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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
79/107

他人事



「……んあ?」


 躯がビクリと震え、目を掻き開き、目の前の光景を確認する。

 そこは俺に割り振られた客室で、ベッドに突っ伏していた。どうやら俺は寝ていたらしい。

 何やら悪夢のようなものを見て目が覚めたような気がするが、なんだろう……思い出せない。


 まぁ、忘れるってことはそれまでの事だってことだ。気にしない。


 それにしても寝汗が酷い、普段着用の黒いジャケットを着たまま寝てしまったためか、愛用の黒いジャケットが少し跡が付いてしまっている。

 気に入っていたのに、残念だ。


「…………」


 思い出すは当然先ほどのこと。

 俺は[主要人物に好かれる能力]という馬鹿げた能力のせいで、二人を巻き込んでいたということが判明した。

 明確に好意を寄せていたのはイリシアだけだったが、最後の【神】が“そこの二人”と言っていたのだから、ラルも俺に好意を寄せていることは間違いないのだろう。


 ……二人が俺を怒っていないことは分かっている。

 だったら、あそこで心配そうな顔をして俺を呼び止めないはずだ。

 良くも悪くも[主要人物に好かれる能力]、俺がそんなことをしていたという事実を突き付けても、二人は俺を良く思っているのだろう。


 だったら、尚更最低なんだろうな、俺は。


「喉、渇いたな……」


 腕時計を見れば、夕食時の時から四時間経っている。

 普通の人たちなら、もう寝ている時間帯だ。


 この時間なら二人に出くわす可能性は無いだろう……と考えてしまう俺が何よりクズな証。


「…………食堂へ行こう」


 ジャケットを脱ぎ捨て、寝間着を羽織って部屋を出る。

 どうせ、しばらく寝られないのだ。少しで歩くくらいなら誰も咎めないだろう。

 それに、夜で歩くのはいつになっても少し気分が高揚するものだ。


 部屋を出て廊下に出る。

 廊下は夜なら夜なりにしているのか、真っ暗だった。

 しかし、ところどころにある燭台が廊下を照らしているので歩くのには苦労しない。

 当然ながら、それ以外の光源は存在しない。なら、どうやって昼の光源を確保しているのだろうと疑問が浮上するが、神代だからの一言で片付けて食堂を目指す。


 俺の部屋の両隣はラルとイリシアの部屋。

 二人は、今何を思って部屋で何をしているのだろうか。

 今さっき【神】に突き付けられた事実を想っているのだろうか。


「……はっ」


 自意識過剰だと鼻で笑って止めていた足を動かす。

 彼女たちがどう思っていたとしても、俺が犯した罪は晴れないのだから。

 それならば、俺はこれを認めて前へ進まなければならない。


 ……っていうことを他の誰かに言われた様な気がするけど、そんなことはなかったぜ。


 しかし、この事実を突き付けられた俺は、どこか落ち着いている。

 もはや避けられぬことだと開き直っているのだろうか?

 それはないと断言できないが、どうせ俺のことだから何とかなると思っているに違いない。


 もう、取り返しのつかないことをしているというのに。


 そんなことをしているうちに食堂へと辿り着く。

 その重厚な鋼の壁を思わせる巨大な扉は、まるで非常に大事な物を仕舞っておく金庫のような印象を感じる。

 その扉は鍵がかかっていないようで、いとも簡単に開く。


 扉を開けると、端の長テーブルの燭台に光が灯っており、その長テーブルには眼鏡をかけた式神メイドが座っていた。

 式神メイドは俺に気付くと、ふよふよと飛んできて俺の目の前でピタリと止まる。

 その顔はいったい何の用だと言っているようだ。


「いや、あの……ちょっと水をもらいに……」


 式神メイドにそう言うと、彼女は一回頷いて食堂の闇へと消えていく。

 俺は彼女が元々座っていた長テーブルの近くで待っていると、少しして式神メイドがその手に水の入ったコップを持って飛んできた。

 俺はそれを受け取ると、彼女に礼を言う。


「ありがとう。いただきます」


 それを聞くと、彼女は満足した様子で長テーブルに座る。

 彼女の場合、彼女のサイズは十センチ大の人形サイズなので椅子に座るよりホントに長テーブルの上に座る感じになるのだが。

 何気無しに彼女を見ていると、彼女はどうやら本を見ていることが分かった。

 その本を薄暗い燭台を頼りに覗き見てみると、どうやら料理の本を見ているようだ。料理の種類は葦原中国でよく見る和食と言うものだ。


「……料理を作りたいのか?」


 俺がそう言うと、彼女は少し恥ずかしそうに背丈より大きい本を隠そうとするが、観念したのか頷いた。

 すると、彼女は料理本を開くと、とある項目を見せてきた。

 どうやら料理を教わりたいようだ。


「ん? イクラの漬け方? イクラはな、まず筋子の状態でぬるま湯でほぐすんだよ。んで、段々とイクラが白く濁った色になるけど気にしないでほぐすんだ。白く濁るのは素人じゃ仕方のないことだしな。食う分には問題ないから気にしないことだ。んで、醤油にみりんとかお好みで混ぜたものにつけて三日冷蔵庫に入れておけば完成だ」


 彼女はそこまで聞くと、どこから取り出したのかメモ帳を取り出してせっせと俺の言ったことを書き始めた。

 その姿は見ていて微笑ましいものだ。


「豚肉の味噌和えに何かアクセントを加えたいだって? それならニンニクの芽を一緒に炒めると良いぞ。ニンニクの芽は焼いてもシャキシャキとして美味いし、何より体力が付くぞ」

「あら、楽しそうね」

「え?」


 式神メイドに料理を教えていると、食堂の出入口に誰かが立っていた、。

 その人物はランタンを持っているようで、暗闇に浮かぶランタンの明かりは不気味なものだった。

 声の主が目視できるところまで近づいてきた時、その人物が明らかになった。


 この食堂の主、シルさんだ。


 やって来たのがシルさんだと分かると、式神メイドはササッと本を閉じると、それをもってどこかに飛んで行ってしまった。

 それを見届けたシルさんは、俺の隣までやって来て椅子に座る。


「珍しいわね、メイドが他の者から教えを乞うなんて」

「そうなんですか?」

「そうよ、彼女たちは基本的に人見知りするの。きっと、貴方はさっきのメイドには初めて会ったはずなのに二人っきりで物を教えてもらうなんてここ最近見たことが無いわ」


 そう言って微笑むシルさん。

 燭台に照らされる彼女は、薄暗いのにも拘らずどこか明るい印象を感じた。


「……眠れなかったの?」

「へ?」

「ごめんなさいね。あの人、嘘は吐かないんだけど、酷な言い方しかできないの」


 しゃべる話題も無く、飲み干したコップを眺めていると、唐突にシルさんはそう聞いてきた。

 少し疑念を持ちながらシルさんの表情を伺うと、困ったように眉尻を下げて苦笑いの表情で俺を見ていた。


 その謝罪の意味は、【神】が俺に対しての言い方が悪かったということはシルさんの口振りから分かる。

 その言葉は神代を代表してとのことで受け取っておくとして、俺はその謝罪を受け取る必要はない。


「別に【神】のことは怨んじゃいませんよ。確かに良い方ってモンがあるかも知れませんが、シルさんの言う通り嘘は言ってません。だからこそ、俺にとっちゃ耳が痛くなる話なんです」

「……大人なのね」


 そう言って少し表情を歪めるシルさん。

 その表情の意味は知りえないが、俺は決して大人なんてモンじゃない。

 今だってホントはこんな能力なんて持ちたくなかったって喚き散らしたい。

 何で俺がこんなことにならなくちゃいけないんだと暴れたい。


 だけど、気付いたことがある。

 この能力のおかげで、俺はあの二人と仲良くなれたんだ。あの二人と出会えたんだ。

 こんな最低でクズ野郎で、顔面がR指定に入るほどの男が少しの夢を見られたんだ。

 そこには感謝している。皮肉だが、彼女たちを傷つけたこの能力に。


 だからこそ、なおのこそ俺はこの事態を受け入れたくない。

 この能力を受け入れたくないんだ。この能力なしじゃ、俺の人生が成り立たなかったなんて。二人と仲良くできなかったなんて。

 俺の生きてきたことが、二人と過ごして来たことが、この能力のせいだと一言で片付いてしまうのが、嫌なんだ。


「貴方……自分の能力が嫌い?」

「……えぇ、嫌いです。ですが、この能力なしでは俺は生きてこれなかったでしょう」

「……何の脈絡もないけれど、私の能力って何か分かる?」

「え?」


 確かに何の脈絡もない質問に、俺は間抜けな表情を浮かべる。

 しかし、シルさんはそれ以上何も言わずにニコニコとしているため、シルさんの能力が何か考えることに。


 確かシルさんは神々の一柱で、豊穣を司っていたはず。

 豊穣の神々ならば、それこそ[実りを多くする能力]とか[土地を豊にする能力]とかそこらなんじゃないか、と思ってシルさんにその旨を伝える。


 しかし、


「残念。違うわ」


 見事に外す俺。

 実らせるとか豊かにする能力ではないと言うシルさん。

 となれば、他に豊穣の神々らしい能力はあったかと思案するが、思いつかない。

 そもそも、俺は別段能力に詳しいわけでもないので、能力のボキャブラリーが尽きる。


 そんな腕を組んで唸る俺を見てシルさんはさも楽しそうに微笑んでいる。

 この神々はもしや豊穣って言っている割には信仰対象を集める女神なのではないかと邪推するが、その考えをすぐさま否定する。偏見だからな。


「ギブアップ?」

「……はい」

「ふふ、見ていて楽しいものだったわ。御馳走様」


 そう言って悪戯に微笑むシルさん。

 もしかして最初から俺の困っているところが見たかっただけなんじゃないかと言う可能性が浮上してきた。

 そもかく、シルさんの能力が分かるので変に考えることなくシルさんを見る。


 シルさんは暗闇に浮かぶ天井を見上げるように顔を仰ぐと、ポツリと呟いた。


「[土地を実りを細くする能力]よ」

「へ?」

「だから、[土地の実りを細くする能力]よ。私は土地を枯れさせたり、痩せさせることが出来るの」


 シルさんから聞いた能力は、豊穣の神々が持つには些か可笑しい能力で、むしろその能力は豊穣とはかけ離れていた。

 なぜなら、その土地を枯渇する能力なのだから。


 俺はますます訳が分からなくなる。

 豊穣だと言うのに土地を枯らす能力なんて聞いがことが無い。

 俺は疑問に満ちた目でシルさんを見つめるが、シルさんはどこかおかしそうに微笑む。


 完全に手玉に取られているような気がする。


「私はね、元々葦原中国で雨穣宇迦産霊主あめつちうかむすびのぬしって呼ばれていたの。その頃は私も若くて……一言で言えばやんちゃだったのよ。実りの良い土地に行ってはその土地の実りを吸い取って枯渇させていたわ」

「それじゃあ……」

「でもね、私はその枯渇させていた土地の実りを時々戻していたの。その時、人々の前に現れて、私がこの土地を豊かにする代わりに私を崇拝しなさい、って呼びかけたの」


 ……なるほど。

 それならば納得がいく。

 元々実りの良かった土地を枯渇させて、そしてその実りを戻して、あたかもシルさんがその土地の実りを良くしたように見せたんだ。

 当然、人々は実りが良い方に決まっているからシルさんを崇めるだろう。それに、祟り神でもなく邪神でもないと思っている人々は何の疑問を持たず、むしろ喜んで崇めただろう。


 その実りを奪い去った本人とは知らずに。


 確かに、それならば豊穣の神々だと言われても仕方がない。

 実際に、そういう風に見せていたのだから。


「でもね、ある時【神】様がやってきてね、私がやって来たことを人々にバラしたのよ。ご丁寧に紙芝居付きでね。下手糞だったのは覚えているわ」

「【神】が?」

「そうよ、おかげで私は邪神扱いで追い出されてしまったの。当然、若かった私は【神】様に喧嘩を売ったわ。結果は言わなくても分かるわよね。その時に躯の半分を持って行かれたわ。今も治っていないのよ、その傷」


 そう言ってシルさんはおもむろに着ていた寝間着を捲ってお腹を見せてきた。

 そこには何もなく(・・・・)、抉られた肉があるだけだった。

 それは間違いなく大怪我。人間だったら肝臓に至る部分も無いので死んでいるだろう。それでも生きているのはさすが神々と言ったところか。


「そしてなんて言ったと思う? その人。俺のところで飯を作れですって。笑っちゃうわ。だって、こっちは満身創痍ですもの。それに、料理は食べたことはあれど作ったことは無かったわ、それに、その言葉って捉え様によっては告白に聞こえるじゃない? もう大混乱よ」


 そうは言うが、とても楽しそうに話すシルさんは、到底【神】の言うことを恨んでいる様子は無かった。

 むしろ、笑い話で済ませるのだから、この人はホントに懐が広いのだろう。


「後でご隠居さんから聞いた話で、私の行動が目に余っていたから自分の管轄に置くことにしたってことだったらしいのよ。それから数億年は経つけど、未だに飽きていないわね、この仕事は」

「数億年って……シルさん、いったい何歳なんですか?」

「女性に年齢は訊くものじゃないわよ。でも、五百歳を超えた時から数えるのは止めたわ」


 数億年って……さすがに神々クラスになると規模が違う。


「でね、私はここに来て、悪いことをしていたという自覚があったわけよ。それで、少しでもそれを償おうとしてここで働いているのだけど……それは無理な話と気付いたの」

「無理な話?」

「そう、無理な話」


 罪は償うことでそれは消化される。

 そうでなくては地獄の意味は無いし、償えない罪は無いと言われている。

 どんな凶悪な罪を犯したとしても、その裁量によって度量が決められ、それにあった地獄に送られると言う。

 まぁ、一番は地獄なんかに行かない事なのだが、どんなに小さな殺生や嘘でも地獄に送られるそうなので天国は無人なのだそうだ。

 流産や産まれて間もない子どもは親より先に死んだ親不孝者として賽の河原に送られるのだから、ホントに天国には誰もいないと言われている。


 そんな罪を償うことが無理な話とはどういうことだろうか?


「確かに罪は償われるわ。とあるときに突然、あの人に罪は全て償われたという報を受けたのだけれど、罪は償われど自分の中からは消えなかった。罪は決して自分を赦してはくれないわ。もちろん……貴方も」


 そう言われて気付く。

 これは俺に対しての言葉だと。

 俺が犯した罪とは能力による罪。

 奇しくもシルさんとは同じ境遇。それを知るさんは伝えたかったのか。


「確かに、俺の犯した罪は周りから償われたと言われても、自分の中からは消えませんね」

「……これから辛い道を歩むことになるわ。それこそ、命の続く限り」

「それは……そうですね」


 俺の罪は死んでも償われない。

 己の中からは決して消えないだろう。それを俺は背負わなければならない。

 それを伝えたかったのか、俺がこれから茨の道を歩むことを。決して償われない無間地獄を。


「……ごめんなさいね。こんな酷なことを言って。あの人のことをとやかく言えないわ」

「良いんです。おかげで再確認できました。俺は……どう喚いても償わなければならないんですね」

「……人は自分一人の命しか背負えないと聞くわ。他の命を背負うには、己の命を投げ捨てなければならないそうよ。貴方は……そのキャパシティーを超える命を背負わなければならない」


 二人の命とはラルとイリシア。


「……はぁー。あーあ、こんなところで自分の天命を知ることになるなんて……」


 嫌でも認めなくてはならなくなった。

 自分の能力を認めないということは罪を認めないことと同義。

 それが今、認めざるを得なくなってしまった。もしかしてシルさんは最初からこうなるように自分の話をしたのかも知れない。

 ということは、シルさんは俺が罪を認めていないとお見通しだったのかもしれない。おっそろしいな、この女神様は。


「覚悟は固まったかしら?」

「敵わないッス。降参です」

「そう、それはよかったわ」


 そう言って最初のように微笑むシルさん。

 最初からこの人の手の平の上で踊らされていたなんて……もう神々は嫌いだ……。


「お詫びと言ってはなんだけど、今日は私の部屋に来ない?」

「……それって」

「男の人を元気付けるにはSEXだと思って。ほら、私って豊穣の神々だから。子供も立派な実りよ?」

「折角ですけど、丁重にお断りします」

「あら、残念」

「最初から分かっていたくせによく言いますよ」

「ふふ、バレた?」


 悪戯に微笑むシルさんを見て、俺はこの人はホントに苦手だと俺はほとほと思うのであった。



アランの性格上、絶対に自分の非を認めることは無いと思いますが、シナリオ上少々無理やり認めさせているのでご了承ください。

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