謁見
「【神】様……!」
言われて見ればその姿。
【神】という称号、即ちこの星で一番強き者。
強いということは、何者にも彼を妨げることは出来ない。
その気になれば、一晩で世界の“法”を思い通りで変えることが出来る。言い換えれば、彼が“法”となることだって出来る。
【神】という称号はそういうもの。
そんな称号を持っている男が、今目の前にいる。
これが震えずにいられるか。
「おうおう、こっから見てたぜ? なんでも今の【魔王】を倒そうとしているみたいじゃねぇか」
「お久しぶりです【神】様。その節はお世話になりました。この度はそのことでお話があって参りました」
「ラルか。どうだ? この機会に試練でも受けていくか?」
「丁重にお断り致します」
「はっはっは! 小さい頃とはえらい違いだな。しょんべん漏らして泣いていた奴とは思えないぜ」
そう言ってラルを指さしながらケラケラと笑う【神】様。
ここからラルが下唇を噛み締めている様子がよく分かる。
確かラルは【神】様が嫌いだと明言していた。俺は人伝にしか【神】様のことは知らない。三年前に見たと言っても、実際会って話をしたことが無いからどうとは言えなかったが、今は言える。
俺も好きにはなれないな。
「まぁ、中入れや。積もる話もあることだしな」
「では、お言葉に甘えて」
【神】様はそう言うと、踵を返して歩き出す。
ちなみに、辺りには【神】様によって突き破られたステンドグラスの破片が散らばっている。
これは片付けなくてもいいのかと思っていると、階段の脇から誰かの足音が聞こえてきた。
【神】様もそれに気付いているのか、足を止めて足音の方を見ている。
「【神】様、何か大きな音が聞こえてきましたけど何か……って、何やってんですか【神】様! このステンドグラス高かったんですよ!」
「おう、ルナたん。ちょっと勢い余ってな」
「勢い余ったって……片付けるの誰だと思っているんですか、もう……」
現れたのは何故か紳士服を着ている女性。
黒髪を後ろで三つ編みで結っていて、結構な長身の持ち主。
そんな女性は【神】様に対して臆することなく叱っている様はどこかシュールだ。
女性は【神】様にこれ以上言っても埒が明かないと言わんばかりに溜息をつく。
この女性は【神】様の世話係だろうか?
そんなことを思っていると、女性はこちらに気付いたのかハッとした表情になり、額に汗を浮かべながらこちらに笑みを向けてきた。
「お客様でしたか。これは、お見苦しいものを見せて申し訳ありません。直ぐ様片付けいたしますので……って、ラルちゃんではないですか」
「お久しぶり、ルナさん」
「大きくなりましたね。お久しぶりです」
やはりこちらの方もラルと知り合いのようだ。
こうして見てみると、ホントにラルは顔が広いな。
さすがは【勇者】と言ったところか。世界並に顔が広い。
「そちらの方々に会うのは初めてでございますね。申し遅れました、私は【七英雄】の【書】を預からせていただいているルナ=ラドゥエリエル・メタトロンと言います。どうぞよろしくお願いいたします」
「わ、私目はアラン=レイトと言います!」
「妾はイリシア=アブイーターじゃ」
「あら、では貴女が……そうですか。イリシアさん、奥で貴女を心待ちにしている方がいらっしゃいますよ?」
「妾を? 誰じゃ?」
「それは、御自分の目で確かめるのが一番よろしいと思いますよ」
この人が【書】様なのか!
【神の代理人】【契約の天使】【天の書記】などの称号を持ち、かつて神代へ謁見に来た者に『【神】が二人いる』と言わしめたほどの御方だ。
この世の全てを記し、その全ての書物を管理する天の書庫の管理人にして十の恩恵と百三十六万の祝福を授かるという、まさに【神】様の側近として恥じない者。
また、彼女が「聖なるかな」と言う言葉を口にする時、聖句の一つ一つが天使になるのだという。
俺が驚きの連続で何も言えないでいると、【書】様はイリシアに心当たりがあるらしく、なにやら話している。
というかイリシア、ここまで凄い人たちに囲まれて平気なのが羨ましい。
その肝っ玉を是非とも分けて貰いたいものだ。
「それよりも【神】様! これ片付けておいてくださいね。私はこちらの方たちをご案内致しますから」
「え、ちょ、これから俺がコイツらに神代の案内をだな……」
「ステンドグラス代をお小遣いから減らしますよ! それに、この前私は何度も言いましたでしょう? 今度ふざけて壊したらご自分で片付けてくださいと!」
「いや、コイツらを盛大に迎えてやろうという俺なりの気遣いをだな……」
「ご案内致します。こちらへどうぞ」
【書】様は【神】様に語気を強めてそう言うと、早々に【神】様を無視して俺たちを案内する。
俺が良いのだろうかと思いながら後ろ髪を引かれつつも【書】様に着いて行くことに。
その際に、背後から「それが【神】に対することかよ……」と聞こえて来たような聞こえていないような。
ともかく、【書】様がとても苦労しているということは分かった。
【書】様の先導の元、神代を案内していただいていると、【書】様は歩きながらこちらを振り返り、苦笑を浮かべる。
「先ほどは申し訳ありません。【神】様にも悪気は……あるのかも知れませんが、あれでも歓迎しているつもりなので赦してあげてくれませんか?」
「大丈夫よ、ルナさん。ここにはそんな心の狭い人たちはいませんよ」
「まぁ、そうじゃの」
「気にしておりません」
というか気にしていたとしても、そんなことを口に出来るほど肝が据わっちゃいません。
機嫌を損ねると首が飛びそうだしね。俺としても穏便に済ませたいんだ。
「アランさん。人伝ですが、貴方は数々の偉業を成し遂げたとか……その噂はこちらにも届いておりますよ」
「【書】様、それは全て誇大されたものでして、偉業と呼ぶには小さすぎるものでございます。私目は皆の足を引っ張るばかりで……」
「しょ、【書】様……!?」
今度は俺自身に話を振って来た【書】様。
そのことだけで俺の心臓ははち切れんばかりに脈を打ち、躯全体に新鮮な血液を送り込んであらゆる事態に対処しようとする。
【書】様の発する言葉の一つ一つを聞き間違えないように集中して拾い、そして頭の中で一瞬で整理して返答した……のだが、俺の言ったことに対して目を白黒なされた。
その漂う不穏な空気に躯中の穴という穴から発汗し、事態を飲み込もうとする俺。
しかし、俺が言ったことに対して【書】様が何に驚いたのか皆目見当が付かず、俺は狼狽えるだけ。
俺はそれでもなお何が原因か考えるが分からず、汗が滝になる。
まずい、ここで俺が何かをすればラルやイリシアにも飛び火が移るかも知れない。
なんとしても何がいけなかったのか気付かないと。
しかし、そう思ってみても分からないのが現状。
助けを求めるように辺りへ眼を動かし、何か解決策はないかと模索する。
そうしたところ、ラルと目が合った。ラルは俺と目が合うと、呆れた顔をして目を逸らした。
仲間に見捨てられた瞬間である。
「あの、アランさん? 出来ればその……【書】様、と呼ぶのは止めてもらえませんか?」
「え?」
もう絶望しかないと頭で理解した時、まさに天の助けのごとき言葉が俺の耳に届く。
【書】様がいつまで経っても理解できない俺を哀れに思っていただけたのか、助け舟を出してくれた。
まさにその慈悲の姿は天使。
どうやら、称号で呼ばれるのは嫌だったようだ。
こんなことにも気付けないなんて、俺はなんて愚かなのだろうか。
「申し訳ございません! このような不躾なことは致しませんので、どうか赦してください!」
「え、えぇ!? あ、はい……」
「ありがとうございます! ルナ様!」
「さ、様って……あの、もっと気軽に呼んでもらえませんか?」
「なんと!」
もっと気軽にだって!?
これ以上の気軽な呼び方が存在するとでもいうのか!
きっと、俺では及ばぬ領域の言葉違いに違いない。なんせ、本物の天使様が言うことなんだから。
「あのさ、アラン。ちょっといい?」
「ん? なんだ?」
俺がこれ以上の言葉遣いとは何だろうかと思い、ルナ様の言葉を待っているとラルが若干イライラした様子で話しかけてきた。
なんだろうか、ラルがイライラすることなんて……生理だろうか?
「さっきからさ、小物臭が半端ないのよ。もうちょっとドシッと構えるとかさ……ルナさんだってそんな仰々しい呼ばれ方したら困っちゃうじゃん?」
「だって……天使様だし……【書】様だし……」
「確かに、ルナさんはこの世界の歴史やら現象を管理する凄い天使だよ? でもさ、いくらなんでもそこまで壁作っちゃ逆に申し訳なくなるの!」
「えっ?」
申し訳なくなる?
ルナ様が?
どうしてだ?
何で敬うと申し訳なくなるんだろうか。
天上の存在なんだから敬うのは当然のことだと思うんだが……。
俺はラルの言葉の意味が理解できず、首を傾げていると、今度はイリシアが口を開いた。
こちらは若干の呆れが混じった声色だった。
「【天眼】のリト殿の時もそうであったが、アランは少し己を卑下し過ぎじゃ。何も妾たちと同じく接しろとは言わぬ。お主、分かっておるか?」
「な、なにを?」
「ここに辿り着いているという時点で、お主はここにいる者たちと共に名を連ねているということじゃ。自信を持つのじゃ」
俺が、ここにいる人たちと同等だって?
そんなの……いや、イリシアがそう言うんだ。それに、ラルだって。
今まで彼女らが言うことに間違いがあっただろうか?
ないとは言い切れないが、共に肩を支えてきた仲間たちの言うことだ。現にルナさ……んだって困った笑顔を浮かべている。
ラルの言うようにここにいる人たちは凄い人たちだ。
だからと言って、対等に接してはいけないこと言う決まりはない。
正直、今でも対等に接したら失礼なんじゃないかという自分がいる。
だが、他でもない仲間のアドバイスだ。頷いておいて損は無い……と思う。
俺はルナさんに向き合って息を飲む。
なぜなら、おそらく俺の心を見透かしている笑みを浮かべていたから。
俺がビビっていることもお見通しなんだろう。
「あの、ルナさん?」
「はい、ぜひともそう呼んでください。アランさん」
なんだか無性に恥ずかしい。
自分を恥じているからだろうか?
それとも、自分がちっぽけに感じるからだろうか?
ともかく、俺はまた間違いをしていたようだ。
それは、恥ずべきことだと思う。
……自分で何を言っているのか分からなくなってきたぞ。
「では、こちらへ……あら?」
仕切りなおしてルナさんが案内を再開しようとした時だ。
なにか感じ取ったのかルナさんが廊下の先を見つめて動かなくなってしまったのだ。
つられて俺たちも廊下の先を見るが、廊下はただ真っ直ぐに突き抜けているだけ。
……ここってどれくらい広いんだろう。
目視できる範囲では突当りが見当たらない。
「イリシアさん。どうやら貴女が待てなくて来てしまったようですよ?」
「ぬ? 誰がじゃ?」
その誰かは、先ほど会話に出てきたイリシアを待っている人だろう。
っていうか、なんでイリシアを待つ人がここに?
イリシアは魔物で、この本来なら敵対しているはずの神代に知り合いはいないはず。
その神代で、イリシアを待つ人……ここにイリシアが来ることが分かっていたってことか?
だったらなおさら分からない。
根気よく廊下の先を見続けていると、次第に黒い点が見えてきた。
その黒い点はも物凄い速さでこちらに向かって来ているようで、その黒い点が徐々に大きくなってきた。
それに伴ってその黒い点も段々と輪郭がはっきりしてきた。
あれは……人?
人がこっちに向かって飛んできている。
それに、男っぽいな。俺が知っている顔ではない。
イリシアの方を見て見ると、イリシアの眼は大きく見開かれ、その人物をもっとよく見ようとしている。
ラルの方を見て見ると、何故だかその顔は険しく、対魔機である豪槍に手を掛けている。
「あれは……」
ラルが声を上げたと同時にその男性はこちらに到着する。
空を飛んでいたために、こっちに突っ込む形になるが、イリシアはその人をを難なく受け止めた。
そして、開口一番。
「お父さん!?」
え、お父さん?
野暮用があるので、少しの間更新を止めます。
どうでも良いことかもしれませんが、一応までに報告をしておきます。




