アランに救いは甘ぇ
◆ 勇者 ◆
茫然とアランが出ていった食堂の出入り口を見つめる私。
去り際にイリシアに何か言ったのか、イリシアは躯をワナワナと震わせて口元を押さえている。
私は次の瞬間には感情が別のものに変わることを自覚する。
その感情の矛先はもちろんコイツ。
「あ、アンタ! なんてことを……!」
矛先とは私の大っ嫌いな【神】だ。
コイツはいつもそうだ。気分で人を助けたり、気分で人を陥れる気まぐれな悪魔。
それを、あろうことか決戦前でナイーブになっているアランに牙を剥いた。
今言わなくとも、一生言わなくとも良いことを悪びれる様子も無く淡々と告げた。
いや、淡々とではない。相手の傷口を深く抉るように、更に塩まで擦り込むというクズっぷり。
その話の内容とは、アランの能力。
肝心の能力は[主要人物に好かれる能力]という考えてみれば馬鹿げた能力。
その効果はその能力者の人生に深くかかわる人物に好意を持たせることが出来るもの。それは、女性であれば“恋”として、男性ならば“友情”として。
これが何を意味するのか。
私とイリシアが抱いている恋心が偽りかも知れないということ。
アランが無理やり私たちの心を傾けているかもしれないということ。
なにより、アランが関わって来て仲が良くなった人たち全てが偽りの感情であるかも知れないということ。
そんな人の良いアランが聞いたらどう思うか。
きっと、全て自分のせいだと決めつける。せっかく覚悟を決めた心に亀裂が生じてしまう。
そんなヒビだらけの心に、コイツはアイスピックのような鋭利なもので突き刺したんだ。
「おいおい、これはアランが望んだことなんだぜ? それに、俺は念を押したはずだ。本当に知りたいのかってな」
「っ!」
それはそうだ。
最終的に選んだのはアランだ。
この目の前でニタニタと笑っている腐れ神じゃない。
しかし、その前に何かしらの忠告くらいはしてくれても良かったんじゃないの?
そんな自分勝手なことが心の中を埋め尽くした時、【神】の顔がスッと真顔になり、凄味の効いた眼光を向ける。
それは、歴戦で培った私の精神を容易く竦ませるほどの力を持っていた。
「良いか、よく聞け。これは少なからず必ず知ることになることだ。それに、良かったじゃねぇか。役立たずが消えてよ」
「……こんの野郎がぁああああ!!」
バチバチと辺りに迸る雷。
周りにイリシアとかイリシアのお父さんがいるとか気にせずに力が溢れ出る。
飛散し、燭台は破裂、受け皿は割れ、テーブルクロスは焼け爛れた。
式神メイドたちは悲鳴を上げるような恐怖に満ちた表情で逃げ惑う。
しかし、そのどれもが私の視界に入ろうとも気にしなかった。
気にするのはこのクズ野郎ただ一人のみ。
それがこの星で一番強くて偉い生物とか関係なしに掴みかかる。
襟首を掴まれた【神】は再びニタニタと笑い出し、私を逆撫でする。
「おいラル、いくらお前が怒ったって過ぎた結果は変わらんさ。それに、お前らは少しアランについて考え直すべきだ。アイツが、本当に今後役に立つのかどうかをよ」
「……なんて言いたいの」
「なぁに、アバタもエクボって言うだろ?」
アバタもエクボ……?
なによそれ、アランは本当に役立たずで、私たちが見ていないだけっていうの!?
そんなことはない。現に、私たちはアランのおかげで今ここに立っている……は言い過ぎかもしれないけど、少なくともアランがいなきゃ私たちはここに立っていない。
これ以上話していてもこっちが疲れるだけ。
こんな奴が私たちの総大将だなんて思いたくない。
「アランは確かにクズだけど、アンタみたいなクズじゃない……っ!」
私は腐れ神にそう吐き捨てると、つかんでいた襟首を離して突き飛ばす様に腐れ神から離れる。
そして乱れた服を直そうともせずに早々に食器を片付ける。
その際にシルさんにお礼を言い、イリシアの元に行く。
「行くよイリシア。こんなとこにいたら馬鹿が移るよ」
「……」
「……イリシア?」
そうイリシアに言うが、イリシアは相も変わらず肩を震わせ、何かしらの恐怖に怯えるように立ちすくんでいる。
再度呼びかけると、イリシアは顔をこっちに向けた。その顔は蒼白で、唇は真っ青だった。
見ていて痛々しい。
そして、やっとの裳おいで口を開いて私に問いかけてきた。
「ら、ラルよ……」
「……なに?」
「妾の、妾の恋慕は……偽りじゃったのか……?」
「それは……」
私はそれに、即答することが出来なかった。
◆ 一般ぴーぽー ◆
俺は夢を見ていた。
そうだ、これは夢だ。こんな明晰夢なんて俺は見たことが無い。
だって、そうだろう?
俺はさっきまで神代にいたのだから。
だから、俺はこんなところに立っているのか。
「静粛に。被告人は前へ」
何故だか俺は今裁判所の法廷に立っている。それも被告人席に。
目の前には裁判官が座る席に、それぞれ裁判官が座っている。その数五人。
その裁判官席の一番上、つまり裁判長席に座っている人物がこちらを睨んでいる。言わずもがな裁判長だ。
裁判長は大層な白い髭を蓄え、その髭の代わりなのか頭髪は無いに等しい。
周りを見れば傍聴席が満席なのが分かる。
その傍聴席に座っている者たちはどこかで見たことがあるような気がする。
俺が学生の時の同級生や先輩後輩、世界を親父と一緒に旅をした時に出会った人たち。
俺がラルとイリシアと旅をした時に出会った人たち。
そんなどこかで見たことがある人たちが俺を一様に睨んでいた。
その表情は憤怒のソレ。中にはイリシアやラルまでもが傍聴席に座って俺を睨んでいた。
「被告人は前へ!」
「っ」
野次を突き破る声が再び響き渡る。
その発声元は裁判長。どうやら俺に前へ出ろと言っているみたいだ。
俺は大人しく被告人席へ出る。
それに裁判長が満足したのか、手元にある資料へと視線を落とす。
その隙に俺は再び周りへと視線を移す。
検察官が座る席には強面で屈強な人たちが座っていた。
俺を必ず刑務所に叩き込んでやろうと息巻いているのが一目で分かる。
その反対側。
弁護側が座る方へと目を移す。
しかし、そこには誰も座っていなかった。
つまり、俺の味方は、ここにいない。
「罪状、被告人アラン=レイトはその身に宿る能力を行使し、罪無き者たちを手籠めにし、その心を弄びんだ。このことに間違いはないな?」
「ちょっと待ってくれ! 俺はそんな覚えはない!」
「では、どうだと言うのかね?」
裁判長は眉をを上げ、口角も上げる。
疑問を持つというよりも、俺がどう言い訳をするのか楽しみだと言っているかのように。
「俺は元々そんな能力は知らなかった! それに、知ったのはついさっきのことで、俺にはその気は無かった!」
「だから、罪は無いと言うのかね?」
「そ、そうだ!」
裁判長はその言葉を聞くと、更に口角を上げる。
それを待っていたとばかりに。
裁判長は視線を俺から外して検察側を見る。
……見ると言うよりアイコンタクトを送ったと言った方が正しいだろう。
アイコンタクトを受け取った検察側は手元の資料をチラリと見るが、見る必要が無いと判断したのか鼻で笑って歯が見えるほどまで口端を吊り上げた。
その笑みが、攻撃の合図だと俺は瞬時に判断した。
「裁判長、ここで少し公平な判断を下すための前例を挙げても宜しいですか?」
「許可する」
笑みが悍ましいほど醜くなる。
「とある子供が、殺傷能力のある鎌を草原に落ちているのを発見し、それを友達と共に遊びの道具として扱い始めました。」
愉しいと言わんばかりに。
「しかし、子供はとある間違いを犯しました。それを使い、ふざけ半分で友達に斬りかかってしまいました。それは致命傷には至りませんでしたが、その傷が元で感染症に罹って死に至りました。この場合、罪があるのは斬りかかった子供。当然ながらその子供は罪をその身に背負うことに」
こっちを見て、
「その子供は言いました。知らなかったと。しかし、知らなかったで済む話ではないのは火を見るより明らか」
愉しそうに、
「では、この話と、今回の話。どこに違いがありますか?」
嗤う検察官。
「事は違えど、内容は同じだ。被告人の言い分を拒否する」
裁判長は俺を養豚場のブタを見るような冷たい眼で、それでいて虫を潰す無邪気な子供のような笑顔で俺に言い渡す。
その顔は最初からそう決まっていたと言っているようだ。
同時に、傍聴席の傍聴人が騒ぎ始める。
口々に俺の悪口を言っているのが分かる。騒がしいはずなのに、その一つ一つの俺を罵る言葉が鮮明に聞こえてくる。
その顔は、見たことはあれど、その表情は俺の記憶には無い表情をしていた。
「被告人、他の言い訳はあるかね?」
「じゃあどうしろと! その能力は俺の人生に深くかかわる人なら見境なく発動するんだぞ!」
「では、誰にも会わなければ良いではないか」
「誰にも会わないって……んなことどうすれってんだよ!」
「死ねば良い。ならば誰も苦しまない」
「っ!」
その裁判長の言葉を皮切りに、傍聴席から聞こえる悪口が全て「死ね」に変わる。
それは疎らにだが、妙に一体感を持つその言葉は、まるで一つの唄のように木魂し始めた。
その中でも、極めて聞き覚えのある声が俺の耳に入ってくる。
俯きかけていた顔を上げると、目の前にはついさっき見たことのある人が二人立っていた。
しかし、その二人も俺の記憶には無い表情……親の仇を見るような眼で俺を見ている。
「死ね」
「ラル……イリシア……」
二人の眼にはいつも俺に向けてくれる好意は一切感じられない。
「死ね」
「俺はよ、そんな……そんなつもりは……」
か細く、拙い俺の言い訳。
「死ね」
「ふ、二人を騙すとか……俺は……」
認めようとはしない、変わらぬクズな気持ち。
「死ね」
「赦してくれ……俺は……おれは……」
それでもなお止まぬ死を与える呪いの言葉。
堪らなくなり俯く。カタカタと振るえる躯。吐き出す息は乱れる。
それでもなお続く死の斉唱。
耐えれず耳を塞ぐ。しかし、呪いは躯全体を伝い、俺の脳へと届く。
「それがお前の原罪だ。アラン=レイト」
近くから聞こえたその声に肩が跳ね上がる。
咄嗟に横を向くと、そこには肉薄する裁判長の姿が。
息がかかるほどの距離。顔の皺の一つ一つが手に取るように分かる距離で、裁判長は感情が抜け落ちてしまったとばかりの無表情で俺を見ていた。
「己が悪いことは軽いことなら悪びれることも無く謝り、重く己には処理できない事は認めようとしない」
低く、腹に響く声。
「戦いでは己が生き残る方法を常に模索し、仲間を助けることを最優先にしない」
その声は耳を塞いでいるはずなのに両手を擦り抜けて頭を蝕む。
「己のことしか考えず、それが不利益になると判断した場合のみ相手に賛同したように見せる」
言葉に呼応するかのように記憶が逆流し、その言葉の場面が次々と映し出される。
「それでいて権力者には全力で尻尾を振り、格下には足元を見る」
目を閉じることもままならず、その言葉が映し出す記憶を延々と見続ける。
「相手にはそれっぽいことを吐き出し、何の意味も持たない言葉で見下す」
その記憶に映っている人たちは皆、笑顔だった。
「なにより」
句切る。
「それが悪いことだと分かっていても、直す気は、改める気は更々無い。それがお前の罪だ」
「うるせぇ! 知った口でほざくなぁああ!」
堪らず腕を裁判長へ振りぬき、暴れる。
しかし、腕を振るった先には裁判長はいない。あちこちへと目を向けると、裁判長は定位置の裁判長席に戻っていた。
そこで裁判長は先ほどのように感情が欠落した表情で俺を見ている。
いや、裁判長だけではない。
傍聴席の皆も同様に無表情だった。
目の前にいるラルとイリシアも。
「先生は何も変わらない。僕と何一つ」
そんな声が背後から聞こえて来た。
半ば焦るように振り返ると、そこにはいつだったか【魅了】を使ってラルの心を操った保人が立っていた。
その眼は怒るでもなく、しかし奥には何かの感情を秘めている。
「あの時、先生は【魅了】を使った僕を咎めたよね。だったら、先生も咎められるべきだ」
「ち、ちが……」
「違わないですよね?」
今度は保人の隣に浅菜が現れた。
しかし、表情はほかの皆と同じように俺が見たことのない表情をしている。
「話は聞きました。先生はその能力を使って人の心を弄んだそうですね」
そこまで言うと浅菜の顔は醜く歪み、しかし最高な笑顔を浮かべてこういった。
「私の心も弄んだのですね」
「黙れぇ!」
その言葉を聞いた俺は思わず浅菜に殴り掛かり、腕を振りぬいたところで浅菜がいないことに気付く。
そのまま勢い余って地面に倒れ込んだ俺は、空しく地面を這いずる。
「いい加減認めたらどうだ。アラン=レイト」
また音も無く俺の目前にいる裁判長。
しかし、今度は俺は地面に倒れている形なので裁判長の足しか見えない。
「そんな性格では誰も好きになってくれる者なぞ現れぬ。いや、お前にはその能力があるな。良かったな、お前を好きになってくれる人は世界中にいるぞ。世界の全てがお前に味方をする」
もはや嫌味すらも俺の心を抉る。
「……いや、既にお前は認めているな」
「なにぃ……」
裁判長が言い終わると同時に俺の目前に映し出される記憶。
それはつい先ほど見たことのある新しい記憶。
「償う、と言ったな。そこの者に」
「……」
「その言葉は認めの言葉だ。では、裁判なぞ最初から必要なかったな」
一拍、
「ここに来る前から既に認めているのだから。お前が人の心を弄んだことを」
そう裁判長は言うと、目の前から消え、再び裁判長席に戻る。
「判決を言い渡す。被告人、アラン=レイトを有罪と処す!」
途端に騒がしくなる傍聴席。
次々と投げ掛けられる野次。更に様々な物を投げつけられる。
そんな醜く這いつくばる俺に避けることなぞ出来ず、そのほとんどが俺に命中する。
「恥を知れ、クズが」
そこで俺は目が覚めた。
何気にこのページが書いてて一番楽しかったです。
でも、物語的にシリアスな展開になるのは少し控えたいところですね。
感想ありがとうございます。
日々の励みとなっておりますので、ありがたいことです。




