン国王、マハトがそこにいたのだ。
あの時、ラルに靴を舐めさせ、軍が全滅した責任を擦り付け、羞恥の限りを見て悦に浸っていた外道。
類稀なる話術と能力により農民から王族に成り上がった成金王。その能力は[商売をする能力]という単純だがとてつもない力を秘めている能力で、その能力のせいで何人死んだことか。
もう一度説明する。
その能力は例え【神】でさえも対等に商売をさせることが出来ると言う。
聞いてみればなんと馬鹿げた能力だろう。何の妨げも無く商売を出来るのだから、称号や名声だって商売によって手に入れることが出来る。それが、【神】の称号でさえも。
つまり、相手が望む対価を用意できれば、何でも手に入るということ。
「我は【魔王】と商売をし、この地位を手に入れたのです。もちろん、対価はドーレンにいる生きとし生けるもの。おかげでこうして立つことが出来ています」
「それは薄々分かっていたからどうでもいいけどよ、何でお前がここにいる! 俺たちは魔王城へと行くはずだったんだ!」
「おや、貴方は……誰でしょう? 大方そのお二人の小間使いと言うところでしょうか。黙っていなさい」
「んだとぉ……?」
普段だったら引っかからない挑発に乗ってしまう俺。
だが、何かを言い返そうとした時、イリシアが俺の前へ押しのけるように出てきたことで喉まで出かかっていた言葉を飲み込むことが出来た。
当のイリシアの後ろ姿はどこか、怒気を纏っているような気がする。静かな怒り。
と、思っていたらどうやらラルも怒っているようだ。
ラルは怒りを隠そうとせずに歯ぎしりをしてマハトを睨み付けている。
心なしかバチッバチッと雷が時々迸っているような気もする。
「問われたことに、答えるのじゃ」
確かに怒りを孕んだ言葉だった。
「……では、私の能力になぞらえて商売いたしましょう。私の能力は知っていますか?」
「もちろん」
「では、私が提示するものと情報を交換いたしましょう。そうですねぇ……どなたかの命はどうでしょう? 割と良心的な対価だと思いますが」
「断る」
「おや……」
即座に答えるラル。
その答えには一切の迷いが無く、間髪入れずに答える様は正に仲間の鑑。
それに同調するように頷くイリシア。俺も頷いて……いや、待てよ。
俺はそこで思いとどまる。
なんだ、あるじゃねぇか、命。
「分かった。お前の命と引き換えに情報をもらおう」
「……おや、これはちゃんと明言しなかった我の負けのようです。では、その代わりにお話しいたしましょう」
少し考えてみればわかること。
俺たちの誰かの命とは言ってなかったから、コイツの命でもいいわけだ。
それを、コイツはわざとらしく俺たちの目の前にぶら下げやがったんだ。、どうせ、気付くと思っていたくせに。
それを聞いたマハトは、少し驚いたような表情をしてまた卑下た笑みを浮かべる。その笑顔はまるでヒキガエルの様。
「我は誰とでも関係なく契約が出来る。それも、有機物、無機物関係なく。ですから、少し先々代【魔王】が使っていたポータルと商売をしたのですよ。相手が提示したのは誰の魔力に縛られるでもなく起動すること。我が提示したのは転移先をここの砦前にすること。商売は無事に行われました」
「なん……っ!?」
この狂人の言うことが本当ならば、俺たちをここに連れてきたのはこのマハトと言うことになる。
マハトはあろうことか先々代【魔王】のポータルと商売を行い、転移先をこの砦の前にしたのだと言う。
なんという能力か。命無きポータルとも商売が可能とは。
「じゃ、あのポータルは誰でもいいから魔力を流し込んだら起動するってことか」
「えぇ、その通り。いまや先々代【魔王】はいませんから起動しようがありませんからね。けれど、貴女たちが、先々代【魔王】が使うポータルを利用しようとしているとの情報をいただきましてね、こうして利用させてもらいました」
「いったい、誰からだよ……?」
……この口ぶりからして、マハトは先々代【魔王】が生きていることは知らないみたいだ。
しかし、疑問は生まれるばかり。確か、先々代【魔王】のポータルを使うと言う会話は神代でしか話していないはず。だったら、この老いぼれは誰からその話を聞いたというのか。
まさか、あの中に内通者がいたのか?
他でもない神代の中に?
そんな馬鹿な。
俺がマハトに問い質すと、さもおかしいと言わんばかりにくぐもった笑い声を漏らし、その躯を震わす。徐々に躯をクの字に折り、ついには笑いを堪え切れずに大声で笑いだした。
しわがれた声で、この砦内に反響させる。
それは聞くに堪えず、聞き続けるごとに怒りを募らせるほど。
「そこの偽【勇者】ですよ。彼女の能力と商売したのです、力を増幅させる代わりに彼女たちの動向を逐一報告するように、とね」
「そんな……いったいどうやって!」
更なる驚き。マハトはラルの能力と商売をして、俺たちの動きをマハトに伝えるようにさせたのだと言う。
もちろん、それを黙っていないのがラル。マハトの言う偽【勇者】という単語が気になるが、そんなことは置いておく。
ラルも自覚は無かったのか、その事実を受け入れないとばかりにマハトに噛みつく。
「人の中にあるものには、その人に触れなくてはいけないのですが……貴女は快く我の靴を舐めてくれましたからね、いとも簡単に商売をすることが出来ました」
靴を……あの時か。
謝罪と称してラルに靴を舐めさせたとき、その時にマハトはラルの能力と商売をしていたことになる。
あんな……それも旅が始まって一日と経たずにマハトはここまで読んでいたのか!?
俺たちが脅威になると思い、先に布石を置いておくという……まさに天才の域。俺たちはずっずっと予想されていたのか。
ラルはその事実を聞いた瞬間、膝を折り、己の手の平を見て絶望にうちしがれたような表情になる。
その表情は俺は見たことがある。俺を、俺をかばってラルが死んだとき、水溜りに写っていた俺の顔と全く同じ。
あの、なにもかもが台無しになった時の表情を。
いけない。あの時の心境を知っているからこそ、この状況は不味い。
「ラル、いいかよく聞け。ラルは何一つ悪くない。悪いのはマハトの野郎だ!」
「で、でも……私の能力が……私が……」
その物言いに、少し怒りを覚える。
「おめぇ……ふざけんなよ……」
それは何故か?
「言ったよな、知らないうちに能力がやったことなら罪は無いって。あの時の言葉は嘘だったのか?」
「そ、それは……」
あの時、ラルが告白してきた時に言った言葉だ。
知らなかったのなら、罪は無いって。俺はこの言葉は正しいものだとは思っていない。知らなかったと言っても、犯した罪は消えないのだから。
しかし、俺はそう言いたいのではない。
自分で言ったことを忘れて、いざ自分のこととなったらそう思わずに解釈することに怒っているんだ。
自分で言ったことなら責任を持て。あの時、ラルはそう言ったのだから簡単に覆さないでほしい。
叱咤激励する言葉だったのなら、なおさら。
「……うん、ごめん。自分で言っておきながら、それはないよね」
ゆっくりと立ち上がるラル。
その顔には先ほどの絶望の色は見えず、安堵の色が窺える。
ラルの能力がマハトに情報を流していたのは確かだ。
だが、それがどうした。そんなもの、俺の時の事と違って取り返しのつくことじゃないか。
だって、あの鼻っ面をブッ飛ばせばいいんだから。
自分で張った伏線なのに少し前まで忘れていた件。
ここまで読んだ人なら分かると思いますが、これは万人受けするものではありません。




