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俺の頑張り物語  作者: 谷口
プロローグ
65/107

その影



「よし、忘れ物は無いかな……っと、大丈夫だ」

「じゃあ帰ろう? きっと、イリシアも待っているよ」

「そうだな」


 一学年職員室に寄り、明日のための書類やらの荷物を纏めて再び家路につく。

 壁時計を確認したところ、もう七の刻を半分過ぎたところだった。人によっては既に晩飯の時間だ。


 先ほどからラルは上機嫌で、鼻歌を歌いながら俺の隣を歩いている。

 それどころか軽くスキップまでしている。彼女の何がそこまで機嫌を良くしたのだろうか。月明かりに照らされるそんな彼女は、まるで太陽の下を歩いているような光景を彷彿させる。

 時々、こちらを向いて微笑み掛けてくるが、こっちまで頬が緩んでしまう程のご機嫌を振りまいている。ある意味これは才能だと言えよう。


「あ、そうだ。ラル、女子寮の門限って何時までだ?」

「えっと、あまり遅くまで遊ばないように七時までだったと思うよ」

「七時って……もう過ぎてんじゃないか」


 そう言えば女子寮には門限があったと思い、ラルに訊ねてみるとなんと門限は七時だという。

 高校生には些か早すぎるような気もするが、それは今の問題ではない。

 今の問題は門限を過ぎているということ。門限が過ぎると、女子寮の玄関はロックされてしまい、管理人室は疎か女子寮内に入ることも適わない。


 ……のだったのだが、結構前に止むを得ず遅くまで残らなくてはならない生徒が入れないということで、管理人室にだけは行けるのだと。

 俺が学生の頃にはもうそのシステムだったため、数十年前からそんなことがあったのだろう。


 今回は俺を待っていたためにラルは門限を過ぎてしまった。

 それなら、俺がラルに何かしらを手伝うように言い、止むを得ず遅くまで残っていたってことにしよう。そうだ、それが良い。


 しかし、だ。

 俺の方を向いて何やら悪戯な笑みを浮かべているラル。とても嫌で良い顔をしている。

 俺もラルとは二ヶ月くらいしか一緒にいないが、こういう顔をするラルは必ず俺は困るが本人は得をすることをしでかす。


「最初に言っておくが、俺の部屋に泊まるのはダメだ」

「え!? 何で分かったの?」

「俺も、だいたいラルの行動パターンは把握しているつもりだ。二ヶ月くらいしか一緒にいないがな」

「くっ……先読みされるなんて……っ!」


 先読みも何も、いつぞやの宿屋の時も別々に部屋を取らないで一緒の部屋にしたじゃないか。

 その時にラルとイリシアは別にそういうことを気にする人ではないと学習したからな。俺は大いに気にするんだが、特にラルはそういうことはお構いなしだ。

 イリシアは俺を気遣うときもあるが、大概はラルと似た感じ。


 ……そう言えば、イリシアが俺に気遣って違う部屋にしてくれる時や野営の時に木々を挟んで陣取る時は、俺が息子を慰めたい時と全く同じだな。

 まさか、イリシアはそれまでも分かっているのか……!? ちょっと、怖くなってきた。


「待て」

「へっ?」


 一旦、職員用玄関で別れた後、生徒玄関口で再会し、校門は閉まっているのでその隣にある勝手口をくぐった時だ。

 近くの雑木林に誰かがいた。

 その誰かは俺たちが出てきたのを見計らっていたのか、ゆっくりとこちらに向かって来る。

 背格好からしてイリシアではない。躯は細いが背丈は高い。そして、得物らしき棒を持っているところを見ると、どうやら穏やかではないようだ。


 そして、雑木林から出て月明かりに直に照らされた時、その誰かの正体は明らかに。


「保人……」

「え? 保人くん?」


 その正体は謹慎処分で、今は外出が叶わない保人だった。

 保人の表情は険しいもので、まるで親の仇を見るような眼で俺を見ていた。

 その手には保人の得物だろうショートソード。振り回しさを重視した様な長さなのか、世間一般的に言われるショートソードよりさらに短く、むしろスパタのような印象を感じる。

 もちろんその得物は剥き身。臨戦態勢だ。


「先生、僕と決闘してくれませんか?」

「その姿から何を言うんだか想像はしていたが、俺はお前と決闘はしない」

「なぜですか?」

「……また一から教えないといけないのか」


 保人の返答に思わず眩暈がする俺。

 昼間で懲りて反省したのかと思ったが、全くそんなことは無かった。

 むしろ時間を与えて冷静を取り戻した分質が悪い。


「保人くん、あのさ……」

「ラルちゃん、これまでのことは僕が悪かった。でも、僕は君が好きだ! そして、必ずそこの男から勝ち取ってみせる!」

「えぇー……」


 ダメだ、ラルの言葉にさえ耳を貸そうとしない。

 と言うかラルが居たら更にややこしくなりそうだ。ここはラルにご退場願おう。


 俺はラルの方を向き、アイコンタクトで何とかラルに伝えられないかと思ったが、そんなことは無かった。

 ラルは俺の眼を見て、首を傾げるだけ。仕方ないので保人に聞こえないように耳に口を近づける。


「済まん、先に職員用の寮で待っていてくれないか? 場所は分かるな」

「え? でも……」

「今の保人はラルに首ったけだ。そして、用があるのは俺。ラルがいると話がややこしくなりそうだから、ここは従ってくれないか?」

「うーん、わかったよ。さっき約束したばかりだし、早く帰ってきてね」


 ラルは俺の話に渋ったが、最後には了承してくれた。

 そしてラルは職員用の寮に向かおうとするが、もちろんそれを良しとしない人がいる。


「どこに行くの? ラルちゃん」

「え? えーっと……お花摘み、そうお花摘みに行くの! ダメだよ保人くん、デリカシーが無いよ!」

「ご、ゴメン。いってらっしゃい」


 おぉ、あの保人を軽くあしらった。

 ともかく、これでこの場で誰も邪魔をする人間はいなくなった。

 つまり、この場には俺と保人しかいない。


「さて、保人。この場には俺とお前しかいない。意味が分かるか?」

「先生、そっちの気が?」

「ねぇよ!」


 さっきから保人にどうやって説明しようか考えていたが、理事長のようにスラスラと言葉が出てくるわけもない。昼間と同じ説明をしても効果は薄いだろう。

 それに、幾つかの返答も用意しているのだろうな。ここにわざわざ手ぶらで来ることもない。


 だったら、一番早くて一番最後の解決法しか残らない。

 俺が保人と決闘をする。今のところ俺の頭じゃこれ以上の最善策が見当たらない。

 しかし、既に分かっていることで俺は保人には勝てない。ここで集中的に対人戦のスキルを磨いているんだ、魔物慣れした俺が善戦できる謂れもないのが現状だ。


「保人、決闘してやる。だが、俺が勝ったらこれ以上ラルに関わるな」

「どういう風の吹き回しですか? 教師と生徒が決闘するのはいけないと昼間仰ったではありませんか」

「なに、俺も納得していなかったってことだ」


 確かに、昼間に俺と理事長が言ったことは正しい。

 正しいが、万人受けする話でもないのが実情。正義は世界的に見れば“方や規則の味方”だが、世間一般的に見れば正義は“目の前で困っている人の味方”だ。

 “方や規則の味方”は現実側だとしたら“目の前で困っている人の味方”は幻想側と言えよう。主にヒーローものが良い例だ。

 その二つで対立している作品まであることだ。長らく議論されてきたことでもある。


 俺は……どちら側と言われれば幻想側だ。

 しかし、心の奥底ではやはり現実側の方が正しいと思う俺もいる。

 机上の話だと笑う自分がいるんだ。だから俺は主人公みたいな行動を嫌う。

 だが、実際は主人公みたいな行動で助かったことが多いのがこの旅。俺が勇気を出して救ったのがあの二人。

 はっきりさせないといけないのは分かっているつもり。

 けれど、はっきりさせたくないと思うのもまた自分。


 なら、脇役で良いじゃないか。

 ブルーな人生の脇役も良いじゃないか。


「いいか、よく聞け。俺は夜遅くなってしまったために家路を急いでいた。だが、急に通り魔が現れ、止むを得ず戦闘になってしまった」

「……先生も人が悪いですね」

「そう言うことだ。行くぞ」


 俺は職員室から持ってきていた金具を抜刀する。

 対する保人もスパタみたいなショートソードを構える。


 ここまで偉そうな口で正義とかなんだのって語ってきたが、所詮はクズの言うこと。

 心の中で俺の一連のことを考え直してみれば、ただたんに保人を説得するのが面倒になったにすぎない。

 なんだ、こうして改めて考えて見たら、俺はただ難しいことを並べてよく分からないことを分かった気になっていただけなんだな。


「はぁ!」


 目の前に肉薄してくる保人。

 その手には紛れもなく人を殺すことが出来る道具。

 騎士団長よりは遅い動き、容易に目で追える速さだ。

 しかし、それでもかなりの速さ。俺の躯が反応して、保人の剣戟を防ぐには俺の速さが足りない。

 気品や思想よりも速さが足りない。


 だが、充分だった。


「状態変化【水具】」

「なっ!?」


 私は金具を水具にして、空気中に飛散する水分を操る。

 その水分の行き場はもちろん保人の四肢。

 さらに、その保人の四肢に纏わりついた水分の動きを無理やり止める。つまり、凍らしたのだ。

 水はその動きを止めれば氷になる。常識だね。


 両手両足に氷の枷が着いた保人はもちろん動きが止まり、振りかざす刃も止まる。

 私では保人には勝てない。それは、まともに刃と刃を交わした場合だけ。

 だったら、他の方法を取れば良いだけの話。

 こうやって水を操れば人の動きを止めることも出来るの。でも、私の集中力ではこれが限界。

 ここから圧殺とかは出来ないのが私の実力。


「どう? 驚いた?」

「あ、貴女はいったい……?」

「え? アラン=レイトだよ。本当は女でした……言ったら驚く? でも、そんなことよりも、保人はこれで動けない。ここから、私は捻り潰すことも出来る。どうする?」


 もちろん嘘。

 ここから保人の四肢を潰すなんて出来ない。せいぜい保人の四肢を凍傷にするくらいが関の山。

 でも、今の保人は身動きができない状態。この状態ならば、保人にそこまで出来ると思わせることだって出来るはず。


 その予想は正しかったのか、保人の険しかった表情は徐々に柔らかくなり、やがて眉尻を下げた情けない表情になる。


「……僕の負けです」

「良い判断です。戦場でもっとも生き延びるのは臆病な者ですよ」

「僕、実は先生は大したことのない口ばっかりの人だと思っていました」

「あらら、辛辣ですね」


 保人は負けを認め、握っていた対魔機を離す。

 そして、どこぞの眠っている探偵の影で推理する物語の犯人のごとく独白を始めた。


「最初、アラン先生が来たときに元王国の騎士団長と決闘しましたよね? あれを見る限り剣筋はお粗末なもので、立居振る舞いも良くて一般並でした」

「……」

「僕は不思議で仕方ありませんでした。なぜ、こんな人がここまで持て囃されるのだろうと」


 淡々と語る保人。

 だけれど、その語る言葉は悉く私の中身を表していた。

 私はそこまで強くない。それを、勘違いが勘違いを呼んでここまで誇張されてしまったんだ。

 その誇張されたなれの果てがここにいる。引くに引けない場所にいる。

 それがバレるのが私は恐ろしく怖い。


 それを、保人は私が大したことが無いと、ここまで見抜いていたんだ。


「でも、今確信しました。貴女は僕以上に強い。そして、【勇者】一行なのだと」

「あら、潔いのね」

「……心のどこかでは負かして欲しかったのかも知れません。今となっては分かりませんが」


 苦笑。


「はい。念のため帰ったら温かくしてね」

「わかりました。それでは」


 私は保人を押さえていた氷を融かし、自由の身にする。

 保人は地面に落ちていた己の得物を拾い、すごすごと闇の中へと消えていった。

 どこか呆気なかった気もするけど、これで一連の騒動は終わったのかな。


「……」


 でも、まだ納得していない自分がいる。

 何にとは分からないけれど、納得していない。


「……まぁ、いっか」


 けれど、そんなことはいつもの通り流す私。

 もう終わったことだ、これ以上掘り下げても納得のいく答えが見つかるとも限らない。

 だったら、終わったことはすっぱりと忘れるのが一番。


「お腹空いたな。帰ろっと」


 早く帰ろう。

 何故なら、お腹を空かせた私の仲間が待っているのだから。

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