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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
77/107

一番のクズ



「お腹が減ったな……」


 そう呟くお腹事情。

 それから、何度か【断刀】様と手合わせと言う名の全自動吹っ飛び機を体験した。

 それでもまったく金具は折れる気配が無く、【断刀】様曰く「久しぶりに自信を無くした」だそうだ。ちなみに、未だに俺が何かしらの方法で【断刀】様の剣筋を逸らしていると思っているらしい。


 【断刀】様からは剣の構え方や立居振舞を実戦を兼て教えてもらったおかげで、当初言っていた微力ながらレベルアップを果たすことが出来た。消したい過去は現在進行形で増えていくんですね、わかりません。

 その際中、いつの間にかラルとイリシアも中庭に足を運んでおり、そのアトラクションを苦笑いで見ていた。何か口を出したら我が身だと思ってのことだろう。


「では食堂に参ろう。夕飯時でもある」

「え? でもまだまだ明るいですよ」


 ポツリと漏らした願望に律儀に返してくれた【断刀】様。

 聞けば、そろそろ夕飯時なのだという。昼飯も食べていない俺たちがいきなり夕飯だと言われても疑問符を浮かべるしかない。

 空を見上げてみれば、まだまだ御天道様は東の方でお元気だ。


 ……と、思ったのだが、西の空を見て見ると、なんと御月様が浮かんでいた。

 それに、西の空は夜のように真っ暗だ。東の空は朝のように明るいが。


 そんな様子の俺に、少し誇らしげにラルがそっと教えてくれた。


「神代……というか天界は朝だとか昼だとか夜だとかの概念が一緒くたになっているんだって。それに、私たちが出発したのは朝でも、着いた時にはもうここは夕方の時間だったんだ」

「……時差?」

「そゆこと」


 ラルの言うことに頷く俺。

 そうだよな、神代がイース・ロンドの近くに浮かんでいるとは限らないし、そもそもここはそう言うのが通用する世界ではなかったな。考えを改めなければ。


 と言うわけで、皆で食堂へ向かうことに。

 確か、シルさんと言う神々が料理長をしているんだっけか。

 料理の腕は天上一品だと聞いてから楽しみだったんだ。涎が出ないわけがない。


「政時さん、アランはどうでした?」

「あまり筋力があるものでもない。反射神経が良いものでもない。しかし、技術の良さは目を見張るものがある」


 食堂へと向かう途中、そんな話になった。

 話の内容は【断刀】様との手合わせだ。【断刀】様の口から出てきたのは中々に辛辣なもの。

 技術の良さと言うのは金具を折られないようにしていたということだろう。

 それが【断刀】様の勘違いなのは確定しているため、俺の良かったところは一つも無かったということ。それを聞いて落ち込まない俺ではない。


「あれ? 対魔機の加護は使わなかったの?」

「ん? あぁ、まぁな」


 【断刀】様からこの結果を聞いたラルは、疑問符を浮かべながら俺の方を向く。

 それに対して俺は特に悪びれることなく答える。


 何故金具の加護を使わなかったと言われれば……まぁ、簡単な理由しか出で来ない。

 いかに浅はかな考えかが窺える。まったく、嫌になってくるね。


「単に近くに花畑があったし、炎具を使ったら燃えちゃうだろ? 水具を使っても良かったんだけど、周りが水浸しになったら誰が掃除をするんだ? 風具はそもそも神代に風は無いし、土具は神代の少ない土を惜しげもなく使う羽目になる。闇具は魔物堕ちするから使うなって言われているし……そんなこんなで使わなかったんだ」

「……ふむ、花畑が燃えると、な。優しいのじゃの、アランは」


 そう言って微笑むイリシア。しかし、その顔には少しの陰りがあるのを俺は見逃さない。

 残念ながらイリシアには悪いのだが、別に俺の良心で使わなかったんじゃないんだよなぁ。

 花畑が燃えたら、当然怒られるのは俺だし、大人になって自分が使う物のことも分からないのかってなるしな。

 水具で水浸しになった中庭の掃除も御免だ。風具は特に考えも無く使ったら花畑が悲惨なことになるだろうし、土具で凸凹になった地面を均すのも嫌だ。闇具は当然、イリシアには言えんが魔物になんてなりたくない。


 しかし、それらを口に出さない俺は空気が読めている。誉めても良いんだぜ?


「某はここで。少し野暮用があってな。ラル殿、後は頼みましたぞ」

「うん、また後で」


 神代の廊下の途中、何もない廊下の途中で異様に目立つ何の変哲もない扉の前で【断刀】様と別れる。

 その扉の先は光源が無く、中の様子がよく見えなかったが神代に危ない場所なんてないと思い、何の疑問も持たずにラルの先導の元進む。


 ラル曰く、もう少ししたら大きな鉄製の扉が見えてくるのだそうだ。

 鉄製と聞いて、凄まじく重い扉を想像してしまったのだが、そんなことは無いのだと言う。

 その鉄製の扉の先が神代が誇る食堂なのだそうだ。


「ほら、あそこだよ」


 そう言ってラルが指さす先。

 廊下の左側に白い外観にしては目立つメタリック塗装の観音開きの扉が見えた。

 確かに大きな扉だと俺は思う。結構天上の高い神代の廊下のすれっすれまでに大きな扉。また、横幅もそれなりに大きい。俺たち三人が並んで入れるほどだ。


「うぉ……」


 そのメタリック塗装の観音開き扉を開けると、まず感じたのは顔を襲う温かい空気……いや、この場合匂いの壁と言った方がしっくりくる。匂いの壁が俺の顔を撫でた。

 その匂いは色々な匂いが混ざったものだが、嫌悪感を示す類ではなく、むしろ食欲の湧く非常に良い匂いだった。

 その匂いで、ここは食堂なんだと改めて思わされる。


 その次に感じたのはその光景。

 明らかに天井をぶち抜いていると思わせるほど高いアーチ状の天井。

 そして、まるで教会を彷彿させる奥に広い長方形状の間取り。

 その長方形状の広い空間に縦に置かれたいくつもの長テーブル。その長テーブルには等間隔で金色の燭台が置かれており、真っ白で汚れの無いテーブルクロスが敷かれている。


 そのテーブルの間を縫うように忙しなく移動する式神メイドたち。

 どうやらこの食堂に割り振られた式神メイドたちのようだ。

 と、思ったのだが、よく見れば夕食を摂っている式神メイドたちも多く見れる。その式神メイドのどの顔も幸せそうな顔をしている。


「あら、いらっしゃいましたか。どうもシルです。よろしくね」

(特盛ッ)


 俺とイリシアが呆けたようにその光景を見ていると、直ぐ傍からおっとりした声が聞こえて来た。

 その声の方を見ると、そこには割烹着の上にエプロンをを着た美人さんがニコニコと微笑んで立っている。

 金色の髪は長く、若干ウェーブが掛かっているのかふんわりとした印象を感じる。服装は至ってシンプルで白い割烹着の上にピンク色のエプロンを着ている。


 しかしッ、何よりも重要なのはッ、そのッ、たわわに実った二つのメロンであるッ!

 その大きさにも拘らずッ、形を保ちッ、自己主張を怠らないッ! 溢れる母性ッ!

 なによりもッ、昨今に蔓延る所謂“乳袋”ではなくッ、媚びることのない至って健全な乳ッ!


 見ざるをえないッ。これは見なければ失礼だというものだッ。

 しかしッ、俺は紳士ッ! SO紳士ッ!

 堂々と見ることをしないッ! それは紳士として禁忌ッ!

 ならばどうするかァッ!


「…………」


 さりげなく見るッ。チラッチラと見るッ。

 食堂の奥を見ようとッ、戯れる式神メイドたちを見ようとッ、さりげなく見るッ!

 これぞ真髄ッ!


「アラン、どこ見てるの?」

「ふむ、シル殿の胸部じゃな。(おのこ)として仕方あるまいて」

「あらー。おばさんまだまだ現役なのねぇ」


 バレてたわ。

 完璧な作戦のはずなのにバレてたわ。

 ラルからは刺すような視線が頬にブスブスと刺さるし、イリシアからは生温かい視線が頬を撫でる。

 シルさんは頬に手を当ててニコニコとしている。


 とてもこの空気が辛いです。


「改めてご挨拶します。私、この神代の総料理長のシルと申しますわ。今日はゆっくりしていってね」

「アラン=レイトです。先ほどは無礼を働きました……」

「イリシアじゃ。好きに呼んで構わぬ」

「よろしくね」


 そう言って挨拶をするシルさん。

 その躯に纏う雰囲気はまるで保母さんのようだ。

 初恋の保母さんを思い出すなぁ。


 しかし、こんなどこからそう見ても人間にしか見えないシルさんは、神々の席に名を連ねる者だ。

 恐らく俺たちが束になっても勝てるものじゃない。なにしろ、天上の存在なのだから。


 そんな女神様に毒気を抜かれていると、奥の方からやけにはっきりとした声が聞こえて来た。


「おい、こっちだ! 早く来い!」

「あら、【神】様がお呼びよ?」


 見て見れば、【神】と先々代【魔王】が仲良く食事をとっていた。

 シルさんが行くようなことを促しているので、そっちに足を運ぶ。


「おう、まぁ座れや」

「その前に料理を取ってくると良い。ここはバイキング形式だよ。好きなのを取ってきなさい」


 確かに先々代【魔王】の言う通りさらに奥の方に山のように盛られた料理の姿が見える。

 その種類は様々。欧米や仏蘭西はもちろん、台湾やら芦原中国の料理も見れる。

 俺はその有象無象の料理の中から芦原中国の料理をチョイスしてお盆へ乗せる。

 白米に味噌スープ。焼いた島ホッケに御新香、それに小和も乗せる。古き良き料理は美味いものだ。


 二人の方を見ると、ラルはどうやらパスタ、イリシアはライ麦のパンにスープにしたようだ。


「お、来たな……って、お前は爺臭いチョイスだこと」

「うっせぇ」

「【神】にそんな口叩ける奴は早々いねぇぞ」


 座る際に【神】が茶化してきたが特に食い掛かることもなくスルー。

 座り順は俺の右隣に【神】がいて、【神】の向かいに先々代【魔王】、先々代【魔王】の右隣にイリシア、その隣にラルと言った感じだ。


「いただきます」


 俺は早速味噌スープを一口。

 この味噌は白味噌だな。赤味噌も好きだが、やっぱり俺は白味噌だな。

 うん、美味い。俺が作るよりずっと美味い。これは沸騰させていないとかそう言う次元じゃない。


 ホッケも一口。

 醤油を大根おろしに掛けて、同時にホッケの乗せる。

 これが俺の美味い食い方だ。このホクホク感が堪らん。


 そこですかさず白米を掻きこむ。

 うまく言葉に言い表せれないが、至福の時間であることは確かだ。


「んじゃ、ちょいと耳を傾けてくれ」


 シルさんお手製の手料理に舌鼓を打っていると、【神】がその時間を邪魔をする。

 睨むように【神】を見ると、【神】は先ほどまでのヘラヘラした態度ではなく重苦しい雰囲気を纏っていた。

 ここは一旦手を止めざるを得ないな。


「結果から言えば、俺と【魔王】ちゃんは手を貸せない」

「え?」

「まぁ、直接的にの話だ。魔王城がどこにあるかぐらいは教えてやるよ」


 【神】の口から聞こえて来たことは、俺たちにとって望むものではなかった。

 しかし、魔王城の場所は教えてくれると言うので、後は俺たちで解決しろと言うことなのだろう。


 しかし、俺はここで以前から気になっていたことを口にする。


「なぁ、なんで今の【魔王】を倒そうとはしていないんだ? 先々代【魔王】の時は兄弟とは言え殺し合いをしていたじゃないか」

「なるほど、良い質問だ」


 それを聞いた【神】は口端をいやらしく上げて俺を見据える。

 同時に先々代【魔王】の方もチラリと窺うが、相も変わらず何を考えているのか分からない。


 質問の内容は、あれ程まで争っていた人間と魔物の戦いに参戦していた【神】は何で今回は何も手出ししないのか、というもの。

 二人は兄弟で、そもそも敵対していなかったというのはさっき聞かされたが、【神】の本質は太平を築くこと。その太平を脅かす現【魔王】と何故戦わないのか。


 そんな疑問を【神】に投げつけるが、俺の向かいに座るイリシアとラルに睨まれてしまった。

 二人の蛙を射抜く視線を浴びている俺は脂汗がドッと出始める。


「アランよ、この間共に話したではないか。妾たちは平和を望むバルログを【魔王】の座から降ろすと、な」

「そうだよアラン。これは私だって分かることだよ?」


 そう仲間に咎められてしまう俺。

 この間話したことで、現【魔王】の話だとすると、例え平和をぶち壊すとしても現【魔王】を倒すという話だよな?

 三人で改めて硬く意思を確かめたあの日のことを忘れるはずがない。


 その話と、俺が【神】に質問したことと何か関係が?

 いや、関係が無ければ二人はそんなことを言わない。

 ともなれば、またいつものように俺が間違っているのだろう。この脳足りんが。


 えーっと?

 今の【魔王】に対して【神】は積極的に倒そうとはしていない。

 今の【魔王】は人間との共存を目指している。

 【神】は太平の世を目指している。


 ん?

 コレを言い換えてみると……?


 今の【魔王】は太平の世を目指している。

 【神】も太平の世を目指している。

 ……なるほど、利害の一致か。


「あぁ……だからか。【神】は共存しようとしている【魔王】側なんだな」

「早い話そうだな。俺は人間の【神】でもあるが、一応魔物の【神】でもある。言い換えればこの星の全ての物質の【神】だからな。滅ぼそうだとか“食物連鎖の範囲内”を超えなければ俺は手出しできない」


 人間の【神】であり、魔物の【神】でもある、か。

 今は一方的な侵略であっても、最終的に太平の世を築けるなら目を瞑ると言っているのだろう。

 磁石みたいな両方を上手く纏めることが出来るかは知らないが、そのように動いている者たちを【神】は咎めることが出来ないんだ。


 この数億年と続いてきた怨恨をどうにかしようとしているならば任せよう、と。

 そのためなら少しの犠牲は厭わないというわけだ。


「じゃあ、俺たちがそのそれをぶち壊そうとしていても何もしないのか?」

「そんなのめんどくさいだけだ。俺は利益にあった動きをしたいんだよ。お前たちを止めても第二・第三の意思を継ぐ者たちが現れるだけだ。そんなの一々相手にしていたらキリがねぇ」

「さいでっか……」


 面倒だなんて如何にも【神】らしい発言。

 今更こんなことでは驚かないが、これが【神】何だから仕様がない。

 ともかく、これで俺たちに協力出来ないという理由も分かった。俺たちに手を貸したら【神】の立つ瀬も無いしな。


「だが、俺はここでただ送り出すのも忍びない。と言うわけでルナたんと政時、それにシルとエルトを応援に出そう。それでも、ある程度までだがな」

「ホントか!?」

「これで俺を敬う気になったか?」

「敬う敬う!」


 しかし、そんなところで思いがけない助け舟。

 なんと神代メンバーが強力してくれるとのこと。

 ルナさんと【断刀】様以外の戦闘能力は知らないが【神】が推薦するんだ、これまで以上の戦力となるだろう。


 そのためなら、口から出まかせでも敬うってモンだ。


「でも、肝心の魔王城はどこにあるの? ここから遠いんですか?」


 と、ラルの疑問。

 それは尤もなことだ。いくら神代メンバーの協力を得たとしても、魔王城までの道のりが遠いのならば話は違ってくる。

 神代メンバーの皆さんはそれぞれ役割を担う身。この世界のことを記すルナさん、門番業務の【断刀】様、この神代の料理長のシルさん、大勢の式神メイドを束ねて神代を諸々を担うエルトさん。

 それぞれが重要な役割を持つ者たち。


 その人たちの本職をおろそかにするわけにはいかない。

 そんな俺たちの心配を余所に、【神】はげゲラゲラと笑い始める。


「それなら心配ご無用! 魔王城へ続くポータルくらいあるわ」

「へ?」

「おっめ、いくら浮遊していてどこへでも行くことが出来たとしても、いきなり星の反対側に行くことは出来ねぇだろ? そういうことのために、魔王城からいろんなところへ行ける【魔王】ちゃん専用ポータルを【魔王】ちゃんが作ったんだよ」


 なんと、【神】の話がホントだとしたら魔王城へ簡単にいくことが出来るのだという。

 しかし、それはそうとしても疑問は浮上するばかり。

 そのことを同じく思ったのか、イリシアも訝しげな表情を浮かべる。

 しかし、ラルは魔王城へのポータルがあることに驚いているだけだ。


「ではなぜ、そのポータルは見つかっておらぬのじゃ? 妾が【魔王】じゃったころはそのようなものは知らなんじゃ」


 そう。

 イリシアの言う通りだ。

 そんな大層なモンが世界中にあるのだとしたら見つかっていないのがおかしい。

 この世界には踏破されていない場所は結構あるが、それは人間での話。この世界には人間以外の知的生物はいるわけだし、その不特定多数の種族が見付ける可能性もある。

 そんな不特定多数の情報が集まるイリシアも知らないんだ、それを説明してもらわねば。


 そこで、待ってましたとばかりにイリシアの問いに先々代【魔王】が意気揚々と答える。


「それは私の魔力を流すことで機能するものだからね。私の魔力なしでは姿さえ見えないさ」

「では、今回はお父さんも手伝ってくれるのかの?」

「可愛い娘のためさ。お父さん頑張るよ」


 とのこと。

 それがホントならば今すぐにでも魔王城へと旅立つことが可能だ。

 これが親子愛というものなら、涙を流さざるをえない。


 だが、先々代【魔王】は少し表情に影を落とす。


「ただ、少し問題があってね」

「問題?」

「どうも……そのポータルが少しおかしいんだ。正常に動くが……いや、少々無粋だった。気にしないでくれ。念のために整備でもしておくさ」


 なんだなんだなんだ。

 いやに疑心に駆られる言い方だな。

 でもまぁ、他でもない先々代【魔王】のポータルなんだ。性能に関してはピカ一だろう。

 整備すると言っているし、問題は無いだろう。


 っていうフラグが立っているような気もする。


「よし、じゃあ出発は明日の夕方にするか。大丈夫だろ?」

「あぁ、多分」

「うむ、問題は無いのじゃ」

「いよいよか……大丈夫!」


 俺を含めた三人は元気よく【神】に答える。

 目前にまで迫った最終決戦。他二人はともかく、へっぴり腰の俺でさえも気分が高揚してくる。

 この感覚はあの時に似ている。初めて買ったロールプレイングのゲームでラストダンジョンに辿り着いた時の昂揚感に似ているんだ。


 俺が、一端の掃除係でしかなかった俺が、【魔王】を倒しに行くという物語に参加している。

 こんなことは考えもしなかった。おかげで随分と性格が若返ったような気もする。


 ここにきて、今更自分にはできないと言うつもりは無い。

 確かに、俺はゲームに脇役ですら登場できない奴だ。けれど、前にも言ったかもしれないが、俺は今【勇者】一行なんだ。主人公でなくとも、脇役ではあるんだ。

 その舞台に、立っているんだ。


 【魔王】に殺されるかも知れない。

 いや、十中八九殺される。しかし、そこに名を連ねることが出来るのなら、俺は末代までの自伝として誇ろう。

 俺はこのネガティブに前向きな心構えで挑もう。


 せめて、二人の邪魔にならないように。

 さっき【断刀】様と手合わせする前に、二人の足を引っ張るようなら旅を辞退すると思っていたが、アレは止めた。

 自分の命は大切だが…………やっぱり自分の命は大切だな、うん。


 こうしよう、【魔王】と戦って、せめて死なないように。

 死にそうになったら迷わず逃げる。それが良い。


「あ、そうだ。私事だけど、良いか?」

「なんだ?」


 二人がこのフワフワとした高揚感に包まれている中、俺は思い出したかのように【神】に言う。

 それは予てから知りたかったこと。この旅に必要なことではないが、聞いといて損は無いだろう。


「俺の能力って何なんだ?」

「お? まだ気づいていなかったのか?」

「残念ながら」


 そう、俺の能力だ。

 ずっと前に言った通り、俺は自分の能力が何なのか分からない。

 しかし、この口ぶりでは俺の与り知れぬところで俺の能力が使われていたようだ。

 能力には男の浪漫がある。その浪漫に憧れるのは俺とて例外ではない。


 ラルの能力みたいな強力な能力とは言わない。

 せめて、実戦向きが良いな。


 でも、[ゴキブリに好かれる能力]は勘弁だ。

 その能力を持っている人にあったことがあるが、アレは酷いモンだった。


「本当に知りたいのか?」

「あぁ、教えてくれないか?」


 なぜか渋るような口ぶりの【神】。

 【神】の能力で俺の能力は手に取るようにわかるはず。

 ということは、酷い能力なんだろうか?


 そんな風にワクワクしながら【神】を見る。

 他の二人も少しは気になっているのか、同様に【神】の方を見ている。

 先々代【魔王】は、先ほどは打って変わって心配そうな表情で俺を見ている。

 なんだ?


「良いか、お前の能力は」


 唾液を一飲み、


「[主要人物に好かれる能力]だ」

「[主要人物に好かれる能力]? なんだそれ」


 聞いてみればちんぷんかんぷん。

 [主要人物に好かれる能力]なんて今までに聞いたこともないし、どんなものなのかも想像がつかない。

 主要人物ってそもそもなんなんだって話。それらの人に好かれるのは良いとして、それがいったい俺に何の影響を及ぼすんだ?


 同様に聞いていた二人にも目配せで聞いてみるが、二人して首を横に振る。

 どうやら二人も何のことなのか分からないようだ。


 そんな俺を見かねた【神】が仕方ないという感じに口を開いた。


「砕いて説明すると、その能力はお前の人生に深くかかわる人に好かれる能力だ。女性なら“恋”として、男性なら“友情”としてだ」

「……率直に言うと?」

「主人公補正だ。羨ましいぞこのやろう」


 つまり、俺はギャルゲーの主人公が何故か異様にモテると言う能力を持っているわけか……。


 ……って、ことは、だ。

 イリシアは俺を好きだと言ってくれた。

 ラルも、少なからず俺を好いてはくれている。

 そこで、俺の[主要人物に好かれる能力]だ。


「……っ!」


 俺は思わずテーブルを思い切り叩く。

 その瞬間、賑やかだった食堂が静まり返るが、俺にはそんな余裕はない。


 ……最低だ。俺は。

 これではただのクズ野郎だ。

 俺は人の心を無理やり俺に好意を抱くように操るクズ野郎だ。


 ラルとイリシアは俺に深くかかわる人物だ。

 ラルはまだ大丈夫だが、イリシアは手遅れだろう。

 なんせ、俺に惚れているんだから。それは紛れもなく俺の能力のせいで。

 無意識下で発動されていた能力とは言え、二人には最低なことをした。


 いや、俺が気付いていないだけで他の誰かにも発動している可能性がある。

 少なくとも、この二人は俺に関わっていなかったらと考えるだけで罪悪感が芽生えてくる。

 本当に好きな人を見付けていただろう。


 俺は、あの時見下した保人のことを言える立場ではない。

 俺も、人の心を弄ぶクズ野郎だったんだから。


「んな肩落とすなよ、もしかしたらそこの“二人”は能力関係なしにお前に乗れているかも知れないんだぞ?」

「……その言いぐさ」

「その通りだ」

「……なんだよ、最初から知ってたのかよ。じゃあ聞くが、この顔で、この性格で、惚れる人がいるか?」

「いや、そのゴリラとラクダを足して二をかけた顔はないわ」

「そう、だよなぁ」


 俺は力なく立ち上がり、フラフラとした足取りで食堂を出ていこうとする。

 すると、ラルとイリシアが俺を妨げるように進行方向へ立つ。

 二人の顔は見えない。いや、俺が見ていない。見る権利もない。

 しかし、予想は付く。きっと、二人のことだから俺を怒るようなことはしないのだろう。二人のことを俺はよく知っている。

 だから、きっと心配そうな表情をしている。


 俺は何よりも、その表情が辛い。


「アラン……!」


 イリシアは悲痛な声で俺に呼びかける。

 しかし、俺はそれには耳を貸さず、横を通り抜けた。

 そのすれ違いざまに、俺はこう告げる。


「償いは、するから」

「っ!」


 それから、またフラフラと歩いて食堂を後にする。

 食堂は式神メイドたちで一杯だったが、すんなり食堂を出れた。

 道を開けてくれたから。式神メイドたちの表情はどこか恐れを孕んでいる。


 途中、【断刀】様とすれ違ったような気がしたが、定かではない。


 二人はそれ以上、追っては来なかった。


また長くなってしまった。

それに詰め込み過ぎたせいでどこか置き去り感が否めない。

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