決戦
◆ ??? ◆
「お父さん、えっと……」
「色々言いたいことはあるが、とりあえず抱きしめさせてくれないかね?」
「えっ?」
「久しぶりに娘にあったんだ。今にも涙が零れ落ちそうだよ。……いや、お父さんに抱きしめられるのは気持ち悪いという年頃なんだろうか」
「……そんなことあるまい。妾からお願いしたいものじゃ」
「……おいで」
「うむ。お父さん……!」
「はっはっは、大きくなったなぁ……本当に」
「お父さん……?」
「おかしいね……はっはっは……嬉しいのに、涙が止まらないよ」
「そんなこと言うでない。妾まで、貰い泣きしてしまう、ではないか……」
「良いじゃないか。赤ん坊のころ、泣いていたイリシアをあやしていたのはお父さんだ。お手の者さ」
「……おかしいのぉ、妾も、嬉しいのに涙が止まらぬのじゃ」
「……おかしくない。おかしくないよ」
「先ほどと申していることと違うでないか」
「はは、良いじゃないか。こうも嬉しいと、変なことを口走ったりするものさ」
「……そうじゃの」
「しかし、悲しいことだがイリシアはお母さん似ではないらしい」
「え?」
「……まな板にしようぜ」
「あァ?」
◆ 一般ぴーぽー ◆
「なんっ……!」
目の前の光景をどう表したものか。
軍、魑魅魍魎、大軍、雑多、大師団、そのどれもが当てはまるが、これ以上の言葉は無いだろう。
まさに百鬼夜行。
魔物と言う魔物の軍隊が目前に規律正しく俺たちを待ち伏せていた。その奥には質素な造りの砦もそびえ立っているが、そんなものはこの際どうでも良い。
俺でも見たことのある魔物、潰れた顔を持つオークや大蛇ワームはもちろんの事、見たことのない魔物までいる。
しかし、見たことは無くとも、造形や伝承で見たような形の魔物もいる。それこそ、学園の書庫で見たような。
……見間違えでなければ、ヒポグリフ、巨人、サンダーバード、リッチもいる。
故に導き出される考えは。
「逃げろぉ!」
俺は後続にそう叫び、背後を振り返ると同時に走る。
目的地はもちろん、神代へのポータルだ。
のだが、
「無い……っ!?」
背後を振り返り、走り出すと同時に静止する。
なぜなら、振り返った先にはポータルなどなく、鬱蒼と生い茂る森があるだけだったから。
そのことにはもちろん、俺の後に続いてきた人物全員が目を丸くし、辺りを見渡す。
しかし、ポータルは無い。
もしかして先々代【魔王】が何かしらで接続を断ったのか……?
だが、接続を断つ理由が見当たらない。なら、なぜポータルは見当たらない?
そこで、俺の脳裏にとある一節が蘇る。
先々代【魔王】が言っていたことだ。ポータルの調子が悪い、と。
もしや、そのことでポータルの接続が断っていまったのかも知れない。
ここぞの窮地に俺の頭は回転が速い様だ。
今の状況に混乱するよりも、状況を判断することを優先している。
周りを見渡せば、どうやらここに来るべき人たちは全員そろっているようだ。皆一様にして……詳しくは神代メンバーを覗いた二人が混乱している。
「アラン、これはどういうこと!?」
「わからん、イリシアは?」
「妾にもさっぱりじゃ。ともかく、ここから逃げねば!」
イリシアのことは尤もだ。
この状況を考えるよりも先に逃げる方が先決かも知れない。
どういう状況か分からないのだから、今はその状況を確認できる場所を見付けねばならない。
そのことを分からない俺とラル。三人はお互いに頷いて逃げる準備をし始める。
「えっと、とりあえず倒しますか」
「……はい?」
突然聞こえて来たそんな言葉に思わず素で聞き返す俺。
発言をしたのは、事実上のこの突入作戦の責任者のルナさん。そんなルナさんに同意するように頷く神代メンバー。
そんな考えに俺は付いていけない。
「あのくらいの兵の数。拙者が斬り捨てた武士に比べれば、一にも満たない」
「あら、食べ応えがありそうね」
「御命令とあれば、直ぐにでも」
「そうですね、大丈夫でしょう」
話に付いていけない俺たち三人を余所に話を着々と進める神代メンバー。
「ちょ、ちょっと待ってください! 御冗談でしょう?」
すかさず俺がルナさんに縋り付くように問いかける。
そんな俺の問いにルナさんは……いや、神代メンバーは笑顔を浮かべ、俺の質問がおかしいと言わんばかりにこっちを見ている。
その笑顔には、焦りと言う感情は見当たらない。
「何言っているんですか、アランさん」
「え?」
「あのくらいの数、私たちには何のことは無いのです。それよりも、貴方たちは私たちの後ろにいてください。私たちは貴方たちを無事に送り届けることが仕事ですから」
「え……?」
今度こそ混乱する俺を余所に神代メンバーは奥にそびえ立つ砦を指さし百鬼夜行に向けて歩を進める。
当然ながら俺たち三人は心配そうに神代メンバーを見つめるが、止めようとする者はいない。
「アランさん、良いですか。奥にある砦に何かしらあると思います。魔王軍の四天王もいることですから、おそらくあの砦に魔王城へと続く道みたいなものがあるはずです」
「はぁ」
俺には分からないが、ルナさんはあの中に魔王軍の四天王がいるとのこと。
確かに、四天王は魔王城に配置されているとかつて白いドラゴンから聞いたような気がする。いや、先々代【魔王】からか?
まぁ、どっちにしろ、あの奥にある砦に何かあるのは間違いないと思う。
しかし、あの砦は魔王城ではない。魔王城があんな質素な造りなもんか。
「今の状況が分からないからこそ、あそこに行く必要があります。私たちが道を開きます、ですからついてきてくださいね」
「えっと、はい」
ルナさんの言うことに一理ある。
今の状況が分からないからこそ、あからさまに怪しい砦に行くことが最善策、と。
俺は二人の顔を見渡す。
二人は俺の顔を見ると、まるで言いたいことが分かっているように同時に頷く。
その眼には闘志が宿っており、何者にも屈しない決意の色も見える。
となれば、することは一つ。神代メンバーの皆を信じて突き進むだけ。
実際、ルナさんの言う通りだ。
ここで逃げだしたからと言って、どうにもなるわけではない。
逃げて何になるのか。確かに、俺たちは何かしらの策に嵌ってしまったのかも知れない。
しかし、ここで逃げ出してしまったら大事なことをみすみす見逃すことになると同義だ。
ここでこうして待ち伏せていたということは、もし仕留めきれなかった場合に備えて何かしらが奥で待ち受けているということ。俺たちを確実に仕留めることが出来るリーサルウェポンがいるということ。
目の前の百鬼夜行の中に四天王がいるってことは、あの砦には確実にそれ以上の奴が待ち構えている。
【魔王】と言うことは無いだろうが、側近クラスは間違いない。
なら、遅かれ早かれ戦うことになる。それが早まっただけだ。
「お願いします!」
「分かりました。メイド長、一発お見舞いしてやりなさい」
「かしこまりました」
エルトさんはルナさんにうやうやしく一礼すると、近場にあった巨木に手を掛ける。
すると、なんとエルトさんの右腕が某地上最強の生物よろしく筋肉隆々に膨れ上がり、いとも簡単に巨木を引き抜いてしまった。
呆気に取られている合間に、エルトさんはその引き抜いた巨木を百鬼夜行に投げ込む。
さすが鬼。あれが本来の筋肉なのか。
もちろん、百鬼夜行の魔物たちは蜘蛛の子を散らすみたいに避け、巨木に潰された魔物は少ない様だ。
しかし、宣戦布告にはちょうど良かったようだ。
「行きます!」
百鬼夜行は前進を開始し、よく統率された動きでこちらに向かって来る。
それと同時に、俺たちも走り出す。
開戦だ。
◆ ??? ◆
「おい、本当に来るのか?」
「あの相談役が言うには来るらしいです」
「にわかには信じらんねぇ」
欠伸を一つ。
空は澄み切った蒼色で、洗濯物を干したら直ぐに乾くだろう。
俺の目の前には魔王軍の三割以上が配備されている。
まるで、これから大陸でも侵略するかのよう。そんなことは利益も一文にもなりやしないけどさ。
この光景はとある奴に助言をしてもらって、こうして目の前にあるわけだが、何ともバカバカしいものだ。
これから俺たちに仇名す【勇者】たちがやってくるらしい。
それも、手出ししないはずの神代の連中を連れて。
そんなことは到底信じられるものではないが、【魔王】様にも言われているので断れるはずもない。
妄言にも似たこのことを【魔王】様に進言したのは、最近やって来た“人間”だ。
人間と言うだけでも信用には値しないのだが、何故だか知らないが【魔王】様はそいつを相談役にしたために、俺たちも口出しできない。
俺は四天王の中でもトップクラスのはずなんだが、それでもアイツには進言すらできない。
まったく、ムカつくぜ。
「アリストテレス様、もっと良い防具は無かったのですか」
「あぁ? この前、【魔王】様に減給にされちまったからな。仕方ねぇよ」
俺の直属の部下であるザマァーが俺の身なりを見てそう言ってきた。
確かに、俺が今装備している防具は、部下たちが装備している防具よりワンランク下のものだ。
この前、側近のセイラに告白した【魔王】様を笑ったら“俺だけ”減給されてしまったので満足な防具を調達することが出来なかったんだ。世知辛い。
そのため、俺の防具は簡単な胸当と腕甲だけだ。
あの時、他にも笑っていた奴らはいたはずなのに、何で俺だけ……。
「なら、部下に支給する額を減らして御自分の防具を調達することも出来たのでは?」
「バカ野郎。それで俺の部下が死んじまうかもしれねぇだろうが。だったら俺が我慢すればいいだけの話」
「ですが……」
「あのなぁ、俺は吸血鬼なの! そう簡単に死にはしねぇってんだ。ミイラになりたくねぇならそれ以上口を開くな」
俺はそんじょそこらの奴らとは違って作りが違う。簡単には死なない。
それなのに、部下が悪い防具を使って死んだのなら目も当てられねぇ。その日の夜に飲む酒が不味くなる。
ついでに夢見も悪くなる。いつも夜に酒を交わした部下がいなくなるのは結構堪えるからな。
「っ! アリストテレス様!」
「んだぁ? まだ言いたいことがあるってか」
「違います! 来ました! 【勇者】一行です!」
「なにぃ!?」
ザマァーが突然、驚いたような声を上げる。
聞けば、前方にポーターを使って【勇者】たちが現れたそうだ。
懐から双眼鏡を取り出して前方を見て見ると、確かに少数の人間たちがいるのが見える。
「間違いねぇ……ありゃぁ……! 総員、戦闘準備! 合図する前に動くんじゃねぇぞ!」
その中にいる人物を見つけて、確信する。あの人間たちは【勇者】たちであると。
なぜなら、その中によく見知った人物がいたから。
緋色の髪に、幼いながらにも先々代【魔后】様の面影が残る顔つき。
間違いない、イリシア王女様だ。イリシア王女様があの連中と共に立っている。
噂通り、人間の方へ寝返って【魔王】様を倒そうとしているのだ。噂通りと言えど、いざ目の当たりにしてみるとショックが大きい。
「良いか! 敵とは言えどイリシア王女様だけは殺すな! 必ず生きたまま捕らえるんだ。だけど油断するなよ、殺す気で行かないと次の瞬間には焼き殺されているからな……!」
イリシア王女様は先々代【魔后】様譲りの炎の魔術が得意で、魔力も膨大なものだ。
真っ向から勝負すれば、下手したらここに配備されている三割は持っていかれる。それでなくとも【勇者】もかなりヤバいのに。
だが、【魔王】様曰く、黒髪の男は大したことはないとのことで、注意すべきはその黒髪の男を除いた全員と言うことだ。
……傍から見たらこの戦いは圧倒的なものであろう。
なんせ、相手は十人にも満たない少人数で、こっちは数万に届く軍勢だ。子供でもわかる。
……だが、質が違う。
相手側は一人でも軍の一旅団に匹敵する力を持っている。
対してこちらは師団が三つ。質だけ見れば圧倒的にこちらが不利だ。
信じられるか? 相手側はあの少数で五師団は相手取れるんだぜ?
こっち側の一師団が約八千人だとしたら、三師団で約二万四千人。
これで戦力不足だと言うんだから泣けてくる。あっち側がチート過ぎるんだ。
「相手側の攻撃です!」
「なっ!?」
これから始まる戦争に頭を抱えていると、前の部隊の方からそんな声が聞こえてくる。
見上げてみれば、全長十メートルはありそうな巨木がこちらに向かって飛んで来るではないか。
……え?




