事の発端
魔王視点の場合は◆ 魔王 ◆と冒頭に置きます。
勇者視点も◆ 勇者 ◆と置きますのでご了承ください。
◆ 魔王 ◆
空は暗く沈んだ曇天。
もう少しで“お父さん”の悲願が達成されるというのに、これでは嫌でも気持ちが沈んでしまう。
“私”は三年前にお父さんからこの【魔王】という座を世襲した。
もちろん、周りの反応は冷たかった。
「済まぬの、ムーちゃん。お主を戦争の道具に使うなぞ、お主はこんな結末は嫌ではなかったであろうか?」
「グルゥ……」
「……お主は優しいのう」
私は今回の要であるバハムートの頭を撫でると、バハムートは気持ちよさそうに喉を鳴らした。
私が生まれる前から“兵器”として運命付けられていたバハムート。
なのにも拘らず、バハムートは自分の役割と生れた意味を最初から分かっていたかのように、何の文句も言わずに私についてきてくれた魔物。
少しの愛情さえ湧いていた。
私が世襲した時、お父さんの支持が多かっただけに相当な苦労を要した。
民は私にお父さんのような手腕を期待する。
しかし、私にはそんなカリスマも力量もなかった。
そんな周りは、冷たかった。
「そろそろじゃな」
それでも私についてきてくれた者たちがいた。
それが今の四天王たち。
その中でもフォボスは私の右腕として奮闘してくれた。
素直に嬉しかった、私を信じてくれた。
それだけで私は戦える、戦える、一人じゃないから。
「ゆくぞ」
私はバハムートの手綱をしっかりと握り、バハムートに前進を促す。
私の軍は八000に対し、相手の軍は二000。
さらに魔物は身体能力では人間の上をいき、魔物一人に対し人間は三人といった感じだ。
どちらが優勢なのか一目瞭然。
私は静かに息を吸って、鬨を上げるために口を大きく開ける。
他でもない、自分を鼓舞するために。
「フハハハハハ!! 愚民どもよ!! 妾にひれ伏せぇっ!!!」
自分で言っておきながらこれはないなと内心苦笑する。
しかし、自軍を鼓舞するには覿面だったようで、暑苦しい雄たけびをあげながら敵軍に向かって猛進していく。
さぁ自分もいざ参らんとバハムートを動かした、瞬間。
自分に向かってくる魔力の反応に気付いたが時すでに遅し、何の対処もすることもできないまま魔術はバハムートを捉えた。
途端に理性がなくなったkのように暴れだすバハムート。
それを嘲笑うかのごとく陰から顔を出し、能面のような笑みを張り付けた四天王、いや元四天王がこちらを見ていた。
あれは……蟹和尚!?
そうか、私は……裏切られたのか。
思えば、今までに下剋上がないのもおかしかったな。
そこで私は思考を切り離す。
いや、正しくは考えることが難しくなっていた。
なぜなら今は暴れ馬と化したバハムートの上にしがみついている状態。
少しでも集中を切らすと、今にもこの巨躯から落下しそうだからだ。
もう形振り構っていられない。
目下で蹴散らされている自軍より己の命。
私は可能な限りの大きな声で助けを呼ぶが、誰も助けに来てくれない、来てくれるわけがない。
この戦場にいる将全員が下剋上一派の者たちだろう。
助けに来るわけがないのだ。
頼みのフォボスも今は魔界のへき地での反対派の鎮静で今はいない。
いや、フォボスもおそらく――――
それ以上は怖いので考えないようにした。
それにまともな思考ができていない今、考えることが全て悪いほう悪い方へと向かって行く。
今はこの状況で吹っ飛ばされないように集中しよう。
「ぐぅうう!」
いけない、腕が痺れてきた。
私はここで終わるのかな?
お父さんの悲願を達成できないで、お父さんに顔向けが私にはできるの?
出来ないなぁ。
でも、どうしたら……。
「っ!?」
その時、揺られながらなのでよく見えなかったが、前方から雷の尾を引きながら進撃してくる何かの姿が見えたような気がした。
これが見間違いでないのならば、その何かは【勇者】だろう、十中八九。
その【勇者】が来たということは、間違いなく私もといバハムートを標的としているに違いない。
引導があちらから来たと思えば悪くない話。
結局私は、何かすることが出来たのかな?
「ライジングエア!!!」
爆音、激震、衝撃。
バハムートに放たれたその技は、面白いくらいにいとも簡単に残った私の握力を奪い、流されるがまま私は空中に投げ出され、一瞬の浮遊感を感じた私はそこで目を閉じた。
私は天国と地獄、どっちに行くんだろう、出来ればお父さんのいる方がいいな。
しかし、そのどちらに行くこともなかった。
「ぐほぉ!!!」
「きゃあ!!!」
ボフンと何か軟らかい物にぶつかるような音と、一瞬感じた空気抵抗なようなもの。
地面では決してない。
「いたた……」
あれだけの高さから落ちたのにもかかわらず私は無傷。
いったい何が起きたのか確認するために目を開くが、風と衝撃で乾いてしまった私の眼は輪郭のない世界を映していた。
しかし、しっかりと見た景色。
「む……ここは?」
私がいるのは人の背中の上。
軽装で、歩兵のような防御力が万全でない装備を纏った者の上にいるようだった。
「こ、これは……」
私は誰かに助けられたという事実。
そして一瞬感じた空気抵抗なようなもの。
おそらくそれが私の落下速度を和らげ、怪我の無い様に受け止めてくれたのだ。
覆すことが出来ない事実。
私は嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
仲間に見捨てられ、もはや万事休すかと思われた時、躯を張って助けてくれたのだから。
しかし、信じられないという思いもまた事実。
下剋上一派が蔓延るこの戦場で私を助けたらどうなるか?
間違いなく下剋上一派はこの者を殺しにかかるだろう。
けれど、本当に助けてくれたのであれば、この者は殺される覚悟背負ったなんと勇ましい者なのであろうか。
私は確かめることにした。
「お主が、妾を助けてくれたのか?」
「えっ?」
私は、見た。
この“男”がポカンとした表情を。
顔を見れば人間だとわかるこの男。
やはり、私を意図的に助けてくれのではないのか……?
「お主が、妾を助けてくれたのか?」
私は焦るような気持ちで再び男に問いかけた。
期待させるな、期待して裏切られることに身を裂けたくない。
私の勘違いなら早く否定してくれ、私は疲れてしまった。
そして、渋るように男が言った言葉が――――
「一応、そういうことになるの……か?」
「そうか……」
ドクンと心臓が一跳ねする。
思わずぶっきらぼうに答えてしまったが、私の心はこれまでに無い様なほど踊っている。
私を、意図的に助けてくれた者がいる。
それだけで私の心は満たされ、幸せを感じた。
絶望下で助けてくれる者は無類の信頼を掛けろ、お父さんは私にそう教えてくれた。
わかったよ、お父さん。
私、もう一度誰かを信じてみることにする。
「妾の願いを聞いてはくれぬか?」