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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
76/107

金打



 客室。

 いや、これは客室と言って良いものなのか。

 どこぞのホテルのパンフレットで見たことのある様なスイートルームと言った方がしっくりくる。

 色々と凄いのだが、己のボキャ貧のせいでうまく説明できないのがもどかしい。

 ただ、凄さを説明するのならば、ベッドが天蓋付と言えば他の様子も想像できるのではないかと思うんだ、うん。


 そんな部屋で逆にくつろげないでいると、部屋の扉をノックする音が響いた。

 響いたと言っても、部屋が驚くほど広いので、部屋の中が無音でないと聞き逃してしまう。

 ちなみにどれだけ広いかと言うと、たかが客室なのに部屋の中に更に二つの部屋があるんだ。それくらい広い。


「はい、開いてますよ」

「では、失礼する」


 扉の向こうにいるノックの主に入っても良いという旨を伝えると、扉が開いた。

 現れたのは門番の【断刀】様。この神代の最終防衛ラインだ。

 純粋な剣の強さではあの亥斗さんよりも強く、剣だけの戦いなら【神】よりも強い御方。


 そんな凄まじい御方がここに来たのには心当たりがある。

 ここに来た時、【断刀】様と手合わせをするという約束をしたから。きっと、そのことで来たのだろう。


 つまり、俺が強くなるかもしれないイベントと見て良いだろう。

 俺は今までラルと一緒に稽古をして、俺の強さの向上を図っていたのだが、結局は普通の域を脱せなかった。

 今まではこれで何とかなってきたが、ここからはそうもいかないだろう。なんせ、最後の相手は世界を二分割するうちの片割れが相手なんだから。


 このままだと、俺は確実にお荷物となる。

 それはいくらなんでも悲しすぎる。というかそうなったら二人が幾らなんと言おうともこの旅を途中辞退するしかない。

 理由としては自分の命が危ういのと、ちっぽけでどうでも良いプライドを守るためだ。


 そうならないためにも、ここでレベルアップを図る。


「先の話の約束を果たしに来たのだが……」

「はい、今すぐに準備いたします!」

「そ、そうか」


 俺は壁に立て掛けておいた金具を鞘ごと掴み、腰に差して扉へと向かう。

 そこで待ち受けるは天上天下最強の剣士。俺が尊敬する人の一人。

 決して粗相のない様にしないといけないのだが、これから剣を交えるならば、こちらがヘーこらへーこらしていてはいけないのだろう。

 こちらが畏れ多いという念が大きければ、とても剣を向けることは出来ない。それすらも失礼だと思ってしまうから。


 しかし、目の前で自然体でいる一人の侍はどうだ。俺と一対一の手合わせを望んでいる。

 ならば、ならばだ。俺はこの人に剣を向けなければならない。尊敬する人に。

 けれど、それはまたとない機会。機会なのだが……。


「…………」


 言ってしまえば、たった一回の手合わせで俺が急激にレベルアップするとは思えない。いや、出来ないと断言する。


「……そうだとしたらなんだ」


 また逃げているのか、俺は。

 自分自身のモノローグに疑問を感じざるを得ない。

 世界を救うヒーローとは言わない。物語の主人公とは言わない。

 脇役だって、レベルアップするイベントはあるんだ。


「支度は済んだか?」

「はい、行きましょう!」


 光栄。

 この人と剣を交えることが、素直に光栄に思える。

 あの、物事を捻じ曲げて卑屈に考える俺が、だ。


 ……ここまでつらつらと喋っておいてなんだが、改めて考えてみるとかなり痛い子発言してるな、俺。

 なんだよ、ヒーローとか主人公って、脇役ってガラでもないだろ。

 極め付きは“また逃げている”ってなんだよ。これはアレですわ、将来思い出して枕に顔をうずめて足をバタバタさせる黒歴史ですわ。


「どうしたのだ?」

「あ、いえ! 何でもないです!」


 気が付けば少し離れたところに【断刀】様がこっちを向いて立っていた。

 どうやら立ち止まって考え込んでいたらしい。俺としてはこの邪気眼症候群をどうにかしたいと思うんだが……無理だな。この世界が剣と魔法の世界である限り無理だな。


「着いた。ここで手合わせ願おう」

「へぇ……綺麗ですねぇ」


 案内されたのは神代の中庭。

 そこは花畑が広がっており、様々な花が咲き誇っている。

 花畑の中心には噴水がある。また、お茶が飲めるようにしてあるのかテラスがあり、白いテーブルと白い椅子のセットが置いてある。


 って、なんで彼岸花が咲いているんだ?

 あれか、天界だからか?

 にしてもこの彼岸花……白いな。彼岸花の花言葉は“悲しい思い出”だけど、白い彼岸花の花言葉ってなんだ?

 ……そう言えば下界は今夏だったような……彼岸花って秋の花だよな、確か。


 そんな手合わせの舞台は花畑の隅にある石畳の一本道。

 一本道と言えど、かなりの広さがある。派手に暴れても花畑には被害は及ばないだろう。

 炎具を使ったらさすがに火が燃え移るだろうが。


「ん?」


 その一本道の端に小さな女形人形らしきものが置いてある。

 ……いや、人形じゃないな。だって、動いているもの。

 更に言えばふよふよと浮き始めた。


 俺の視線に気付いたのか【断刀】様は思い出したように説明する。


「彼女はこの神代に仕える式神メイドだ。この手合わせの行司を頼んである」

「そうですか」


 式神メイドねぇ。

 そう言えばエルトさんがメイド長と呼ばれているらしいから、エルトさんが彼女らを采配しているのだろうか。

 そもそもエルトさんも式神だったりして。


 【断刀】様に行事を任された式神メイドは腰に両手をあててフンフンと鼻息を荒くしている。

 彼女なりに気合を入れているのだろうか。それともそれを誇っているのだろうか。

 しかし、ホントに小さいな。人形サイズなので何かと大変だろうに。


「では……手前は【断刀】政時。推して参る!」

「アラン=レイト、行きます!」


 金具を抜き、既に野太刀を構えている【断刀】様と向かい合う。

 立ち姿の背後には揺らめく陽炎。連想させるは歴戦の猛者の姿。野太刀は鈍く光り、眼光は獲物を射落とす。

 後に立っているのは彼女一人。手には一振りの野太刀。転がるは折れた猛者の得物(たましい)得物(たましい)を折られた猛者は魂が抜けた様に倒れ伏す。


 故に【断刀】。

 彼女は相手が立ち上がっても戦えぬよう得物を折ることから【神】からこの名を与えられた。

 だが、相手を見逃すということはせず。得物を折った後は相手を両断。両断された者の伸ばす手の先には折れた己の得物。

 そんな金具の姿は見たくないな。


 そんな相手が俺の目の前で構えている。

 野太刀を扱うとか俺はそんな女性を見たことが無いぞ。見た感じは十尺はあるだろう。

 あんなモンを振り回されたんじゃ間合いに入れずに真っ二つだ。


 俺が【断刀】様と渡り合う方法……ダメだ。上半身と下半身がグッバイする未来しか浮かばない。

 ともかく、【断刀】様は不意打ちや闇討ち、禁じ手とか大好きな部類に入るからそれだけは回避しなければならない。逆に言えば正々堂々とかそう言うのはあまり好まない。


 絶望しかないじゃないですか、やだー。


「ふっ」

「んぐぉ!」


 どこから来るのかと【断刀】様を瞬きせずに睨み付けていると、突如【断刀】様の顔が目の前に現れた。

 と思ったら次の瞬間にはふっとばされていた。同時に感じる腕の痺れと手首の痛み。

 そこから察するに、構えていた金具に【断刀】様が一太刀を浴びせたようだ。


 当然ながら俺の手には金具は無く、少し離れたところに転がっていた。

 かなりの衝撃にも拘らず金具は折れてはいなかった。よかった。


「……ん?」


 あれ、立てねぇ。

 脚に力を入れても躯は起き上がらず、腕は辛うじて動くが体を起こせるほど力は出ない。

 首は動くため、周りの様子は窺うことは出来るが、如何せん躯が動かない。


 ……まさか背骨にダメージが入ったか? それとも全身の骨がバッキボキになったのか?

 躯に痛みは残っていないが、腕はまだ痺れている。

 というか、右手首があらぬ方向へ曲がっているんですが。粉砕骨折とか嫌だぜ?


「噂に違わぬ武人であったことに、某は嬉しく思う」

「【断刀】様……?」


 必死に体を動かそうとあれこれやっていると、視界の端に【断刀】様の顔が移る。

 【断刀】様は俺を抱きかかえるように上半身を起こすと、その顔を覗いてきた。


「某が生きてきた中で、折れぬ得物は貴殿のものだけであった。主上の得物でさえ折った某の一閃を防いだ、それがどういうことか刻んでおけ」

「えっとー……はい」


 なんと俺は無様に負けたのにも拘らず、誉められるという珍しい体験をしている。

 【断刀】様が言うには、【神】と戦った時でもその得物を折ることが出来たのにも拘わらず俺は折れていないことを誉めているらしい。

 ということは【断刀】様の中では、俺が何かしらをして金具が折れるのを防いだということになっているらしいぞ。


 ホントは金具が異様に頑丈なだけな気もするが、ここは口に出してはいけない空気。俺は空気を読める男だ。

 ……【神】の得物でさえ折ってしまうというのに金具は折れないとか……ホンマモンの聖剣でっせこれは。


「……貴殿の右手首がどうやら外れているようだ。どれ」

「みぎゃ!?」


 【断刀】様がそう言うと有無を言わさず俺の右手首を掴み、元の位置に戻す。

 その際に軟骨が削れる何とも言えない悍ましい感覚と痛みが俺の右手首を襲う。思わず口から叫び声が漏れる。

 それもそうだ、無理やり関節を元の位置に戻されたのだから。しばらくは関節の腫れは引かないだろう。


「あの、躯が動かないのですが……」

「腰を抜かしておるのか。情けない」


 いや、この星最強の剣戟を受けたのだから死んでいないだけ上々だと思う。

 仕方ないので【断刀】様に肩を貸してもらい、何とか立ち上がる。

 すると、今の今まで見かけなかった式神メイドが神代の方からふよふよと飛んで来るのが見えた。

 その手には救急箱。どうやら俺の様子を見兼て持ってきてくれたようだ。


 式神メイドは救急箱から湿布やら消毒液などを取り出してテキパキと俺の治療をし始めた。

 その手付きはかなり慣れたもの。

 俺は式神メイドに礼を言うと、式神メイドはまた両手を腰に当ててフンフンと鼻息を荒くした。

 どうやら当然のことだと言っているようだ。可愛いモンだな。


「貴殿の力量や瞬発力、機転の良さなどは先ほどのことでわかった。貴殿が良ければ某が直々に稽古を着けてやろうと思うが……どうだ?」

「え? ホントですか!?」


 再び【断刀】様に肩を貸してもらい、中庭にあるテラスまで運んでもらった。花の香りと噴水から聞こえる水の潺湲が心地よい。

 そこには他の式神メイドたちがおり、休憩時間なのか紅茶とクッキーを傍らに何やら楽しそうに笑っている。

 しかし、どうやら式神メイドは言葉を発することが出来ないようで、俺の眼にはただ楽しそうに笑っているだけしか見えない。多分、当人同士はちゃんと相手の言わんとしていることを理解できていると思うのだが。


 そこで【断刀】様から提案されたのはなんと【断刀】様が俺の稽古を着けてくれるそうだ。

 こちらとしては願ったり叶ったりなのだが、問題もある。


「それは大変嬉しいのですが、私たちは【魔王】の居場所を知るためにここに来たのです。もし、居場所が分かったのなら直ぐ様出発しなければ【魔王】は別の場所へ移動してしまいますし……」

「そうか……それは残念だ」


 そう言って見るからに残念そうな【断刀】様。

 しかし、なんの風の吹き回しだろう。弟子を取らないとしても有名な【断刀】様が俺に稽古を着けようなんて。

 ここで余計な詮索をしてしまったら命の寿命が削れる恐れがあるから聞かないが。


 ……思えばさっきの俺は何トチ狂った考えを持っていたんだ。

 なにが俺自身のレベルアップだよ。強敵と戦ってレベルアップするのは漫画やアニメの中だけだっつーの。

 それに、俺がさっきまで【断刀】様相手に戦えると思っていたことが分からない。どこをどう考えたらそう言う考えに行き付くんだよ、オイ。


 稽古を着けてもらっていたらまた別だったのかもしれないが……まぁ、仕方のないこと。


「っ! っ!」

「ん? おぉ、ありがとう」


 ふと、俺の袖を引っ張られる感覚に襲われる。

 目を向けてみると、さきほど行司や俺の手当てをしてくれた式神メイドが、こちらにコーヒーを差し出していた。どうやら淹れてくれたようだ。

 喜んで俺は受け取る。


 そこで気づく。

 いつの間にか俺の眉間に皺が寄っていることに。

 なにを身を詰めて眉間に皺をよせているのだろうか。俺らしくない。

 焦っているのだろうか、俺が本格的に足を引っ張ることを。


「ほぉ……」


 コーヒーを一口。

 口からホッとした溜息が吐き出される。

 そこまでやって分かったが、俺の右腕がちゃんと動いている。それどころか右手首が痛くない。

 【断刀】様のやり方が良かったからだろうか? それとも式神メイドの手当てが良かったからだろうか?


 まぁ、別に良いか。


 ちなみに言っておくが、吹っ飛んだ金具は式神メイドが回収してくれた。


「主上は貴殿たちを気に入っている。きっと、手を御貸しになってくれるだろう」

「そうだと良いですけどねぇ……」


 そう言えばまだ【神】から協力をしてくれるという旨を聞いていない。

 あの頭パッパラパーの【神】が素直に力を貸してくれるとは思わないし、何か裏があると言って良いだろう。

 それに、先々代【魔王】が言い澱んだ言葉も気になる。教えてくれることは無いのだろうが。


「…………」


 なんだろう。

 この意味知れぬ不安は。

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